【完結R18】君を待つ宇宙 アラサー乙女、年下理系男子に溺れる

さんかく ひかる

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4章 アラサー女子、年下宇宙男子に祈る

4-5 リケジョネットアイドル

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 流斗君から、毎日の電話はかかってこなくなった。
 忙しいのか、それとも電車に乗れない私に失望したのだろうか。
 それでもメッセージは毎日届くし、三日に一度は電話がかかってくる。

「これでも私、科学の動画チェックしているの。科学動画だとカサミンって女の子が可愛いよ。ミス首都総で機械工学の子だけど、流斗君に取材依頼してたよ」
 他愛もない雑談で、明るく振舞う。
「取材は考えてもいいけど、素人学生が作った動画でわかった気になったら、そこまでだよ。動画だったらこっちがお勧め」

 そういって彼が送ってきた動画のリストは……私には厳しめだった。バリバリの理科系の高校生大学生なら、面白いんだろうな。
「時間取れたら、僕が休みの日にちゃんと教えるって」
「やめてください。先生、ロケット打ち上げもうすぐでしょ?」
「わかってる。何度も言わなくていいよ」
 イライラした声で話は終わった。


 大学の昼休み、大学の購買部の担当さんに、宇関の薄皮揚げ饅頭など保存がきくお菓子やお土産を売ってはどうか、提案した。
「先生方のリクエストもあります。可能性あるなら、店主さんたちを紹介します」
 もっともらしいことを言ってみるが、地元商店の私の立場はまだまだ微妙なところだ。この七年、町内の活動から遠のいていた。祭りで活動を再開したことと、荒本家の次男、荒本丞司がいなくなり、少しは風通しもよくなったが、父が存命のころとは全く違う。
 が、私の立場がどうであれ、提案が魅力的なら乗るだろう。


 いつものようにメールをチェックし先生方へ転送していたところ、向かいの席の海東さんが立ち上がった。
「私、そろそろ、取材の立ち合い、行ってきますねー」
 私に近づいてくる。
「朝河先生のところ行ってきます。前、素芦さんが推してたネットアイドルのカサミンちゃんよ」
 え!? 本当に実現するの!?
 前、電話でカサミンのことを話したから、取材を受けることにしたのだろうか。
「いいなあ海東さん。生カサミンに会えるんですね。行ってらっしゃい」

 それから二時間ぐらい経って、海東さんは戻って私に伝えた。
「カサミンちゃん、可愛くて礼儀正しくてしっかりしたいい子でしたよ。首都総合大学の学生さんって違うわあ」
 すっかり海東さんもカサミンのファンになったようだ。ちょっとうらやましい。私が変に流斗君と近づかなければ、今ごろ、私が担当していたのだろうか。
「それがね、カサミンちゃん、朝河先生の後輩なんだって。だから、先輩後輩で盛り上がってたのよ」
 先輩後輩?

 流斗君とカサミンは、大学は別。流斗君は宇宙物理、カサミンは機械工学。一緒に仕事することはあるかもしれないが、研究室だって別のはず。
「地元が一緒で、中学校のロボットクラブの一年生と三年生だったそうよ」
 それって、幼なじみみたいな感じってこと?
 何か、漠然とした不安が広がる。

「大丈夫? 素芦さん。いや、単に部活の後輩先輩って感じだったから、ね?」
「え! いや、驚いちゃいました。私、勉強でカサミンをチェックしてたら、まさか、朝河先生とそういうつながりがあったなんて、驚いたわ」
「ホントホント、気にする必要ないから」
「ちょ、ちょっと! 海東さん、私なにも気にしてませんから」
「二人とも静かにしてくれない?」
 二人のパートのおばさんが盛り上がってるところ、飯島さんに注意された。こればかりは叱られても仕方ない。


 翌日の夜、流斗君に電話し「流斗君、カサミンの先輩だったんだ」とさりげなく聞いてみる。
「知らなかったんだ。那津美さんが勧めるし、動画見たら、学生の動画の割にはよくできてるからと取材受けたんだけど、本人に言われるまで全然わからなかった」
 流斗君が知っている彼女は中学生の時だ。女の子は本当に変わる。動画の彼女はコスプレしているから、わからなくても仕方ない。
「後輩の女の子が活躍しているの、嬉しいよね」
「取材して好意的に宣伝してくれるのはありがたいと思ってる」

 そんな風に思えるようになったんだ。取材を受けたために間接的だが自殺者が出たことを悔やみ拒んでいた彼のことだ。山を乗り越えたんだ。
「でも先輩としてはね、首都総合大学の機械工学三年生に、動画やってる暇あるのか心配でさ」
 優しい先輩だ。うん、優しいことは知っている。研究室に来なくなった真智君をバイト先まで追いかけるぐらいだもの。

「大丈夫だよ。カサミンの動画はわかりやすいからわかるの。本当に頭いい子だよね」
「だからだよ。わかりやすい動画を作るってことは、それだけ時間をかけてるんだ。もちろん、それも勉強になるし、色んな分野の人との交流も大切だ。でも、実験レポートや演習を自分でやらないで、人のを写してたら意味ないよね」
 優しくて厳しい。その厳しさに私はどこか安心していた。
 が、その安心は、実際にアップされた動画を見て不安に変わった。


 数日後、海東さんがこそっと「今夜、動画アップされるみたいよ」と教えてくれた。
 帰宅後、さっそく動画をチェックした。二週間ぶりの更新だ。
 それは、西都科学技術大学宇関キャンパスの入り口から始まる。
「今日は、二十二歳で准教授になった、朝河先生の研究室に行ってみるよ~」とカサミンは構内に入っていった。
 流斗君がチェックする時間を考えると、更新は早いように思える。
 場面は、研究室に変わった。研究室の打ち合わせ机に並んで二人が座り、カメラを向いている。
 目の前にはノートパソコンが開かれている。

 型通り挨拶から始まると「このセンセー、カサミンの大先輩なんだよー!! やばいよねー」と、始まった。
「僕も今日知って驚きました。カサ……ミンさんでいいのかな?」
 そう答える流斗君は、はにかんでいる。
「カサミンって呼び捨てでいーよー。ってテヘ、あたしも朝河先輩にタメ語使うの初めてだけど、ゴメーン。そういうセッテーだから」
「い、いや。お任せします」
「かたいよー、リュート」

 そういって、カサミンは、流斗君の腕を取って揺らした。彼も満更そうでもなく笑ってる。
 普段のカサミンとテンションが違っている。

 今までの研究室訪問でも、タメ口だったり、適当なあだ名をつけたりしたけど、先生方に必要以上にペタペタ触ったりしなかった。
 一見馴れ馴れしそうだが、先生方をリスペクトしていたのが伝わってきた。
 もちろん彼女は、流斗君を先輩としてリスペクトしているのだろうが……やはり、中学時代の先輩ということで、距離が近いのだろう。
 話は打ち上げが近い人工衛星による観測が中心だ。

「ねー、リュート、宇宙って放射線すごいんだって」
「そうだね。だから、宇宙ステーションの人は僕らよりずっと被曝している」
 段々流斗君もタメ口になっている。
「でも、人が乗ってない人工衛星だったら、放射線なんてへっちゃらだよね」
「それが違うんだ。僕らが使っている普通のコンピュータは放射線を浴びたら使えなくなるよ。だから、被曝しても影響を受けにくい材料が必要なんだ」
「へー、リュート、何でも知ってるんだあ」

 やっぱりカサミンだ。この子、流斗君の研究のことも私よりずっとわかっている。わかったうえで「人工衛星だったら、放射線なんてへっちゃら」なんて聞くんだ。
 普通の人が知らないポイントを、カサミンはよくわかっている。
 なのに、いや、彼女がリケジョネットアイドルとして優れているからこそ。
 何かと流斗君の腕をペタペタ触るカサミンと、楽しそうな流斗君にモヤモヤが止まらなかった。
 これは流斗君ファンとしては正常な反応だ。誰だって推しのイケメンが、美少女アイドルとペタぺタしていたら、モヤモヤする。

 流斗君に動画の感想のメッセージを送った。
『流斗君の研究、ようやくわかった。カサミン万歳』
『ひど! 今まで僕があんなに説明したのに!』
 
 スマホの文字をじっと見つめる。彼は、今、どこにいるんだろう?
 私から電話を入れた。用がないのに。
「どしたの?」
「あ……」
 その先が続かない。思いつかない。声が聴きたかっただけ、なんて言えない。
「カサミン、可愛かった。広報のバイトとしては勉強になったって伝えておいて」
「ん、わかった……他には?」

 迷惑だったのかな? いきなり電話、なんて。
「ううん。流斗君が、がんばってるなら、それでいいの」
「そうか……」
 会いたい。顔が見たい。抱きしめてほしい。でも、そんなこと言えない。
 長い一秒のあと、流斗君が言った。
「那津美さんをアプリにできたらいいのに」

「アプリ? 私がスマホのアプリ?」
「そしたら、ずっと一緒にいられる。研究室でも、外の大学でも、講演中でも」
「私、スマホに閉じ込められちゃうの? 狭くていやだな」
「そんなことない。南極だって宇宙ステーションだって行ける」

 そういうことか。
 アプリなら、彼の望む場所に行ける。首都のプラネタリウムだって付き合える。
「ごめんなさい。現実の私は、宇関から出られないの」
「そんなつもりじゃないよ! 出たくないなら無理しないでいいって」
 流斗君を怒らせてしまった。
「出たくないんじゃないの! 出られないの! ううん、私は、ここから出てはいけないの」
「誰もそんなの強制してない! 那津美さんの好きにすればいいじゃないか!……ごめん……まだ研究室なんだ……じゃあね……」
 通話終了。

 流斗君の研究をわかりやすく伝える賢いカサミン。
 ただ彼の時間を邪魔しているだけの私。
 火星にすら行こうとする人がいる時代に、この小さな田舎町から出られない私。
 138億年前の謎に挑む彼。
 三十年間、何も考えず、流されて生きてきただけの私。

 でも。
 友だちのままでいいから、もう少しだけ、あなたの時間を私にください。
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