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ACT07:「そうするだけの価値があると思うからです」
しおりを挟む□傭兵団の砦
砦の遠景。夕方。
□傭兵団の砦・レノクスの私室
レノクス、ベッドに炎血王具を置いて、その横にあぐらをかいている。
レノクス「これってやっぱり、戦具……だよね」
炎血王具を手に取り、あらかじめ各部を観察する。
レノクス「C級が鉄、B級が銀、A級が金、だったよね。じゃあ、赤い戦具って、どうなんだろ。あの王女様が欲しがるってことは、貴重なものなんだろうけど」
レノクス内心(これ、マクダフさんに相談したほうがいいのかな。……いや、またあの王女様が絡んできたら、もしかしたら余計な迷惑かけちゃうかもしれない。でも、もしこれが何か危険なものだったりしたら……どうしようか)
□傭兵団の砦・治療室
エランド「赤い戦具?」
レノクス「はい。エランドさんって錬金術師でしょ? 戦具の修理なんかもされてるって聞いたので、何かご存知かと思って」
エランド「んー、聞いたことないなぁ。もしかして、実物がある?」
レノクス「はい。ただ、ボク以外の人間は直接触れることができないようになってて」
エランド「ええ? それって、プロテクトが掛かってるってこと?」
レノクス「そうらしいです」
エランド「それは……! 本当なら、とんでもないことだけど。持って来てるの?」
レノクス「ええ。ここに置きますね」
レノクス、炎血王具をポケットから取り出し、卓に置く。
エランド、いきなり興奮気味に椅子から立ち上がる。
エランド「ええええ! これ凄い!」
エランド、つい右手を伸ばす。パチン! と火花が散って、エランドの指先を弾く。
エランド「あつっ!」
レノクス「大丈夫ですか? だから、ボク以外には触れないと」
エランド「あー、うん、大丈夫。まさか本当にプロテクトがかかってるなんて」
レノクス「これ、どういうものだかわかります?」
エランド「その前に。キミ、これ、いったいどこで手に入れたの?」
レノクス「それは……言えないんです。もとの持ち主だった人から、口止めされてて」
エランド「そっか。いや、無理もない話だと思うけどね。こんな物凄い代物が実在するなんて、そうそう大っぴらにはできないだろうし」
レノクス「どういうことですか?」
エランド「戦具のプロテクトっていうのは、A級戦具のなかでもごく一部の超稀少品にしか備わってない機能でね。わが国で、いまの時点で存在が確認されてるのは、わずか二つ」
レノクス「二つ……?」
エランド「そう、もう値段が付けられないほどの貴重品。二つとも国宝として王宮の宝物蔵に大事に保管されてるそうだよ。あの骨董狂いのエレオノール王女ですら絶対に手出しを許されないほど厳重に管理されてるそうでね。私だって、話には聞いたことがあっても、実物を見たことは一度もないんだよ」
レノクス「ははあ……」
エランド「つまりキミのそれも、国宝レベルの超稀少品である可能性が高いわけ。具体的な性能とかは、詳しく調べてみないとわからないけど。なにせこんな赤い戦具なんて、今まで見たことも聞いたこともないしね」
レノクス「なら、調べて貰えますか? あ、でもプロテクトが」
エランド「人体が直接触れなきゃ大丈夫のようだから、調べようはあると思う。むしろ、こっちのほうからお願いしたいくらい。こんな珍しいものを調査できる機会なんて、そうそうあるものじゃないし。どう、任せてくれるかな?」
レノクス「はい。是非お願いします! あとなるべく、この件は内緒にしておいてもらえますか……」
エランド「ん、承知。できれば二、三日、時間をちょうだい。その間になるべく詳細なデータを取っておくからね。うっふふふ、楽しみだなぁ……」
レノクス「お、お手柔らかにお願いしますね……」
□平原・帝国第四軍野営地
月夜。篝火が焚かれ、無数の天幕が並んでいる。随所に戦装束をまとった歩哨が立ち、営内を警戒している。
□帝国第四軍本営天幕
天幕の中でカリンガ将軍が床机に腰かけ、地図を開いている。脇には参謀ゼルゲン。
カリンガ「予定より遅れてるな?」
ゼルゲン「ここいらは起伏こそ少ないですが、思いのほか足場の悪い土地です。湿地帯に近いため地面が柔らかく、ぬかるみも多いので」
カリンガ「対策は」
ゼルゲン「工兵隊を動員して、地面に板をかけさせ、足場を確保しつつ進軍するのが確実です。手間はかかりますが、結果的に進軍速度は向上するでしょう」
カリンガ「なら手配してくれ」
ゼルゲン「は」
ゼルゲン、敬礼して天幕を出る。それと入れ替わりに、黒い戦装束をまとう仮面の騎士が天幕に入ってくる。ゼルゲン、すれ違いざまにチラと侮蔑の視線を投げかける。仮面の騎士は気にもとめない様子。
カリンガ「おう、ビクターか」
仮面の騎士ビクター、敬礼しつつ答える。
ビクター「お呼びとうかがいましたが」
カリンガ「いささか行軍が遅れている。このままでは予定のタイミングに間に合わんのでな。貴様の部隊を軽装備で先行させたいのだ」
ビクター「ご命令とあれば。して、行き先は」
カリンガ「カンラだ」
ビクター「城攻めを?」
カリンガ「いや、それを貴様の部隊のみにやらせるのは、さすがに無謀というものだ。ある程度接近すれば、向こうも慌てて防備を固めようとするだろう。もし迎撃に出てくれば、一戦するもよし、いったん退いて様子を見るもよし、判断は任せる。そうして、貴様らがカンラの主兵力の注意を引き付けておる間に、我々は別方向から一挙に壁を越える。あとは、壁の内外からカンラを攻めたてれば、いかに難攻の堅城とて、落ちぬということはあるまい」
ビクター「つまり、我々は先行して囮となるわけですな」
カリンガ「不満か?」
ビクター「いえ、むしろ感謝しております。我ら戦奴ごときに、先駆けの機会をお与えくださるなど」
カリンガ「貴様自身は戦奴ではなく、立派な自由民なのだ。そう卑下せんでもいい」
ビクター「この仮面を付けている間だけ……ですがね」
カリンガ「功ある赤目へ報いるに、仮面で両目を隠すことを条件に、自由民の権利を与える……。いまの帝国の法では、それが赤目にかけうる最大限の温情だ。貴様ほどに有能な赤目がさらに増えてくれば、今後また状況は変わってくるかもしれんが……」
ビクター「お気にかけていただき恐縮です」
カリンガ「出発は明朝だ。今のうちに部隊を取りまとめておけ」
ビクター「承知しました」
ビクター、敬礼をほどこし退出。
カリンガ「カンラを陥とす……か」
カリンガ、天幕で一人ほくそ微笑む。
□城砦都市カンラ・領主の館
朝。館の玄関口。大型馬車の前で、ブラン子爵、オドア男爵がエレオノールと話している。
ブラン「なにも殿下自ら、そのような場所へ足をお運びにならずとも」
オドア「査察には我々の部下を向かわせるよう、すでに手配をいたしておりますし」
エレオノール「いえ、行きます。公務の経験を積むという口実で来たのですから、少しは仕事らしいことをしておかねばなりません」
オドア「傭兵団などというものは、ようするに無頼の巣窟でありますぞ。もし殿下に万一のことでもあれば」
エレオノール「すでに一度行って、どういう場所かは、およそ確かめています。それに、あそこにはマクダフ様がいらっしゃるのですよ」
ブラン「なんと? あのマクダフ殿でございますか? 衛将軍の職を辞されてから、もう幾年、行方知れずと聞いておりましたが」
エレオノール「ええ、今は、この領内で傭兵団の幹部をなさっているそうです」
オドア「ははあ、なるほど……。そういうことでしたか。これは、余計な差し出口を」
エレオノール「貴方がたは引き続き、職務に精励なさってください。吏員を五名ほどお借りしますよ」
ブラン「承知いたしました」
エレオノール、吏員らとともに大型馬車に乗り込み、館の前から走り去る。
ブラン「のう、男爵」
オドア「なんでしょう?」
ブラン「なぜマクダフが、こんなところにおる? 尚書令どのに睨まれて、王都から逃げ去ったあやつが」
オドア「もともと王宮では浮いておりましたからな。こんな辺境こそ、かの野蛮人には相応の居場所ということでありましょう」
ブラン「しかし、よりによって、この状況でのう。殿下がまた悪い癖を出されたようだ」
オドア「マクダフがいるとなれば、当分、殿下はここを動きますまい。我らの帰還も遅れそうですな」
二人、同時に溜息をつく。
□傭兵団の砦・団長室
エレオノール「では監査を行います。よろしく頼みますよ?」
団長室の客用ソファに腰掛けるエレオノール。小卓を挟んで向かいに並んで腰掛ける団長ダヤン、マクダフ、レノクス。
エレオノールの背後には随行の吏員三人が控え、羊皮紙とペンを用意している。
団長ダヤン「ええ、なんなりと」
ダヤンは愛想よく答える。呆れ顔のマクダフ、不機嫌そうなレノクス。
エレオノール「監査といっても、今日は簡単な聞き取り調査だけです。記録はこの者たちが行います。協力してください」
ダヤン団長「はい、それはもう」
レノクス「あの……なんでボクがここに呼ばれたんですか?」
エレオノール、レノクスを鋭く睨みつけるも、すぐにツンと顔をそらす。
エレオノール「近頃、辺境伯さまから王宮へ届けられた報告によれば……ここの傭兵団が、付近の盗賊を討伐し、その際に帝国製の戦具を回収したと。そしておまえとマクダフ様が、その当事者であったと、辺境伯さまから聞き及んでいます」
レノクス「盗賊って……ああ、あの時の?」
レノクス、少し意外そうな顔になる。エレオノール、またもやツンと顔をそらす。
エレオノール「報告がもし事実であるなら、帝国に不穏な動きがあるという証拠となります。王宮もこの一件を捨て置けず、より詳しい事情を聞き取るために、勅命によって私たちをここに遣わしたのです。……私としては、おまえの顔なんて見たくもなかったのですけど、お仕事だから、やむなく呼んだのです」
レノクス「はあ」
エレオノール、わずかにうつむき、上目遣いでレノクスを観察する。
マクダフ、王女の様子に怪訝そうな顔つきを浮かべる。
□回想・領主の館・居間
夜。ソファに向かい合うエレオノールとネリル。
エレオノール「あの赤目と仲良くすれば、あの宝が手に入ると?」
ネリル「ちょっと想像して御覧なさい。持ち主が誰であれ、それがいつでもエレンのすぐそばにあって、好きなときに鑑賞できる状態なら、実質、手に入れたのと同じことでしょう? ですから、無理矢理取り上げるのでなく、むしろレノクスくんと仲良くなって、そういう状況までもっていけばよいのです」
エレオノール「ああ。物をではなく、持ち主のほうを手に入れろと」
ネリル「……だいたい合ってます」
エレオノール「ネリルのおっしゃりたいことはわかりました。けれど、あの子はきっと、私を嫌ってます。それをどうやって」
ネリル「あなた自身はどうなんですか?」
エレオノール「私も嫌いです。平民のくせに言うことを聞きませんし」
ネリル「それだけですか?」
エレオノール「そう……気になる部分が無いといえば、それは嘘になります。傭兵なんて野蛮な仕事をしてる割には、卑しい感じではないし、金銭や地位を提示しても動じない。何か色々と隠していそうな雰囲気があります」
ネリル「それこそ、彼がもっているお宝と、何か関係があるのかもしれませんよ。平民と思わせておいて、実はどこかの高貴な血を引いている可能性だって……」
エレオノール「ふふふ。さすがにそこまでは無いでしょうけど、そう言われると、少しは興味が湧いてきますね」
ネリル「でしたら、あとはあなたの出方次第です。ただ、急に接近しようとすれば、下心を見透かされて、いっそう避けられてしまうかもしれません。ここらへんは駆け引きですね」
エレオノール「難しそうですね……」
ネリル「それもお宝に近付くためと思えば、頑張れるでしょう?」
エレオノール「確かに」
ネリル「そのために、まずは、彼と顔をあわせる口実が必要ですね」
エレオノール「あ、それなら、ちょうどよい用事があります。彼は普段、傭兵団の砦にいるのでしょう? 監察使のお手伝いという名目でなら、私があそこへ行っても不自然はないでしょう」
ネリル「なるほど。でしたら、傭兵団の雇い主は父ですから、先に父から傭兵団の内情を詳しく聞いて、把握しておきましょう。そのうえで、レノクスくんと接触をはかり、じっくり懐柔していくのです」
エレオノール「懐柔……ですか。ええ、やってみましょう。これも、あのお宝のためと思えば」
□傭兵団の砦・団長室
回想を終え、あらためてレノクスの顔を観察するエレオノール。
レノクス「以上です。結局、マクダフさんが一人で全部やっつけたのを、ボクは見ていただけで」
エレオノール「ええ、よくわかりました。証言、ご苦労様」
エレオノール、冷然とうなずく。
マクダフ「回収した戦具は保管してありますが、ご覧になりますかね?」
エレオノール「いえ、マクダフ様。今日は調書を取るのが目的です。そのへんの検証は明日としましょう。私も忙しい身ですので」
マクダフ「……はあ」
□傭兵団の砦・街側出入口
昼過ぎ。
エレンを乗せた王家の紋章付きの大型馬車が、早々に駆け去って行く。ダヤン団長が見送りに出ている。
□傭兵団の砦・二階テラス
街側に張り出した二階テラス。駆け去って行く大型馬車をテラス上から眺めるマクダフとレノクス。
マクダフ「やけにあっさり引きあげたな」
レノクス「本当に、ただ仕事で来ただけみたいですね」
マクダフ「だが、ありゃ、なんか企んでそうな顔だったぞ。明日も来るっていうし」
レノクス「油断はできませんね」
□傭兵団の砦・団長室
翌日。前日とまったく同様に吏員を引き連れ団長室に陣取るエレオノール。
エレオノール「さて、昨日の続きです。証拠品の用意はできていますか?」
相変わらず冷然たる態度で言う。マクダフ、レノクスは困惑顔。ダヤンが愛想よく銀の戦具を持ってくる。
ダヤン団長「こちらです。どうぞ」
エレオノール「これは」
エレオノール、ひと目見て、驚いたような顔を浮かべる。
エレオノール「生産品にしては質が高いですね。おそらくカスタムメイドの一品物でしょう」
マクダフ「ほう、そこまでおわかりになりますか」
エレオノール「B級でも使い込まれたものなら立派な骨董になりますからね。いくつかコレクションしているんです。刻印は削られていますが、制御結晶の形状から推測はつきます。帝国のガマオン州の錬金工房のいずれかで制作されたものでしょう」
レノクス「そんなことまで……? 凄いですね」
エレオノール「べつに、おまえに褒められても、嬉しくありません」
エレオノール、ツンと顔をそむける。
レノクス「すいません……」
エレオノール「謝られることでもないですけど。話を続けましょう」
マクダフ「ようするに、これが帝国製の戦具だとご理解いただければ、それで問題はありませんよ。これを、壁のこちら側の追い剥ぎが所持していた。そこが肝要なところですな」
エレオノール「これほどの上物が、そうそう壁のこちら側へ流出してくるとも思えません。その追い剥ぎが、帝国兵の偽装という推測は、おそらく正しいでしょう。いつの間にか帝国の軍隊がこちらに入り込んで活動している……辺境伯さまのご報告も、うなずけるものがあります。ただ、これのみをもって、兵変の兆しというには、いささか足りないような気もするのですが」
マクダフ「どうせルスポフ卿あたりが、そういう指摘をしたのと違いますかな。それで監察使の派遣とあいなった……」
エレオノール「よくわかりますね。おっしゃる通りです。右宰相のイスタス様は、即刻、動員令を下すべしとおっしゃられましたが、父上とルスポフ卿が、それは急ぎすぎであると」
マクダフ「その情景、ありありと目に浮かびますな……。しかし、そんな疑問も逡巡もまとめて吹っ飛ぶようなものが、もうぼちぼちと、すぐそこまで迫っているはずです。すでに傍証を得ていますのでね」
エレオノール「どういうことです? 詳しく聞かせてください」
マクダフ「そうですな。もう猶予はほとんどありますまい。せいぜいあと二、三日……」
□傭兵団の砦・望楼
昼。曇天。見張りの傭兵二人組。ひとりは彼方を眺め、ひとりはしゃがみ込んで水を飲んでいる。
傭兵C「ぷはー」
傭兵D「昼間っから酒か?」
傭兵C「ただの水だよ」
傭兵D「なんだ、酒なら分けてもらおうと思ったのに」
傭兵C「いまは非常召集の最中だぞ。酒はまずいって」
傭兵D「マクダフの旦那からは、とにかく砦にいろって言われたけどよ」
傭兵C「なんだろうな、戦争でも始まるのかね?」
傭兵D「……かもしれんぞ」
傭兵C「え?」
傭兵D「来る。なんかわからんが、かなりの規模だ」
傭兵C、がばと立ち上がって彼方を見る。平原の彼方、かすかに砂煙があがっている。
傭兵C「おお、こりゃマズい! 鉦鳴らせ鉦! 俺は下に伝えに行く!」
傭兵C、言いつつ急いで望楼を降りてゆく。
□傭兵団の砦・団長室
突如鳴り響く警鐘。驚き、顔を見合わせる室内一堂。クーガー隊長がドアを開けて飛び込んでくる。
クーガー「うおっと、これは! お話中で?」
マクダフ「構わん。何か来たのか?」
クーガー「真っ黒い騎兵の大集団が、まっすぐこっちへ突っ込んできてます!」
マクダフ「規模は」
クーガー「ざっと二千以上!」
ダヤン団長「二千ん? なんじゃそりゃあ!」
レノクス「そんな大勢が?」
クーガー「どう見ても野盗のたぐいじゃありません、ありゃ軍隊ですよ!」
マクダフ「はぁー。まだ少しは猶予があると思ってたがな。言ってるそばから来やがるとは」
エレオノール「もしかして、帝国軍なのですか?」
マクダフ「おそらくは。殿下はどうなさいます。観戦なさるなら、特等席へご案内さしあげますが」
エレオノール「そんな野蛮な趣味は持ち合わせておりません」
マクダフ「趣味についてはそれで結構としても、これはご公務の話ですよ。実際にその目でお確かめになれる機会ではありませんかな。帝国が戦争を仕掛けてきたとなれば」
エレオノール「それは……言われてみれば。わかりました。では、そこの、あか……じゃない、サビネアの」
レノクス「えっ? はい!」
エレオノール「案内なさい。ダヤン様やマクダフ様はお忙しいでしょうし」
レノクス「えーと?」
マクダフ「ああ、構わんぞ。殿下とお連れの方々を、まとめて北の望楼までご案内してさしあげろ。それが済んだら、おまえは降りてこいよ。馬は引いておいてやるから、ゲートまで走ってこい」
レノクス「わかりました。じゃあ、ええっと、殿下、ついてきてください」
レノクス、エレオノールと三人の吏員を引き連れ、退室。
マクダフ「クーガー」
クーガー「へい!」
マクダフ「出られる奴らは全員出せ。俺もすぐ行く」
クーガー「承知しました」
クーガー退出。
ダヤン団長「二千とは、いきなりだな」
マクダフ「いや……初手にしちゃ小勢だと思うがね。たぶん様子見とか先触れとか、そんな感じだろ」
ダヤン団長「うちの戦力で追い払えるのか?」
マクダフ「二千くらいならどうにかなる。もっとも、後続が次から次へ湧いてくるようだと厳しいがな。その場合、殿下にはご退避いただいて、あとは防御に徹するしかないだろう。ともあれ、やれるだけのことをやってみるさ」
□望楼への階段
レノクスを先頭に、望楼へ続く石段を上がるエレオノール一行。
レノクス「足元、気をつけてください」
エレオノール「ええ。ところで、聞きたいことがあるのだけど」
レノクス「なんですか」
エレオノール「おまえも、この戦いに出るのですか」
レノクス「はい。傭兵なので」
エレオノール「仕事だからですか」
レノクス「それだけじゃないです」
エレオノール「どんな理由ですか」
レノクス「答えなければいけませんか」
エレオノール「無理にとはいいません。知りたかっただけです」
レノクス「なにをですか」
エレオノール「私は、いくさというものを知りません。私とたいして年も違わないおまえが、自ら武器を取って戦いに行くというのは、どういう気持ちからなのか。それを聞きたいと思ったのです」
レノクス「ここは、いいところですから」
エレオノール「ここが……?」
レノクス「ここがなくなったら、ボクは困ります。だから戦うんです」
エレオノール「怖くはないのですか? 死ぬかもしれないのでしょう?」
レノクス「怖いですよ」
エレオノール「それでも、戦うと?」
レノクス「そうするだけの価値があると思うからです」
エレオノール「価値……ですか」
エレオノール、レノクスの言葉に、何か気付かされたように、目を見開き、彼の背中を見つめる。
□傭兵団の砦・望楼
レノクスに連れられて望楼上にあがるエレオノール一行。
エレオノール「意外に高い……」
レノクス「風に煽られないように、しっかり掴まってたほうがいいですよ」
エレオノールのドレスのスカートが、ばたばたとはためく。必死に抑え込むエレオノール。
エレオノール「はわッ! もうっ、この!」
レノクス「わわ! ボク、何も見てませんから!」
エレオノール「ええい! そんなのどうでもいいから! もう行くのでしょう? 生きて戻りなさい!」
レノクス「え?」
エレオノール「おまえが死んだら、おまえのあの宝物、私が取っちゃいますからね! それが嫌なら、生きて戻りなさい!」
レノクス「それは……はい、わかりました、頑張って生きて戻ります!」
レノクス、望楼から駆け去っていく。
エレオノール「やっと、まともに話せた」
エレオノール、ほっと息をつく。
エレオノール「生きて帰れたなら……また」
エレオノール、厳しい視線を平原に向ける。その視線の先に、平原へ集結中の傭兵団の兵列。
□傭兵団の砦・一階廊下
階段を駆け降りてきたレノクス。待っていたのはカラハたち新人組。すでにC級戦具と槍で武装済み。
スデルト「おー、来た来た」
メッカ「待ってたぜー」
レノクス「あれ? どうしたの、みんな」
カラハ「マクダフ副団長の指示でね。まずは、これ」
カラハがレノクスに何かを投げてよこす。受け取るレノクス。
レノクス「あ! これ」
レノクスの手に輝く銀の戦具。
カラハ「今日から、レノは第十一隊の隊長だって。それが隊長の証だよ」
レノクス「ボクが隊長……!」
カラハ「隊員は俺たちの他に、あと二十人ほど、見習いから昇格した奴らがつくそうだよ。ほら、それ使って」
レノクス「うん。それじゃあ」
レノクス、B級戦具を腕に嵌める。
まばゆい輝きとともに、白銀の戦装束がレノクスの全身を覆う。
レノクス「うお、これ凄い……! 凄い力が出そう!」
エンギ「おおー、やっぱB級はカッコイイな!」
スデルト「よろしく頼むぜ、レノ隊長!」
レノクス「わかった。じゃあみんな、行こう!」
カラハたち「おう!」
新人組、レノクスとともにゲートへ駆けていく。
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