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4章 アラサー女子、年下宇宙男子に祈る
4-1 二人きりの危ない研究室 ※R
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流斗君に、公園の駐車場まで送ってもらった。九時過ぎになってしまった。
さらに彼は研究室に行かなければならない。
彼の髪が濡れたままなのが気になり、ホテルを出る前ドライヤーでセットした。
「いいよ、いつも洗いっぱなしだし」
「だからボサボサなのね。ちゃんとしたら、ステキなのに」
そういうと少しうつむいて照れくさそうにしていた。
アパートの部屋に戻り、壁にもたれかかる。
思い出すのは、先ほどまでの彼。ずっと、その甘い痺れるような感触を思い出して浸っていたい。
ううん。もう立ち上がらないと。
今日は、片づけをしなければならない。尾谷研究室から借りたカメラとタブレットを集めないといけない。
荒本には会いたくない。神社の人たちがずっと閉じ込めてくれればいいけど。
集会所には、荒本から具合が悪く片づけは他の委員に任せると連絡が入ったらしい。さすがに、私に会うのはバツが悪いのだろう。
私はそのままカメラを回収するため各地を回り、最後に集会所に戻った。
委員のお年寄りに私は挨拶をする。と、委員長から声をかけられた。
「那津美ちゃん、お疲れ。やっぱ素芦がいると違うな」
初めにこの会合に顔を出した時、目も合わせてくれなかった。なんかくすぐったい。
「那津美ちゃんが歌ったおかげで、お月さんが七年ぶりに顔を出した」
それは偶然です。私には伝説の姫さまのように動物の声は聞こえないどころか、犬にも猫にも逃げられる。
「荒本のボンボンも、那津美ちゃんを追いかけまわして、ダイジョブだったか?」
老人たちはケラケラ笑う。
この様子だと、昨夜襲われたことは、知られてないようだ。神社は罪に加担したが、他の人は関係ないらしい。
「荒本さんとは色々ありましたが、今では、宇関を盛り立ててくれる人と思ってますよ」
我ながらよく思ってもいないことを言えるなと、感心する。
「そうだな。ボンボンのおかげで祭りに金は集まり宇関も立派な町になった」
「後は、素芦さんの跡継ぎだが、それも心配なさそうだしな」
老人たちはうなずいている。
「そう、那津美ちゃんが歌って月が出た後、彼氏さんがやってきてチューしてたな」
いや! チューはしてない。ハグしただけです。ハグぐらい彼じゃなくても仲良しの友だちならあります。
その後、すごいことになったけど……。
「彼氏さん、大学の偉い先生らしいな」
「あの人はお友だちです。じゃあ」
私はそそくさと立ち去った。
その後、私は、荒本が資料館から持ち出した着物をクリーニングに出した。
翌日、回収したタブレットとカメラを尾谷先生に返却した。
「神社の人たちがやってきてね、こんなお土産までもらいましたよ」
それは、宇関名物の薄皮揚げ饅頭の詰め合わせセットだった。
この定番スイーツが倉橋さんの企画と知ってしまうと、複雑な気持ちになる。
「これ、宇関のお勧めです」
複雑な気持ちは抑えて、名物をプッシュした。
「おいしいですね。購買部で買えるといいな。さっそくがんばってくれた学生たちに配りますよ」
「先生のおかげで祭りは盛り上がりましたし、助かりました」
「いえいえ、こちらこそ、リアルタイムで顔認証から、その人の全身にモザイクがかけられるか、試したかったんです。実証実験やってみました」
「え? 本当にやったんですか?」
流斗君が一昨日、あの男にそんなことを言ったっけ? はっきり覚えていないけど、あらかじめ人の顔情報を登録しておくと、その顔がカメラに映し出されたら、リアルタイムで、顔だけでなく全身にモザイクがかかると言ってた。
「ええ、色々やらせてもらいました。上手く行きましたよ」
流斗君の言ったことは、全てが張ったりではなかった。兵器開発はハッタリだけど。
「これからですけどね。あまり小さいと認識できないし横顔だと厳しい」
となると、あの場では使える状態ではなかったようだ。
「先生は、研究もご家庭でも充実されて素晴らしいですね」
「ありがとう。ただ、結婚で名前が変わったのが、面倒でね」
名前が変わった? では、お婿さんってこと?
「論文とか名刺は今まで通り、尾谷で問題ないから、いいか、と思ったら、書類によっては、必ず新姓を書かないとダメですし、口座とかカードの名前とか変えたり、病院で新しい名前で呼ばれても慣れなくてね」
名字が代わる。私はその可能性を一度も考えたことがなかった。ずっと素芦の一人娘で、荒本は婿に入ることになってたから。結婚が破綻してから、独りで生きることしか考えなかった。
朝河……一つの名字を考え、恥ずかしくなった。いや、彼とは微妙な付き合いをしているに過ぎない。
私は尾谷先生に礼を言って研究室を出た。
もう一人。
月祭りの件では、宇宙棟の朝河流斗先生に大変、世話になった。他の先生と同じように、挨拶しにいかないと。
激しくラブホテルで抱き合った翌日という気まずい状況だが、何とか呼吸を整え、私は「広報の素芦です。先生、いらっしゃいますか?」と、極めて事務的に扉をノックした。
「素芦さん、どうぞ」
彼も同じように事務的に答えてくれる。が、彼の顔を見た途端、私は泣きたくなった。
一昨日の夜のあざがまだ残っている。
「ああ、これ大丈夫ですよ。見た目程全然痛くないから」
そういって、部屋に入れてくれた。
打ち合わせ用のテーブルに、紫色のミルクティーの缶が二つ並んでいる。
「ようやく、ホットの缶が出る季節になりましたよ」
そういって渡してくれた缶は、ほどよく温かった。結構前に買って用意してくれたのかな。
簡単に祭りの協力のお礼を言うと「来年の祭りも楽しみです」と答えてくれた。
「お願いします。先生が参加してくれると、外からたくさん人が集まります」
冷静にその場をすませた私は「では、ごちそうになりますね」とミルクティーの缶を開けてすする。
「先生、宇宙観測衛星の打ち上げまで三か月になりましたね」
「そうです。これからしばらく、宇宙研究センターと大学を行き来します。向こうは遠いから大変だけど」
「電車だと泊りがけですね」
「来月からは、向こうに行くことが多くなるし、発射の二か月前に、衛星が発射場に移動します」
「発射場って、南の島ですよね……じゃあ、先生はずっとそちらに?」
「それはないけど、一月前には、島に入ります。僕、ロケット打ち上げを生で見るの、初めてなんです。それが自分が関わるプロジェクトでなんて、すごいよね」
そうなのね。では、流斗君と一か月離れ離れ……だめだって、何を考えてるの?
そのほか、月祭りのことや、今後の研究のことなどを聞いて席を立った。
流斗君が見送ってくれる。彼の手がドアノブに触れた。
ドアを開けようとしてくれるのね、中々紳士じゃない、と思ってたら、パチン、とサムターンが回される。
途端、私の背中はドアに押し付けられた。
「先生、仕事中……」
「那津美さんがそんな顔するから」
「私、普通、んん」
答える前に唇をふさがれた。舌が入ってくる。
払いのけたいのに、右手にタブレット、左手にミルクティーを持っているため、どうにもならない。
顔中にキスされ胸を触られた。
「だ、だめ、先生……セクハラです……く、うう」
手がふさがっているため、自分の口を抑えることもできない。自身の脚は、この状況を喜びもどかしげに動く。
「しばらく会えない。少しだけ……」
何とか口を食いしばるが、淫らな声が漏れてしまう。
彼の手がスカートの中に侵入してきた。だめ、それだけはだめ。なのに、このまま彼とこの部屋ですることの背徳感がかえって快感を増し、いくらダメと口では言っても、脚が自然、開いてしまう。
「那津美さん、顔エロい」
そっと耳で囁かれる。やめて。そんなこと言わないで。言われたら私……下半身が熱を持ち濡れてきた。仕事中なのに。
誰か、とめて。私たちをとめて。じゃないと、私……
「流斗センセー!」
馴染みのある学生の声が、今いる廊下側とは反対のドアから聞こえてきた。
慌てて私たちは体を離す。
「先生、ありがとうございました!」
わざとらしく私は爽やかな声で去ろうとドアノブを回す。
が、開かない!
「真智さん! ちょっと待っててください。あ、素芦さん、ドア開けますね」
彼の手がドアノブに回り、今度はサムターンをカチャっと回し、開けてくれた。
私たちを止めてくれたのは、真智君だった。
全身の火照りがおさまらない。彼は、しばらく会えない、と言ってた。
ばかばかばか! こんな状態で我慢しろってこと? ひどい、ひどいよ流斗君! 仕事にならないじゃない!
流斗君に乱された身体の熱を冷まそうと、少し遠回りしてから事務所に戻った。
「遅くなりすみません」
飯島さんに、チクチク言われるだろうなと身構え、謝っておく。
隣の若い先輩は「はあ」とあっさり、うなずいただけだった。
安心していたら、はす向かいの沢井さんがやってきて、打ち合わせ室に呼び出された。
「ちょっと見てくれる?」
沢井さんがタブレットに見せてくれたのは、無名の人のブログだった。
最初のページに載ってる動画で、私は動けなくなる。
「しっかり、撮られてるわよ」
一昨日の月祭りで撮影されたものだ。流斗君が私を抱きしめていた。
「さ、沢井さん、これは、私が祭りで歌った後、朝河先生が励ましてくれて……」
「知ってるわよ。大学関係者もマスコミもいっぱいいたし、私は見てないけど、随分長時間くっついて、仲良くお話ししているのね」
動画は遠くから撮られたらしく、全身が映っている。表情まではわからない。二人は思った以上に長時間抱き合い、頬を寄せ、何かを語り合っているようだ。
ただの友人だ、と主張しても通らない映像だ。
「このブロガー、朝河先生のファンみたい。祭りに先生のトークショーがあると知って、宇関に来たのね」
「あの……この時、マスコミが来ていたって」
「そっちは大丈夫。先生のトークショーのことは専門誌のサイトには載っているけど。でも、先生がもっと有名になったら、どんな写真が表に出るかわからないわ。プロは、いろんな写真を撮りためて、一番効果的なタイミングで表に出すから」
額から冷たい汗が噴き出る。
全身が震えてきた。
「そんなにアクセスあるブログじゃないから、実害はないけど……私としては、大学のアイドルに女の影があると困るのよね」
「先生は、アイドルではありません」
「いい? 一番困るのはあなたよ。動画のコメント欄見る?」
ブログを見た人の感想が載っていた。
『お祭りで盛り上がっただけだよ』
『ウザそうな女』
『朝河先生に彼女ぐらいいたっていいんじゃない』
『おばさんじゃん』
当然の反応だ。二十二歳の宇宙研究に勤しむ准教授に、おばさんが付きまとっているんだから。
「先生が有名になったら、こんなもんじゃ済まないわよ。覚悟ある?」
私がそばにいるだけで、彼には迷惑なのだろうか?
ただ、ほんの少しの間、友達として一緒にいたいのに。
大人な「友達」として過ごしたいだけなのに。
深夜、流斗君から電話がかかってきた。
「真智さんが邪魔しなければ、那津美さんを研究室でもっと気持ちよくしてあげたのに」
ふざけている流斗君に思い切って打ち明けた。ブログに私たちが抱き合っている動画が載っていることを。
「僕は別にいいけど。何も悪いことしてないし。那津美さんが気になるならアドレス送って」
それから数日して、ブログから問題の動画は消えた。
「もしかして、流斗君が削除をお願いしたの?」
「動画だけならいいけどさ、那津美さんは何も悪くないのに、コメントに腹立った」
忙しい彼をかえって煩わせて申し訳なく思った。
しばらくブログをチェックしたが、例の動画が復活することはなかった。
衛星の打ち上げが近づくと、流斗君は、一か月ほど宇宙研究センターと大学を行き来し、向こうに泊まることもあるそうだ。衛星に搭載した観測装置のテストを、宇宙研究センターで行うそうだ。
そして、発射の一月前には、南の島の発射場に籠りきりになる。
「研究室とか授業はどうなるの?」
このところ、真夜中によく電話で話す。
「一部の学生は宇宙研究センターに連れて行く。発射場からもね。許可が出れば、そこから実況中継風のウェブ講義をするよ。それより那津美さん、発射場は無理でも研究センターなら来られない?」
「バイトあるし、関係者以外立ち入り禁止でしょ?」
「広報担当としてどう?」
「流斗君、私を担当から外して、って言ったじゃない」
わざとすねて見せる。
「そうだね。那津美さんが来たら、毎日、この前みたいになっちゃって、仕事にならない」
矛盾している。宇宙研究センターにおいでと言って、来るなというんだから。
そんな楽しい日々を過ごしていたが、あの男から電話が入った。
さらに彼は研究室に行かなければならない。
彼の髪が濡れたままなのが気になり、ホテルを出る前ドライヤーでセットした。
「いいよ、いつも洗いっぱなしだし」
「だからボサボサなのね。ちゃんとしたら、ステキなのに」
そういうと少しうつむいて照れくさそうにしていた。
アパートの部屋に戻り、壁にもたれかかる。
思い出すのは、先ほどまでの彼。ずっと、その甘い痺れるような感触を思い出して浸っていたい。
ううん。もう立ち上がらないと。
今日は、片づけをしなければならない。尾谷研究室から借りたカメラとタブレットを集めないといけない。
荒本には会いたくない。神社の人たちがずっと閉じ込めてくれればいいけど。
集会所には、荒本から具合が悪く片づけは他の委員に任せると連絡が入ったらしい。さすがに、私に会うのはバツが悪いのだろう。
私はそのままカメラを回収するため各地を回り、最後に集会所に戻った。
委員のお年寄りに私は挨拶をする。と、委員長から声をかけられた。
「那津美ちゃん、お疲れ。やっぱ素芦がいると違うな」
初めにこの会合に顔を出した時、目も合わせてくれなかった。なんかくすぐったい。
「那津美ちゃんが歌ったおかげで、お月さんが七年ぶりに顔を出した」
それは偶然です。私には伝説の姫さまのように動物の声は聞こえないどころか、犬にも猫にも逃げられる。
「荒本のボンボンも、那津美ちゃんを追いかけまわして、ダイジョブだったか?」
老人たちはケラケラ笑う。
この様子だと、昨夜襲われたことは、知られてないようだ。神社は罪に加担したが、他の人は関係ないらしい。
「荒本さんとは色々ありましたが、今では、宇関を盛り立ててくれる人と思ってますよ」
我ながらよく思ってもいないことを言えるなと、感心する。
「そうだな。ボンボンのおかげで祭りに金は集まり宇関も立派な町になった」
「後は、素芦さんの跡継ぎだが、それも心配なさそうだしな」
老人たちはうなずいている。
「そう、那津美ちゃんが歌って月が出た後、彼氏さんがやってきてチューしてたな」
いや! チューはしてない。ハグしただけです。ハグぐらい彼じゃなくても仲良しの友だちならあります。
その後、すごいことになったけど……。
「彼氏さん、大学の偉い先生らしいな」
「あの人はお友だちです。じゃあ」
私はそそくさと立ち去った。
その後、私は、荒本が資料館から持ち出した着物をクリーニングに出した。
翌日、回収したタブレットとカメラを尾谷先生に返却した。
「神社の人たちがやってきてね、こんなお土産までもらいましたよ」
それは、宇関名物の薄皮揚げ饅頭の詰め合わせセットだった。
この定番スイーツが倉橋さんの企画と知ってしまうと、複雑な気持ちになる。
「これ、宇関のお勧めです」
複雑な気持ちは抑えて、名物をプッシュした。
「おいしいですね。購買部で買えるといいな。さっそくがんばってくれた学生たちに配りますよ」
「先生のおかげで祭りは盛り上がりましたし、助かりました」
「いえいえ、こちらこそ、リアルタイムで顔認証から、その人の全身にモザイクがかけられるか、試したかったんです。実証実験やってみました」
「え? 本当にやったんですか?」
流斗君が一昨日、あの男にそんなことを言ったっけ? はっきり覚えていないけど、あらかじめ人の顔情報を登録しておくと、その顔がカメラに映し出されたら、リアルタイムで、顔だけでなく全身にモザイクがかかると言ってた。
「ええ、色々やらせてもらいました。上手く行きましたよ」
流斗君の言ったことは、全てが張ったりではなかった。兵器開発はハッタリだけど。
「これからですけどね。あまり小さいと認識できないし横顔だと厳しい」
となると、あの場では使える状態ではなかったようだ。
「先生は、研究もご家庭でも充実されて素晴らしいですね」
「ありがとう。ただ、結婚で名前が変わったのが、面倒でね」
名前が変わった? では、お婿さんってこと?
「論文とか名刺は今まで通り、尾谷で問題ないから、いいか、と思ったら、書類によっては、必ず新姓を書かないとダメですし、口座とかカードの名前とか変えたり、病院で新しい名前で呼ばれても慣れなくてね」
名字が代わる。私はその可能性を一度も考えたことがなかった。ずっと素芦の一人娘で、荒本は婿に入ることになってたから。結婚が破綻してから、独りで生きることしか考えなかった。
朝河……一つの名字を考え、恥ずかしくなった。いや、彼とは微妙な付き合いをしているに過ぎない。
私は尾谷先生に礼を言って研究室を出た。
もう一人。
月祭りの件では、宇宙棟の朝河流斗先生に大変、世話になった。他の先生と同じように、挨拶しにいかないと。
激しくラブホテルで抱き合った翌日という気まずい状況だが、何とか呼吸を整え、私は「広報の素芦です。先生、いらっしゃいますか?」と、極めて事務的に扉をノックした。
「素芦さん、どうぞ」
彼も同じように事務的に答えてくれる。が、彼の顔を見た途端、私は泣きたくなった。
一昨日の夜のあざがまだ残っている。
「ああ、これ大丈夫ですよ。見た目程全然痛くないから」
そういって、部屋に入れてくれた。
打ち合わせ用のテーブルに、紫色のミルクティーの缶が二つ並んでいる。
「ようやく、ホットの缶が出る季節になりましたよ」
そういって渡してくれた缶は、ほどよく温かった。結構前に買って用意してくれたのかな。
簡単に祭りの協力のお礼を言うと「来年の祭りも楽しみです」と答えてくれた。
「お願いします。先生が参加してくれると、外からたくさん人が集まります」
冷静にその場をすませた私は「では、ごちそうになりますね」とミルクティーの缶を開けてすする。
「先生、宇宙観測衛星の打ち上げまで三か月になりましたね」
「そうです。これからしばらく、宇宙研究センターと大学を行き来します。向こうは遠いから大変だけど」
「電車だと泊りがけですね」
「来月からは、向こうに行くことが多くなるし、発射の二か月前に、衛星が発射場に移動します」
「発射場って、南の島ですよね……じゃあ、先生はずっとそちらに?」
「それはないけど、一月前には、島に入ります。僕、ロケット打ち上げを生で見るの、初めてなんです。それが自分が関わるプロジェクトでなんて、すごいよね」
そうなのね。では、流斗君と一か月離れ離れ……だめだって、何を考えてるの?
そのほか、月祭りのことや、今後の研究のことなどを聞いて席を立った。
流斗君が見送ってくれる。彼の手がドアノブに触れた。
ドアを開けようとしてくれるのね、中々紳士じゃない、と思ってたら、パチン、とサムターンが回される。
途端、私の背中はドアに押し付けられた。
「先生、仕事中……」
「那津美さんがそんな顔するから」
「私、普通、んん」
答える前に唇をふさがれた。舌が入ってくる。
払いのけたいのに、右手にタブレット、左手にミルクティーを持っているため、どうにもならない。
顔中にキスされ胸を触られた。
「だ、だめ、先生……セクハラです……く、うう」
手がふさがっているため、自分の口を抑えることもできない。自身の脚は、この状況を喜びもどかしげに動く。
「しばらく会えない。少しだけ……」
何とか口を食いしばるが、淫らな声が漏れてしまう。
彼の手がスカートの中に侵入してきた。だめ、それだけはだめ。なのに、このまま彼とこの部屋ですることの背徳感がかえって快感を増し、いくらダメと口では言っても、脚が自然、開いてしまう。
「那津美さん、顔エロい」
そっと耳で囁かれる。やめて。そんなこと言わないで。言われたら私……下半身が熱を持ち濡れてきた。仕事中なのに。
誰か、とめて。私たちをとめて。じゃないと、私……
「流斗センセー!」
馴染みのある学生の声が、今いる廊下側とは反対のドアから聞こえてきた。
慌てて私たちは体を離す。
「先生、ありがとうございました!」
わざとらしく私は爽やかな声で去ろうとドアノブを回す。
が、開かない!
「真智さん! ちょっと待っててください。あ、素芦さん、ドア開けますね」
彼の手がドアノブに回り、今度はサムターンをカチャっと回し、開けてくれた。
私たちを止めてくれたのは、真智君だった。
全身の火照りがおさまらない。彼は、しばらく会えない、と言ってた。
ばかばかばか! こんな状態で我慢しろってこと? ひどい、ひどいよ流斗君! 仕事にならないじゃない!
流斗君に乱された身体の熱を冷まそうと、少し遠回りしてから事務所に戻った。
「遅くなりすみません」
飯島さんに、チクチク言われるだろうなと身構え、謝っておく。
隣の若い先輩は「はあ」とあっさり、うなずいただけだった。
安心していたら、はす向かいの沢井さんがやってきて、打ち合わせ室に呼び出された。
「ちょっと見てくれる?」
沢井さんがタブレットに見せてくれたのは、無名の人のブログだった。
最初のページに載ってる動画で、私は動けなくなる。
「しっかり、撮られてるわよ」
一昨日の月祭りで撮影されたものだ。流斗君が私を抱きしめていた。
「さ、沢井さん、これは、私が祭りで歌った後、朝河先生が励ましてくれて……」
「知ってるわよ。大学関係者もマスコミもいっぱいいたし、私は見てないけど、随分長時間くっついて、仲良くお話ししているのね」
動画は遠くから撮られたらしく、全身が映っている。表情まではわからない。二人は思った以上に長時間抱き合い、頬を寄せ、何かを語り合っているようだ。
ただの友人だ、と主張しても通らない映像だ。
「このブロガー、朝河先生のファンみたい。祭りに先生のトークショーがあると知って、宇関に来たのね」
「あの……この時、マスコミが来ていたって」
「そっちは大丈夫。先生のトークショーのことは専門誌のサイトには載っているけど。でも、先生がもっと有名になったら、どんな写真が表に出るかわからないわ。プロは、いろんな写真を撮りためて、一番効果的なタイミングで表に出すから」
額から冷たい汗が噴き出る。
全身が震えてきた。
「そんなにアクセスあるブログじゃないから、実害はないけど……私としては、大学のアイドルに女の影があると困るのよね」
「先生は、アイドルではありません」
「いい? 一番困るのはあなたよ。動画のコメント欄見る?」
ブログを見た人の感想が載っていた。
『お祭りで盛り上がっただけだよ』
『ウザそうな女』
『朝河先生に彼女ぐらいいたっていいんじゃない』
『おばさんじゃん』
当然の反応だ。二十二歳の宇宙研究に勤しむ准教授に、おばさんが付きまとっているんだから。
「先生が有名になったら、こんなもんじゃ済まないわよ。覚悟ある?」
私がそばにいるだけで、彼には迷惑なのだろうか?
ただ、ほんの少しの間、友達として一緒にいたいのに。
大人な「友達」として過ごしたいだけなのに。
深夜、流斗君から電話がかかってきた。
「真智さんが邪魔しなければ、那津美さんを研究室でもっと気持ちよくしてあげたのに」
ふざけている流斗君に思い切って打ち明けた。ブログに私たちが抱き合っている動画が載っていることを。
「僕は別にいいけど。何も悪いことしてないし。那津美さんが気になるならアドレス送って」
それから数日して、ブログから問題の動画は消えた。
「もしかして、流斗君が削除をお願いしたの?」
「動画だけならいいけどさ、那津美さんは何も悪くないのに、コメントに腹立った」
忙しい彼をかえって煩わせて申し訳なく思った。
しばらくブログをチェックしたが、例の動画が復活することはなかった。
衛星の打ち上げが近づくと、流斗君は、一か月ほど宇宙研究センターと大学を行き来し、向こうに泊まることもあるそうだ。衛星に搭載した観測装置のテストを、宇宙研究センターで行うそうだ。
そして、発射の一月前には、南の島の発射場に籠りきりになる。
「研究室とか授業はどうなるの?」
このところ、真夜中によく電話で話す。
「一部の学生は宇宙研究センターに連れて行く。発射場からもね。許可が出れば、そこから実況中継風のウェブ講義をするよ。それより那津美さん、発射場は無理でも研究センターなら来られない?」
「バイトあるし、関係者以外立ち入り禁止でしょ?」
「広報担当としてどう?」
「流斗君、私を担当から外して、って言ったじゃない」
わざとすねて見せる。
「そうだね。那津美さんが来たら、毎日、この前みたいになっちゃって、仕事にならない」
矛盾している。宇宙研究センターにおいでと言って、来るなというんだから。
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ブライダルプランナーとして日々仕事に追われていた“棗 瑠歌”は、2年という年月を共に過ごしてきた相手“鷹松 凪”から、ある日突然フラれてしまう。
それは同棲の話が出ていた矢先だった。
凪が傍にいて当たり前の生活になっていた結果、結婚の機を完全に逃してしまい更に彼は、同じ職場の年下と付き合った事を知りショックと動揺が大きくなった。
ヤケ酒に1人酔い潰れていたところ、偶然居合わせた上司で支配人“桐葉李月”に介抱されるのだが。
実は彼、厄介な事に大の女嫌いで――
元彼を忘れたいアラサー女と、女嫌いを克服したい35歳の拗らせ男が織りなす、恋か戦いの物語―――――――
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