【完結R18】君を待つ宇宙 アラサー乙女、年下理系男子に溺れる

さんかく ひかる

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1章 アラサー女子、年下宇宙男子と出会う

1-7 宇宙オタク、先生する

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「こんばんは。僕は先生の見習いやってる、アサカワリュートっていいます。今日は、見学に来ました」
 私は、その場をあっさりアサカワ君に譲った。
 なぜ彼がこの場にいるのかわからないが、私の変な講義モドキよりは、マシに思えた。
「はい、このアサカワくん……先生は、宇宙のこと詳しいのよ。じゃあ、続きお願いしますね」

 物理の参考書を彼に渡す。彼はパラパラっとそれをめくると教壇机に置いた。「参考」にする気はないらしい。またガンマ線バーストや10の500乗を語るのかな?
「高校生に授業するの初めてで緊張するな。えーE=MC2の話するね」
 自分も高校生だよね? 私の疑問をスルーし、彼はホワイトボードにささっと式を書く。丸っこくて可愛い字だ。


「この式ってね、別に原発だけじゃない。実はすごく身近で、大昔の人間どころか、僕ら人間が生きているもとはね、この式にあるんだよ。ああ、偉そうというのは当たってるね」
 私の適当な説明が間違っていたので、訂正してくれたのね。

「この式、僕らが世話になってる太陽がそれなんだ。太陽はまぶしいよね。それに、太陽が出ているところは暖かい。日が沈むと涼しくなる。それだけじゃない。えー男の子多いけど、日焼け止めって塗ってる人いる?」
 女の子が一人、男の子が二人手を挙げる。
「あ、男の子でもいるんだ。やっぱ今の若い子そうだよね」
 いや、あなたも今の若い子だけど。

 と、翔太君がブツブツ言いだした。彼は手を挙げない。
「うちの高校、日焼け止め禁止なんだ……」
「えっ! マジ! すごいなあ、悪いけどそれ、ブラック校則だぞ」
 私もブラック校則だと思うが、話を聞くとそういう信じられない校則はあるようだ。
「そう。太陽の光が皮膚に当たると、日焼けする。単に暖めるだけじゃなくて、皮膚を変化させることもある。あと、僕はこっちに引っ越したばかりだけど、この辺、太陽光発電いっぱいやってるね。家の屋根にソーラーパネル乗っけてる人いるかな?」

 今度は翔太君が手を挙げた。
「母親が、変な兄ちゃんと玄関で話してた。そいつ、ソーラーパネルの会社の人だって、それで工事したよ」
 それもよく聞く話だ。昔、アパートに移る前、休日、家にソーラーパネルの営業マンがやってきて、電気代が実質ゼロになるんですよ~、と売り込んできた。

「そうかあ。で、今までの話をまとめるね。太陽は眩しい、暖かくなる、日焼けする、電気をつくる……すごいよね。もっとないかな? 太陽の働きって。今は自分たちの生活の話だけど、もっと大きく考えてみようよ」

 すると生徒たちから、植物が育つ、といった話が出た。
「そう! それ。で、その植物は動物が食べるんだよね。あと、雨が降るのも太陽の力だ。海の水が暖められ蒸発して雲になる」
 ホワイトボードには太陽に、草木、雲といった絵が描かれる。何か、ゆるキャラっぽく可愛い。


「いろいろ太陽の働きはあるけど、みんな、何かを変化させている。こういう物を変化させるものを」
 アサカワ君が、ホワイトボードの式のEに、グルグル丸をつける。
「エネルギーっていうんだ。みんなもエネルギーを持ってる。こうやってただ座って話を聞いてるだけで、脳にはどんどん血液が流れてエネルギーを使う。もう夜遅いからみんなお腹空くかな? みんな何食べてるの?」

 肉じゃが、パスタ、薄皮揚げ饅頭などが上がった。薄皮揚げ饅頭はこの辺の名物スイーツで、確かに美味しい。
「そういうのもエネルギーだよね。つまり、みんなが小さい時から知ってるように、僕らは太陽がなければ生きていけない。僕らが生きるエネルギーは、太陽から来ているんだ」

 と、ふいにアサカワ君が、私に顔を向けた。
「先生、今日は何時までですか?」
 先生って私ね。
「はい、八時までです」
「わかりました。じゃあ続けるね」
 再び彼は生徒に向き直る。


 生徒たちと彼を見比べる。高校生を前に堂々とした講義。
 彼は、こんな田舎の補習塾に通うレベルではない。真智君もすごいが、それ以上だ。講師のバイトをお願いしたいぐらい。


「さて、エネルギーというのは、いろいろな形を取りながら、物を変化させる。だけど、エネルギー保存則って知ってるかな。この宇宙全体のエネルギーの量は変わらないんだ。つまり、太陽のエネルギーも変わらない」
 アサカワ君は、太陽の絵にEという文字を書いた。
「僕らは太陽からたくさんエネルギーをもらっている。じゃあ、太陽のエネルギーの元は何か?」
 再び、E=MC2の式のうち「M」を指さした。

「右のM。質量ね。質量はわかりやすく言えば物の重さでいいんだけど、太陽は、この質量、言ってみれば、自分自身を削ってエネルギーに替えてるんだよ」
 アサカワ君は、H H H H → He と書いた。

「これが、太陽の中で起きている反応。四つの水素原子核が融合して、一つのヘリウム原子核が生まれる」
 これ、スイヘーリーベって習った、あれね。
「この核融合で、質量が0.7パーセント失われる。それがね」
 アサカワ君は、E=MC2の式をどんと叩く。

「太陽は、巨大な原子核融合炉なんだ。だから、最初に出てきた原子力発電所ともつながってきたね」
 彼のボサボサ髪の向こうで輝く笑顔がまぶしい。太陽のエネルギーのようだ。
「僕らがこうしていられるの、このE=MC2のおかげなんだよ。すごいよね。たった5文字で、しかも中学校で習う数学で表現できるシンプルな式に、僕らの人生が入ってるんだ」

 無味乾燥な記号の集まりに見える式について、ここまで語る彼。
 そうね。私がこうして君の授業を聞いているのも、その式のおかげ。
 式は、単に受験のために仕方なしに暗記して計算するものじゃないのね。
 久しぶりに胸がドキドキしてきた。



 アサカワ君が書き散らしたホワイトボードを拭いていると、背中から、彼の静かな声が聞こえてきた。
素芦もとあしさん、僕、これでも我慢して聞いていたけど、さすがにあの式の説明だけは、見過ごせなくて……」
 ホワイトボード消しを置いて、私はアサカワ君に向き直った。
「ごめんなさい! 本当に助かりました。生徒さんも喜んでました」
「……で、真智さんはどこにいるんですか?」


 授業の感動に浸っていたいのに、彼本来の目的を突きつけられた。
「さあ? 今日になって突然、用事があるって」
 彼はストーカーよろしく真智君を追いかけているのだ。彼がここにいるのは、今日が真智君の講義の日だからだ。
「素芦さん、真智さんに僕のこと、伝えましたか?」
 彼の言い方は、まるでそれが悪いことかのようだ。

「後輩であるあなたが真智君を訪ねてきたのよ。当然伝えます」
 アサカワ君はボサボサヘアーをかいてうつむいた。
「そうですね。僕も口止めしたわけじゃない。迂闊でした」


 不安になってきた。アサカワ君のことではない。
「変なことを聞くけど、真智君って、遠距離の彼女いたりする?」
 目の前の彼は、頭をピクっと上げ、また睨んでいる。
「その質問、いろんな女子からよく聞かれました」

 見えてきた。真智君に本当に遠距離の彼女がいるかどうかは問題ではない。真智君は彼女の存在を匂わせ、何かと都合をつけてきたのだろう。
 授業をドタキャンするのに「親戚の不幸」と言えば、嘘くさい。
 が、真智君の日ごろの言動のせいか「遠距離の彼女が押しかけて」というと、真実味を帯びてくる。
 アサカワ君から逃げるため、国語担当の私に物理を押し付けたの?

 怒りが込み上げてきた。本来なら真智君にぶつけるべき怒りだが、そもそもアサカワ君がストーカーするからいけないのだ。

 私が睨みつけると、アサカワ君は何か勘違いした。
「真智さんに彼女いるか気になります? 残念だけど諦めた方がいいです。あの人、女の子を一人に絞るの、イヤなんだって」
「やめてよ。私みたいなおばさんじゃ、真智君に失礼じゃない」
「おばさん? 素芦もとあしさんっていくつ?」
「二十九歳よ……って、女に年、聞かないで」
 アサカワ君が驚いているのがわかる。そうやって驚かれると傷つくんだけど。

「……そうか……でも真智さん守備範囲すごいですよ。生協のおばちゃんにもウケいいから」
 真智君は大学でもそれをやっているのか、と呆れる一方、アサカワ君の正体が見えてきた。あの物理の講義でも感じたが、彼は入塾希望者ではない。そして高校生でもない。

「アサカワ君は西都科学技術大学の学生さん? 真智君と一緒だったのは、首都キャンパスにいたころ?」
 目の前の彼は静かにうなずいた。
「真智さんと僕は同じ学科でした。卒研は別の研究室でしたが、四月から同じ研究室になるんです。なのに連絡が取れなくて……」

 アサカワ君が真智君と同じ学科ということは、彼も宇宙の研究をしているのかな。ただの宇宙オタクではないみたい。
「首都から宇関にわざわざ引っ越して研究室まで追いかけるなんて、すごい恨みなんですね」
 彼の執念が怖くなった。
「わざわざ真智さんのために引っ越すもんか! 恨みなんかないよ。僕は、あの人の意志を確認したいだけだ」

 恨みではない……ストーカーする理由は恨みとは限らない。愛からくる場合もある。
 真智君とアサカワ君は同性だが愛してならない理由はない。
 背が高くチャラい真智君。素朴で小柄なアサカワ君。見た感じも、アサカワ君が真智君を追いかけてもおかしくない。
 真智君に確認したい意志……愛の告白への返事、なのだろうか。

「アサカワ君には気の毒だけど、連絡が取れない、私に物理の講義を押し付けた、ということが、真智君の意志なんだと思いますよ」
「真智さんがイヤなら仕方ない。でも中途半端なまま放置していたら、前に進めません」

 アサカワ君が可哀相に思えてきた。きっぱりフってほしいんだ。その気持ちはイタイほどわかる。好きでもないのに無理に付き合うなら、はっきり拒絶してほしい。
「気持ちはすごくわかるよ。でも逃げていることが真智君の意志だと受け取って、アサカワ君は自分で前に進もうよ」

 彼は健全な男子だ。
 私みたいにリアル男子との恋愛は諦め、暗黒皇帝陛下との愛に浸るのではなく、報われない恋でも、同じ地球に生きる人間が好きなのだ。リアルな人間を思えるって、ある意味うらやましい。私がそこまで誰かを思うことは、二度とないから。
「仕方ないです。それなら最後通告を真智さんに出します」

 最後通告? 報われないストーカーの最後通告となると『死んでやる』または『殺してやる』だろうか?
「ダメだって! アサカワ君だって真智君だって、これから楽しい人生が待ってるの! アサカワ君の思いが叶わなかったのは残念だけど、宇宙好きなんでしょ? 十年後には宇宙博士になって、今日、高校生にしてくれた宇宙の話、もっともっといろんな人に聞かせないともったいないよ!」

 私はアサカワ君の両肩を掴んだ。そうしないと彼がこっちに戻らない気がして。
「ま、待って! 素芦もとあしさん落ち着いてよ」
 アサカワ君も私に合わせたように肩を掴む。
 え? あれ? 顔近くない?

 私とアサカワ君は、背が変わらないから余計顔が近づいてしまう。
 思わず、お互い、硬直したまま見つめあう。

 が、この奇妙な緊張は、すぐ破られた。
「あら~那津美ちゃん、彼氏さんと仲良くするなら教室出てからね」
 疋田塾長が、教室の入り口からのんきな声をかけてきた。
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