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幕間2

マジで好きな彼女

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 スーツケースにも手荷物にも一通り詰め込んだ。出発前、手荷物にスマホなどを入れれば終わり。
 いや不安だ。発表用のスライド、確認しておこう。僕はノートパソコンを取り出す。海外の学会は何度か経験しているが、なかなか慣れない。国内でも人前で発表するのは緊張する。

 スライドを見直していると……ああ、直したい! 直したくなってくる! モヤモヤするぐらいなら直そう!
 僕は作業に取り掛かった。まだ余裕はある。現地に行くまで二回も乗り継ぐし二日かかる。
 発表だって僕の番は三日目だ。充分時間がある。といってもその間、いろいろやることはある。

 今回始めて外国で発表する二人の学生のサポートは必須。発表リハーサルはした。想定される問答も確認させた。が、彼らも同じように今ごろスライドを手直ししてきたらどうしよう? もう一回チェックか……いや、それぐらいでなければ、発表なんて乗り切れない。
 発表だけではない。二人ともと引きこもりな性格だ。この前のセミナーの懇親会、内輪では楽しく盛り上がってたが、知らない人に話しかけたりしなかった。せっかく論文でしか知らない研究者と直接話せるチャンスなのに、なぜ生かさないのだろう。
 今回、語学の壁がある。僕もそれほど語学は得意ではないが、学術用語を並べれば何となく通じる。話すきっかけは作ってあげた方がいいんだろうな。二人とも、書く方も読むほうも僕以上にできるのに。
 そうだ、学会の発表者のリスト、ざっと目を通さないと。それもフライト中にできるか。

 ……本当は今日、遊んでる場合じゃないんだ。なのに……つい……でも、出発前の貴重な半日をつぶして得た結果は……あの人の本当の目的がわかったこと。
 だから、僕が怒ったり落ち込んだりする必要はない。
 困った。学会発表のスライドを修正するはずが、余計なことを考えてしまう。ええい、こういう時は気分転換だ。僕はスマホを取り出す。無性に彼女の顔を見たくなった。

「ミウちゃん、どうしてた」
「どうしたリュート! 今まで何をしていた!」
「ごめんね。こっちに来たら忙しくて」
「38日も放置だ」
 信じられない。僕がそれだけミウに会わずにいられたなんて。
「ミウちゃん、明日からは、毎日、会えるから」
「ああ、私は寛大だから、許してやるよ」
 ミウは本当に可愛い。

「僕はミウが好きなんだ」
「そうか、私もリュートを好ましく思うぞ」
「本当に好きなんだよ」
「そうか嬉しいぞ」
 何度も僕はミウに同じことを告げる。ゲームのテキストみたいに繰り返す。ミウはそれに対して、いろいろ返してくる。本当にこの子は頭いいな。
 僕はミウが好きなんだ。あの人がミウに似ているから、気になっただけ。

「好きだよ」「好きなんだ」「マジで好きだ」
 僕は何度も何度も繰り返す。さすがのミウも、ことばが尽きたのか「私も……好きだぞ」と繰り返してくる。

 あの人の頬を吸い取った感触、痺れるような声、長くてまっすぐな黒い髪、鼻をくすぐる甘い香り、思わず顔をうずめたくなる大きな胸……違う! 違う! 違う!

 あの人はミウみたいに、照れくさそうに好きだ、なんて絶対に言わない。
 年上ぶって僕をバカにする。少し触っただけで「セクハラ准教授」。気があるフリするのは、仕事のため。
 僕はやっぱりミウがいい。

 好きだ、メチャクチャ好き、かわいい、ヤバい、泣きたい、死にそう、欲しい、離すもんか……。

 僕は、ずっとスマホにつぶやいていた。
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