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4章 アラサー女子、年下宇宙男子に祈る
4-14 普通のホテルで…… ※R
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『流斗君なんか大っ嫌い!』
こんなくだらないことを言うために来たんじゃないのに。
顔を見たら、子どもみたいに責めたてていた。
「那津美さん、後でいくらでも話聞くから、今はここを出よう」
彼の腕の力が緩む。
周りを見渡すと、展示場の係員が私たちにおずおずと声を掛けてきた。
「そ、そのー、ここはもうすぐ閉めますから」
その年配の女性は気まずそうにそっぽを向いている。
ああ、この係の人の目の前で抱き合ってしまった。子どもみたいに泣きじゃくって。
「申し訳ありません!」
私も慌てて、彼から離れる。
顔を見合わせ、見学スペースを後にした。
センターの屋外を歩きながら話を続ける。
「その、ごめんなさい、先生」
私は一歩退く。
「広報で髪が短い女性が来たとしか聞いてないから、沢井さんかと思ったんだ」
私が来たと知ったら、この人は逃げたのだろうか。
彼に背中を撫でられた。が、それを振り払う。この人は既婚者だ。
「今日は、こっち泊まるよね? 宿はどうしたの?」
「駅前のホテルを取ったからそれは大丈夫です」
「じゃ、僕もそっちに行くよ。車で来たの?」
「はい。中々、楽しいドライブでした」
「すごいな。駅が怖いと言ってたのに、こんな遠いところまで本当に……」
彼が私の頭をポンポンと撫でた。その笑顔がまぶしい。
「その申し訳ないけど、夜八時までかかる。タクシーで、那津美さんのホテルに行くよ」
「それなら私、もう一度、迎えに行きますよ」
約束通り、夜八時過ぎ、流斗君は宇宙研究センターのゲートで待っていた。
ホテルのレストランはこじんまりとして薄暗い。
「いや~久しぶりにセンターの外に出られたよ」
流斗君が伸びをしている。
ハンバーグステーキとオムライスがテーブルに並んだ。
「弁当も飽きちゃってね」
彼はガツガツとハンバーグを頬張っている。
「肉、食べるようになったんですね」
「那津美さんに叱られたくないから」
やっぱり、私、この人好きだ。勝手に一人で思っている分には許してほしい。
「ここに来るようになって一月かな。時々、宇関には戻ってるけど。センターの許可をもらって中継講義やってる」
「奥様とはなかなか会えませんよね。遠距離だし」
「うわ! いきなり『奥様』か。チクチク来るな。でも……へへ、悪くないか」
この人、私との微妙な関係を続行する気マンマンだ。さっきからベタベタ触ってくるし。彼女とはしばらく遠距離結婚だから、私を現地妻にするつもりなのだろう。
本来は軽蔑すべきなのに、私はその関係を望んでいる。
なぜ不倫の恋がやめられないのか、わかった気がする。
「ちゃんと、奥様に連絡してます? 離れてたら毎日TV電話してあげないと可哀相ですよ」
「うわあ。刺さるなあ。ごめん。本当は毎日電話したいけど集中できなくなるから我慢してたんだ」
葉月さんのことそんなに好きなのね。だからといって謝られても困るんだけど。
「よく結婚に踏み切りましたね」
とりあえず釘を刺しておこう。
「結婚? 那津美さんが今、言い出したんでしょ? 僕も那津美さんがそういう気持ちならちゃんと考えるよ」
何を考えるの? 不倫したいってこと?
「葉月さんと結婚したんでしょう? 彼女を大切にしてください。私、不倫は絶対嫌です!」
カタン。流斗君の手からフォークとナイフが落ちた。
「ちょ、ちょっと、何言ってるの?」
「誤魔化して私と関係続けようなんて卑怯よ! 証拠あるんだから! 写真撮ったでしょ!」
怒りのあまり、私は事務バイトとして先生に対する礼儀を忘れ、すっかり元の口調に戻ってしまう。
「写真??」
スマホの写真を見せつけた。流斗君と葉月さんのウェディングフォトを。
「うわあああ! 葉月さん、何考えてんだよ!」
「照れることありませんよ、先生。とっても幸せそうでステキな写真と思います」
流斗君は私にスマホを返した。
そして、自分のスマホを取り出し、私に一つの写真を見せた。
「こっちの写真見てよ。まだわからないの?」
それは、私が大学のカフェで撮った流斗君と葉月さんのツーショットだった。
満面の笑みを浮かべるカサミンと、恥ずかしそうな流斗君。
「え?……あ……」
結婚写真と、カフェで撮った写真。ほぼ同じポーズだが、流斗君の表情は微妙に変わっている。元の写真はやや引きつっているが、結婚写真では笑顔を浮かべている。
改めて流斗君の顔を見た。
「こんな写真アプリでいくらでも合成できるよ。葉月さん、いくらなんでもやりすぎだ!」
流斗君がスマホを取り出し何か入力を始めたので、私は慌てて止めた。
「やめて! わかったからもういいよ!」
彼女の気持ちがわかった。
憧れの先輩と再会した。一緒に仕事をした。まだ学生の自分。すでに准教授として大きなプロジェクトに参加している先輩。
先輩の周りに変な女がうろついてたから排除にかかった。それだけ。
今までの自分を振り返る。
私は彼に『おめでとう』とメールした。プロジェクトが忙しいのに謎の『おめでとう』
会うなりいきなり責めたてた。『奥様に毎日電話を』と言った。
「那津美さんは、僕が勝手に結婚する人間だと思ったんだね」
彼が不機嫌そうに口を尖らせている。
だから、忘れそうになる。お互い納得して会わない、って言ったことを。
「葉月さんとのことはともかく、私たち、別れたよね」
「そう思われても仕方ないことをした。那津美さんが、真夜中、一人で出かけて川に入りだして……僕は訳が分からなくなって、プロジェクトに専念しようって……自分のことばかりだった」
真夜中に私は自ら川で溺れた。それを彼は助けてくれたのに、私は一言もお礼を言わなかったのだ。
「ごめんなさい。せっかくの最後の日を楽しく過ごすつもりだったのに」
「最後の日? やだな、隕石でも衝突するの?」
流斗君が目を丸くしている。何か食い違いがあるようだ。
「私、会わない方がいいって言ったわ。流斗君、すぐうなずいたじゃない」
「うん。那津美さんも僕のこと考えてくれたのかと思ってた」
「考えたよ。流斗君は葉月さんが好きなのに、私とダラダラ会ってるのは良くないから、あの日を最後にしようと思った」
「嘘だろ!」
私たち以外誰もいないホテルのレストランで、流斗君が叫び頭をかきむしった。
「僕のこと、全然、考えてないじゃないか!」
彼の大きな拳がテーブルをドンと鳴らす。
「衛星のプロジェクトが予想以上に大変で、那津美さんと会ってる方が楽しくなってきて……いつも心配してくれてたけど、本当は時間がないのに遊んでた。でも、それでプロジェクトに支障が出たら意味ない。だから、衛星が無事に軌道に乗って信号をキャッチできたら、那津美さんに堂々と会おうと決めたんだ」
彼は確かにあの時、そう言った。
『このままじゃダメになってしまう。プロジェクトに集中したいんだ』
それしか聞いていない。流斗君がその後何を言ったのか、聞こえなかった。自分で切り出した別れを彼があっさり受け入れてくれたことがショックで。
彼は、仕事がひと段落するまで会わない、というつもりだった。
「僕のこと嫌いになったの? 二度と会いたくないぐらい?」
私は叱られた子供みたいに、ポツリと返事した。
「そ、そんなわけ、ないよ……」
自分でも情けないぐらいの、泣きそうな声。
「今日は、こっちに泊まるから」
彼がぼそっと呟く。
私はコクンと答えた。
私が泊まったシングルの部屋から、荷物を取って、入り口で待つ流斗君と合流する。
ホテルのダブルルームに一緒に入った。
ドアが閉まる。流斗君がカギをまわす。
途端、きつく抱きしめられた。
バッグとコートが落ちる音で、私は我に返った。
「ちょっと、私、こんな」
「那津美さんは奥さんなんだからいいでしょ?」
「違うって、あれはそんなつもりじゃ」
「じゃ、今からそんなつもりでいて」
狭いホテルの部屋の壁に身体が押し付けられる。
彼は器用に私のシャツとパンツを脱がし、瞬く間に下着姿が露わにされた。
こんなことなら、オシャレなインナーにすべきだった。
が、それらもすぐ彼の手によってはがされる。
彼自身は服を着たまま、私の乳首に激しく吸い付く。同時に、彼の指が私の花弁を刺激する。自分でもすでにそこが濡れていることがわかり、恥ずかしい声を抑えることができない。
立っていられず、私は彼の腕に縋りついたまま、床に崩れ落ちた。
そのまま彼が覆いかぶさり、私の両ひざを持ち、脚を押し広げる。
彼は頭を私の股間にうずめた。そしてすでに濡れている蜜をすくい取るようにしつように舐める。
「いや、恥ずかしい。こんなところで、だ、駄目」
絶え間ない甘い責め苦が続くが、いきそうなところで止められてしまう。
物足りなく、私は、彼のくせ毛をかき揚げ「おねがい、ほしいの」と懇願する。
「那津美さん、エロすぎる」
かすれ声で囁かれ、耳たぶにキスされる。
服を着たままの彼が、ベルトを外し、下半身だけむき出しの格好となった。
カーペットの床に押し付けられたまま、膝頭を持ち上げられた。
「奥さんなんだから、このままでいいよね」
私が小さくうなずくと、そのままの彼が侵入してくる。
激しく肉体と肉体がぶつかり合う音と、淫らな声が入り乱れる。彼が私の中で果てると同時に私も質量からエネルギーに変換された。
終わった後もそのまま動けず床の上で伏せていると、流斗君が囁いた。
「ごめんね。大丈夫?」
肩にホテルのウェアを羽織らせてくれた。
「……こんなところでいきなり恥ずかしいよ……」
上半身を起こして流斗君の肩に腕を回す。彼は背中をそっと撫でてくれた。
「玄関で、してみたかったんだ」
「それって、前に話した変態科学者の日記のこと?」
「そういうことは、ちゃんと覚えるんだ」
その後、シャワーを浴び、狭いバスタブの中で互いの身体を洗いあっているうちに、もう一度私たちはつながった。
放心状態のまま、私はぼんやりとベッドの上でホテルの天井を眺めていた。
渦巻きはやはりない。無地の淡いクリーム色。
横を向くと、ホテルのルームウェアを着た流斗君が微笑んでいる。
胸元が開いた大人の男性がそこにいた。
何か、恥ずかしく照れくさい気持ちになってくる。先ほどまでもっと恥ずかしいことをしていたのに。
「那津美さん、普通のホテルがいいって言ってたよね。どうだった?」
流斗君が私の頬にそっと触れてきた。
「そんな、どうって言われても……」
「僕はラブホの方がいいな。風呂があんな狭いのに高いよな」
「だったら、次の出張では、そういうホテルに一人で泊まることね」
が、軽口は続かない。彼は沈黙のうち、ようやく口を開いた。
「結局、連絡を絶っても、那津美さんのことばかり気になってた。あんな別れ方したから」
彼が手の甲にキスをした。
私が一人で抜け出し真夜中の川に飛び込んだ夜。
「流斗君は、いつも助けてくれるね。祭りの夜、襲われてた時も、母と一緒に駆け付けてくれた」
彼の丸い目が一層見開かれた。
「那津美さん、お母さんが神社にいたの、知ってたの?」
「ええ、母はね、荒本さんがあの場所で何をするか、知っていたみたい」
これ以上、詳しいことは言いたくなかった。素芦家の娘にされた忌まわしい儀式のことは。
「お母さんと話したんだ! じゃあ、もういいかな」
丸い目が輝きを増した。彼が躊躇いがちに切り出す。
「月祭りの時、お母さんに追いかけるよう頼まれたんだ。僕は、言われるまま運転しただけ。カメラで場所を見つけたというのもハッタリだよ」
そういえば、なぜ、彼はそれを今まで言わなかったのだろう?
「お母さんには口止めされてた。那津美さんがお母さんのこと嫌っているからって」
彼の頬に触れてみる。
「荒本さんに殴られて痛かったでしょ?」
「ああいう時、宇宙の研究って全然役に立たないよな。兵器開発なんてハッタリかましたけど、全然、効かなかった」
ううん、宇宙をそんな風に使ってほしくない。彼にはそれは似合わないし、私のために青あざを作ってほしくない。
流斗君は、マルチバースを見つけるという、大切な使命があるのに。
そう。
私は彼に会えたあまり浮かれ、本来の目的を忘れていた。
『実験やめる』
そのメッセージの意味が知りたくて、六時間もかけてやってきたのだ。
「流斗君。実験やめちゃうの?」
「ん? 心配しなくていいよ」
彼がにっこり笑う。
「那津美さんに会ったばかりのころ、塾長さんが言ってた。あなたは難しい人だって。想像以上だったな。宇宙の方程式以上の難解さだった」
今までのことが思い出され、顔が赤くなる。
「ごめんなさい! 私、あなたにひどいことばかりしている」
「へへ。でも、僕が実験から手を引けば、ずっとそばにいられる。那津美さんを理解できるよう、たくさん話するよ。夜中に抜け出したら、すぐ追いかけられる」
ビジネスホテルの暗い照明の中、彼は微笑んでいる。
私のことを考えてくれて、実験をやめる、とまで言ってくれる。
思わず私は彼の首にしがみついた。
「衛星が軌道に載ったら、僕のこのプロジェクトの役割は終わりだ。いくらでも宇宙で稼ぐ手段はあるから大丈夫だよ。本を書いてもいいしコメンテーターでもいい」
流斗君の大きな手が、私の短くなった髪をなでる。
彼がいつも私のそばにいる。なんて幸せなんだろう。
でも……それは、宇宙のためにならない。
こんなくだらないことを言うために来たんじゃないのに。
顔を見たら、子どもみたいに責めたてていた。
「那津美さん、後でいくらでも話聞くから、今はここを出よう」
彼の腕の力が緩む。
周りを見渡すと、展示場の係員が私たちにおずおずと声を掛けてきた。
「そ、そのー、ここはもうすぐ閉めますから」
その年配の女性は気まずそうにそっぽを向いている。
ああ、この係の人の目の前で抱き合ってしまった。子どもみたいに泣きじゃくって。
「申し訳ありません!」
私も慌てて、彼から離れる。
顔を見合わせ、見学スペースを後にした。
センターの屋外を歩きながら話を続ける。
「その、ごめんなさい、先生」
私は一歩退く。
「広報で髪が短い女性が来たとしか聞いてないから、沢井さんかと思ったんだ」
私が来たと知ったら、この人は逃げたのだろうか。
彼に背中を撫でられた。が、それを振り払う。この人は既婚者だ。
「今日は、こっち泊まるよね? 宿はどうしたの?」
「駅前のホテルを取ったからそれは大丈夫です」
「じゃ、僕もそっちに行くよ。車で来たの?」
「はい。中々、楽しいドライブでした」
「すごいな。駅が怖いと言ってたのに、こんな遠いところまで本当に……」
彼が私の頭をポンポンと撫でた。その笑顔がまぶしい。
「その申し訳ないけど、夜八時までかかる。タクシーで、那津美さんのホテルに行くよ」
「それなら私、もう一度、迎えに行きますよ」
約束通り、夜八時過ぎ、流斗君は宇宙研究センターのゲートで待っていた。
ホテルのレストランはこじんまりとして薄暗い。
「いや~久しぶりにセンターの外に出られたよ」
流斗君が伸びをしている。
ハンバーグステーキとオムライスがテーブルに並んだ。
「弁当も飽きちゃってね」
彼はガツガツとハンバーグを頬張っている。
「肉、食べるようになったんですね」
「那津美さんに叱られたくないから」
やっぱり、私、この人好きだ。勝手に一人で思っている分には許してほしい。
「ここに来るようになって一月かな。時々、宇関には戻ってるけど。センターの許可をもらって中継講義やってる」
「奥様とはなかなか会えませんよね。遠距離だし」
「うわ! いきなり『奥様』か。チクチク来るな。でも……へへ、悪くないか」
この人、私との微妙な関係を続行する気マンマンだ。さっきからベタベタ触ってくるし。彼女とはしばらく遠距離結婚だから、私を現地妻にするつもりなのだろう。
本来は軽蔑すべきなのに、私はその関係を望んでいる。
なぜ不倫の恋がやめられないのか、わかった気がする。
「ちゃんと、奥様に連絡してます? 離れてたら毎日TV電話してあげないと可哀相ですよ」
「うわあ。刺さるなあ。ごめん。本当は毎日電話したいけど集中できなくなるから我慢してたんだ」
葉月さんのことそんなに好きなのね。だからといって謝られても困るんだけど。
「よく結婚に踏み切りましたね」
とりあえず釘を刺しておこう。
「結婚? 那津美さんが今、言い出したんでしょ? 僕も那津美さんがそういう気持ちならちゃんと考えるよ」
何を考えるの? 不倫したいってこと?
「葉月さんと結婚したんでしょう? 彼女を大切にしてください。私、不倫は絶対嫌です!」
カタン。流斗君の手からフォークとナイフが落ちた。
「ちょ、ちょっと、何言ってるの?」
「誤魔化して私と関係続けようなんて卑怯よ! 証拠あるんだから! 写真撮ったでしょ!」
怒りのあまり、私は事務バイトとして先生に対する礼儀を忘れ、すっかり元の口調に戻ってしまう。
「写真??」
スマホの写真を見せつけた。流斗君と葉月さんのウェディングフォトを。
「うわあああ! 葉月さん、何考えてんだよ!」
「照れることありませんよ、先生。とっても幸せそうでステキな写真と思います」
流斗君は私にスマホを返した。
そして、自分のスマホを取り出し、私に一つの写真を見せた。
「こっちの写真見てよ。まだわからないの?」
それは、私が大学のカフェで撮った流斗君と葉月さんのツーショットだった。
満面の笑みを浮かべるカサミンと、恥ずかしそうな流斗君。
「え?……あ……」
結婚写真と、カフェで撮った写真。ほぼ同じポーズだが、流斗君の表情は微妙に変わっている。元の写真はやや引きつっているが、結婚写真では笑顔を浮かべている。
改めて流斗君の顔を見た。
「こんな写真アプリでいくらでも合成できるよ。葉月さん、いくらなんでもやりすぎだ!」
流斗君がスマホを取り出し何か入力を始めたので、私は慌てて止めた。
「やめて! わかったからもういいよ!」
彼女の気持ちがわかった。
憧れの先輩と再会した。一緒に仕事をした。まだ学生の自分。すでに准教授として大きなプロジェクトに参加している先輩。
先輩の周りに変な女がうろついてたから排除にかかった。それだけ。
今までの自分を振り返る。
私は彼に『おめでとう』とメールした。プロジェクトが忙しいのに謎の『おめでとう』
会うなりいきなり責めたてた。『奥様に毎日電話を』と言った。
「那津美さんは、僕が勝手に結婚する人間だと思ったんだね」
彼が不機嫌そうに口を尖らせている。
だから、忘れそうになる。お互い納得して会わない、って言ったことを。
「葉月さんとのことはともかく、私たち、別れたよね」
「そう思われても仕方ないことをした。那津美さんが、真夜中、一人で出かけて川に入りだして……僕は訳が分からなくなって、プロジェクトに専念しようって……自分のことばかりだった」
真夜中に私は自ら川で溺れた。それを彼は助けてくれたのに、私は一言もお礼を言わなかったのだ。
「ごめんなさい。せっかくの最後の日を楽しく過ごすつもりだったのに」
「最後の日? やだな、隕石でも衝突するの?」
流斗君が目を丸くしている。何か食い違いがあるようだ。
「私、会わない方がいいって言ったわ。流斗君、すぐうなずいたじゃない」
「うん。那津美さんも僕のこと考えてくれたのかと思ってた」
「考えたよ。流斗君は葉月さんが好きなのに、私とダラダラ会ってるのは良くないから、あの日を最後にしようと思った」
「嘘だろ!」
私たち以外誰もいないホテルのレストランで、流斗君が叫び頭をかきむしった。
「僕のこと、全然、考えてないじゃないか!」
彼の大きな拳がテーブルをドンと鳴らす。
「衛星のプロジェクトが予想以上に大変で、那津美さんと会ってる方が楽しくなってきて……いつも心配してくれてたけど、本当は時間がないのに遊んでた。でも、それでプロジェクトに支障が出たら意味ない。だから、衛星が無事に軌道に乗って信号をキャッチできたら、那津美さんに堂々と会おうと決めたんだ」
彼は確かにあの時、そう言った。
『このままじゃダメになってしまう。プロジェクトに集中したいんだ』
それしか聞いていない。流斗君がその後何を言ったのか、聞こえなかった。自分で切り出した別れを彼があっさり受け入れてくれたことがショックで。
彼は、仕事がひと段落するまで会わない、というつもりだった。
「僕のこと嫌いになったの? 二度と会いたくないぐらい?」
私は叱られた子供みたいに、ポツリと返事した。
「そ、そんなわけ、ないよ……」
自分でも情けないぐらいの、泣きそうな声。
「今日は、こっちに泊まるから」
彼がぼそっと呟く。
私はコクンと答えた。
私が泊まったシングルの部屋から、荷物を取って、入り口で待つ流斗君と合流する。
ホテルのダブルルームに一緒に入った。
ドアが閉まる。流斗君がカギをまわす。
途端、きつく抱きしめられた。
バッグとコートが落ちる音で、私は我に返った。
「ちょっと、私、こんな」
「那津美さんは奥さんなんだからいいでしょ?」
「違うって、あれはそんなつもりじゃ」
「じゃ、今からそんなつもりでいて」
狭いホテルの部屋の壁に身体が押し付けられる。
彼は器用に私のシャツとパンツを脱がし、瞬く間に下着姿が露わにされた。
こんなことなら、オシャレなインナーにすべきだった。
が、それらもすぐ彼の手によってはがされる。
彼自身は服を着たまま、私の乳首に激しく吸い付く。同時に、彼の指が私の花弁を刺激する。自分でもすでにそこが濡れていることがわかり、恥ずかしい声を抑えることができない。
立っていられず、私は彼の腕に縋りついたまま、床に崩れ落ちた。
そのまま彼が覆いかぶさり、私の両ひざを持ち、脚を押し広げる。
彼は頭を私の股間にうずめた。そしてすでに濡れている蜜をすくい取るようにしつように舐める。
「いや、恥ずかしい。こんなところで、だ、駄目」
絶え間ない甘い責め苦が続くが、いきそうなところで止められてしまう。
物足りなく、私は、彼のくせ毛をかき揚げ「おねがい、ほしいの」と懇願する。
「那津美さん、エロすぎる」
かすれ声で囁かれ、耳たぶにキスされる。
服を着たままの彼が、ベルトを外し、下半身だけむき出しの格好となった。
カーペットの床に押し付けられたまま、膝頭を持ち上げられた。
「奥さんなんだから、このままでいいよね」
私が小さくうなずくと、そのままの彼が侵入してくる。
激しく肉体と肉体がぶつかり合う音と、淫らな声が入り乱れる。彼が私の中で果てると同時に私も質量からエネルギーに変換された。
終わった後もそのまま動けず床の上で伏せていると、流斗君が囁いた。
「ごめんね。大丈夫?」
肩にホテルのウェアを羽織らせてくれた。
「……こんなところでいきなり恥ずかしいよ……」
上半身を起こして流斗君の肩に腕を回す。彼は背中をそっと撫でてくれた。
「玄関で、してみたかったんだ」
「それって、前に話した変態科学者の日記のこと?」
「そういうことは、ちゃんと覚えるんだ」
その後、シャワーを浴び、狭いバスタブの中で互いの身体を洗いあっているうちに、もう一度私たちはつながった。
放心状態のまま、私はぼんやりとベッドの上でホテルの天井を眺めていた。
渦巻きはやはりない。無地の淡いクリーム色。
横を向くと、ホテルのルームウェアを着た流斗君が微笑んでいる。
胸元が開いた大人の男性がそこにいた。
何か、恥ずかしく照れくさい気持ちになってくる。先ほどまでもっと恥ずかしいことをしていたのに。
「那津美さん、普通のホテルがいいって言ってたよね。どうだった?」
流斗君が私の頬にそっと触れてきた。
「そんな、どうって言われても……」
「僕はラブホの方がいいな。風呂があんな狭いのに高いよな」
「だったら、次の出張では、そういうホテルに一人で泊まることね」
が、軽口は続かない。彼は沈黙のうち、ようやく口を開いた。
「結局、連絡を絶っても、那津美さんのことばかり気になってた。あんな別れ方したから」
彼が手の甲にキスをした。
私が一人で抜け出し真夜中の川に飛び込んだ夜。
「流斗君は、いつも助けてくれるね。祭りの夜、襲われてた時も、母と一緒に駆け付けてくれた」
彼の丸い目が一層見開かれた。
「那津美さん、お母さんが神社にいたの、知ってたの?」
「ええ、母はね、荒本さんがあの場所で何をするか、知っていたみたい」
これ以上、詳しいことは言いたくなかった。素芦家の娘にされた忌まわしい儀式のことは。
「お母さんと話したんだ! じゃあ、もういいかな」
丸い目が輝きを増した。彼が躊躇いがちに切り出す。
「月祭りの時、お母さんに追いかけるよう頼まれたんだ。僕は、言われるまま運転しただけ。カメラで場所を見つけたというのもハッタリだよ」
そういえば、なぜ、彼はそれを今まで言わなかったのだろう?
「お母さんには口止めされてた。那津美さんがお母さんのこと嫌っているからって」
彼の頬に触れてみる。
「荒本さんに殴られて痛かったでしょ?」
「ああいう時、宇宙の研究って全然役に立たないよな。兵器開発なんてハッタリかましたけど、全然、効かなかった」
ううん、宇宙をそんな風に使ってほしくない。彼にはそれは似合わないし、私のために青あざを作ってほしくない。
流斗君は、マルチバースを見つけるという、大切な使命があるのに。
そう。
私は彼に会えたあまり浮かれ、本来の目的を忘れていた。
『実験やめる』
そのメッセージの意味が知りたくて、六時間もかけてやってきたのだ。
「流斗君。実験やめちゃうの?」
「ん? 心配しなくていいよ」
彼がにっこり笑う。
「那津美さんに会ったばかりのころ、塾長さんが言ってた。あなたは難しい人だって。想像以上だったな。宇宙の方程式以上の難解さだった」
今までのことが思い出され、顔が赤くなる。
「ごめんなさい! 私、あなたにひどいことばかりしている」
「へへ。でも、僕が実験から手を引けば、ずっとそばにいられる。那津美さんを理解できるよう、たくさん話するよ。夜中に抜け出したら、すぐ追いかけられる」
ビジネスホテルの暗い照明の中、彼は微笑んでいる。
私のことを考えてくれて、実験をやめる、とまで言ってくれる。
思わず私は彼の首にしがみついた。
「衛星が軌道に載ったら、僕のこのプロジェクトの役割は終わりだ。いくらでも宇宙で稼ぐ手段はあるから大丈夫だよ。本を書いてもいいしコメンテーターでもいい」
流斗君の大きな手が、私の短くなった髪をなでる。
彼がいつも私のそばにいる。なんて幸せなんだろう。
でも……それは、宇宙のためにならない。
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