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4章 アラサー女子、年下宇宙男子に祈る
4-17 ずっとくすぶっていた疑問
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宇宙観測衛星が打ち上ってから翌日、沢井さんから、記者会見の様子をまとめてホームページにアップするよう頼まれた。
「この辺の質問は削っていいですよね?」
私は、記者会見の後半に出てきた「美味しかった食べ物」など、衛星とは関係ない質問について確認した。
「せっかく私が昔の知り合いに頼んだ質問だから、残してよ。面白いじゃない」
沢井さんが頼んだ? え? 理解できない。
「な、なんで?」
「宇宙って理系分野では人気ある方だけど、やっぱキャラ立ってる先生、必要よね。せっかく朝河先生、取材受けてくれるようになったから、あの若さをプッシュして、宇関キャンパスの顔にしないと」
まだ、沢井さんは諦めていないんだ、流斗君アイドル計画。
「こういう記者会見で集まるの、科学系のお堅い記者さんでしょ? よっぽどメジャーなプロジェクトじゃない限り。それじゃ専門家と宇宙マニアにしか広がらないでしょ。やっぱり、誰もが引き付けられるキャラクター必要よね」
それは、わからないでもない。でも、流斗君である必要はない。
「だから、あえて炎上しそうな質問をしてもらったんだけど、朝河先生、ガード固いわね。ま、そういうキャラも悪くないか」
炎上商法を大学がやってどうする!
「ダメです課長。そんなことしたら、朝河先生、また取材NGになりますよ!」
「そんなに素芦さん、朝河先生を独り占めしたいの?」
「まさか! ただ、先生が言ってたことを正しく伝えたいだけです」
「まあいいけど……朝河先生が結婚したくなるころ、あなたは四十歳ぐらいかな? その年になってから男に去られるのって、本当にきついから、それだけは警告しておく」
生々しい話になった。
それは、沢井さんが独身でいることと関係するのだろうか? いや、そんなことを考えるのは失礼だ。
その夜、発射場の島から宇関に戻ったばかりの流斗君から、電話がかかってきた。
「あれほどの規模の記者会見って初めてだけど、どうでもいい質問ばっかりでさ」
その質問が沢井さんのヤラセだとは言えない。
「流斗君が若いから注目されるんだよ」
「テキトーに誤魔化したけど、本当のこと言った方がよかった?」
「誰かを傷つけなければいいんじゃない?」
「今したいのは、エロいこととか? 大学の広報のおねーさんからヤバい遊び教えてもらってるとか?」
「やめなさい! 私、ヤバい遊び教えてない!」
せっかく昨日の記者会見で感動したのに、台無しにしないでほしい。
流斗君は大学に戻ったが、衛星は軌道を移動中でまだ気を抜けないということで、相変わらず、メッセージがたまに来るぐらい。
打上げから二十日経ち、予定通り衛星は、ラグランジュポイントに到達した。
宇宙初期の信号を受信するセンサーも正常に動くことが確認される。
もちろん、そんな信号そのものがすぐにキャッチできるわけでない。
ほとんどがノイズだ。それらのデータの中から重要なデータを抽出する。
さらに抽出したデータを解析して、はじめて流斗君が探し求めるマルチバースが見つかる……衛星の運用が終わってからも何年もかかる道だ。
が、初期のテストが一通り終わり、運用段階に入ったところで、プロジェクトの初期のミッションは達成された。
『ようやく那津美さんに会える』
メッセージが届いた次の週末、彼は私の部屋にやってきた。
扉を開けた途端、流斗君が私をきつく抱きしめる。
昨年の終わり、私が宇宙研究センター会いに行って以来、二か月ぶりの彼の体温。
ぬくもりをしばらく味わいたくて、私は目を閉じる。彼の匂いにずっと包まれたくて。
しかし彼の手は、私の身体のあちこちをさまよい始めた。
ちょ、ちょっと待って、せっかく、いい雰囲気になってきたのに、そ、それはちょっと……。
「もう! せっかくご飯作ったんだから、食べようよ」
「二か月、食べてないから、もう限界」
彼が、まるで吸血鬼にでもなったかのよう、私の首筋に歯を立てる。
「やめなさい! 後にして!」
何とか腕を突っ張って、彼の動きを押しとどめた。
「そうだね。一番のごちそうは、最後ってことで」
その意地悪そうな笑顔が可愛くて、何でも許したくなる。
ちゃぶ台に並んだ料理に、彼は目を見開いた。
「あれ? 何かいつもと違うね」
鶏肉の異国風煮込みや、餃子の皮のミートパイ、トマトとイカのサラダなど、初めて作った料理ばかり。
「流斗君が行った望遠鏡の国っぽいでしょ?」
普段使わない香辛料を買った。中々の出費だった。
「あっちの国より食べやすいよ」
彼がニコニコしてくれるのが嬉しい。お昼からがんばった甲斐があった。
オーブンなしでミートパイを作るコツを母に聞いたのは、内緒だ。
(なこ、男は肉じゃがさえ作っておけばいいなんて、嘘だからね。変化球は必要よ!)
(朝河さんは、いろんな意味で滅多にいない、いい人なんだから、絶対逃しちゃダメ!)
電話口で妙に母は盛り上がっていた。
受験生二人は、無事に合格したらしい。
(逸樹と咲弥が、会いたがってるわ)
本当だろうか? もしかすると……半分血がつながった姉がどういう人間か、知らない方が不安かもしれない。
「母がね、流斗君にありがとうって」
「はは、お母さんに偉そうなこと言っちゃったからな……僕も、しばらくは時間取れるから、一緒に会いに行こうよ」
「いやいや! 流斗君の気持ちだけで充分だって!」
二人そろって母を訪ねたりしたら、流斗君はお婿さん扱いされ、逃げられなくなっちゃうよ。
「まだ私、母の子どもたちに会ったことないのよ。写真でしか知らないの」
彼がちょっと寂しそうに笑った。
父親違いの弟妹のことを流斗君に打ち明けたのはつい最近のこと。が、彼は母からすでに聞いていたようだ。
「そうか。そっちが先だね。那津美さん、まず電車に乗れるようにがんばろう」
私も笑った。
流斗君を追って宇宙研究センターまでドライブできたのに、まだ電車で宇関を超えたことはない。
この年で笑ってしまうけど、そこから始めないとね。
初めて挑戦した異国風の料理は、まずまずの出来だったらしく、流斗君は完食してくれた。
一緒に皿を洗っても、のんびり脚を伸ばしてくつろぐ彼を見ても、幸せな気持ちになる。
だから、もういいかな。秘密を明らかにしても。
「あのね、謝ることがあるの」
「やだな。いまさら、どうしたの?」
「衛星の打ち上げが延期になったの、私のせいなの」
流斗君が大きな目を丸くして、唖然としている。
「実験が成功して、あなたがもっとすごい先生になって隣に葉月さんと子どもたちがいて、私が独りぼっちになると思ったら、いつのまにか、宇鬼川に入ってウサギさまにお願いした。打ち上げ失敗するようにって」
「い、いや……あれは直前にプログラムの問題が見つかったから……」
「私にそんな力ないってわかってる。でも、自分が許せなかった」
流斗君が、相変わらずのボサボサ頭をかきむしり始める。
「私、二度と呪ったりしない……だって、そんなことしたら、もう流斗君と二度と会えない。恥ずかしすぎて」
「ひどいこと言うなよ!」
流斗君が厳しい顔をして私を睨みつけている。
「本当にごめんなさい。私、本当に許されないことした」
「違うよ! 僕は呪いなんか信じない。那津美さんが僕を呪おうが好きにすればいい」
彼が私の隣に座り、肩を引き寄せた。
「でもその程度で、会えないなんて決めるなよ! 呪われてロケットが失敗したって、いつか実験はできる。僕じゃなくてもこの国じゃなくても、世界の誰かが成功させる。でも……」
私の身体はすっぽり彼の両腕に包み込まれる。
「あなたに会えなくなったら、僕はどうしたらいい? どこへ行ったらいいんだ?」
彼は強い。私が呪ったぐらいでは負けない。
「できれば呪う前に直接言ってほしかったけど、僕が連絡しなかったからだよね」
なのに、私はあまりに弱くて情けない。弱いからウサギさまに頼ろうとする。
彼に言いたいことを言えない弱さ。
流斗君に嫌われたくないから「大人な友だち」のままでいいと言い聞かせてきた。
年上の物分かりの良い女を演じた。
男女のことなど、何でも知っているフリをしていた。
この町にいる間だけの、一時的な関係だと、割り切っていた。
全部うそ。
流斗君を独り占めにしたい。
彼にも、私だけを思ってほしい。
この町から離れることになっても、ずっと、こうして過ごしたい。
会えないのは寂しい。忙しくされるのも寂しい。毎日、抱きしめてほしい。
なんてウザイ自分!
こんな思いを抱えたままだと、また私は、ウサギさまに頼って呪いをかけそうだ。
だから、ずっとくすぶっている疑問を、もう一度ぶつけた。
「流斗君の好きな子ってどんな子?」
「この辺の質問は削っていいですよね?」
私は、記者会見の後半に出てきた「美味しかった食べ物」など、衛星とは関係ない質問について確認した。
「せっかく私が昔の知り合いに頼んだ質問だから、残してよ。面白いじゃない」
沢井さんが頼んだ? え? 理解できない。
「な、なんで?」
「宇宙って理系分野では人気ある方だけど、やっぱキャラ立ってる先生、必要よね。せっかく朝河先生、取材受けてくれるようになったから、あの若さをプッシュして、宇関キャンパスの顔にしないと」
まだ、沢井さんは諦めていないんだ、流斗君アイドル計画。
「こういう記者会見で集まるの、科学系のお堅い記者さんでしょ? よっぽどメジャーなプロジェクトじゃない限り。それじゃ専門家と宇宙マニアにしか広がらないでしょ。やっぱり、誰もが引き付けられるキャラクター必要よね」
それは、わからないでもない。でも、流斗君である必要はない。
「だから、あえて炎上しそうな質問をしてもらったんだけど、朝河先生、ガード固いわね。ま、そういうキャラも悪くないか」
炎上商法を大学がやってどうする!
「ダメです課長。そんなことしたら、朝河先生、また取材NGになりますよ!」
「そんなに素芦さん、朝河先生を独り占めしたいの?」
「まさか! ただ、先生が言ってたことを正しく伝えたいだけです」
「まあいいけど……朝河先生が結婚したくなるころ、あなたは四十歳ぐらいかな? その年になってから男に去られるのって、本当にきついから、それだけは警告しておく」
生々しい話になった。
それは、沢井さんが独身でいることと関係するのだろうか? いや、そんなことを考えるのは失礼だ。
その夜、発射場の島から宇関に戻ったばかりの流斗君から、電話がかかってきた。
「あれほどの規模の記者会見って初めてだけど、どうでもいい質問ばっかりでさ」
その質問が沢井さんのヤラセだとは言えない。
「流斗君が若いから注目されるんだよ」
「テキトーに誤魔化したけど、本当のこと言った方がよかった?」
「誰かを傷つけなければいいんじゃない?」
「今したいのは、エロいこととか? 大学の広報のおねーさんからヤバい遊び教えてもらってるとか?」
「やめなさい! 私、ヤバい遊び教えてない!」
せっかく昨日の記者会見で感動したのに、台無しにしないでほしい。
流斗君は大学に戻ったが、衛星は軌道を移動中でまだ気を抜けないということで、相変わらず、メッセージがたまに来るぐらい。
打上げから二十日経ち、予定通り衛星は、ラグランジュポイントに到達した。
宇宙初期の信号を受信するセンサーも正常に動くことが確認される。
もちろん、そんな信号そのものがすぐにキャッチできるわけでない。
ほとんどがノイズだ。それらのデータの中から重要なデータを抽出する。
さらに抽出したデータを解析して、はじめて流斗君が探し求めるマルチバースが見つかる……衛星の運用が終わってからも何年もかかる道だ。
が、初期のテストが一通り終わり、運用段階に入ったところで、プロジェクトの初期のミッションは達成された。
『ようやく那津美さんに会える』
メッセージが届いた次の週末、彼は私の部屋にやってきた。
扉を開けた途端、流斗君が私をきつく抱きしめる。
昨年の終わり、私が宇宙研究センター会いに行って以来、二か月ぶりの彼の体温。
ぬくもりをしばらく味わいたくて、私は目を閉じる。彼の匂いにずっと包まれたくて。
しかし彼の手は、私の身体のあちこちをさまよい始めた。
ちょ、ちょっと待って、せっかく、いい雰囲気になってきたのに、そ、それはちょっと……。
「もう! せっかくご飯作ったんだから、食べようよ」
「二か月、食べてないから、もう限界」
彼が、まるで吸血鬼にでもなったかのよう、私の首筋に歯を立てる。
「やめなさい! 後にして!」
何とか腕を突っ張って、彼の動きを押しとどめた。
「そうだね。一番のごちそうは、最後ってことで」
その意地悪そうな笑顔が可愛くて、何でも許したくなる。
ちゃぶ台に並んだ料理に、彼は目を見開いた。
「あれ? 何かいつもと違うね」
鶏肉の異国風煮込みや、餃子の皮のミートパイ、トマトとイカのサラダなど、初めて作った料理ばかり。
「流斗君が行った望遠鏡の国っぽいでしょ?」
普段使わない香辛料を買った。中々の出費だった。
「あっちの国より食べやすいよ」
彼がニコニコしてくれるのが嬉しい。お昼からがんばった甲斐があった。
オーブンなしでミートパイを作るコツを母に聞いたのは、内緒だ。
(なこ、男は肉じゃがさえ作っておけばいいなんて、嘘だからね。変化球は必要よ!)
(朝河さんは、いろんな意味で滅多にいない、いい人なんだから、絶対逃しちゃダメ!)
電話口で妙に母は盛り上がっていた。
受験生二人は、無事に合格したらしい。
(逸樹と咲弥が、会いたがってるわ)
本当だろうか? もしかすると……半分血がつながった姉がどういう人間か、知らない方が不安かもしれない。
「母がね、流斗君にありがとうって」
「はは、お母さんに偉そうなこと言っちゃったからな……僕も、しばらくは時間取れるから、一緒に会いに行こうよ」
「いやいや! 流斗君の気持ちだけで充分だって!」
二人そろって母を訪ねたりしたら、流斗君はお婿さん扱いされ、逃げられなくなっちゃうよ。
「まだ私、母の子どもたちに会ったことないのよ。写真でしか知らないの」
彼がちょっと寂しそうに笑った。
父親違いの弟妹のことを流斗君に打ち明けたのはつい最近のこと。が、彼は母からすでに聞いていたようだ。
「そうか。そっちが先だね。那津美さん、まず電車に乗れるようにがんばろう」
私も笑った。
流斗君を追って宇宙研究センターまでドライブできたのに、まだ電車で宇関を超えたことはない。
この年で笑ってしまうけど、そこから始めないとね。
初めて挑戦した異国風の料理は、まずまずの出来だったらしく、流斗君は完食してくれた。
一緒に皿を洗っても、のんびり脚を伸ばしてくつろぐ彼を見ても、幸せな気持ちになる。
だから、もういいかな。秘密を明らかにしても。
「あのね、謝ることがあるの」
「やだな。いまさら、どうしたの?」
「衛星の打ち上げが延期になったの、私のせいなの」
流斗君が大きな目を丸くして、唖然としている。
「実験が成功して、あなたがもっとすごい先生になって隣に葉月さんと子どもたちがいて、私が独りぼっちになると思ったら、いつのまにか、宇鬼川に入ってウサギさまにお願いした。打ち上げ失敗するようにって」
「い、いや……あれは直前にプログラムの問題が見つかったから……」
「私にそんな力ないってわかってる。でも、自分が許せなかった」
流斗君が、相変わらずのボサボサ頭をかきむしり始める。
「私、二度と呪ったりしない……だって、そんなことしたら、もう流斗君と二度と会えない。恥ずかしすぎて」
「ひどいこと言うなよ!」
流斗君が厳しい顔をして私を睨みつけている。
「本当にごめんなさい。私、本当に許されないことした」
「違うよ! 僕は呪いなんか信じない。那津美さんが僕を呪おうが好きにすればいい」
彼が私の隣に座り、肩を引き寄せた。
「でもその程度で、会えないなんて決めるなよ! 呪われてロケットが失敗したって、いつか実験はできる。僕じゃなくてもこの国じゃなくても、世界の誰かが成功させる。でも……」
私の身体はすっぽり彼の両腕に包み込まれる。
「あなたに会えなくなったら、僕はどうしたらいい? どこへ行ったらいいんだ?」
彼は強い。私が呪ったぐらいでは負けない。
「できれば呪う前に直接言ってほしかったけど、僕が連絡しなかったからだよね」
なのに、私はあまりに弱くて情けない。弱いからウサギさまに頼ろうとする。
彼に言いたいことを言えない弱さ。
流斗君に嫌われたくないから「大人な友だち」のままでいいと言い聞かせてきた。
年上の物分かりの良い女を演じた。
男女のことなど、何でも知っているフリをしていた。
この町にいる間だけの、一時的な関係だと、割り切っていた。
全部うそ。
流斗君を独り占めにしたい。
彼にも、私だけを思ってほしい。
この町から離れることになっても、ずっと、こうして過ごしたい。
会えないのは寂しい。忙しくされるのも寂しい。毎日、抱きしめてほしい。
なんてウザイ自分!
こんな思いを抱えたままだと、また私は、ウサギさまに頼って呪いをかけそうだ。
だから、ずっとくすぶっている疑問を、もう一度ぶつけた。
「流斗君の好きな子ってどんな子?」
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