【完結R18】君を待つ宇宙 アラサー乙女、年下理系男子に溺れる

さんかく ひかる

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1章 アラサー女子、年下宇宙男子と出会う

1-11 初めての面接 -乙女ゲーム3- ※R

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 数日後、叔母はアルバイトを含めた全従業員を集め、塾の閉鎖を発表した。驚く人もいたが、思ったより多くの人が淡々と受け入れていた。

 全体の説明が終わったあと、私は、最近何かと関わりがあった真智君に声をかけた。
「ごめんね。真智君を正規採用するなんて言って……ここまで追い込まれていたなんて知らなかったの」
 真智君は、少し口元を緩めて首を振った。
「マジ、那津美さん、知らなかったんだ。俺は塾長の感じから、今年いっぱいかなって」
 だから『塾に正規採用はありえない』と言ったのね。

「アサカワ君とは、あれからどうなの?」
「那津美さん、あんがと。『それっぽくカッコつく』ワケ、流斗に言ったよ」
「勇気出して逃げないでがんばったんだ。すごいよ真智君」
 物理の講義を引き受けた甲斐があった。あの時、生徒さんたちには申し訳なかったけど、真智君、えらい。別の宇宙に逃げたくなるカッコ悪い状況だったのに、踏みとどまったんだ。

「い、いや~、すげーカッコわりい。あいつ、二年じゃ厳しい、三年かけてもダメかもしれないが、それでいいなら、研究室に来いってさ。はは、なーんか一年会わないうちに、ますます偉くなっちゃった」
 アサカワ君、前からそうだけど、いくら心配しているからといって、先輩にそれは上から目線過ぎる。宇宙オタクにも、基本的な人間関係スキル必要だ。
「プログラミングは嫌いじゃないから、その辺でイケっかな~、でも流斗厳しいからなー……ホント、俺、那津美さんに惚れちゃいそう」

「ははは。真智君は、惚れっぽすぎる」
「マジ。だってさ、俺はバイトなくても困んない」
 真智君のお父さんは、首都の有名製薬会社の社長で、リアルにお坊ちゃんだ。
「バイトは俺と同じ学生だし、女の人はみんな旦那さんいる。でも那津美さんは、これから仕事探さないとヤバいでしょ? なのに俺のこと心配してくれるじゃん。惚れちゃう」

 真智君のことばで私は青ざめた。
 そうだ。私は収入をこれから確保しなければならないのだ。


 家にどうやって帰ったかわからない。帰り道には、車線変更・一時停止・右折など、気をつけるポイントいっぱいあるはずだが、忘れている。ちゃんとウィンカーを出したかも記憶ない。
 気がついたら、畳の上でコートを着たまま横になっていた。

 どうも私以外の職員やバイトさんは、塾が危ないと感じ、早々に就職活動を始めたらしい。
 私だけが塾を存続させようとがんばっていたため、そんなこと言えなかったとか。
 節約に努め、貯金も少しできた。1DK暮らしを楽しんでいた。夕飯はもやしに鶏むね肉が定番。オシャレに興味ないから、学生時代の服を着ていた。
 この七年間、それで何も問題なかった。
 これからどうしよう。貯金なんてあっという間になくなる。家賃・光熱費・ガソリン代・通信費……頭がクラクラしてきた。

 PCを起動させた。ルーティーンになった操作をほどこすと、暗黒皇帝のバリトンボイスが響く「余を目覚めさせるは誰ぞ?」
 ゲームが起動しシナリオチャートマップが表示される。その日の気分で、チャプターを選ぶ。
 意味がないことわかっている。今は求人サイトをチェックすべきなのに。

 ゲーム『コギタス・エルゴ・スム』の世界で生きたい。太陽系を継ぐ正当な姫君、太陽の乙女となり、銀河を駆け巡り、宇宙の謎を追って、皇帝陛下と出会い、情け容赦なく虐められまくる。
 アサカワ君は、宇宙は一つではない、この宇宙が生まれたとき、他にも宇宙が生まれた、と言ってた。
 別の宇宙に行けば、暗黒皇帝陛下に会えるのだろうか?


************************


コギタス・エルゴ・スム 3 乙女の真の望み

 太陽の乙女は、横たわったまま、玉座の皇帝を涙ながら見つめていた。
「大したものだな。あれだけの波動攻撃を受けながら、まだ自我を保っていられるとはな」
 下僕の攻撃よりも、静かな皇帝の囁きの方が、乙女の心を震わせる。

 この男は、悪戯いたずらに宇宙の法則を捻じ曲げ、故郷の星を消滅させ、家族も友も民もすべて闇に葬り去った。
 なのに、乙女は逃げることもかたきを討つこともできず、ただ、皇帝の意のままにもてあそばれている。
 乙女はゆっくり立ち上がり、乳房を両手で隠し、玉座の男に近づいた。

「ほう、まだ余に刃向かう力があるとはな」
 シールドを奪われただの娘になった太陽の乙女には、抗うすべもない。
 玉座の前に乙女はひざまずいた。
「お願いです陛下……まことのことを……」
 男の口元が捻じ曲がる。
「そなたは、余に何を望む?」

 乙女の心は揺れる。
「あ、ああ……私にはやはりわかりませぬ。なぜ、数多あまたの星を滅ぼし、私に屈辱を与えるのです」
 喘ぎながら乙女は訴える。そのことばを発するのが苦しくなった。

 女の目から涙がはらはら流れ落ちる。
 何を望む? と問われ、思わず「あたなさまご自身を」と答えたくなる誘惑を懸命に退ける。
「ほう、それがそなたのまことの望みか? そなたの目は別の望みを抱いているようだがの」
 青の目が銀色に光り乙女を突き刺す。
「クク、気に入ったぞ。褒美を取らせてやろう」
 玉座から皇帝が立ち上がり、乙女の白い身体を抱き寄せた。

「な! 何をなさるのです!」
「そなたの真の望みを叶えてやろうというのだ、余、自らがな」
 男は女の頭を強引に引き寄せ、唇を重ねた。
「い、いや!」
 暗黒皇帝の衣の中で乙女は賢明にもがく。
「褒美に余が愛でてやろうぞ、光栄に思うがよい」

 男の唇は乙女の唇を吸い取り、喉元から鎖骨、そして胸の頂きに降りてきた。
「だ、だめ、やめて!」
 乙女は言葉とは裏腹に、闇の衣にしがみつく。
 何ということだろう! 父母の仇の唇がここまで恋しいとは。
「陛下……ああ、陛下……」
 女はひたすら、男の唇そして指先の繰り出す攻撃に酔いしれた。


************************


 目が覚めたらそこは、銀河の中心……ということはなかった。
 いつもの通り見慣れた木目の天井だ。木目が渦巻銀河の形に見えなくもない。私はじっと木目を見つめる。すると、その渦巻に吸い込まれる……なんてこと、あるわけない。
 PCを起動した。昨夜と同様、暗黒皇帝陛下に会いたくなったが、さすがに朝からそれはヤバい。
 宇関の塾で講師の募集がないか、求人サイトをチェックすることにした。


 宇関駅前の大手予備校、サップの面接に向かった。
 駅前まで、アパートから歩いて三十分かかる。いつもなら車を使うが、ガソリン代がもったいない。車の処分も考えたが、宇関で生きる以上、車は必須だ。

 久しぶりに黒のスーツを着た。学生時代と変わらない。ヒールで三十分歩くのはキツイ。
 そういえば、就職のための面接は初めてだ。カメノ塾は面接なしで就職が決まった。そもそも求人フォームにエントリーしたことがない。
 自分の条件は悪くないはず。県ではトップの岡月大学を出た。七年間、地元の塾で正規職員として働いた。転職の理由も今の職場の閉鎖だから、何も落ち度はない。うん。
 自らを励まして、予備校ビルのガラスの扉を開けた。



 大通りの交差点で、信号が青に変わるのを待つ。私以外歩行者は誰もいない。ダンプカーが恐ろしい勢いで交差点を通過した。
 この交差点は事故が多く、事故処理にあたるパトカーをよく見かける。うっかり車に轢かれないように気をつけないと……と、妙な考えが私に沸き起こる。
 深夜に眺めた異世界転生アニメの情景が、頭に浮かんだ。

 暗黒皇帝陛下はアニメ化されるほど有名ではないが、巨大なデコトラに撥ねられたら、あの愛らしい太陽の乙女に転生して、陛下に愛されちゃったりする?
 転生先は太陽の乙女とは限らないか。ライバルの姫君の可能性もある。それでもあの世界では誰もが宇宙の危機に立ち向かおうと戦っている。
 ぼんやりしたフリでこの交差点を一歩またいだら、宇宙の姫君に生まれ変わったりして……。

 私は交差点の歩道で立ち尽くし、面接担当から言われたことばを思い出しては悔しさをかみしめていた。



 自らを励ました面接の結果は散々だった。
「岡月大学ですか? うちの講師は、首都総合大か、西都科技大じゃないと……いや、岡月もいい大学ですよ。でも生徒は首都総狙いだから、当然、講師も同じぐらいじゃないと」
 いきなり面接官のことばで、私の誇りは打ち砕かれた。
 岡月大学が、首都でトップの首都総合大学より下なのは知っていたが、首都の大学とはいえ無名の西都科技大より下というのは、ショックだった。

「私、大学で、中世の天体観測について論文書きました」
「それは立派ですね。でもあなた中途だから、えー、塾講師を七年ね。うーん? 聞いたことない塾だなあ」
「郊外で二十年以上、続いてきた塾です。オーナーが高齢で閉じることになりましたが、オーナーは地元の名士です」
「ああ、それはいいんじゃないですか。で、そちらの進学実績は?」

「え? 私も塾生として八年間、お世話になりました」
「いえいえ、だから、塾から首都総に何人、西都科技大に何人合格したかってことです」
「そ、それは……あ、でも岡月大学なら、私も入れて何人かいます」
「わかりました。と、素芦さんは、国語ですか。それも古文ね」
「私、中学までなら全教科教えられます」
「それ、補習塾レベルですよね?」
 面接官の嫌な空気を感じ、私はとっておきの切り札を出した。
「ま、待ってください! 私、首都総合大学、少しはわかります」

「受験したんですか?」
「いえ。でも、模擬試験でB判定取りました!」

 それは、私のひそかな誇りの一つだった。受験は周囲の反対で断念したが、過去問に挑戦し模擬試験も受けたのだ。
 B判定というのは、決してその大学が雲の上ではなく、努力すれば手が届くところにあるということだ。
 なまじB判定を取っていたから、真智君に妙な対抗意識が沸いたのかもしれない。偉そうにしているけど、こっちも首都総合大学の模試でB判定なんだぞって。
「はあ、で、それが何か……まあいいでしょう。お疲れさまでした」



 わかっている。失敗した。具体的なシフトの話が何もなかった。面接のコツなどあったかもしれないが、出身大学と前職での実績でダメなら、どうにもならないよ。
 誕生日の予言……コンビニ豪華スイーツで過ごすのも厳しいかもしれない。
 これまでした仕事は、塾のほかは、父の仕事の手伝いだけだ。塾への就職も既定路線に乗っただけ。大学の同期はスキルを高めて資格を取って、なんてがんばってたけど、私は気にしたことなかった。そんな必要なかった。

 横断歩道、駐車場、別宇宙へ転生するゲートがあちこちに開かれている。
 が、私にはゲートをくぐる勇気はなく、慣れないヒールですっかり痛んだ足をひきずり、アパートに帰った。
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