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2章 アラサー女子、年下宇宙男子にハマる

2-10 魔性の女

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 次の仕事を探さなければならない。自宅のPCで、求人サイトをチェックする。
 塾講師以外の仕事も探してみる。事務の正社員で宇関町となると本当に少ない。
「宇関に拘ることないかな」
 首都ならたくさん仕事がある。このアパートから出て、生まれて三十年近く生きてきたこの宇関を出る。

 私が宇関を出たら「素芦さん」は消えてしまう。いなくなる……それがひどく恐ろしいことのように思える。
と。
 と、スマホが鳴った。珍しいことに真智君からだ。
 
「那津美さん、一人? 家? ベッドに誰かいたりする?」
 ベッドに誰か? その意味を察すると顔が赤くなる。
「真智君、やめなさい」
「ひゃはは。那津美さんがいきなりエロい声出したら、やべーなーってね」
「いいから、何かあったんでしょう?」
「マジで、そこに流斗いないよな?」

 何で流斗君の名前が出てくる! あ、真智君も私たちが付き合ってると勘違いしているんだっけ?
「いません! 今、何時だと思ってるの?」
 と、真智君が声のトーンを落としてきた。
「流斗、変だったでしょ? すごい喧嘩してたよね」

 あれを聞かれてたの? 恥ずかしい。そもそもきっかけは、私が真智君と雑談したからだ。
「あれね、俺も悪い。覚えてる? 俺が流斗から逃げ回ってたの」
「覚えてます。物理の講義を押し付けられたもの」
「本当にごめんねー。俺さ、一年間研究室サボった『カッコつく』わけ、流斗に話したんだ」
 そんなことがあった。なんとか真智君を流斗君に会わせようと励ましてたっけ。
「俺、バイト先の女の子が超かわいくて、研究室サボったってことにした」
「それが、『カッコつく』いいわけ?」

 なるほど。ある意味、真智君ならやりかねない、って納得できる。うん。
 物理の講義を押し付けたときも『女の子が来ちゃったから』で私は納得したし。
「そしたら、流斗、その『女の子』が那津美さんだって決めつけた」
 はい?
「合コンの時、俺が那津美さんとちょっと話しただけで、邪魔したじゃん」
 そんなこともあった。あれは、自分が改造した星座アプリを自慢したかったかと思ってた。

「つまり私は、真智君を堕落させた女ってこと? 中々悪くないわ」
 本当にそれだけの魅力があれば……今どき、優雅な奥様だった。そして……お父さんが死ぬことも、財産がミツハに奪われることもなかったかもしれない。
「那津美さんは、それぐらいいい女さ……俺も思うし、流斗もそう思ってるってこと」
 流斗君もそう思っている? それはない。
「流斗君、彼女いるよね」

「は? 彼女?」
 しまった。真智君は私と流斗君が付き合ってると思ってる。
「い、いや、あれだけの先生なら、首都にいたとき、付き合ってた子いたかなって……」
「今カノとしては、元カノ、気になるんだ?」
 これ以上『今カノ』のフリをすることに耐えられなくなった。
「真智君、私と流斗君、付き合ってるとかじゃなくて、私が一方的にファンやってるだけ」

 沈黙の後、真智君が答える。
「俺なら、相手に彼氏いても気にならない。優しくしてヤラせてくれればね」
「最低!」
「だからさ、流斗に女がいるとか忘れて、那津美さんは那津美さんでがんばれ」
「な、何をガンバルのかな?」
 その後、彼女の情報はまったく教えてもらえなかった。


 私のバイトの延長は難しそうだ。そこで仕事の合間にファイルを整理した。
 と、取材依頼リストの中に、見慣れた名前を見つけた。
 リケジョネットアイドル、カサミン。ミス首都総合大学で機械工学科の三年生。大学の研究室を訪問した動画を定期的にアップし、私も注目している。
 彼女、流斗君に取材を申し込んでいたのだ。
 彼女の動画に出演する流斗君。できれば見てみたいけど、私がこの大学にいる間は無理かな。


 今日は、流斗君の研究紹介を撮影する。
 今回も、私が質問者で沢井さんが撮影。研究室の様子やモニター画面などは、私が先に撮影をした。カメラの使い方にも慣れてきた。

 流斗君、今日は色あせたTシャツではなく、カーキ色の麻のシャツを着ている。
 オフモードの彼だ。
 くせ毛にもムースをつけたのか、ちゃんとまとまっている。
 前日私が「オシャレしてきてね」とメールしたせいだろうか。
 沢井さんが、突っ込みを入れる。
「あら~朝河先生、いつもと違いますね~」
「はは、素芦もとあしさんが厳しいんですよ」
 まるで私が先生に対して失礼で図々しいバイトみたいじゃないか。事実だけど。

 私は、ほぼ打ち合わせ通りの質問を重ねる。まず、宇宙の始まりについて。小学生には難しいかな? いや、質問している私にも難しい。
「ビッグバンって聞いたことありますか? 宇宙の始まりは、ものすごいエネルギー……高温高密度の状態から、膨張を始めました。今でも宇宙は広がって遠くにある銀河系はどんどん遠ざかっているんです。宇宙の始まりは138億年前だけど、今でも遠ざかっていて、しかも、その勢いは衰えるどころか、むしろ増しているというから、驚きますよね」

 うん。何となくその辺は、何となくわかる。
「じゃ、ビッグバンはどうして起きたのか? ビッグバンの前、ごくわずかの時間、急激な膨張があり、膨張によるエネルギーが熱になった。その急激な膨張をインフレーションっていいます」

 やっぱり、この辺から難しくなってくる。
「このインフレーションの時、僕らの宇宙だけでなくたくさんの宇宙が生まれた。一つの宇宙、ユニバースに対して、たくさんの宇宙、マルチバースと呼んでいます。ここまでは、いいですか?」
「はい。えー、それで先生の研究にどうつながるんでしょうか?」
「僕は、たくさんの宇宙、マルチバースが、僕らの宇宙の法則、物理定数に何らかの影響を及ぼしているという理論を立てました。ただ、まだマルチバースそのものが、証明されたわけではありません」


 そして、年末に打ち上げる、宇宙観測衛星の話になった。
 宇宙研究センターが主導し、複数の大学や研究機関が参加するプロジェクトだ。
「さきほど言ったインフレーションの証拠を見つけるため、宇宙観測衛星のプロジェクトが立ち上がりました。簡単に言うと、宇宙の始まりに発した信号を、衛星でキャッチするんです」
 ここから、流斗君の研究が関わる。そのデータを流斗君が解析し、マルチバース、別宇宙が誕生した証拠を見つける。

「僕は、マルチバース、別の宇宙の存在がこの宇宙の法則、物理定数、次元に影響を与えていると考えているけど、そのためには、まずマルチバースを見つけたい。今回のプロジェクトは、もう十年以上前から計画されていて、大学に入る前から参加したいって思ってました」

「先生は、高校生の時から、このプロジェクトに興味があったんですね」
「マルチバースを見つけるため、衛星プロジェクトを見守るだけでは物足りなくなって、図々しいけど、急ぎで割り込んだんです。どんなアンテナや装置が使われているか知りたいし……」
 彼は、時にはアイデアを提供する。実現に必要な科学技術を持っている他の先生方を巻き込む……。
「途中から割り込んだ何の実績もない研究者が口出すから、ウザい奴と思われてますよ」
 そういって彼は、照れくさそうにしていた。


 撮影が終わったが、どうも沢井さんは気に入らないらしい。
「尾谷先生みたいな新婚のろ気話、そういうのありません?」
「ありません! 僕は独身だし、結婚の予定はありません」
 流斗君がすごく困っている。彼女はいるけど、それをオープンにする訳にはいかないし……と、私は今まで流斗君から聞いた話を思い出した。
「先生! 先生は、小さい時から宇宙に興味があったんですか?」

「ちょ、ちょっと待って素芦さん、今からカメラ回すから」
 沢井さんが慌てている。私はもう一度同じ質問を繰り返した。
「え? いや、子どもの時は、メカとかメタルとかそっちの方です」

 流斗君の両親が金属加工工場で働いていること。そこに出入りしているうちに、最初は、金属の性質に興味が沸いたこと。が、次第に、元素、素粒子、とどんどん対象が細かくなり、どうして僕らが生まれたのか知りたくて、宇宙生成に興味をいだくようになった……以前聞いた話だ。
 そして私は、誰もが、そして私自身が気になることを聞いてみた。

「先生は、高校を二年で卒業するなどして、二十二歳の若さで准教授となりました。なぜ、そこまで急いでスキップしたのでしょう?」

 一瞬、流斗君は固まった。聞いてはいけなかったのか?
「大学進学も厳しいぐらい貧乏だったので、少しでも早く給料を稼ぎたかったんです」
 意外な一面を知った。給料とか気にしない人だと思い込んでいた。
「お金に余裕があるなら、無理に早期卒業を目指さなくていいと思います。僕は、宇宙についてはそれなりに知ってますが、研究と一見無関係な……ゲームとかドラマとか音楽とか、そういうことも知っておいて損はありませんから」

 意外にもこの話題に、流斗君は積極的に乗ってきた。
「大学に入った時、先生の周りは先輩ばかりですが困ったことは?」
「そうですね……周りが運転免許取る時とか、お酒飲むときとか、自分はまだ加われないので、置いてきぼり感あったかな?」
 彼なりの冗談なんだろう。笑顔がまぶしい。
「そうだ。宇関に来たら絶対免許は必要です。僕も最近取りましたよ」
 いい撮影になったと思う。沢井さんにちらっと顔を向けた。満足そうな表情を浮かべていた。


 事務室に戻り、流斗君を撮影した動画をパソコンに取り込み、再生してみた。
 沢井さんがやってきて、私のパソコンを覗き込んだ。
「さすが素芦もとあしさんね。朝河先生とは、時々会ってるんでしょ?」
 沢井さん、何か感づいた? が、あくまでも友人だ。やましいことはない。やましいのは私の心。
「そんな会ってませんよ。すごく忙しい方ですから」
「対談の後半、先生の生い立ちとか学生時代の話、素芦さんは知っていたんでしょ?」
「そんなことありません。先生が給料を早く欲しかったなんて知りませんでした」
「じゃ、その他のことは知っていたのね。でも良かった。尾谷先生にお願いして」
 また沢井さんが謎なことを言う。

「尾谷先生の撮影時、朝河先生が訪ねてきたでしょ。あれ、尾谷先生に調整してもらったの」
 あれは偶然じゃないの?
「彼、私の後輩でしょ? 朝河先生と共同研究していると聞いたから、取材に前向きになって欲しくて相談したの。撮影風景を見せれば、気持ちが動くかなと」
 沢井さんは、まだ諦めていないんだ。
「……私は、朝河先生に取材の話はしない、と約束しました」
 美魔女の広報課長はにっこり笑った。
 やはり、バイト更新は難しいみたい。
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