15 / 77
1章 アラサー女子、年下宇宙男子と出会う
1-14 どっちを選ぶ? 二人の年下男子
しおりを挟む
一次会が終わり夜の十時を過ぎた。駅ビルの前に集まる。隣のビルのカラオケボックスで二次会が開かれることになった。二人減ってる。二人きりの二次会が、別会場で開かれるみたい。
若いっていいな。私も学生時代、合コンとか男子とのデートはなかったが、同期の女子会には参加した。その他は、勉強と塾のバイトや父の会社の手伝い。四年になると卒論のため、首都の大学を訪ねた。高校時代に希望したような首都でバリバリ実験するリケジョにはなれなかったが、やっぱり、今から思うと楽しく充実した時間だった。
若い子たちを邪魔するのはやめよう。真智君にお礼を言って、帰ることにする。
「那津美さん、帰るの? デュエットしたいな~」
「大丈夫、あの子たちみんな、真智君と歌いたいって」
私は、女の子たちに顔を向けた。
「まーね」
なかなかのドヤ顔が、彼らしい。ちゃんとモテの自覚あるんだ。
「那津美さん、あるって来たんだよね? 俺、車だから、家まで乗せますよ」
「二次会出るんでしょ?」
「那津美さんち、近くじゃん。送ったあと、参加する」
うん。こういうマメなところが、モテるんだろうな。
「じゃ、お願いしようかな」
真智君が、女の子たちの方に断りにいった。
と、入れ違いに自転車を押しているアサカワ君がやってきた。駅の駐輪場から持ってきたらしい。
「帰るなら僕、送ります」
しかし、アサカワ君は自転車だ。すると、歩きになる。
「大丈夫? 家まで歩いて三十分かかるよ」
「女の人が夜一人で歩くのは、危険ですよ。この辺、真っ暗だし」
嬉しいな。女の人扱いしてくれるなんて。
「あ、ありがと。でもね……」
真智君が戻ってきた。
「お待たせ、って、あれ? 流斗どした?」
「素芦さんが帰るというから、送ります」
「いや、流斗は自転車じゃん。オレが送るって」
「そうよ、アサカワ君。私なんか送ったら二次会に大分遅れちゃうよ」
「歌には興味ありません。それよりも、やはり真智さんがバイトした理由の人って……」
「流斗。オレ、吹っ切れたから研究室に戻った。吹っ切れたから、ジェントルマンになって那津美さんを送るんだけど」
ああ、こういうシチュエーションって初めて……結構、いい気分♪
どちらに送ってもらった方がいいのだろう。
片方は自動車。多分十分ぐらいで家に着く。もう片方は自転車。送ってもらうといっても歩くのは同じ。
片方は、チャラいことを言ってくる。もう片方は、人の論文を容赦なくこき下ろす。
どちらも善人でまあ信頼できる。
なんか乙女ゲームの分岐点みたいと脳内で盛り上がるが、私は考える前に口を開いた。
「じゃ、アサカワ君お願い。真智君、みんな二次会待ってるよ」
自分で言って驚く。真智君がニヤッと笑った。
「やっぱ、そう来るか。塾長、那津美ちゃんに彼氏できて安心って言ってたし」
真智君のことばを理解するのに数秒かかった。
疋田の叔母は、私とアサカワ君の様子から付き合っていると誤解した。アサカワ君はそれを否定しなかった。そのあと私は、お見合いを避けるため彼に片思いしていると言った。
「真智君! 塾長、そんなこと言ってたの!?」
彼はニコニコ笑っている。
「彼氏が流斗とは聞いてないけど、俺、塾長に、那津美さんこれからどうするのって聞いたら、大丈夫って言われたから、そーかーって」
私たちのやり取りに、アサカワ君が割り込んできた。
「真智さん。塾長さんは、僕が素芦さんと話している様子を見て、そう判断したんです」
アサカワ君。そこはきちっと否定した方がよくない? 彼女いるんだよね?
元々アサカワ君が叔母に付き合ってると思わせたのは、塾に出入りしやすくするため。でも、真智君は研究室に戻ったし、もう塾は存在しない。
否定しなくちゃ、誤解だって。なのに、ことばが出てこない。
「ふーん、なるほどね」
真智君が私たちを見比べている。彼に私の本心を見透かされそうで怖い。
え? 私の本心?
「じゃ、那津美さんは流斗に任せた」
真智君は、手をヒラヒラさせて、二次会メンバーの元に去っていった。
「行きましょうか」
自転車を押したアサカワ君に促された。
気まずくて私はうつむいた。今の話で彼は何か察したかもしれない。
「アサカワ君、塾長、私に見合いを勧めるのよ。でも私は、男の人と付き合う気はないから困って、だから塾長が誤解したままにしておいたの」
暗い道を進みながら、私は一気にまくしたてる。
「わかってます。真智さんですら年下だからダメだったんでしょ?」
いや、それ以前の問題で、真智君にその気がないからなんだけど。
「僕は真智さんより下ですからね」
「そうなんだ。何歳?」
「今は二十二歳です」
七歳差だ。かなり大きい。彼は、修士一年なのかな。
西都科学技術大学の宇関キャンパスは大学院生が多く学部生はあまりいないと、真智君から聞いている。大学院進学と共に、アサカワ君は、宇関に移ったのかもしれない。
「アサカワ君はご両親と一緒? それとも一人暮らし?」
「一人ですよ。実家は首都外れの工場街です」
工場街出身って、なんか都会でカッコいい。
「一人暮らしは初めて?」
「テレビつけっぱでも夜更かししても叱られないし、部屋は全部独り占め、最高ですね」
「自販機のジュースも飲み放題だし?」
私たちは顔を見合わせて笑った。まずい。本当にまずい。
なぜ私は、車の真智君じゃなくて、自転車のアサカワ君を選んだのだろう。私の物理の講義や卒論にダメだしする彼を選んだのだろう。お見合いを断る口実に「アサカワ君が好き」と言ったのだろう。
胸のあたりが熱い。心臓がドクドク打っている。
いつまでも続く暗い住宅街の夜道。周りには誰もいない。当然だ。宇関ではこんな時間、車に乗る人はいるが外を歩く人はいない。道を照らすのは、アサカワ君が押す自転車のライトだけ。春の終わりを告げる生ぬるい湿った風が、近くの森の香りを運んでくる。
危ない。本当に危ない。この道がずっと続けばいいのに、と思っている。そんな自分が危ない。
彼には彼女がいる、彼にとって私は妖怪のおばさんなんだぞと、何度も言い聞かせる。
アサカワ君の声が、静かに響く。
「素芦さんの論文って、ようするに、超新星爆発によって時代が古代から中世に変わった、と証明してみようとしたけど、できなかったってことですよね?」
……この空気で論文のダメだしするんですか?
「できなかったとは言ってないよ! さらなる資料の発掘が求められるって終わってるでしょ?」
「天体現象が人類の歴史に影響した、という説は魅力的ですよ。実際、太陽の活動は人間に影響を与えるし、巨大隕石の衝突とか、そうそう、過去の超新星爆発で生物が大量絶滅した、なんて説もあります。でも素芦さんの書いたのは……」
結局、超新星爆発って危ないんじゃない。でも、問題は別にある。
「私の説、無理があるって言いたいんでしょ! すごい思ってるわよ! あの超新星爆発の記録を読んで思いついたの。遠い星の爆発が、この国の歴史を根こそぎ変えたって。空に突然現れた昼間も光る星に、人々は不安を覚えるの。その多くの人の不安が、この国を古代から中世に変える力になったってね」
ああ、自分で言ってて恥ずかしい。
「で、書いているうちに不安になった?」
暗い道を歩きながら、私はうなずく。
「いくらなんでも飛躍しすぎじゃないかって……でも先生が天体観測はあまり知らないのか、ほぼノータッチで、そのまま通っちゃった……」
アサカワ君がカラカラ笑っている。年長者に対する礼儀がなってない!
「検証したけど間違いだった、またはデータが不足している、素芦さんはそういう結論になったんでしょ。だったら潔く間違いだったと言いきればいいのに、テーマに未練あって、何とかしたかった。それなら具体的にこういうデータがあれば実証できる、ぐらいは書かないと」
ええ、本当にそのトーリです。まったくもって正しい。
「君は、一体だれ?」
アサカワ君は脚を止めた。表情は暗くて見えない。
「あのねえ、人の卒論を勝手に検索して、上から目線で私の学生時代を全否定してくれるけど、どういうことなのかな? 私はとっくの大昔に大学を卒業したの」
私は、脚を止めた彼をおいて、歩き出した。
「素芦さん! 全否定なんかしてない! ただ……」
後ろからアサカワ君が追いかけてくる。うるさいなあ。どうせ私は君にとって人間ですらない妖怪のババアなんでしょ。
「待って!」
ふいに背後から手首を取られた。
「何?」
思わず手首を振り払った。
「ほっとけなかったんだ!」
と、久しぶりに登場した街灯が、アサカワ君を照らす。大きな目が泣きそうに歪んでいる。
ずるい。その顔はずるい。まるで私が傷つけたみたいじゃない。
「あなたの論文を読んでたら、あなたの心の声が聞こえてきた。そのうち困っている素芦さんの姿が見えたんだ」
もう、こんな話、やめようよ。
「論文を読んでこんな体験をしたのは初めてだった。時間を遡って論文を書く素芦さんと話したよ。僕は何とかしたかった。できなかったけど……」
時間を遡る? いや、いくら宇宙オタクだってそれはぜーったいに無理だ。遡ることができるなら、私だってそうしたい。遡るなら、いつの時点……いや、考えても無駄なこと。
アサカワ君は、心の底から悲しそうな顔をしている。
「僕は、ただ……困ってるあなたを助けたかったんだ」
じっと彼が私を見つめている。
私はさっきまであれほど怒ってたのに、告白されたかのように胸が暖かくなってきた。
「素芦さん、その……卒論書いてた時、僕みたいな人間が現れてアドバイスされた、なんてありました?」
アサカワ君の声が掠れている。
「ないって。だって、知らない人の卒論のアドバイスなんて、ありえないでしょ」
「あ……そうですよね。ありえませんよね」
アサカワ君の声も顔も落ち込んでいる。私は散々けなされたはずなのに、彼の落ち込みを何とかしたかった。
「もし私が大学のアルバイト募集に受かったら、アサカワ君と会えるかな?」
うわあ、自分、何、宣言しているの? 応募するつもりはないのに。
「そうですか!」
アサカワ君の声が弾んでいる。
話し込んでいるうちに私のアパートに着いた。
「ここに素芦さんが住んでいるんだ」
「アサカワ君が住んでる新しいマンションと違って、築四十年のボロボロよ」
アパートを見上げていた彼の頭が私に向き直った。
「今日は、素芦さんと話せてよかった。他にたくさん人がいるとは思わなかったけど、真智さんに思い切ってお願いした甲斐がありました」
え? じゃあ、彼は私と真智君の三人で会うつもりだった? 最初から私に会いたかった? 他の女の子ではなくて?
ドクンドクン。静まれ私の心臓。
「私も、アサカワ君、どうしてるかなって、思ってたよ」
「へへ、できれば、今度は、今日みたいにガチャガチャした感じじゃなくて、静かなところで話したいです」
アサカワ君が頬を染めてるように見えるのは、暗がりのせいだ。私の願望にすぎない。
落ち着こう。私は彼より七歳も年上。彼女いるのよ。忘れてはいけない。
「私も楽しかったわ。また宇宙の話聞かせてね」
しまった。社交辞令発動しちゃった。謎の暗号長文、また聞かされてしまう。
「就職がんばってください。僕、事務の人にあなたのこと推薦しておきますよ」
なかなかスケールの大きい冗談だ。大学の人事担当さん、友人を推薦する学生をあしらう、なんて余計な仕事させて、ごめんなさい。
「君の推薦ほど心強いものはないよ。あてにしてます! じゃあね」
冗談で返して、私は素早く立ち去った。気恥ずかしくてこれ以上彼のそばにいたくない。アパートの外付け階段を上がった。
部屋のドアの前、外廊下の手すり越しに道路を見下ろす。まだ彼がいた。ちゃんと部屋に戻ったか、気にしてくれたんだ。
手を振ったら、彼はペコっと頭を下げた。
自転車で去る彼を見送ろうとしたが、そのまま動かない。部屋に入るまで見守ってくれてるんだ。
だから私はドアを開け、すぐ明かりをつけた。
若いっていいな。私も学生時代、合コンとか男子とのデートはなかったが、同期の女子会には参加した。その他は、勉強と塾のバイトや父の会社の手伝い。四年になると卒論のため、首都の大学を訪ねた。高校時代に希望したような首都でバリバリ実験するリケジョにはなれなかったが、やっぱり、今から思うと楽しく充実した時間だった。
若い子たちを邪魔するのはやめよう。真智君にお礼を言って、帰ることにする。
「那津美さん、帰るの? デュエットしたいな~」
「大丈夫、あの子たちみんな、真智君と歌いたいって」
私は、女の子たちに顔を向けた。
「まーね」
なかなかのドヤ顔が、彼らしい。ちゃんとモテの自覚あるんだ。
「那津美さん、あるって来たんだよね? 俺、車だから、家まで乗せますよ」
「二次会出るんでしょ?」
「那津美さんち、近くじゃん。送ったあと、参加する」
うん。こういうマメなところが、モテるんだろうな。
「じゃ、お願いしようかな」
真智君が、女の子たちの方に断りにいった。
と、入れ違いに自転車を押しているアサカワ君がやってきた。駅の駐輪場から持ってきたらしい。
「帰るなら僕、送ります」
しかし、アサカワ君は自転車だ。すると、歩きになる。
「大丈夫? 家まで歩いて三十分かかるよ」
「女の人が夜一人で歩くのは、危険ですよ。この辺、真っ暗だし」
嬉しいな。女の人扱いしてくれるなんて。
「あ、ありがと。でもね……」
真智君が戻ってきた。
「お待たせ、って、あれ? 流斗どした?」
「素芦さんが帰るというから、送ります」
「いや、流斗は自転車じゃん。オレが送るって」
「そうよ、アサカワ君。私なんか送ったら二次会に大分遅れちゃうよ」
「歌には興味ありません。それよりも、やはり真智さんがバイトした理由の人って……」
「流斗。オレ、吹っ切れたから研究室に戻った。吹っ切れたから、ジェントルマンになって那津美さんを送るんだけど」
ああ、こういうシチュエーションって初めて……結構、いい気分♪
どちらに送ってもらった方がいいのだろう。
片方は自動車。多分十分ぐらいで家に着く。もう片方は自転車。送ってもらうといっても歩くのは同じ。
片方は、チャラいことを言ってくる。もう片方は、人の論文を容赦なくこき下ろす。
どちらも善人でまあ信頼できる。
なんか乙女ゲームの分岐点みたいと脳内で盛り上がるが、私は考える前に口を開いた。
「じゃ、アサカワ君お願い。真智君、みんな二次会待ってるよ」
自分で言って驚く。真智君がニヤッと笑った。
「やっぱ、そう来るか。塾長、那津美ちゃんに彼氏できて安心って言ってたし」
真智君のことばを理解するのに数秒かかった。
疋田の叔母は、私とアサカワ君の様子から付き合っていると誤解した。アサカワ君はそれを否定しなかった。そのあと私は、お見合いを避けるため彼に片思いしていると言った。
「真智君! 塾長、そんなこと言ってたの!?」
彼はニコニコ笑っている。
「彼氏が流斗とは聞いてないけど、俺、塾長に、那津美さんこれからどうするのって聞いたら、大丈夫って言われたから、そーかーって」
私たちのやり取りに、アサカワ君が割り込んできた。
「真智さん。塾長さんは、僕が素芦さんと話している様子を見て、そう判断したんです」
アサカワ君。そこはきちっと否定した方がよくない? 彼女いるんだよね?
元々アサカワ君が叔母に付き合ってると思わせたのは、塾に出入りしやすくするため。でも、真智君は研究室に戻ったし、もう塾は存在しない。
否定しなくちゃ、誤解だって。なのに、ことばが出てこない。
「ふーん、なるほどね」
真智君が私たちを見比べている。彼に私の本心を見透かされそうで怖い。
え? 私の本心?
「じゃ、那津美さんは流斗に任せた」
真智君は、手をヒラヒラさせて、二次会メンバーの元に去っていった。
「行きましょうか」
自転車を押したアサカワ君に促された。
気まずくて私はうつむいた。今の話で彼は何か察したかもしれない。
「アサカワ君、塾長、私に見合いを勧めるのよ。でも私は、男の人と付き合う気はないから困って、だから塾長が誤解したままにしておいたの」
暗い道を進みながら、私は一気にまくしたてる。
「わかってます。真智さんですら年下だからダメだったんでしょ?」
いや、それ以前の問題で、真智君にその気がないからなんだけど。
「僕は真智さんより下ですからね」
「そうなんだ。何歳?」
「今は二十二歳です」
七歳差だ。かなり大きい。彼は、修士一年なのかな。
西都科学技術大学の宇関キャンパスは大学院生が多く学部生はあまりいないと、真智君から聞いている。大学院進学と共に、アサカワ君は、宇関に移ったのかもしれない。
「アサカワ君はご両親と一緒? それとも一人暮らし?」
「一人ですよ。実家は首都外れの工場街です」
工場街出身って、なんか都会でカッコいい。
「一人暮らしは初めて?」
「テレビつけっぱでも夜更かししても叱られないし、部屋は全部独り占め、最高ですね」
「自販機のジュースも飲み放題だし?」
私たちは顔を見合わせて笑った。まずい。本当にまずい。
なぜ私は、車の真智君じゃなくて、自転車のアサカワ君を選んだのだろう。私の物理の講義や卒論にダメだしする彼を選んだのだろう。お見合いを断る口実に「アサカワ君が好き」と言ったのだろう。
胸のあたりが熱い。心臓がドクドク打っている。
いつまでも続く暗い住宅街の夜道。周りには誰もいない。当然だ。宇関ではこんな時間、車に乗る人はいるが外を歩く人はいない。道を照らすのは、アサカワ君が押す自転車のライトだけ。春の終わりを告げる生ぬるい湿った風が、近くの森の香りを運んでくる。
危ない。本当に危ない。この道がずっと続けばいいのに、と思っている。そんな自分が危ない。
彼には彼女がいる、彼にとって私は妖怪のおばさんなんだぞと、何度も言い聞かせる。
アサカワ君の声が、静かに響く。
「素芦さんの論文って、ようするに、超新星爆発によって時代が古代から中世に変わった、と証明してみようとしたけど、できなかったってことですよね?」
……この空気で論文のダメだしするんですか?
「できなかったとは言ってないよ! さらなる資料の発掘が求められるって終わってるでしょ?」
「天体現象が人類の歴史に影響した、という説は魅力的ですよ。実際、太陽の活動は人間に影響を与えるし、巨大隕石の衝突とか、そうそう、過去の超新星爆発で生物が大量絶滅した、なんて説もあります。でも素芦さんの書いたのは……」
結局、超新星爆発って危ないんじゃない。でも、問題は別にある。
「私の説、無理があるって言いたいんでしょ! すごい思ってるわよ! あの超新星爆発の記録を読んで思いついたの。遠い星の爆発が、この国の歴史を根こそぎ変えたって。空に突然現れた昼間も光る星に、人々は不安を覚えるの。その多くの人の不安が、この国を古代から中世に変える力になったってね」
ああ、自分で言ってて恥ずかしい。
「で、書いているうちに不安になった?」
暗い道を歩きながら、私はうなずく。
「いくらなんでも飛躍しすぎじゃないかって……でも先生が天体観測はあまり知らないのか、ほぼノータッチで、そのまま通っちゃった……」
アサカワ君がカラカラ笑っている。年長者に対する礼儀がなってない!
「検証したけど間違いだった、またはデータが不足している、素芦さんはそういう結論になったんでしょ。だったら潔く間違いだったと言いきればいいのに、テーマに未練あって、何とかしたかった。それなら具体的にこういうデータがあれば実証できる、ぐらいは書かないと」
ええ、本当にそのトーリです。まったくもって正しい。
「君は、一体だれ?」
アサカワ君は脚を止めた。表情は暗くて見えない。
「あのねえ、人の卒論を勝手に検索して、上から目線で私の学生時代を全否定してくれるけど、どういうことなのかな? 私はとっくの大昔に大学を卒業したの」
私は、脚を止めた彼をおいて、歩き出した。
「素芦さん! 全否定なんかしてない! ただ……」
後ろからアサカワ君が追いかけてくる。うるさいなあ。どうせ私は君にとって人間ですらない妖怪のババアなんでしょ。
「待って!」
ふいに背後から手首を取られた。
「何?」
思わず手首を振り払った。
「ほっとけなかったんだ!」
と、久しぶりに登場した街灯が、アサカワ君を照らす。大きな目が泣きそうに歪んでいる。
ずるい。その顔はずるい。まるで私が傷つけたみたいじゃない。
「あなたの論文を読んでたら、あなたの心の声が聞こえてきた。そのうち困っている素芦さんの姿が見えたんだ」
もう、こんな話、やめようよ。
「論文を読んでこんな体験をしたのは初めてだった。時間を遡って論文を書く素芦さんと話したよ。僕は何とかしたかった。できなかったけど……」
時間を遡る? いや、いくら宇宙オタクだってそれはぜーったいに無理だ。遡ることができるなら、私だってそうしたい。遡るなら、いつの時点……いや、考えても無駄なこと。
アサカワ君は、心の底から悲しそうな顔をしている。
「僕は、ただ……困ってるあなたを助けたかったんだ」
じっと彼が私を見つめている。
私はさっきまであれほど怒ってたのに、告白されたかのように胸が暖かくなってきた。
「素芦さん、その……卒論書いてた時、僕みたいな人間が現れてアドバイスされた、なんてありました?」
アサカワ君の声が掠れている。
「ないって。だって、知らない人の卒論のアドバイスなんて、ありえないでしょ」
「あ……そうですよね。ありえませんよね」
アサカワ君の声も顔も落ち込んでいる。私は散々けなされたはずなのに、彼の落ち込みを何とかしたかった。
「もし私が大学のアルバイト募集に受かったら、アサカワ君と会えるかな?」
うわあ、自分、何、宣言しているの? 応募するつもりはないのに。
「そうですか!」
アサカワ君の声が弾んでいる。
話し込んでいるうちに私のアパートに着いた。
「ここに素芦さんが住んでいるんだ」
「アサカワ君が住んでる新しいマンションと違って、築四十年のボロボロよ」
アパートを見上げていた彼の頭が私に向き直った。
「今日は、素芦さんと話せてよかった。他にたくさん人がいるとは思わなかったけど、真智さんに思い切ってお願いした甲斐がありました」
え? じゃあ、彼は私と真智君の三人で会うつもりだった? 最初から私に会いたかった? 他の女の子ではなくて?
ドクンドクン。静まれ私の心臓。
「私も、アサカワ君、どうしてるかなって、思ってたよ」
「へへ、できれば、今度は、今日みたいにガチャガチャした感じじゃなくて、静かなところで話したいです」
アサカワ君が頬を染めてるように見えるのは、暗がりのせいだ。私の願望にすぎない。
落ち着こう。私は彼より七歳も年上。彼女いるのよ。忘れてはいけない。
「私も楽しかったわ。また宇宙の話聞かせてね」
しまった。社交辞令発動しちゃった。謎の暗号長文、また聞かされてしまう。
「就職がんばってください。僕、事務の人にあなたのこと推薦しておきますよ」
なかなかスケールの大きい冗談だ。大学の人事担当さん、友人を推薦する学生をあしらう、なんて余計な仕事させて、ごめんなさい。
「君の推薦ほど心強いものはないよ。あてにしてます! じゃあね」
冗談で返して、私は素早く立ち去った。気恥ずかしくてこれ以上彼のそばにいたくない。アパートの外付け階段を上がった。
部屋のドアの前、外廊下の手すり越しに道路を見下ろす。まだ彼がいた。ちゃんと部屋に戻ったか、気にしてくれたんだ。
手を振ったら、彼はペコっと頭を下げた。
自転車で去る彼を見送ろうとしたが、そのまま動かない。部屋に入るまで見守ってくれてるんだ。
だから私はドアを開け、すぐ明かりをつけた。
1
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました
入海月子
恋愛
有本瑞希
仕事に燃える設計士 27歳
×
黒瀬諒
飄々として軽い一級建築士 35歳
女たらしと嫌厭していた黒瀬と一緒に働くことになった瑞希。
彼の言動は軽いけど、腕は確かで、真摯な仕事ぶりに惹かれていく。
ある日、同僚のミスが発覚して――。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
最後の恋って、なに?~Happy wedding?~
氷萌
恋愛
彼との未来を本気で考えていた―――
ブライダルプランナーとして日々仕事に追われていた“棗 瑠歌”は、2年という年月を共に過ごしてきた相手“鷹松 凪”から、ある日突然フラれてしまう。
それは同棲の話が出ていた矢先だった。
凪が傍にいて当たり前の生活になっていた結果、結婚の機を完全に逃してしまい更に彼は、同じ職場の年下と付き合った事を知りショックと動揺が大きくなった。
ヤケ酒に1人酔い潰れていたところ、偶然居合わせた上司で支配人“桐葉李月”に介抱されるのだが。
実は彼、厄介な事に大の女嫌いで――
元彼を忘れたいアラサー女と、女嫌いを克服したい35歳の拗らせ男が織りなす、恋か戦いの物語―――――――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる