【完結R18】君を待つ宇宙 アラサー乙女、年下理系男子に溺れる

さんかく ひかる

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3章 アラサー女子、ふるさとの祭りに奔走する

3-5 突然クイズですが

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 こんなところで、流斗君に会えるなんて。
素芦もとあしさん、月祭りのことで今から打ち合わせします。いいですか?」
 流斗君にしては怖いほど低い声。まっすぐ突き刺すようなやぶ睨み。
 彼は怒っている。全身で怒っている。
 まだ彼は、私を許してくれないのね。だから怒っているんだ。

「あー、朝河せんせー、さきほどは、お疲れさんでした」
 飯島さんが、流斗君の怒りを宥めようと割り込んでくる。
「飯島さん、さっき素芦さんがどこにいるか聞いたら、ここにはいない、って断言しましたよね?」
 流斗君は飯島さんに食い下がる。飯島さんは「あ、いや、その……素芦さん、ほら急がんと」
 飯島さんの態度の意味がわかった。

 飯島さんは、先ほどまで流斗君の取材に立ち会った。何があったのかはわからないが、私と流斗君を引き合わせるとよくない、と気がついたのだ。意外だが、飯島さんは流斗君の怒りから私を守ろうとしてくれる。
「すみません朝河先生。私、今から購買に行くので、終わったら内線します」
 私は一礼して、背を向けた。
「それなら立ち話でいいから。僕も付き合いますよ」
 なおも食い下がる流斗君に、沢井さんが割り込んできた。
「素芦さん、先生が来てくれたんだから、そこで打ち合わせすれば?」
 沢井さんは、奥のパーテーションで区切られたスペースを指した。

「ふーん、なるほど……ま、いいでしょう」
 ざっと彼は沢井さんを見やると、私に向き直った。
「じゃ素芦さん、あっち行きましょうか。祭りのこと調べたいから、スマホ忘れないで」
 私は、表情を変えない沢井さんと、おろおろする飯島さんを見比べつつ、月祭りの資料を手に、流斗君を追った。


 三週間ぶりに彼と会った。
「先生、月祭りの件ですか? 棟ごとにブースを出すので、私は、棟の代表の先生と進めています。先生、ご要望がありましたら、邦見先生にお願いします」
 邦見先生とは流斗君の先生にあたる教授で、宇宙棟のリーダーだ。
 素っ気なくされた仕返しをしているわけではない。効率よく仕事を進めたいだけ。
「邦見先生は僕よりずーっと忙しい。国の委員会をいくつも掛け持ち、他の大学の客員教授も務めたりだ。この件、先生から僕に任されてる」
 怒りだけは伝わる。私も自然、硬直する。

「わかりました。朝河先生も衛星プロジェクトを抱えて忙しいかと思います。今回のテーマにかなった先生と打ち合わせてもいいですよ」
「テーマ? ウサギ、亀、月、水のどれかに関係すればいいんですよね」
「先生のご専門は、宇宙生成論です。月は、宇宙生成のずっと後にできたんでしょう?」
「へー、勉強したんですね」
 流斗君が、ニヤッと笑った。
「じゃあ、月がどうやってできたか知ってる?」

 うっ、それを聞かれると、えーと……どうなんだろう……。
「何か、ふらふらしている小さな星を捕まえた、とか?」
 またドヤ顔された。
「うん、そういう説もある。最近有力なのは、地球に火星ほどの大きさの星がぶつかり、バラバラになった破片の一部が月になったという説かな」
「先生、何でも知ってるのね」
「宇宙棟の先生方の研究分野は把握してます。月の研究をする先生との打ち合わせも僕が進めます」

 彼は怒っている。なのに私は、このようなやり取りを喜んでいる。
「それで月のことがわかるサイト見つけたんだ。今からそっちにURL送るからチェックして」
 それでわざわざ『スマホ』忘れないで、と言ったんだ。
 アプリがメッセージの受信を知らせる。
 私は、事務的にメッセージを確認する。そして、声を上げそうになった。

『取材させないとクビだったの?』

 流斗君の目は、相変わらず怒りに満ちていた。


 流斗君のメッセージに私はただ釘付けになる。どうして流斗君がそれを?
「どう? URLチェックした? どう思った?」
「私には難しくてわかりません」

 取材の時、飯島さんが漏らしたのかもしれない。
 飯島さんがなぜ私とここから追いだそうとしたのか、流斗君がなぜ怒っているのか、ようやくわかった。
「そんなはずない。そのサイトのクイズ、イエスかノーかの二択ですよ」
「じゃ、ノーです」
「僕はイエスだ。じゃ、次に行きますね」

 流斗君はまたスマホをいじりだした。今度は、西都科学技術大学宇関キャンパスのホームページを表示した。
「月の研究は、この都倉光先生ですね。月の石の分析をしています。ウサギに見える月の影の話をしてもらってもいいかな」
「あ、あの、ですから……」
 その後、彼は、自分が送ったメッセージに触れることなく、祭りのブースの話をすすめた。

「祭りは、ブースの周辺だけじゃないんだ」
「公園のブースは、宇関の外から来た人に宇関をPRするため、新しく始めました。宇鬼川の源流のある珂目山の滝つぼに、折り紙で作った小さな舟を流します。宇関町内で川沿いの区域ごとに流します」
 その滝つぼに彼と出かけ、同じ話をした。

「ということは、川沿いの地域、一斉に同じことをするわけだね。川はどれぐらい長いの?」
「宇関町の東と南の境目を流れています。町全体が、祭りに参加するんです」
「そんなに広範囲なら、ウェブカメラを置いて、祭り特別のサイトを立ち上げ、各地の様子をライブで見られるようにしたら?」

「それいいですね。役員さんに提案してみます」
「システムを作るなら情報棟の先生がいいな。尾谷先生に話しておくよ」
 この前インタビューを録画した情報工学のイケメン先生だ。流斗君とは、宇宙観測衛星プロジェクトのプログラム開発で関わっている。

 カメラの話が終わったところで、流斗君は立ち上がった。
素芦もとあしさん、大体わかりました。じゃ、また」
 私も一緒に打ち合わせコーナーを出て、席に戻る。飯島さんが、チラチラ私をうかがい「どうやった?」と小声で聞いてきた。
「祭りの宇宙ブースは朝河先生にお任せします」
 私はいつもの仕事に戻る。

 流斗君は、沢井さんに告げた。
「打ち合わせ終わりましたよ。雑誌の取材も上手く行きました」
 人懐っこい笑顔だ。そうだ。流斗君は、取材の後、ここに来たのだ。
「今後、取材の立ち合いは、この人にお願いします」
 彼が指名したのは、私の先輩パートにあたる海東さんだった。


 流斗君は、取材の立ち合いにパートの海東さんを指名した。海東さんは「はい?」とぽかんとしている。
 沢井さんが抵抗した。
「いえ、この海東は、取材関係の仕事はタッチしていませんので、先生に迷惑かけます。飯島が何かしたのでしょうか?」
「飯島さんに問題ありません。でも、僕と飯島さん、ほとんど年、変わりませんよね。同じ年の人に立ち会われると緊張しますから」

 そこで飯島さんも入っていった。
「いやいやいやいや、先生、全然緊張なんてなくて、取材慣れされとるなあと思いました」
「そう見せただけです。その……僕と同年代ってほとんどが学生でしょう? だからどうしても飯島さんに対して学生扱いしそうで、怖いんです」
「沢井さん、朝河先生は全然そんなんありませんから!」
 なおも飯島さんが訴える。が、沢井さんは頭を振った。

「わかりました。どうであれ飯島が苦手とおっしゃるなら、今後は私が立ち会います」
 それでも流斗君は引き下がらない。
「それも緊張します。課長にわざわざ立ち会ってもらうまでもありません」
「でも、私も飯島もダメだとすると後はパートですよ」
「どうしてパートだとダメなんですか?」

 流斗君は、何が何でも譲らない。
「僕は、立ち合いがない方がいいけど、それがダメなら、なるべく邪魔をしない人がいいんです。それなりに取材の経験はありますし……まあメディアがちゃんとしたところならね」
 彼の顔が曇った。やはりカルト教団の取材を安易に受けたことを悔やんでいるんだ。
「広報で立ち会う人の指名もできないなら、取材はこれきりにします」
 そう言い切った流斗君に、沢井さんは尚も抵抗する。
「先生はそれでよくても、海東が可哀相です」
 それまで自分の話なのに、蚊帳の外にされていた海東さんが入ってきた。
「朝河先生の研究室に行って、インタビューの様子を見ていればいいのですか?」

 沢井さんが首を振る。
「それだけじゃないわよ。ちゃんと中身を理解しないと」
「えー、海東さんだっけ? それで充分ですよ」
 流斗君が笑っている。
「でも先生、記者は無謀なリクエストしてきます」
「僕が断ればいい。中身は発表前に記事や映像を送ってもらってチェックすればいい。そのチェックは、首都本部の広報に頼みます」

「いや、せめてチェックぐらいは私たちが……」
 沢井さんは尚も食い下がる。
「宇関の広報の皆さんは忙しいでしょう?」
 突然、押し付けられた仕事に海東さんが、口を開いた。
「朝河先生って宇宙ですよね。私SFとか宇宙大好きなんです。楽しくなりました」

 私は前に海東さんから聞いていたが、誰もが驚いている。仕事を押し付けた流斗君も含めて。
「海東さん、それは助かります。じゃ、さっそく次の取材も頼みます。調整は本部がやるから大丈夫ですよ」
 流斗君は、スマホのデータを呼び出し、海東さんに見せている。
「ま、待ってください。朝河先生! 立ち合いを海東にというのはわかりましたが、段取りは、私がしますから」
 沢井さんが割って入った。
「メディアへの窓口は本部の広報に頼みます。じゃ」
 流斗君が微笑んで立ち去った。

 海東さんは「沢井さん、今度はこの人の取材希望です。面白そうですね」と、笑っている。
「ええ、そうね。私たちは、本部の広報に任せればいいから」
 沢井さんはおろおろしながら、海東さんに説明した。
 私は別の仕事に取り掛かる。飯島さんの突き刺さる視線を感じながら。
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