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3章 アラサー女子、ふるさとの祭りに奔走する

3-17 ふるさとの祭りが始まる

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 いつも静かな宇関の駅前が、人でごった返している。
 月祭りがやって来た。
 残念ながら、今年の祭りも曇り空だ。月の出まで晴れればいいが。
 私がちょっと準備委員会に顔を出したぐらいじゃ、この数年の気象状況は変わるわけない。
 それでも私は、晴れるよう祈った。


 駅前の公園に向かった。大学を初めとした企業や団体の出展ブースは、この公園に設置される。
 西都科学技術大学のコーナーに、ぼちぼちと作業する人たちが集まってきた。
 広報課は課長を初め勢ぞろいだ。沢井さんはもちろん、飯島さんや海東さんも参加している。
「素芦さんは、祭り委員会のお手伝いもあるんでしょ? 大学側は私たちに任せて」
「ありがとうございます。なるべく手伝いますが、時々抜けるかもしれません」
 そう言っても祭りの委員は外れているため、大した仕事は受けてない。なるべく今回は大学の手伝いをしよう。


 大学が出した四つのブースを回って声をかけた。
「真智君、おはよう。朝からお疲れ様」
 今日の真智君は作業服風のジャケットと、彼にしては地味だ。前髪は相変わらず赤いけど。
「おはー、那津美さん、今日、感じ違うね」
 あまり私はパンツルックが好きではないが、今日は祭り。ジーパンに月祭りの法被を羽織った。長い髪も団子にまとめている。
「私、今日は裏方さんだし。宇宙棟に何か足りない物はない?」
「さーねー、流斗先生じゃないと。ほら、あっちにいるよ」

 流斗君は宇宙棟ではなく、情報棟のブースにいた。ウェブカメラモニターのシステムを用意してくれた尾谷先生と話し込んでいる。
 流斗君も諦めたのか、お詫びのメールが来なくなった。
 恥ずかしくこちらから仲直りしようと言い出せないまま、祭りの日を迎えてしまった。

「おはようございます。先生方も朝からお疲れさまです。何か足りないものはありますか?」
 尾谷先生が、タブレットを私に見せた。
「素芦さん、祭り事務局のみなさんに、早めにカメラと端末の電源を入れるよう、伝えてください」
「わかりました。朝河先生は何か? 宇宙棟は大丈夫ですか?」
 気まずさを押し殺して、私は声をかけた。

 流斗君は普段と変わらない、Tシャツにジーパンだ。
「こっちは大丈夫です。尾谷先生からカメラの説明を受けました」
「これ、もともと朝河先生のアイデアですからね」
 笑顔を向けたが、そっぽを向かれてしまった。仕方ないけど落ち込んでくる。

 私はその場を去って、カメラの端末担当者に電話を入れた。わからない、という人には直接出向く。遠方にいる相手には車で駆け付ける。ハイテクなシステムなのに、すごく原始的なフォローをしている。
 朝はあっという間に終わり、いよいよ祭りが始まった。


 祭りのために組み上げられた壇上には、巨大モニターが設置された。
 モニターの電源が入り六分割された画面が表示される。どこもちゃんと映っていることに私は安堵した。
 この月祭りは、北は珂目山かめやま、南は宇鬼川うきがわ中流の運動公園と、町の全体が会場となってそれぞれで行われる。
 それぞれの会場で何が行われているかモニターに表示される。カメラを置いた会場は二十か所もあるので、適宜切り替わる。

 このモニター管理システムを尾谷先生の学生さんたちが作ったのだ。ポイントは自動的に切り替わるところだ。カメラの映像をコンピューターが解析し、大きな動きがあったところを優先して表示させるのだ。
 それだと全く表示されない会場も出てくるので、そこはバランスよくプログラムする。
 手動で表示することもできる。

 式が終わると、壇上に、法被を羽織った若い女の子が現れた。ハキハキと臆することなく集まった人々に「そろそろ始めますよー!」と呼びかけている。
 懐かしい気持ちがこみ上げた。この声を聞くのは半年ぶりだ。
「杏奈ちゃん、すごいわ」
 舞台の子は、前の仕事、塾講師だったときの生徒だった。

 杏奈ちゃんは塾が閉鎖される前、文系から理系に移り、駅前の大手予備校に通うため、カメノ塾をやめたのだ。
 彼女はモニターをさしマイクを手に取った。
「今日は、宇関の月祭りでーす。宇関町のあっちこっちでお祭りやるからチェックしてね。はい、これから珂目山の亀石に水をかけて、お祈りします」
 六分割された画面の一つが大きくなった。
 杏奈ちゃんは、次から次へと祭りのポイントを解説した。
 今回、宇関の高校生有志が、舞台で随時、モニターを元に見どころを説明することになったのだ。

 出番が終わって舞台から降りた杏奈ちゃんに、私は声をかける。
「杏奈ちゃん、久しぶり」
「なっちゃんだあ。塾、終わっちゃったんだよね」
「そうなの。疋田先生がお嬢さんのいる県に引っ越しちゃってね」
「ばあちゃん先生なら、さっき、どっかで見たよ」
 疋田の叔母は、いつも塾の子どもたちと一緒に祭りを盛り上げてくれた。県外に行っても来てくれたのが嬉しい。

「なっちゃん、先生辞めちゃったの?」
「今はね、先生じゃないけど、大学で事務の仕事をしているのよ」
「大学って拓弥君と一緒? まさか拓弥君おっかけたの?」

 杏奈ちゃんは真智君を名前で呼んだ。塾生の女の子はみな彼のファンだったからわかるが、神社大好きな杏奈ちゃんが、物理の真智先生と接点があったのは意外だ。
「それはないよ。真智先生の知り合いに教えてもらったの」
 真智君の後輩を追っかけたと言えなくもない。
「違うんだあ。よかった」
 よかった?

「杏奈ちゃん、これから真智先生の出番だから案内するね」
 私は杏奈ちゃんを連れて公園に移動し、大学のブースに連れて行った。
「真智先生は宇宙の研究をしているの。ここね。あ、ちょうど説明がんばってるわ」
 杏奈ちゃんは、何も言わず、子どもたちに実験イベントを見せる真智君をじっと見つめている。

「杏奈ちゃん、理系に変えたんだよね。宇宙とか興味あるの?」
「違うよ。あたし、やっぱり歴史やることにしたの」
「そうか。良かった。神社とか好きだったし、よくお父様お母様を説得したね」
 受験生は誇らしげに胸を張った。
「親はね、数学出来ないから文系に逃げるんだ、って言うの。だから逆に見返してやろうと数学がんばったの。そしたら諦めてくれた」
「偉いなあ」
 途端に彼女は力強くVサインを突き出す。
「へへー、あまり学校じゃ言えないけど、推薦ゲットした!」

「すごい! おめでとう! よかった」
 私が彼女の推薦合格に何か力になったわけではないけど、二年間教えた子の成功は嬉しい。
 思わず私は杏奈ちゃんの頭を撫でた。
「拓弥君が言ったの。考古学だと放射性物質で年代測定するから、数学できて損はないって」
 杏奈ちゃんが「拓弥君」と真智君を呼ぶのは、つながりがあるのだろうか。

「真智君って、もしかして杏奈ちゃんが今いる塾で講師してるのかな?」
 今、彼は研究室にまじめに通っている。講師バイトなんてできるのだろうか?
「違うよ。思い切ってアドレス聞いたら教えてくれたんだ」
 ボソッと語る杏奈ちゃんが頬を染めている。恋する乙女みたい。

 女子トークをしているうちに、真智君のイベントが終わった。
 二人でブースの裏側でまったりしている真智君に声をかけた。
「あれ、那津美さんに杏奈。おお、俺たちカメノ塾復活じゃん」
 真智君、杏奈ちゃんを呼び捨てにしている。そういう仲なの? 先ほどの杏奈ちゃんの反応とあわせて何か不安だ。
「真智くーん、杏奈ちゃん泣かせたら承知しないからね」
「え! ちょっと待って那津美さん。別にコイツ……あ、いや杏奈、ごめんごめん」
 私はそっと二人から離れた。


 そろそろ待ち合わせの時間だ。駅前のステージに戻る。
「叔母さん! 元気でしたか?」
 私は、かつての雇い主だった叔母に駆け寄った。
 少しやせたが、半年ぶりに会う叔母は、それほど変わらず微笑んでいる。
「那津美ちゃん、いつもと何か違うわね」
「ええ、私、大学の広報のバイトしているんで、あちこち回ってます」
 叔母の隣に、五十代半ば、いや正確には五十五歳の女性が立っている。

 ベージュのパンツスーツにショートヘアが合っている。古代の貴族の肖像画に出てきそうな上品な顔立ち。地味で儚げで気品に溢れている。物質的にも精神的にも幸せな生活を送っているのだろう。
「こんにちは。倉橋さん。宇関の祭り、今年もお越しいただきありがとうございます」
 その女性は「今年も楽しみよ。なこ」と笑った。


 また、この人、来たのか。
 二十年前に、若い男と再婚するために父と私を捨て、宇関を出た母。
 なぜか、毎年、月祭りだけは顔を出す。疋田の叔母と一緒に。
 叔母は、素芦家に泥を塗った女性と不思議なことに仲が良い。私に気を遣って叔母は何も言わないが、二人は連絡を取り合っているようだ。

「那津美ちゃん、せっかくだから、お母さんに大学の展示、見せてあげたら」
 おろおろと叔母が私たち母子を取り成そうとする。
「倉橋さん、ブースまではお連れしますが、忙しいので充分案内できませんよ」

 父の葬儀の後、私はこの人を、赤の他人として実に礼儀正しく接することにしている。
「なこ。勝手にあなたに着いていくから、気にしないでね」
 私は顔がゆがんでくるのを抑えられない。どれほど私が他人行儀に接しようと、母親面をやめないのだ。
「じゃ、行きましょか。那津美ちゃんの働きぶり、見たいわ」
「叔母さん、私、ただのバイトなのよ。恥ずかしいわ」
 ことさら私は、叔母に笑顔を見せる。叔母との仲を倉橋さんに見せつける。

 私は叔母に向けて、大学のブースを案内した。
「今回はね、ここのテレビの画面に、祭りのあちこちの会場が映るの。珂目山かめやまの神社とか、宇鬼川うきがわの運動公園とか」
「すごいねえ、那津美ちゃん」
「いや、作ったのは学生さん。アイデアは先生」
 それまで無言で聞いていた倉橋さんが私に尋ねる。
「このモニター、珂目山神社の亀石の池も映るの?」

 赤の他人として礼儀正しく接する。
「はい。宮司様が池で禊を行いウサギさまにお祈りを捧げて、池に折り紙で作った小舟を流します」
 素芦家の嫁を十年やっている女性なら当然知っていることを、私はあえて伝えた。
「祭りは変わらないのね」
 倉橋さんは寂しげに笑っている。
「変わりました。昔は駅前広場にステージはなかったですし、大学の参加もなかったし」


 その後、私は疋田の叔母に「ごめんなさい。私、これからお手伝いに入るので」と言い残して仕事に移る。
 叔母は「じゃ、私はのんびりとぶらぶらしているから、後は二人でよろしくね」
 そう言って、去ってしまった。
 叔母さん、いかないで。私、倉橋さんと二人きりになりたくない。
「関係者以外立ち入り禁止の場所もあるので」と、彼女にくぎを刺した。

 なぜかこの人は、毎年、祭りの時だけ宇関にやってきて、私にずっと付きまとう。
 誕生日。私は、この人からのプレゼントが来ると確信し、探し回った。
 同じようにこの人が祭りに来なかったら、探し回ったのだろうか? え? 私は何を考えているの?


 大学のブースを回り、必要な物品など聞きまわった。
 そこに赤白の法被をまとった大柄な男性が近づいてきた。
「荒本さん、神社の方はいいんですか?」
 この人、どんな恰好も似合うが、この祭りの出で立ちが一番カッコいい。悔しいことに。

「そっちの大学が用意してくれたこいつで見たんだろ?」
 そういって、タブレットに映し出されたモニターを見せてくれた。
「ごめんなさい。中々見る暇がなくて。でも無事に、亀さまにお祈りして、これから月を目指すんですよね」
「そういうこと。ほら、上流で小舟が流れているだろ?」
 タブレットのモニターに、頼りなげに浮かぶ小舟が映っている。
 荒本さんは何かに気がついた。
「おや、美子おばさんじゃあないですか」

 後ろに立っている倉橋さんに荒本さんは声をかける。その声には侮蔑の色が含まれている気がする。
 彼も、二十年前に父と私を捨てたこの女性を、許せないのかもしれない。
 荒本さんは、倉橋さんの挨拶を無視して、私を向いた。
「那津美、これから、大学経由のスポンサー様に挨拶するぞ」
 マメな人だ。新たなビジネスチャンスを狙っているのだろう。
「では、紹介しますね」

 私たちは、ブースに出入りするスポンサー企業の担当者を探しては声をかける。
 その間も、倉橋さんは追いかけてくる。
 荒本さんは、法被の袂から名刺を出しては交換する。合間を縫って、耳に挿したペンでもらった名刺に書き込みをしている。
 私がついてなくても、彼のことだから、上手く目的を達成するだろう。
「私、買い物行ってきます」

 駅前の駐車場に向かった。倉橋さんは相変わらず一定の距離を保ったまま着いてくる。
「倉橋さん、どうされます? 私はこれから、ホームセンターに行きますが」
「あなたと一緒にいるわ。荷物持ちぐらいはするわよ」
 そういって、後部座席に座った。


 青いコンパクトカーを走らせ北に向かう。
 静かな時間が流れるがおもむろに彼女が口を開いた。
「疋田のおばさまに聞いたわ。お付き合いしている人いるんですって?」
 叔母さんのおしゃべり! お見合いを避けるため、流斗君に片思いしているとは言ったけど。
「そんな人いません。私は結婚する気はありませんから」

 不快な対話を進めるうちに車はホームセンターに着く。私は無言で、あちこちのフロアを回る。もちろん、倉橋さんには一切の荷物は持たせないで用をすませた。
 大学のブースに戻って回り、調達した道具を渡す。
 タブレットを確認した。各地で子どもたちのお芝居が始まろうとしている。
 漁師の恰好をした男の子が、舞台に登場した。
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