【完結R18】君を待つ宇宙 アラサー乙女、年下理系男子に溺れる

さんかく ひかる

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4章 アラサー女子、年下宇宙男子に祈る

4-6 彼と彼女と、それ以外の私

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 宇関の商店会と話し、薄皮揚げ饅頭などの名産を大学の購買部へ売り込むよう提案してみる。
 広報の仕事とは直接関係ないので、休みを取って、私は、購買部の担当者を商店会に案内した。そこまで引き合わせれば、私の仕事は終わりだ。
 晩秋の宇関の商店街で、空を見上げた。満月? いや、少し欠けている。ウサギさまが餅をつく。月に昇れた感謝を込めて。
 大学と商店会で話がついて、試験的にコーナーを設け、名産を売ることになった。


 翌日、私は、月祭りのレポートと饅頭やどら焼きなど名産の詰め合わせを配るため、研究室を回る。
 情報の尾谷先生にはウェブカメラの件でお世話になった。
 先生は「朝河先生のプロジェクトもいよいよ大詰めで、私のところも急かされまして」と、はにかみながら答えてくれた。
「大変ですね」とごく普通に返した。うっかり「すみませんね」と言いそうになったが、私は、彼の身内ではない。


 一通り研究室をまわった後、事務室に戻った。
 少し休んでから、宇関キャンパスの案内資料に使う写真を撮影することにした。
 出かけようとする私を海東さんが引き留める。
「さっきね、朝河先生、カフェで可愛い子とお茶してたわよ」
「そうなんですか? まあ、とにかく撮影行ってきます」
 私は、気にしないフリをして席を立った。
 関係ない。関係ない。お茶なんて関係ない。


 海東さんに言われたからではない。
 元々、カフェの写真は撮る予定だった。
 だから、私はガラス張りのカフェにむかった。流斗君は関係ない。女の子とお茶ぐらい誰だってするだろう。

 私もここで流斗君とランチした。
 最初に行ったとき、お互いが頼んだケーキを半分こした。その後、取材をお願いしたら、機嫌悪くされたっけ。

「失礼します。店長さんいいですか?」
 デジカメとICレコーダーを携えて、学内カフェの店長に話しかけた。予め、今日の撮影のことは伝えてあった。
 メニューのポイントや、特に評判のいいスイーツについて話を聞く。

 店内の撮影について尋ねると「お客さんの許可を取ってくれる?」というので、私は「すみませーん、みなさん。今から入学案内用の写真を撮ります。写されたくない人はいますか?」と、声を上げた。
 カフェの定員は五十人。今は午後三時ということで、十人ほどの客がバラバラに座っている。撮影するにはちょうどいい感じだ。
 特に撮影を拒否する人はなく、うなずくか「いいですよ」と答えてくれた。

 客の中に流斗君がいた。海東さんが言った通り、可愛い女の子と一緒だった。学内で見たことない女の子だ。
 学生さんはたくさんいるが、女性は少ないので、このキャンパスでは目立つ。彼の隣にいる清楚なセミロングヘアの女の子は見たことがない。
 店長がバツが悪そうに私を見ていた。
「朝河先生、今日は珍しいね。あの子はここでは見かけないけど」
 カフェの店長に妙に気を遣われている気もするが、勘ぐりすぎだろうか。
「じゃあ、早速いくつか撮影しますね」

 店内を回った。ケーキのアップ、全体の風景、談笑する研究者たち。
 その中でも、流斗君が女の子と丸テーブルを囲んでスイーツを頬張る姿は、客観的に見て絵になる風景だ。
 二人に近づいた。二人も気がついたようだ。が、流斗君が笑顔で手を振ってくれることはなく、何か気まずそうにしている。

「朝河先生すみません。ご一緒の方、失礼しますね。今、大学の写真を撮影しています。よろしいでしょうか?」
 目いっぱい笑顔を張り付けてみる。
「へー、あなたが、リュートの……よろしくね」
 彼女にジロジロと見られた。その顔立ちに見覚えがあった。声も聞いたことがある。流斗君はやはり気まずそうにしている。
「も、もしかして、カサミンさん!」

 ピンクのウィッグではなく、メイクもあっさりしていたのですぐわからなかった。
 私は、少しほっとした。彼のお茶の相手が知っている女の子だったので。
 こんなことでいちいちホッとしたり焦ったりする自分に呆れてしまう。
 カサミンも驚いたようだ。

「あたしのこと知ってるの? 意外な感じ」
「はい。私、科学音痴なので、カサミンさんの動画で勉強しているんです。こんなところで会えるなんて」
「あちゃー、あたしの動画適当だから、勉強してるって言われるとヤバいわ」

 年が離れた女子同士で盛り上がっていると、男子が割り込む。
素芦もとあしさん、どうしたんですか?」
「へー、『モトアシさん』ねー」
「葉月さん、静かにして」
 カサミンは葉月さん、というんだ。流斗君がちょっと偉そうにしているのは中学の先輩だからか。

 私はあらためて用件を切り出す。
「先生、少し撮影してもいいですか?」
 流斗君はそっぽを向いたまま答えた。
「僕はいいけど、彼女は写さないでほしい」
 可愛い姫を守る騎士を気取っているようで、何か面白くない。え? 何が面白くないんだろう。当然の配慮じゃない。

「そうですか。念のために聞きますね。カサミンさん、無理には言いませんが、うちの大学の入学案内の資料に写してもいいでしょうか? あなたはネットで活躍しているから、顔は困るかしら?」
「リュートとツーショット載せてくれるの? じゃ、ラブラブで」
 素顔のネットアイドルは立ち上がり、流斗君のそばによって中腰になり、頬を彼の肩に寄せた。

「葉月さん! なに!?」
 流斗君は焦っているけど、カサミンを避けようとはしない。されるがままになってる。
「資料には使えませんが、せっかくなので撮りますね。記念写真ということで」

 すごく似合っている。年も流斗君とは二歳違い。同じ中学の部活の先輩後輩が、大人になって仕事で再会。
 二十二歳の准教授に、首都総大のリケジョネットアイドル。
 週刊誌があったら、好意的に盛り上げてくれるカップルだ。二人とも小柄なので並ぶと見た目的にもあっている。八歳も年上の事務バイトの大柄なおばさんより。
 何より彼女は私よりずっと、流斗君の仕事を理解している。

 私は、事務的にシャッターを切った。
「この写真は先生に送りますね。先生、あとでカサミンさんに送ってあげてください」
 流斗君は立ち上がった。
「余計なことしないで。あなたの仕事は入学案内の写真を撮ることでしょう?」

「えー、怒らないで~。ねえ、素芦さんだっけ? あたしのアドレス教えるからこっち送って。リュート送ってくれないみたいだから」
 戸惑いつつ、互いのスマホを見せ合ってアドレスを交換した。

「葉月さん、僕はもう戻るよ。君は一人で帰れるよね」
 カサミンがちらっと私を見てから、流斗君に縋った。
「リュート~、もう帰っちゃうのお? つまんないよ~」
 流斗君はカサミンに呟く。それにカサミンも答えている。
 何かひそひそと囁きあっている。仲いいんだね。
「私も失礼しますね」
 いたたまれなくなり、私もその場を去った。大体写真は取り終わったから、次の施設に移ろう。


 廊下を歩いていると、カサミンが追ってきた。
 気まずいが、私は立ち止まって笑顔で待つ。
「もう、お帰りですか?」
「うん、リュート行っちゃったから。素芦さんとお話ししたくて」
 私と話? 思わず身構える。
「後で写真、送りますね」
「あなたって、写真撮るのが仕事なの?」
「ええ、私は大学広報のお手伝いをしているんです」
「ふーん……いいなあ。あのさあ、リュートと付き合ってるの?」

 何を聞くの、この子は。さっき、私は先生とアルバイトの立場を崩さないで接したはずだ。
「私は別に朝河先生と付き合ってませんよ」
 それも嘘ではない。
「じゃあさ、これってどういうこと?」
 カサミンが私にスマホの動画を見せた。
 それは、沢井さんから教えられたブログに載っていた、私と流斗君が月祭りで抱き合ってる動画だった。

「私が祭りで歌った後、興奮して盛り上がって、先生に褒められたから、つい……こうしてみると恥ずかしいですね」
「これ、あたしのブログに載せてたんだ」
「え! あれ、カサミンさんのブログだったの? 朝河先生のファンのブログって」
「うん。カサミンは、うちの大学を中心にいろんな先生にインタビューするの。だから、特定の先生だけ追いかけるのは、違うでしょ?」
 あの後、ブログは見てないからはっきり覚えてないが、中学時代からの朝河流斗の活躍を追いかけた本格的なものだった記憶がある。

「あたし、リュートのこと、中学のとき好きで、夕方遅くまで部活で残って、よく一緒に帰ったよ」

 別にそれはいいけど、なぜ私に言うの?
「部活ってロボット研。リュート宇宙に行っちゃったけど、ロボットもすごかった。あたし、それで機械工学行ったんだ。リュートと同じ高校目指してがんばったのに、あたしが入ったころは、スキップして卒業しちゃうんだもん」

 額から汗が流れた。いや、落ち着くの。
 流斗君は、中学生の時、高校生が出場する国際科学大会に出て金メダルを取った。彼を追いかけ憧れる女の子は、たくさんいて当たり前。
「再会したらもっと好きになっちゃった」
「そう、良かったですね」
 だから、なぜ私にそれを言うの?
「あたしはサイエンスの人じゃないから、リュートの理論全部はわからない。でも、彼の理論を実証するためには、観測や実験が必要でしょ? そういう装置を作ることで、リュートを助けたいんだ」

 汗が背中にも流れる。
 流斗君の理論を実証するために力になる人が増える。それは彼にとって素晴らしいこと。
 一方私はほとんど役に立たない。いや、迷惑をかけ助けてもらってばかりだ。
「だから、大学院はこっちに移るの。リュートが機械工学の先生紹介してくれるって」
 いいことだ。

「で、リュートのマンションから通うつもり」
 そのことばが、私にとどめを刺した。

 大学院に移ったら、彼のマンションから通う?
「あなたが付き合ってるなら悪いと思ったんだけど、そうじゃないならいいよね?」
「私はただのアルバイトです。その……朝河先生は、あなたが大学院に進学したら、一緒に暮らすつもりなの?」
 カサミンは、頬を染め、にっこり笑った。

「そうなのね。びっくりした。再会して、そこまで進むものなんですね」
「あたしだって高校から大学までずっと離れてたから、いろんな人と付き合ったよ。でもリュートとは違うんだ」
 それはそうだろう。彼女の同級生だって充分優秀な学生だろうが、すでに教える立場の流斗君と比べては可哀相だ。

「よかったですね。朝河先生も、あなたのような優秀な学生さんが助けてくれるなら、心強いもの」
「ありがと。あとね、あのブログの動画が出たとき、リュートすごい慌てて消してくれって頼んできたの」
「そうですか。ええ、私が先生に迷惑かけると思って……」
「リュートは、あたしにそういうの見られたくなくて恥ずかしかったみたい」
 そういうことね。動画を消すようお願いしたのは、私のためではなくて「あたしのため」だったんだ。
 彼女に、知らない女と抱き合ってる姿、見られたくなかったんだ。

 カサミンとお互い笑顔で手を振って別れた。

 彼に好きな子ができたら応援する。そんなの彼女としてありえない。そう思ってた。
 でも、私は、心ならずも、応援してしまった。

 そして、長いことモヤモヤした疑問が解けた。
 なんだ。彼女だったのね。彼が好きだった女の子。

 中学時代、彼も彼女が好きだった。奥手な彼は心に秘めていた。彼女と結ばれることがないのも、彼女が私の存在を気にしないのも、部活の後輩先輩だけの関係で、再会の目途が立たなかったから。
 毎晩話すといったのは、あくまでも先輩、後輩としてだ。
 が、二人は会い、互いの思いを自覚し、将来、一緒に暮らすことを約束した。

 一方、私と流斗君は、何の約束もしていない。仮に二人が付き合うことになっても、彼が私に一々報告する必要はないのだ。


 その夜、私は新しいパソコンで、久しぶりに十八禁乙女ゲーム「コギタス・エルゴ・スム」を起動した。
 データはちゃんと移行されていた。
 押し入れからヘッドフォンを取り出す。
 倉橋さんからもらったプレゼントがゴロゴロと押し入れから飛び出したが気にしない。
 やはり陛下のボイスは落ち着く。
 私の相手は、二次元がふさわしい。
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