【完結R18】君を待つ宇宙 アラサー乙女、年下理系男子に溺れる

さんかく ひかる

文字の大きさ
上 下
41 / 77
3章 アラサー女子、ふるさとの祭りに奔走する

3-9 二つの金属加工物

しおりを挟む
 ためらいより好奇心。モラルより下心。私も彼も同罪だ。
 彼には毎晩話す彼女がいる。なのに彼は私を部屋に誘い、私はそれに乗った。

 中は2LDKのようだ。LDKの部分がかなり広い。私のアパートとは大分違う。
 男の人の独り暮らしというとさぞ汚いだろうかと思ったが、それほどでもない。
 壁面に大きな本棚がおいてあり、一面ぎっしり詰まっている。
 窓際に大きな望遠鏡が置いてあった。この辺、宇宙の研究者っぽい。

「いいところ住んでるね」私は素直な感想を述べた。
「実家と変わらないスペース、一人で独占しているよ。家賃補助が出るから」
「これなら後、一人、二人住めそうね」
「増やしてみる?」
 流斗君がニヤッと笑う。冗談がきつすぎる。

 広いLDKの中央に四角いちゃぶ台がポツンと置かれている。
 流斗君は、どこからかクッションを取り出し床に置くと、キッチンに消えた。私は、そのクッションに座って彼を待つ。

 やがて、高さ二十センチメートルほどの透明なペットボトルと緑色の瓶、そしてガラスのコップを二つお盆に乗せて、流斗君が現れた。
 お盆には、よく知っている珂目山かめやまの水と地酒。流斗君が出張する前、珂目山のそば屋で買ったお土産だ。

「まだ持っててくれたの?」
「一人じゃもったいなくてね」
「お酒は……止めておこうか。お水を開けるね」
 うっかりお酒なんか飲んだら運転できなくなる。帰りに送ってもらえない。
「珂目山の水で乾杯しましょ」
 ペットボトルの栓をあけて、水を入れた。
 何か、妙な雰囲気になっているので、清水で気持ちをリセットしたい。
「常温でもおいしいわ。どうかな? まあ普通の水だけど」
「うん、おいしいよ」
「せっかくだから、冷やして飲んでみる? 氷、冷蔵庫かな?」

 私はキッチンに入り、冷蔵庫の小さな扉を開け、氷を見つける。入れるための器を探そうと、そばにある食器棚の戸を開ける。
 そこに食器棚に相応しくないものがあった。
 ジュースの空き缶が二つ並んでいる。何かに使うつもりなのか、中は空っぽできれいだ。
 片方はアルミ缶でもう片方はスチール缶だ。緑色のアルミ缶は梅の炭酸ジュース、紫色のスチール缶はミルクティーだ。
 梅ジュースにミルクティー。アルミ缶にスチール缶。
 え?

 初めて彼に会って車で送っていったとき。このマンションの前のロータリーで、ジュースで乾杯した……まさかあの時の?
 考えすぎだ。気のせいだ。
 私はゆっくり振り返る。
「那津美さん、わかった?」
 流斗君が、心配そうな顔をして立っていた。


 食器棚にあった二つの空き缶。初めて会った時一緒に飲んだジュースの空き缶に似ている気がする。
「流斗君、こういうの集めてるんだあ。いろいろ使えるよね」
 私は、わざとらしいほど能天気な声で聞いた。
「捨てられなかった」
 彼は、低い声でぼそっと呟く。

「そ、そうだよね。もったいないよね。空き缶ってキレイだしオブジェ作る人もいるよね」
 私は努めて明るい声を出そうとするが、語尾が震えてしまう。
 単に彼は空き缶が好きなだけだ。変に意識したら彼に失礼だ。
「氷、この皿に入れておくね」
 製氷皿から、氷を器に入れる。
「夢だと思いたくなかった」
 作業中の私の耳元で彼が囁く。
「な、なに言ってるの?」
 彼がミルクティーの空き缶を取り出して、私に見せつける。
「これは、あなたに会ったのが現実だっていう証拠なんだ」

 やっぱり空き缶は、一緒にジュースを飲んだときのものだったのね!
「私も流斗君も現実でしょ? ふふ、それともバーチャルなのかな」
 笑おう。笑ってこの妙な雰囲気を何とかしたい。
「そうかもしれないね。この世界が誰かのバーチャルだっていう説はあるよ」
 流斗君の指先が紫色のスチール缶をなぞった。
 怖い。何か怖い。彼が空き缶を残した理由が怖い。

 氷を入れた皿を持ってちゃぶ台に戻った。彼も向かいに座る。
 それぞれのグラスに氷をいれた。
「じゃ、キンキンに冷やしてもう一度乾杯ね」
「バーチャルの方がよかったな。コップや空き缶みたいに、那津美さんを持ち運べる」
「ごめんね。私、重いから運べないよね」

 やはり怖い。適当なことを言って今日は帰ることにしよう。だから、グラスの水を飲みほして私は告げた。
「明日休みだから祭りの会合が早いの。話はまた今度ね。悪いけど送ってもらえるかな?」
 私は彼を拝むように手を合わせた。本当は会合は夕方だし、私は出るつもりはない。
 流斗君も、私と同じように一気にグラスを開けた。
「いいよ」
 カタン、とグラスがちゃぶ台を叩く音が響く。
「明日の朝でいいよね。今日はもう運転できないから」

 流斗君は、緑色の小さな瓶を軽く持ち上げた。瓶が開いている。珂目山かめやまの清酒だった。どうして私は気がつかなかったのだろう。
「何で飲んじゃったの?」
「目の前にあったから」
 流斗君は、耳まで真っ赤に染めて、笑っていた。


 金曜日の夜。独り暮らしの彼のマンション。
 元々、好奇心と下心で彼のマンションに誘われるまま入った。泊まる展開も多少覚悟、いやかなり期待していた。
 が、目の前の彼は、私が知っている彼と何か違う。

「先に勝手に飲んでごめんね」
 そういって、空になった私のグラスに、流斗君はお酒をなみなみと注いだ。
「このお酒、度数高いの。こんなに飲んだら危ないよ」
「そうやっていつも年上ぶるね。じゃ、あなたなら、あっさり飲めるんだ」
「年上ぶるも何も事実だもの。でもいただくわ」
 少し口をつけた。サラサラとすっきりして飲みやすい。

「お酒を造る時にね、月に昇ったウサギさまに祈りを捧げるんだって」
「だからかな? 僕はまるで月にいるかのように身体が軽いよ」
 いつも以上に声が高く上ずっている。普段、彼はお酒を口にしないのに、一気に酒を水のように飲んだ。そうとう酔いが回っているようだ。
「流斗君、休んだ方がいいわ」
 彼の隣に移り、立たせようと背中に手を回した。
「やった! 捕まえた!」

 不意に抱き寄せられた。思った以上に彼の腕の力が強く、逃れることができない。
「ちょ、ちょっと! 立って。もう休むの! 寝室はあっち?」
 私は立ち上がって、奥の扉を指した。
 しがみついた流斗君に持ち上げられるように立ち上がる。
「わーい、一緒に寝てくれるんだね」

 支えるつもりが、逆に彼に引きずられるように、奥の部屋に連れていかれた。
 扉を開けると、シンプルな木枠のベッドとパソコン机に壁面の本棚が目に入った。

 が、部屋を観察する余裕もなく、もつれるようにベッドに雪崩れ込む。
 そのまま彼に頭を押さえつけられ、唇を押し付けられた。
 初めての優しいキスとは全然違う。食べつくすかのように唇が動き、ざらついた舌が侵入し口内で暴れまわる。

 高校生のような姿で、一流の宇宙研究者として難しいプロジェクトに挑み、年上の学生を面倒見る先生。
 私に科学知識の危うさをダメ出ししつつ、甘えた風もあり、エッチな冗談を言う人。
 私の知っている彼とは全く違う何かがいる。あどけない顔をした丸っこい瞳の中にいるのは、人を食らおうとする妖怪だ。
 彼女がいるくせに、たまたま知り合った人間が飲んだジュースの缶を取っておくなんて、普通じゃない。
 この妖怪から、今は逃げなくては!。

「流斗君! こんなことしたら、彼女が泣くよ! 毎晩、好きな子と話してるんでしょ?」
「ああ、あの彼女は大丈夫。僕が那津美さんを欲しいと相談したら、応援してくれるんだ」
 応援してくれる? それは本当に彼女なんだろうか?
「流斗君、本当にその子と付き合ってるの?」
「彼女、変わってるんだ」
「変わりすぎよ。私だったら絶対に嫌。流斗君こそ平気なの? 彼女が他の男の子と遊んでたり、彼女にそんな相談して応援されるなんて寂しくないの?」
 流斗君がぽかんと私を見つめている。彼の腕の力が緩んだところで、ようやくベッドから抜け出せた。

「那津美さん、行っちゃうの?」
「流斗君、今日は変だよ。私、タクシーで帰る」
 スカートのすそを掴まれた。
「まだ、話は全然終わってないよ」
「だから、続きはまた明日」
「明日じゃ遅い。あいつに会うんだよね?」

 荒本さんに拘る流斗君に根負けし、私は事実を告げることにした。
「確かに彼と付き合ってたわ。でも別れて七年経つの。すぐ彼は結婚し子どもが生まれたの」
 実際は、今の奥さんに子どもができたから別れたのだが。
「関係ないよ。結婚したって別れたって、欲しいものは欲しい」
 そう言った流斗君の目が、どこか悲しく切ない。

 何となく去りがたくなり、私はベッドのそばの床に座り込み、腰かける流斗君を見上げた。
「僕も同じだ。付き合ってたって関係ない」
 彼の指が私の頬をなぞる。付き合ってる彼女がいるのに、なぜ、私が飲んだ空き缶を取っておくぐらい執着するのか、彼自身わからないのかもしれない。
「それは、引っ越して遠距離恋愛になったのと、彼女がまだ若いからだよね」
 もしかすると本当に小学生の女の子かもしれない。それぐらいの年なら、好きな子との恋を応援するピュアな気持ちになれるかもしれない。
「若い? 若いと言えば、若いかな」
「彼女では満たされない部分を私に求めているんでしょ?」

 自分でこんな情けないこと言いたくなかった。
 流斗君の心は彼女にある。が、彼女は若すぎて彼の肉体的要求に答えられない。そこで彼は私をターゲットにした。年上のおばさんなら簡単にさせてくれるから。
「あなたのそういうところ、嫌いだ」
 私は肩をぐっと抑えつけられた。
「僕だけじゃない。あなただってそういう気持ち、あるはずだ。いくらでも証明してみせるよ」
「そのとおりよ。でも考える時間が欲しいの」
 下心と好奇心はある。でも、セフレになることへの誘惑と抵抗のあいだを、行き来する時間が欲しい。
「じゃ、一つの判断材料だ。大学行きのバスはね、電車の終電まで運行しているんだ」

 なぜ唐突にここでバスの話が出てくるのだろう。
「なのにあなたは、僕を強引に車に乗せた」
 え?
「地元のあなたが終バスの時刻を知らないはずがない。あなたは、バスは終わってると主張して、僕を誘ったんだ」
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

恋とキスは背伸びして

葉月 まい
恋愛
結城 美怜(24歳)…身長160㎝、平社員 成瀬 隼斗(33歳)…身長182㎝、本部長 年齢差 9歳 身長差 22㎝ 役職 雲泥の差 この違い、恋愛には大きな壁? そして同期の卓の存在 異性の親友は成立する? 数々の壁を乗り越え、結ばれるまでの 二人の恋の物語

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~

吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。 結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。 何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜

ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。 そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、 理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。 しかも理樹には婚約者がいたのである。 全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。 二人は結婚出来るのであろうか。

処理中です...