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4章 アラサー女子、年下宇宙男子に祈る

4-16 138億年前へ

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 プロジェクト公式サイトから、プログラムの不具合が解消され宇宙観測衛星の打ち上げが一か月後になった、と発表された。
「良かったわね、素芦もとあしさん」
 環境棟で行われる公開講座の参加者名簿を作っているところ、沢井さんがわざわざ私の席にやってきた。
「え、ええ、安心しました。宇関キャンパスでも大事なプロジェクトですし」
 私は本当にそう思っている。決して流斗君への個人的な感情だけで、そう言ったわけではない。うん。

 ニヤリと沢井さんが笑った。含みのある笑い方だ。
「その日はね、パブリックビューイングをやろうと思うのよ。宇宙研究センターがネットライブ配信する打ち上げを、そのまま大きなモニターに映すんだけど、どう?」
「それは、一般の人も見られるんですか?」
「もちろんよ。だからパブリックって言うんだし。うちの大学をどんどんメジャーにしないとね」

 思わず私は立ち上がった。
「いいですね! それなら、宇宙棟の邦見先生とか、情報の尾谷先生とか、朝河先生に関わりのある先生方を呼んで解説してもらうとか、どうでしょうか?」
 流斗君が参加するプロジェクトを、多くの人に知ってもらう。私も協力したい。

 沢井さんが弾けるような笑顔を見せる。
「OK。じゃ、飯島君、会場とモニターの手配よろしく。それと先生方の調整もね」
 いきなり上司から仕事をフラれた飯島さんが、不平そうな顔を見せる。
「それ、素芦さんが、言い出したことやないか……はい、わかりましたよ」
 飯島さん、ごめんなさい。私のせいで仕事増えて。
 広報課のリーダーは次々と指示を出す。

「宇関の朝河研にもライブカメラ置くのはどう? 打ち上げライブ配信の空白時間の時、朝河研の学生さん達が奮闘する様子を映して、合間にコメント貰うの」
 流斗君からこの前聞いたが、真智君はこっちに残って研究室と宇宙観測衛星との通信を担当するらしい。
 真智君は、研究室をずっとサボり、流斗君から逃げ回り、私に物理の授業を押し付けたチャラ男クンだったのにね。

「海東さんは、朝河先生と調整お願い」
「うわあ、楽しみだなあ。私もパブリックビューイング、見ていいんですか?」
 流斗君の担当である海東さんは、目尻にしわを寄せて笑った。やっぱり羨ましい。
 だから、私も参加したい。

「沢井課長、私も手伝います」
 が、沢井さんは首を振る。
「素芦さんその日、忙しいでしょう? 素芦さんが担当する環境棟の公開講座、ちょうどロケット打ち上げにぶつかるし」
 沢井さんに言われるまでもなく、私は真っ先にそのことが気になった。
 私が手伝う公開講座の時間と、衛星打ち上げ時刻は完全に重なっているのだ。
 打ち上げが予定通りならこんなことにならなかったのに……やはり、呪いなんてするもんじゃない。

 ちょっと残念だ。
 でも、私は私でできることをしよう。


 宇関の商工会に顔を出した。場所は月祭りの会合場所と同じ集会所だ。
 また、商工会の役員と月祭りの実行委員会は、メンバーが重なっていることもあり、多くは顔馴染みだ。
 会合の後半、時間を作ってもらい私は用件を切り出すことができた。
「お久しぶりです。今回も大学の広報担当として、宣伝に来ました、あ、お金くれって話じゃありません」
 気まずい雰囲気の笑い声があちこちから漏れた。

「大学の公開イベントを紹介したいと思います。ポスターにチラシも持ってきました。このチラシを皆さまのお店に置いてくれるとありがたいです」
 私は、自分が手伝ってる環境棟の公開講座のチラシとポスターを見せた。
「今回の講座は、異常気象の予測がテーマです。昔は月祭りの日は晴れてたけど、この数年、ずっと雨か曇りです。これからどうなるか、こういう講座を通して考えたらどうでしょう? 月祭りのやり方を見直すいい機会と思います」
「いや、それはあんたが何とかするだろ?」
 はい? 私に何をしろと?

「そうそう、この前も、那津美ちゃんが歌ったから、ウサギさまが顔を出した。だから、来年も歌、頼むよ」
 だから、祭りの最後、私の歌の後に晴れたのは、偶然だって!
「あ、あの、月祭りはとにかく、今後の気候は商工会としても、注目して損はないと思います」

 こういう時、荒本さんがいれば、と思わないでもない。彼ならもっと上手く仕切るだろう。
 が、彼は自分の愚かさで宇関を追い出された。
 私もいつまでも幼なじみを当てにしないで、できること進めよう。
「はい、もう一つ、イベントの紹介です。こっちはプリントを持ってきました」
 私は先程まで作ってたチラシを役員のみなさんに配る。
 それは、宇宙観測衛星打ち上げ中継のパブリックビューイングの案内だった。

 商工会を始め、宇関の任意団体を回り、公開講座、そして衛星打ち上げについて説明した。
「これから、一般公開のイベントがあったら紹介しますね」と、一言を添える。
 私にもできる仕事がある。
 昔からここに住んでる私だからこそできる仕事が。

 今年も終わる。
 衛星打ち上げ決定のお礼の歌を、亀石の池の前でウサギさまに捧げた。
 年賀状を準備して、簡単に掃除する。
 この七年疎遠にしていた、中学・高校・大学の友人たちに、ダメもとでメッセージを送った。
 来年、会おう、とみんなと約束する。
 年明けのスケジュールが忙しくなった。


 新しい年を迎えた。
 流斗君とは新年の短いメッセージを交換した。彼は年末からずっと発射場の島に籠りきり。メッセージに添付された写真は、南の島の開放的な海岸にそびえる巨大な発射台。
 私もいつか行ってみたい。
 神社の初もうでは一人だが、寂しくない。打ち上げの成功を祈るだけ。

 そして衛星の打ち上げの日を迎えた。


 いよいよ、宇宙観測衛星が地球を離れ、宇宙に飛び立つ。
 新聞社に現地のテレビ局など取材陣は、発射場の島に向かったらしい。
 沢井さんたちは、衛星打ち上げ中継のパブリックビューイングのセッティングに大忙しだ。
 パブリックビューイングにも、環境棟公開講座にも多くの参加者が集まった。

 公開講座は定員を増やし、教室ではなく講堂で行われることとなった。申し込み者の中には、地元の人も多く、商工会に宣伝したことも無駄ではなかったようだ。
 講座会場への道しるべをプリントし、大学の要所要所に貼り付ける。
 受付会場をセッティングする。講義用のパソコンとプロジェクターのセッティングは、研究室の学生さんがやってくれる。
 私は、会場の受付を担当した。参加者の名簿をチェックし、資料を手渡しする。遅れてくる人もいるから、講義中も私は受付で待機する。
 環境講座が始まった。参加者名簿を見ると、まだ来ていない人もいる。

 そろそろ衛星の打ち上げかな? スマホで打ち上げ中継配信をチェックしたい誘惑にかられるが、それは私の仕事ではない。
 打上げ直前の数秒前でも中断することがあるから心配……ダメダメ! 今の私の仕事は、公開講座の受付担当。
 バイト中によそ見をするようでは、流斗君に顔を向けられない。彼は今、最高の緊張感に耐えてがんばってるんだから。


 扉の向こうから、拍手が沸き起こる。環境講座「異常気象の予測」が終わったようだ。
 講堂の重い扉を開け、パラパラと会場を後にする参加者に礼を言って「次回は、マイクロプラスチック問題の講演です。ぜひお越しください」と付け加える。
 受付の人だかりが落ち着いたところで、講座の会場に入る。と、講座担当の教授が何人かの参加者と話し込んでいる。
 早く、話終わらないかな……そろそろロケットから衛星を分離し、衛星が太陽パネル電池を開くころだし……ダメだって! 今日は、この会場の扉を閉めるまでが私の仕事なんだから。
 広い講堂を歩き回り、貼り付けてあったポスターやチラシを外したり、落し物がないか床を確認する。

 ようやく最後の参加者が先生との話に満足して帰ってくれた。講堂の鍵を閉めて事務室の管理課に返却し、広報課のシマに戻ると、もうメンバーは事務所に戻っていた。
「あ、あの……」
 沢井さんが微笑んでいる。
「大丈夫よ。打ち上げは予定通り、信号も受信できたから。軌道に向けて進むところが確認できたところよ」

 よかった。
 ウサギさまは、願いを聞き届けてくれた。
 できれば、打ち上げの瞬間を見届けたかったけど、それは後で見ることができる。
 これで、流斗君に会うことができる。
 私も、私なりに仕事してたよって。


 公開講座参加者のアンケートをまとめ、教授にデータを送信した。
「素芦さん、もう時間よ。上がっていいわ」
 沢井さんに声をかけられ、定時を回ったことに気がつく。
 作業をしているとあっという間に時間が過ぎる。
「ありがとうございます。それではお先に失礼します」
 全くいつもと変わらない日。いつもの通り、私は家に戻った。


 そして、その夜。
 私は、流斗君が買ってくれた新しいパソコンで、宇宙研究センターのライブ配信にアクセスした。


 画面に映ったのは、発射場の島のプレスセンターで行われている、宇宙観測衛星のプロジェクトメンバーによる記者会見だ。
 ずらっと八人の研究者、技術者が並び、流斗君もその中にいた。
 私の知る彼とは違う、厳しい顔の青年がそこにいた。

 衛星プロジェクトのリーダーの先生が、概要を説明する。宇宙の始まり、ビッグバンのもっと前のインフレーションについて、初期の宇宙の信号を調べることで証明したい、と説明した。

 会見を担当する先生方が次々とコメントを述べ、終わりに流斗君の出番となった。
「僕は、マルチバース……この宇宙の他にある宇宙が存在するのか、このプロジェクトで得られるデータを解析して調べるため参加しました。図々しいのは承知でしたが、途中からプロジェクトに参加させていただき……えーと、先生方には本当に迷惑をかけました」
 照れくさそうに頭を下げる流斗君。周りの先生方は、ほとんど流斗君の父親世代だ。経験豊富な他のメンバーが流斗君に笑顔を見せてうなずいた。

 一通り説明が終わり、質疑応答に移った。
 記者からの質問には鋭いものもあれば、わかってないもの、ピント外れな質問もある。
 流斗君は無表情にそれらを聞いているが、たまに進行の先生から話題をふられると、ボソボソと答える。いつもより声が低い。
「みなさん、今、一番、何をしたいですか?」
 まるでスポーツ選手やタレントに聞くような質問が出た。
 マイクが各人に渡される。
 今後の研究の展望を述べる人もいれば、家に帰って休みたい、家族に会いたい、など律儀に答えてくれる。
 研究とは関係ない質問だ。

 が……私も、興味ある。好きな食べ物だの趣味だの、関係ないと言えば関係ないが、科学に携わる人を身近に感じられる質問だ。
 そこから、冷たい顔をして気取った科学者たちが、お茶目な愛すべきキャラだとわかるかもしれない。ゲームがきっかけで歴史に興味を持つように。
 天才たちの人生はそれ自体がドラマだ。普通の人には信じられないエピソードが詰まってる。といっても、流斗君が言ってた、玄関でエッチしたとかそこまでの話は……って、大切な記者会見で私は何を考えているの!

 マイクが流斗君に渡された。
「この発射場は素晴らしく、ずっとここにいたいのですが、そろそろ大学の仲間に会いたいですね」
 仲間。真智君など研究室の学生を、仲間といった。ほとんどの学生が彼より年上だ。まだ成りたての若い先生にとって、学生は頼りになる仲間なのかもしれない。チャラい真智君も含めて。

 その後、質問が流斗君に集中した。
「その年で准教授になれたのは?」「この島で美味しかった食べ物は?」
 段々、謎な質問が増えてきた。彼の声に苛立ちが感じられる。
 ファンとして興味ないわけじゃないが、衛星に関係ない質問はどうかと思う。
「先生みたいに若いと、研究するより遊びたくなりませんか?」
 さすがにそれはNGでしょう。

「遊びはどこでもできます。電話番号の数字を計算して10にするとか。あと最近好きなのは」
 彼が笑ったように見えた。
「月齢を当てるんです。来年の七月×日が満月か三日月かわかりますか? 三日月です」

 それ、いうんですか! 確かにそれ、私が聞いたけど。
 あの最悪の別れの日、川でずぶ濡れになりながら、どうしても知りたかったことは、父が見た月の形。
 本当に反省しているから、その話、出さないで。

 その後も「好きなアイドルは?」「ご両親に伝えたいこと」など、関係ない質問が増え、流斗君はのらりくらりと交わす。さすがに司会の人がストップをかけた。

 記者会見の終わりに、先生方が一言ずつ述べた。
 流斗君も続けた。
「マルチバースは、この宇宙から逃げるためではなく、僕らが存在する意味を知るためにあるんです。宇宙を知れば知るほど、今、生きて考えていることが奇跡だと思います。これからも僕は奇跡を大切にしたいし、この宇宙での人生が掛け替えのない奇跡なんだと伝えるために、研究を続けていきます」

 彼は忘れていない。別宇宙へ逃げていった人のことを。
 私はもう、別宇宙に逃げたいって思わないよ。
 本当に、ありがとうね。



 翌朝、私は、アーカイブになった宇宙観測衛星の打ち上げ映像を確認した。
 南の島の発射場のプレスセンターで担当者が状況を説明する。
 プロジェクトの先生方が現れコメントを寄せる。その中で流斗君もしっかりコメントしていた。
 打ち上げのカウントダウン、爆音と輝き、白煙の中、続くカウントアップの中で、あっという間に空の彼方に消えていくロケットの姿を確認し、何度も再生した。

 これから衛星は、二十日間かけて、ラグランジュポイントへ向かう。
 軌道が安定するポイントだ。地球から離れるので大気の影響を受けず、長期にデータを受信する。
 到達したらこれから三年間、138億年前の宇宙の叫びに、耳を傾ける日々が続く。
 叫びの中に紛れ込む、私たちが決して行くことができない、何もかも違う別宇宙の微かなつぶやき……流斗君なら、聞き取れるだろう。
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