ギリシャ神話ファンタジーを書いてます ~パリスの大冒険~

さんかく ひかる

文字の大きさ
上 下
95 / 101
6 主人公は、あっさりワナにはまる

(38)エキゾチックな魔女キルケ

しおりを挟む
 パリスとゼノンは、すんなりとスパルタの王宮に到着した
 門に向かうところで、パリスは足を止めた。入り口で、二人の門番が女とやり取りしている。
 若者の目は、女に吸い寄せられた。女に目が吸い寄せられるのはパリスの日常だったが、よこしまな気持ちから由来する関心ではない。
 とにかく彼女は目立っていた。

 女の衣は緑と赤と黄色に染められている。大きな貝殻のネックレスがジャラジャラと音を響かせている。
 パリスはゼノンの手を引いて「ちょっと待っててね」と断り、門番とやり取りする女に近づき、彼女の横顔を見つめる。
 小麦色の肌。線を引いたようにまっすぐな一重まぶた。少女のように美しい肌だが、表情が乏しく年寄りにも見える。
 アカイアでもトロイアでも見たことがないタイプの女性で、ますます目が離せない。

 門番は慣れた風に応対している。会話の詳細はわからないが、女は何度も王宮に来ているようだ。
 パリスは、女が背負っている大きな籠に目をとめた。黒い布で覆われ中身はわからないが、ぎっしり詰まっているようだ。どうやら彼女は、王宮に出入りする商人らしい。
 パリスはゼノンの手を離し、女の背後にまわった。

「お姉さん、重そうだね。僕も王宮に入るから、それ貸してよ」

 小さな背中から大きな籠を外そうと、手を伸ばす。

「やめて!」

 籠に触れた途端、パリスの指はビリビリした振動に襲われた。

「うわっ! あちっ!」

「触らないで! 盗まれないように魔法をかけています」

「へー、魔法使えるんだ。カッコいいなあ」

「カッコいい?」

 無表情な眼がピクリと反応する。

「魔法なんて普通、使えないよ。すごい修業したんでしょ?」

 女は細い目をさらに細めて俯く。

「メネラオス様に届ける大切な品物を守るためです」

「本当にカッコいいなあ。王様のために魔法を使うんだ」

 女の小麦色の頬が赤みを帯びてきた。
 パリスは極上の微笑を女に向ける。衣装も顔つきも珍しく年もわからないが、俯いて頬を染める様子が可愛らしい。
 いい雰囲気になったところで、当然邪魔が入る。

「ちょっとパリス様、王宮に用があるなら、さっさと入ってくださいよ」

 門番が手招きした。二か月前スパルタ王宮にやってきた美青年を、門番はしっかり覚えていた。

「キルケさんも、ほら入って」

 パリスは女の名を耳にした途端、硬直した。
 キルケ――それは、アカイア中に知られている魔女の名だった。

 パリスは、ヒポクラテスの弟子になって間もなく、患者たちから恐ろしい魔女の噂を聞いた。
 魔女キルケは、南の島に立派な館を建てて暮らしている。彼女は若い男を館に連れ込み楽しむが、飽きると豚に変身させ、家畜小屋に閉じ込めるらしい。
 男を豚に変身させる魔女が、目の前にいる。パリスはゼノンの小さな肩に手を伸ばし、ギュッと掴む。

「痛いよお」

 子供の訴えでパリスは「ごめんごめん」と我に返った。

「あ、あなたがあの有名なキルケさんかあ」

 目一杯笑顔を見せるが、頬が不自然に引きつる。キルケはパリスに嘆息を返すのみ。
 門番は魔女が怖くないのか、「早くしてくださいよ」と、ぶっきらぼうに催促した。

 侍女がパリスたちを出迎え、広間に案内した。他の侍女たちが三脚の椅子を一列に並べる。パリスとキルケは、ゼノンを挟んで座った。目の前に大きなテーブルが置いてある。
 案内した侍女が、重要なことを伝えた。

「メネラオス様はアウリスの競技会へ発たれました。しばらく留守にされます」

 パリスはがっくり肩を落とす。キルケはわずかに眉を寄せ「では王に会うため、アウリスに行きます」と答えた。
 侍女が言うには、メネラオスの兄アガメムノンが、アウリスにアカイア中の戦士を集め競技会を開くとのこと。

「参加者のなかには、あのアキレウスもいるんですよ」

「いくー!」

 幼い声が広間に響く。王宮で初めて発せられた子供の声。ゼノンは目を輝かせ、若者に「早く早く」とせがむ。
 ヘルミオネとミノタウロスとの結婚を阻止するため、メネラオスに会わなければならない。どのみち、アウリスに行く必要がある。アウリスから船に乗れば、トロイアに帰れる。

「みなさま、今日はこちらにお泊り下さい。お食事を用意します」

「ありがとう! ゼノン君、やったね。おいしい物が食べられるよ」

 おいしい食べ物を予告されたが、ゼノンの反応は乏しい。が、パリスへの催促は収まり、大人しく脚をぶらぶらさせた。
 侍女は「ではお待ちください」と退室し、大人の男女と子供が残された。
 男を豚に変身させる魔女を前にして、パリスは落ち着かない。どうしたものかと広間の天井や壁の装飾に目を向ける。

「私が怖いのですか?」

 唐突に魔女に話しかけられ、パリスは露骨にうろたえた。

「話は聞いてるけど、人間を豚に変身させるなんて、すごい魔法だね」

 笑ってみせるが、唇がぶるぶる震える。魔女に遊ばれ捨てられるまではむしろ大歓迎だが、豚にはなりたくない。
 キルケは大きくため息をついた。

「パリス。あなたは、若い女に嘘をついてトロイアに連れて行くんですね」

「あー、それ! 違うって! あ……」

 若者は女と視線を交わす。
 パリス自身も見に覚えのない噂を立てられて困っているくせに、魔女の悪評を鵜呑みにした。自分の浅はかさが恥ずかしくなってきた。

「ごめんなさい。あなたみたいな素敵な女性が、男の人を弄んで豚に変えるはずないよね」

「それは、本当のことです」

「げっ!」

 思いっきりパリスはのけ反った。

「あ、えーと……男と遊んで捨てるのはわかるけど……なんで豚に変身させるの?」

 もしかして食料にするためだろうか? パリスはうっかり尋ねそうになるが、言葉を飲み込んだ。

「男が豚に変えろと望みました」

「へ?」

 キルケはパリスの驚きに応えず、隣で脚をぶらぶらさせるゼノンを優しく見つめた。おずおずと手を伸ばし、子供の栗色の巻き毛に指を滑らせる。

「この子から、不思議な力を感じます」

 顔つきも衣装も普通の女とは違う。表情に乏しく少女にも老婆にも見える。が、その乏しい表情の中から溢れる子供への優しさは、愛の女神アフロディテを思い起こさせた。
 目の前の女性と噂で聞く恐ろしい魔女とは、イメージが重ならない。

「キルケさん、あなたは、理由もなく男を豚に変身させる人じゃないよね」

 魔女は子供の背中をポンポンと軽く叩き、パリスに笑いかけた。

「年取った女の話を聞きますか?」

 パリスは「聞きたい! 僕はあなたのことをもっと知りたいよ」と力強く頷いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

貞操逆転世界の男教師

やまいし
ファンタジー
貞操逆転世界に転生した男が世界初の男性教師として働く話。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

Another World〜自衛隊 まだ見ぬ世界へ〜

華厳 秋
ファンタジー
───2025年1月1日  この日、日本国は大きな歴史の転換点を迎えた。  札幌、渋谷、博多の3箇所に突如として『異界への門』──アナザーゲート──が出現した。  渋谷に現れた『門』から、異界の軍勢が押し寄せ、無抵抗の民間人を虐殺。緊急出動した自衛隊が到着した頃には、敵軍の姿はもうなく、スクランブル交差点は無惨に殺された民間人の亡骸と血で赤く染まっていた。  この緊急事態に、日本政府は『門』内部を調査するべく自衛隊を『異界』──アナザーワールド──へと派遣する事となった。  一方地球では、日本の急激な軍備拡大や『異界』内部の資源を巡って、極東での緊張感は日に日に増して行く。  そして、自衛隊は国や国民の安全のため『門』内外問わず奮闘するのであった。 この作品は、小説家になろう様カクヨム様にも投稿しています。 この作品はフィクションです。 実在する国、団体、人物とは関係ありません。ご注意ください。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

処理中です...