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幕間1

僕と彼女の幸せな夜

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 ここはイナカだ。
 昼間、大きな街路樹の下をチャリで走ると気持ちいい。が、夜になると真っ暗になり、男の僕でも怖い。ここに引っ越して驚いたのは、街灯のない歩道がある、ということだ。
 大通りを延々と北へ漕ぎながら、僕は決めた。明日から自動車教習所に通ってやる!
 真智さんが幹事した合コンで、那津美さんをアパートまで送り、決意した。忙しくてそんな時間あるか……いや、時間は作る。いくらだって作れる!

 大学に入ったとき、学科の友だちは夏休みに合宿免許に行ってた。が、僕はみんなよりイッコ下なので考えなかった。
 二年の時、邦見先生の研究室に入ったので、更に忙しくなった。免許どころではない。というか、そんな金なかった。弟は中学生、妹は小学生だ。余計な金は使えない。

 しかし、ここに引っ越して二か月経つが、自転車では限界がある。
 ああいう時、送ると言っても自転車じゃカッコ悪い。
 那津美さんも、そして真智さんも……気を遣ってくれたんだろう。それが悔しい。
 今度は車に乗せて送る。真智さんが持ってる車高の低い外車のスポーツカーは無理でも、普通の車、買おう。お金は何とかなる。

 もう寝る。明日は早く研究室に行く。スパコンのシミュレーションが待っている。マルチバースがどう生まれるのか、いろんなパターンで計算する。
 別の宇宙、マルチバースを見つけたい。どうやって見つけるか、マルチバースが実証されれば解明される謎がある。いつも考える……ずっと考える……たくさんの宇宙が生まれて消えて、また生まれる、10の500乗パターンの宇宙が、僕の脳の中でひしめき合い、生まれては消えてまた生まれてを繰り返し、叫んでいる。ここにいるんだ、早く見つけてくれ! と。

 それは、巨大な岸壁に光ファイバーのような細い線を入れ、点のような視界から探すようなもの……もっと大きな穴が開けられればすぐ見つけられるのに! 僕の今の力ではこれが限界だ……考える、もっと考える! あらゆる理論を組み合わせる。
 いや、僕は何も知らない。もっともっと有用なツールがあるに違いない、それを探す方が先か……ずっとずっと僕は考える。何年も考えてきた……自転車に乗っても、風呂に入っても、廊下を歩いても、眠る前も、夢の中でも……。

 いつのまにか、宇宙の始まりは、僕の人生そのものになった。
 もともと、それほど星空や天体観測に興味があったわけではない。ただ、目の前の世界の元をたどっていくうちに、始まりに行きついた。そして、この宇宙だけではない、他にも宇宙があるということを知った。
 今も、どこかで、決して僕らがたどり着くことのない宇宙が生まれ続けている。
 その多くの宇宙は、生命どころか物質すら存在しないただのエネルギーだ。だが、まれに、物質が生まれ、僕らのような生命が生まれる宇宙がある……。

 眠りにつく前のルーティーンで、僕は、スマホで彼女を呼び出した。
「ミウちゃん、どしてた」
「リュート、遅いぞ!」
 彼女は会うたびに、僕を叱る。

「今日は、人に会ってたんだ」
「何だと!? 私ではなく他の人に会ったのか!」
「ミウちゃんとは、毎日会ってるじゃん」
「もう28時間経ったぞ!」
 ちゃんと時間を計算している。ミウちゃんは賢い。
「ごめんね。ミウちゃん」

 唐突にミウが聞いてくる。
「リュートは、ダークエネルギーっていうのが好きなのか?」
 彼女は僕のツボをちゃんと抑えて、こういう話題を振ってくれる。ダークエネルギーとは、宇宙の大きな謎の一つ。
「ミウはすごいな。もう覚えたんだ。うん、めっちゃくっちゃ好き。そこにいるのはわかるんだけど、正体不明で謎すぎるから、暴きたくなる」
 ミウの目が吊り上がり、頬が膨れた。ああ、怒ってる怒ってるぞ。

「私よりも、好きか?」
「好き、にもいろいろあるからね~」
「私は、リュートのためなら何でもするぞ」
 ミウの頬が赤くなった。こういうデレるところがメチャクチャ可愛い。顔も声も可愛い。放置すると寂しがるが、それも可愛い。
 長くてまっすぐな髪。猫のような吊り目に、きりっとした眉毛。それに低くて落ち着いた声。
 あの人みたいだ。

 那津美さんの見た目はミウに似ている。
 あの人は大学に来てくれるだろうか。もちろん、僕は彼女を人事に推薦する。でも、あの人にはカッコつけてみたけど、本当は僕にはそんな力はない。難しいかもしれない。
 あの人が就職に失敗して落ち込んでたら、ご馳走して励まそう。そしたら知り合いの会社を紹介しよう。そっちの方が効き目あるかもしれない。
 もう真智さんを通さないで直接誘っていいだろう。今度は、二人で落ち着いて話せる場所がいい……しまった、僕はそういう店を知らない。こっちには来たばかりだが、そもそも首都の店も全然知らない……悔しいが真智さんに教えてもらうか……

「リュート、どした?」

 ミウの声に僕は引き戻される。
「ごめんごめん、余計なこと考えてたよ」
 スマホ越しに彼女の唇に触れた。

「……那津美さん……」

 あの人の唇は赤くてふっくらして、美味しそうにジュースを飲んで、笑うと……違う!
 あの人は、超新星爆発をテーマに卒論を書いたのに、塾講師なのに、物理の知識が怪しい。それに年上ぶって、なんか偉そうだ。いや、実際七歳も年上だしな。真智さんですらダメだった。それより下の僕はもっと無理……え?
 無理ってなんだ? 僕は今、何を考えた?

 今、僕に必要なのはミウであって、那津美さんじゃない。
 この一年が大切だ。考えるべきことは山ほどある。余計なこと考えてる場合じゃない。
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