【完結R18】君を待つ宇宙 アラサー乙女、年下理系男子に溺れる

さんかく ひかる

文字の大きさ
上 下
36 / 77
3章 アラサー女子、ふるさとの祭りに奔走する

3-4 ずっと彼が好きだった

しおりを挟む
 大量の父の個人名義の通帳がテーブルに乱雑に積み上げられている。どの通帳も、出入りを繰り返しながら、残高がどんどん減っている。借金の督促状も山のようにある。問題はその日付だった。
 てっきり荒本さんが裏切ってから発生したものと思っていたが、そうではなかった。二十年前から、素芦もとあしの家は赤字体質だった。
 荒本さんが寝返ってから借金が大幅に増えたような形跡はない。

「まさか、荒本さん、偽造していませんよね」
「馬鹿言うな! 通帳、みんな古いだろ? それに少しずつ記帳されてることわかるだろ」
 その通りだった。通帳の印字の濃度から、二-三か月ごとにまとまって記帳していたことがわかる。
「そ、そんな……私、普通に学校に行って、よく別荘にも出かけたし、月に一度は、菊川亭でお父さんと食事して……すごい贅沢はしてないけど……」
 荒本さんと破談するまで、平均以上の暮らしをしていた自覚はある。

「……俺も、そこまでひどいとは知らなかった。素芦不動産のことは知ってたが、素芦の個人の財産までは把握してなかったからな」
「……借金は、じゃあ……」
「ミツハが、素芦の財産を譲り受けることで、返済を遅らせてもらった。借金はほぼ返済した。大学を誘致して地価が上がったし、ミツハのノウハウで事業をいろいろ起こした」
 荒本さんが私の隣に座った。
「お前が背負うものは何もないってことだ」

 私は項垂れるしかない。
「荒本さん、だからといって、素芦の社員を引き抜かなくても……」
 広げた通帳に書類をまとめ紙袋に包み、バッグにしまった。
「俺が社長となって立て直すつもりだったよ。が、それが駄目になったら倒産は確定だ。そんなところに社員を置いとくのは可哀相だからな」
「……でも、あなたは私を裏切った」
 荒本さんが私の肩をポンと叩く。
「俺は裏切ったつもりはない。本当にお前と結婚するつもりだった」
「真理恵さんと子どもまで作ったのに?」

 彼は、私ではない女と抱き合っていた。私の目の前で。
 男は私の髪に指を滑り込ませてくる。
「お前は素芦もとあしの姫さまだからな。結婚するまでは、と思って大事にしたつもりだ……が、俺は男なんだ、わかってくれないか?」
 婚約者が他の女を抱いたことを理解しろと? 私は首を振るしかない。
「いや、素芦の姫さまがそんなこと、許せるわけないな」
 彼の大きな手が私の背中をさする。
「俺は親父さんに死んでほしくなかった。いい人だった。だからミツハのアパート管理を任せたんだが、誇り高い殿様は嫌だったんだろう」
 荒本が私の手を取り顔を近づけた。
「お前、大学の安いバイトで随分こき使われてるな。俺なら同じ仕事で正社員にしてやるのに」

 何かが警告する。危険だ。これ以上、ここにいてはいけない。
「私、それでは……」
 そろそろ立ち上がろうとしたが、男に両肩を捉えられた。
 途端、荒本は私をソファに押し倒した。
 一瞬だった。
 抵抗する間もなくの顔が覆いかぶさり唇が奪われた。
 男の舌が侵入し、中で暴れる。

 七年ぶりの熱いキス。
 あのころの私は、この男の唇が恋しく、キスのたびに幸せな気持ちになれた。


 ずっと好きだったよ、お兄ちゃん
 お兄ちゃんのお嫁さんになりたかった
 でもお兄ちゃんは他に好きな人がいた
 だからお兄ちゃんが憎かった


……違う違う違う! 私が欲しいのはこれじゃない!
 あのころ陶酔していた行為に、私の唇が拒否反応した。
「流斗君、助けて!!」

 私は、男の胸を大きく突き飛ばし、ソファから立ち上がった。
「那津美、行くな!」
 荒本さんの叫びを背に、私は、唇をぐいぐいこすりながら、ミツハ不動産の廊下をひたすら走った。


 流斗君に会いたい。彼が他の子を好きでも。彼に嫌われたとしても、このままで終わりたくない。せめて、誠意は見せたい。
 私は家に戻った後、流斗君にメッセージを送った。
『取材を断る、との約束を破ってごめんなさい』

 すぐメッセージが返ってきた。向こうはちょうど昼間だ。
 それは異国の風景を写した写真だった。

 青色に輝く超高層ビルと周囲に広がる白い建物で成り立つ都市が写っていた。そして都会の向こう側に、雪で覆われた広大な山脈がそびえたっている。青空と街と山のコントラストが美しい。
 が、美しい写真に見とれる間もなく、次のメッセージが私を悩ませた。
『こっちこそ、ごめんね』

 私の謝罪を受け入れた、ということでいいのだろうか? また、以前のように友人に戻れるということなの?
『返事ありがとう。写真きれいね。待ち受けにします。また、お話ししたいです』
『そうだね。ちょっと待っててね』

 彼は私を許してくれた、ということでいいのかな?
 友だちに戻れる、って期待していいのかな?
 ちょっとってどれくらい? ……でも、催促してはいけない。
 ちょっとが一年だって仕方ない。
 だって彼は宇宙の始まりを探求する研究者なんだもの。
 宇宙は138億年前に生まれたんだもの。
 一年だって、ほんのちょっとかもしれないよね。

 荒本さんが持っていた、素芦もとあしの何の価値もない通帳に督促状の束を、押し入れに入れた。
 押入れを開けるたびに、憂鬱になる。
 この押し入れにはどうでもいいものが集まってくる。
 私の大嫌いな人から届く誕生日プレゼントもそれらの仲間。
 おそらく、今年の誕生日も、どうでもいい仲間がやってくるに違いない。
 予定通り、誕生日は一人で楽しく過ごそう。勤務先が塾から大学に変わっただけだ。


 そして流斗君は帰国した。
 帰国した日、メッセージを受け取った。が、それは普通の挨拶で、特にお誘いはなかった。
 受け取ったメッセージはそれだけで、何も連絡なく数日経つ。
「会いたい」と送信したくなるけど我慢する。焦っちゃダメ。
 数日って普通に「ちょっと」なんだから。
 流斗君は忙しいんだから。
 彼のスケジュールをチェックすれば、よくわかるんだから。

 別に広報課のバイトだからといって、いちいち准教授のスケジュールを毎回チェックする必要はない。
 なのに私は、つい、彼のスケジュールだけは欠かさずチェックしてしまう。ああ、これじゃストーカーだ。
 でも、昨日も何もメッセージが来なかった。
 今日のスケジュールは……え!
 雑誌社の取材だ。私が流斗君との信頼を失って得た成果物が、無機質な罫線に囲まれて表示されている。私は、取材担当から外されている。となると、沢井さんか飯島さんが彼の取材に立ち会うのだろう。

「飯島さん」
 私は話しかけた後、気がつく。ここで流斗君の取材について確認したら、私が彼のスケジュールをチェックしたことが発覚してしまう。
「私、祭りのことばかりしてすみません。お手伝いします」
「かまへん、かまへん。あ、そうそう、午後、朝河先生の取材に行ってきますんで、あとたのみますわ」
 こちらから聞かなくても知りたいことに答えてくれた。


 午後になり、飯島さんは予定通り、流斗君の研究室に出かけた。
 私は普段の仕事を進めると共に、月祭りのブース拡張について各棟のリーダー格の教授に連絡を取るなど、慌ただしく午後を過ごした。
 二時間ほど経ったころ。飯島さんが血相を抱えて戻ってきた。
素芦もとあしさん、今すぐ、こっからどこかへ行って!」

 意味がわからない。
「どこってどこですか?」
「どこでも、ええから!」
 沢井さんと、私には聞かれたくない打ち合わせをするのだろうか? それならそう言ってくれればいいのに、と思いつつ、私は立ち上がった。
 が、突然、事務室にずかずか入り込んできた先生の勢いにのまれ、動けなくなった。
「素芦さんいる?」
 先ほどまで雑誌の取材を受けていた流斗君が、事務室の広報課までやってきた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました

入海月子
恋愛
有本瑞希 仕事に燃える設計士 27歳 × 黒瀬諒 飄々として軽い一級建築士 35歳 女たらしと嫌厭していた黒瀬と一緒に働くことになった瑞希。 彼の言動は軽いけど、腕は確かで、真摯な仕事ぶりに惹かれていく。 ある日、同僚のミスが発覚して――。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

最後の恋って、なに?~Happy wedding?~

氷萌
恋愛
彼との未来を本気で考えていた――― ブライダルプランナーとして日々仕事に追われていた“棗 瑠歌”は、2年という年月を共に過ごしてきた相手“鷹松 凪”から、ある日突然フラれてしまう。 それは同棲の話が出ていた矢先だった。 凪が傍にいて当たり前の生活になっていた結果、結婚の機を完全に逃してしまい更に彼は、同じ職場の年下と付き合った事を知りショックと動揺が大きくなった。 ヤケ酒に1人酔い潰れていたところ、偶然居合わせた上司で支配人“桐葉李月”に介抱されるのだが。 実は彼、厄介な事に大の女嫌いで―― 元彼を忘れたいアラサー女と、女嫌いを克服したい35歳の拗らせ男が織りなす、恋か戦いの物語―――――――

処理中です...