77 / 101
6 主人公は、あっさりワナにはまる
(20)イケメンの入浴シーン、書きたかっただけです
しおりを挟む
トロイア王子の館の奥に、モワモワと湯気が立ち込めている。湯気は、青銅の大きな三脚窯から広がっている。大人が入れそうな大きな窯に、湯がなみなみ湛えられている。女がひと抱えもある壺で湯を汲み出し、床に置かれた大きな鉢に注ぐ。もう一人の女が壺を傾け、鉢の湯に水を加えた。
彼女たちの女主人が、鉢に満たされた湯に手を差し入れる。
「もっとお湯を。そろそろ熱くしていいわ」
侍女は湯を鉢に加えた。アンドロマケは湯を掻き回し「良い加減ね」と頷くと、壺に汲んだ。
「湯など適当でいいぞ」
湯気が立ち込める部屋に男の声が響く。男は横長の大きな陶器の中に、裸体を横たえていた。
「あなた、最初はそう言うのに、湯浴みを始めるともっと熱くって、注文つけますよね」
「あはは、そうだな」
ヘクトルは自嘲気味に笑い、器のへりに背中を預けた。
以前、父王が使っていたこの浴槽は、ヘクトルの巨体には小さい。膝を折り曲げ、長い脚を収める。
アンドロマケはヘクトルの腕を取り、湯を夫の指先に掛けた。熱めの湯が、トロイア王子の腕から肩に注がれた。
「ヘクトル様、もう少し頭を前に」
男は妻に大人しく従う。湯は、彼の漆黒の髪から太い眉へ整った鼻梁へ流れ落ちる。
アンドロマケは、夫の頭に指を滑らし、丹念に髪を洗い流した。
ヘクトルは瞼を閉じ、湯の温かさと妻の指の動きに心身を委ねた。
二十日前、ヘクトルは数人の部下を連れ、雷鳴轟く南のイデ山へ馬で駆けつけた。
イデ山の麓には、アンドロマケの父が治めるテーベの町がある。ヘクトルは妻の父に会い、町の被災状況を確認した。雷による火事で多くの建物が焼け出され、人も家畜も傷を負った。
ヘクトルは、建築用の木材に薬、薪や食料といった物資と、医師や大工などテーベの復興に必要な人を寄越すよう、二人の部下に指示し、トロイアに先に返した。
その後彼は、残りの部下たちに、壊れた家屋の仮修理やけが人の手当をさせ、自らもテーベの人々と共に動いた。
トロイアからの物資や応援隊の到着を確認し、都に戻る。
戻るや否や、城門の前で弟王子デイポボスが出迎え、「兄上、叱らないで聞いてくれ」と泣きついてきた。
ヘクトルはトロイアの我が家に入る前に、港のポセイドン神殿に連れて行かれた。
見ると神殿には巨大な地下室が出来上がっている。大人十人は入れそうな空間が広がっている。
兄王子は弟王子に「なぜ俺を待てない! 勝手なことをするな!」と叱り飛ばすが、アカイアから逃げてきた船乗りたちがデイポボスを庇う。
彼らは、アカイア人がトロイアに攻めてきたら、トロイア人ではない自分たちは城に入れない、いざという時のため避難所を作りたい、と訴えた。
ヘクトルは首を傾げた。
「しかし、アカイア人が攻めてきても、お前たちもアカイア人だ。そう酷い目には合わないだろう?」
「ヘクトル王子、わかってないっすねえ! アカイアはトロイアみたいに、のんきじゃないっす。ミュケナイの王様の話、聞いたことねえっすか?」
「ミュケナイの王とは、アガメムノンか。なかなか優れた王に見えたが」
トロイアの商船はアカイアの海賊に何度も襲われているが、ヘクトルはその背後にアガメムノンがいると考えている。悔しいが、王としての力量は認めざるを得ない。
「いやアガメムノンじゃなくて、その親父っす。スパルタのメネラオスの親父でもありますね」
ヘクトルはかすかに眉をひそめた。
スパルタのメネラオス王は、兄と違い野心はなく誠実な男だ。問題は、未来人トリファントスの予言にある。旅仲間であり実は弟だったパリスが、メネラオスの妃ヘレネをさらい戦争となるという、恐ろしい予言。
アカイアの船乗りたちの話は、彼ら兄弟ではなく、彼らの父親のことらしい。
「前のミュケナイの王は、弟と王位を巡って戦争したんすよ。俺らが言うのもなんだけど、アイツら、兄弟でも平気で殺し合うんだ」
「なんだと!」
ヘクトルは眦を吊り上げた。思い出した。父プリアモスが、弟アレクサンドロスを捨てた理由を。
ヘクトルには大勢弟がいるが、彼が次のトロイア王であることは、だれもが認めていた。ヘクトル自身の力もさることながら、彼の右臀部にはトロイアの守護神アポロンからの印が刻まれていたから。
実は、ほかにも印を刻んだ王子が生まれたが、すぐ捨てられた。プリアモス王は、アカイアの兄弟王子が王位を巡って争ったと聞き、平和で豊かなトロイアでも兄弟が対立することを恐れたと言う。
父王が耳にした噂の兄弟とは、アガメムノンとメネラオスの父のことかもしれない。
兄弟で殺し合うなど、このトロイアでは、考えられない。しかし、アカイア人は違うようだ。虐げられた船人の恐れは、もっともに思える。
「そうか。工事はどこまで進んだ?」
「ヘクトルさん、見てくださいよ」
船人のリーダーは、空いた地下室の上に大きな石の板を被せた。石の蓋は神殿の石畳に溶け込んでいる。
ヘクトルは目を見張り、石蓋の上に足を置いた。
「素晴らしい細工だな。この下に人がいるとは、まずわからないだろう」
何度か足踏みするが、石の蓋はびくともしない。
「お前たち、船乗りではなく、実は大工なのだろう?」
船人たちは「あ、まあね」と顔を見合わせる。
「スエシュドスのじいさんは、見る目がある。お前たちのような働き者を選び、トロイアに寄越したのだから」
捨てられた王子アレクサンドロス、いや旅仲間パリスは、あの老人と上手くやっているのだろうか? まさか未来人が予言した通り、スパルタのヘレネ王妃と「友達」と称して人の道から外れたことをしていないだろうか?
ヘクトルは、かつての旅仲間を案ずる。
弟王子デイポボスは、無言のヘクトルに「で、兄上、そ、その」とモジモジと手を揉んだ。
兄は口元を緩め、弟の肩をポンと叩いた。
「この工事をしっかり監督するんだぞ。俺も時々見に行く」
アカイアの船乗りたちは「やったああ!」と歓声を上げ抱き合った。デイポボスは大きく息を吐き、胸を撫で下ろした。
ヘクトルは瞼を閉ざし、流れる湯に身を任せる。
「アンドロマケ。テーベのお父上は、火事で焼け出された民ひとりひとりを励まされていたぞ。王として見習うべき方だな」
「ありがとうございます。私の故郷を気に掛けてくださって」
「今度はもっと穏やかな時に、会いたいものだ。なあ、アステュアナクス」
ヘクトルは、浴槽のヘリにしがみつく幼子の頭に手を伸ばした。
子供は「ちち~」とピョンピョン跳ね、浴槽に入ろうと身を乗り出す。
「やめなさい! お父様はお疲れなの。邪魔しないで! もう!」
「お前も母に洗ってもらうか?」
ヘクトルは息子を持ち上げ、カラカラと笑う。
「坊やはおととい、洗ってあげたばかりなのに……仕方ないわね」
館の女主人は口を尖らせるも、夫と共に息子の服を手早く脱がせた。アステュアナクスは父の膝の上で手を叩きはしゃぎ出した。
「アステュアナクス、大人しくして。お父様を洗って差し上げられないでしょ」
アンドロマケが湯を注ぐたびに子供はキャアキャアと暴れる。ヘクトルは「母を困らせるんじゃないぞ」と、息子の頭を小突く。
湯を汲む侍女は「おぼっちゃまは、本当にご主人様が大好きなんですね」とニコニコ笑う。
親子三人が、湯で身も心も温め合っていた時だった。
「ヘクトル様~、カッサンドラ様がいらっしゃいました。お話があるそうです」
侍女がパタパタと湯の間に入ってきた。
ヘクトルは頭を上げた。
「カッサンドラだと?」
女主人は手を動かしたまま、入ってきた侍女に命じる。
「ヘクトル様の湯浴みはもう少しで終わるわ。それまでカッサンドラ様が退屈されないよう、客間の琴と笛の音を絶やさないように。ワインとパンも差し上げて」
侍女は頷き踵を返す。が、ヘクトルは「頼む」と息子を妻に預け、浴槽を飛び出した。
裸体の主人が走り出すものだから、侍女たちは「きゃああ」と顔を赤らめ俯く。
「あなた待って! 服を!」
アンドロマケはアステュアナクスを床に下ろし、ヘクトルの衣と帯を抱えて走り、夫に向かって投げ放つ。
「助かる」
ヒラヒラと舞い踊る衣を、ヘクトルは受け止め腰に巻きつけた。帯はそのまま床に落ちた。
アポロンの花嫁カッサンドラ。
幼い頃は兄と妹はよく海辺で遊んだが、妹がアポロンと通じるようになってから、兄妹で過ごすことは減った。ヘクトルがアンドロマケと結婚し、兄弟と別に暮らすようになってから、カッサンドラはあまりこの館に顔を見せない。
わざわざこの館にやって来るということは、アポロンより重大な神託を授かったのだろうか。トロイアを襲った雷雲と関わりがあるのかもしれない。
ヘクトルは、水滴をポタポタ床に垂らして客間に駆け込む。
目を吊り上げた妹王女が硬直して真っすぐ立っていた。が、予想しなかった人を目の当たりにし、彼は足を止めた。
「どういうことだ?」
トロイアの跡継ぎは、妹王女の隣で縮こまっている男を訝し気に見つめた。
王女の傍らに立つ中年男は、バツが悪そうにヘラヘラ笑う。
「あ、す、すいません。えー、王女様がどうしてもって、言うもんだから」
千五百年先の世界からやってきた男、トリファントスの左手は自身の頭にあり、ポリポリと髪をいじっている。
しかしその右手は、カッサンドラに絡めとられていた。
ヘクトルは、若い妹と未来から来た中年男の顔を、交互に見比べた。
彼女たちの女主人が、鉢に満たされた湯に手を差し入れる。
「もっとお湯を。そろそろ熱くしていいわ」
侍女は湯を鉢に加えた。アンドロマケは湯を掻き回し「良い加減ね」と頷くと、壺に汲んだ。
「湯など適当でいいぞ」
湯気が立ち込める部屋に男の声が響く。男は横長の大きな陶器の中に、裸体を横たえていた。
「あなた、最初はそう言うのに、湯浴みを始めるともっと熱くって、注文つけますよね」
「あはは、そうだな」
ヘクトルは自嘲気味に笑い、器のへりに背中を預けた。
以前、父王が使っていたこの浴槽は、ヘクトルの巨体には小さい。膝を折り曲げ、長い脚を収める。
アンドロマケはヘクトルの腕を取り、湯を夫の指先に掛けた。熱めの湯が、トロイア王子の腕から肩に注がれた。
「ヘクトル様、もう少し頭を前に」
男は妻に大人しく従う。湯は、彼の漆黒の髪から太い眉へ整った鼻梁へ流れ落ちる。
アンドロマケは、夫の頭に指を滑らし、丹念に髪を洗い流した。
ヘクトルは瞼を閉じ、湯の温かさと妻の指の動きに心身を委ねた。
二十日前、ヘクトルは数人の部下を連れ、雷鳴轟く南のイデ山へ馬で駆けつけた。
イデ山の麓には、アンドロマケの父が治めるテーベの町がある。ヘクトルは妻の父に会い、町の被災状況を確認した。雷による火事で多くの建物が焼け出され、人も家畜も傷を負った。
ヘクトルは、建築用の木材に薬、薪や食料といった物資と、医師や大工などテーベの復興に必要な人を寄越すよう、二人の部下に指示し、トロイアに先に返した。
その後彼は、残りの部下たちに、壊れた家屋の仮修理やけが人の手当をさせ、自らもテーベの人々と共に動いた。
トロイアからの物資や応援隊の到着を確認し、都に戻る。
戻るや否や、城門の前で弟王子デイポボスが出迎え、「兄上、叱らないで聞いてくれ」と泣きついてきた。
ヘクトルはトロイアの我が家に入る前に、港のポセイドン神殿に連れて行かれた。
見ると神殿には巨大な地下室が出来上がっている。大人十人は入れそうな空間が広がっている。
兄王子は弟王子に「なぜ俺を待てない! 勝手なことをするな!」と叱り飛ばすが、アカイアから逃げてきた船乗りたちがデイポボスを庇う。
彼らは、アカイア人がトロイアに攻めてきたら、トロイア人ではない自分たちは城に入れない、いざという時のため避難所を作りたい、と訴えた。
ヘクトルは首を傾げた。
「しかし、アカイア人が攻めてきても、お前たちもアカイア人だ。そう酷い目には合わないだろう?」
「ヘクトル王子、わかってないっすねえ! アカイアはトロイアみたいに、のんきじゃないっす。ミュケナイの王様の話、聞いたことねえっすか?」
「ミュケナイの王とは、アガメムノンか。なかなか優れた王に見えたが」
トロイアの商船はアカイアの海賊に何度も襲われているが、ヘクトルはその背後にアガメムノンがいると考えている。悔しいが、王としての力量は認めざるを得ない。
「いやアガメムノンじゃなくて、その親父っす。スパルタのメネラオスの親父でもありますね」
ヘクトルはかすかに眉をひそめた。
スパルタのメネラオス王は、兄と違い野心はなく誠実な男だ。問題は、未来人トリファントスの予言にある。旅仲間であり実は弟だったパリスが、メネラオスの妃ヘレネをさらい戦争となるという、恐ろしい予言。
アカイアの船乗りたちの話は、彼ら兄弟ではなく、彼らの父親のことらしい。
「前のミュケナイの王は、弟と王位を巡って戦争したんすよ。俺らが言うのもなんだけど、アイツら、兄弟でも平気で殺し合うんだ」
「なんだと!」
ヘクトルは眦を吊り上げた。思い出した。父プリアモスが、弟アレクサンドロスを捨てた理由を。
ヘクトルには大勢弟がいるが、彼が次のトロイア王であることは、だれもが認めていた。ヘクトル自身の力もさることながら、彼の右臀部にはトロイアの守護神アポロンからの印が刻まれていたから。
実は、ほかにも印を刻んだ王子が生まれたが、すぐ捨てられた。プリアモス王は、アカイアの兄弟王子が王位を巡って争ったと聞き、平和で豊かなトロイアでも兄弟が対立することを恐れたと言う。
父王が耳にした噂の兄弟とは、アガメムノンとメネラオスの父のことかもしれない。
兄弟で殺し合うなど、このトロイアでは、考えられない。しかし、アカイア人は違うようだ。虐げられた船人の恐れは、もっともに思える。
「そうか。工事はどこまで進んだ?」
「ヘクトルさん、見てくださいよ」
船人のリーダーは、空いた地下室の上に大きな石の板を被せた。石の蓋は神殿の石畳に溶け込んでいる。
ヘクトルは目を見張り、石蓋の上に足を置いた。
「素晴らしい細工だな。この下に人がいるとは、まずわからないだろう」
何度か足踏みするが、石の蓋はびくともしない。
「お前たち、船乗りではなく、実は大工なのだろう?」
船人たちは「あ、まあね」と顔を見合わせる。
「スエシュドスのじいさんは、見る目がある。お前たちのような働き者を選び、トロイアに寄越したのだから」
捨てられた王子アレクサンドロス、いや旅仲間パリスは、あの老人と上手くやっているのだろうか? まさか未来人が予言した通り、スパルタのヘレネ王妃と「友達」と称して人の道から外れたことをしていないだろうか?
ヘクトルは、かつての旅仲間を案ずる。
弟王子デイポボスは、無言のヘクトルに「で、兄上、そ、その」とモジモジと手を揉んだ。
兄は口元を緩め、弟の肩をポンと叩いた。
「この工事をしっかり監督するんだぞ。俺も時々見に行く」
アカイアの船乗りたちは「やったああ!」と歓声を上げ抱き合った。デイポボスは大きく息を吐き、胸を撫で下ろした。
ヘクトルは瞼を閉ざし、流れる湯に身を任せる。
「アンドロマケ。テーベのお父上は、火事で焼け出された民ひとりひとりを励まされていたぞ。王として見習うべき方だな」
「ありがとうございます。私の故郷を気に掛けてくださって」
「今度はもっと穏やかな時に、会いたいものだ。なあ、アステュアナクス」
ヘクトルは、浴槽のヘリにしがみつく幼子の頭に手を伸ばした。
子供は「ちち~」とピョンピョン跳ね、浴槽に入ろうと身を乗り出す。
「やめなさい! お父様はお疲れなの。邪魔しないで! もう!」
「お前も母に洗ってもらうか?」
ヘクトルは息子を持ち上げ、カラカラと笑う。
「坊やはおととい、洗ってあげたばかりなのに……仕方ないわね」
館の女主人は口を尖らせるも、夫と共に息子の服を手早く脱がせた。アステュアナクスは父の膝の上で手を叩きはしゃぎ出した。
「アステュアナクス、大人しくして。お父様を洗って差し上げられないでしょ」
アンドロマケが湯を注ぐたびに子供はキャアキャアと暴れる。ヘクトルは「母を困らせるんじゃないぞ」と、息子の頭を小突く。
湯を汲む侍女は「おぼっちゃまは、本当にご主人様が大好きなんですね」とニコニコ笑う。
親子三人が、湯で身も心も温め合っていた時だった。
「ヘクトル様~、カッサンドラ様がいらっしゃいました。お話があるそうです」
侍女がパタパタと湯の間に入ってきた。
ヘクトルは頭を上げた。
「カッサンドラだと?」
女主人は手を動かしたまま、入ってきた侍女に命じる。
「ヘクトル様の湯浴みはもう少しで終わるわ。それまでカッサンドラ様が退屈されないよう、客間の琴と笛の音を絶やさないように。ワインとパンも差し上げて」
侍女は頷き踵を返す。が、ヘクトルは「頼む」と息子を妻に預け、浴槽を飛び出した。
裸体の主人が走り出すものだから、侍女たちは「きゃああ」と顔を赤らめ俯く。
「あなた待って! 服を!」
アンドロマケはアステュアナクスを床に下ろし、ヘクトルの衣と帯を抱えて走り、夫に向かって投げ放つ。
「助かる」
ヒラヒラと舞い踊る衣を、ヘクトルは受け止め腰に巻きつけた。帯はそのまま床に落ちた。
アポロンの花嫁カッサンドラ。
幼い頃は兄と妹はよく海辺で遊んだが、妹がアポロンと通じるようになってから、兄妹で過ごすことは減った。ヘクトルがアンドロマケと結婚し、兄弟と別に暮らすようになってから、カッサンドラはあまりこの館に顔を見せない。
わざわざこの館にやって来るということは、アポロンより重大な神託を授かったのだろうか。トロイアを襲った雷雲と関わりがあるのかもしれない。
ヘクトルは、水滴をポタポタ床に垂らして客間に駆け込む。
目を吊り上げた妹王女が硬直して真っすぐ立っていた。が、予想しなかった人を目の当たりにし、彼は足を止めた。
「どういうことだ?」
トロイアの跡継ぎは、妹王女の隣で縮こまっている男を訝し気に見つめた。
王女の傍らに立つ中年男は、バツが悪そうにヘラヘラ笑う。
「あ、す、すいません。えー、王女様がどうしてもって、言うもんだから」
千五百年先の世界からやってきた男、トリファントスの左手は自身の頭にあり、ポリポリと髪をいじっている。
しかしその右手は、カッサンドラに絡めとられていた。
ヘクトルは、若い妹と未来から来た中年男の顔を、交互に見比べた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

Another World〜自衛隊 まだ見ぬ世界へ〜
華厳 秋
ファンタジー
───2025年1月1日
この日、日本国は大きな歴史の転換点を迎えた。
札幌、渋谷、博多の3箇所に突如として『異界への門』──アナザーゲート──が出現した。
渋谷に現れた『門』から、異界の軍勢が押し寄せ、無抵抗の民間人を虐殺。緊急出動した自衛隊が到着した頃には、敵軍の姿はもうなく、スクランブル交差点は無惨に殺された民間人の亡骸と血で赤く染まっていた。
この緊急事態に、日本政府は『門』内部を調査するべく自衛隊を『異界』──アナザーワールド──へと派遣する事となった。
一方地球では、日本の急激な軍備拡大や『異界』内部の資源を巡って、極東での緊張感は日に日に増して行く。
そして、自衛隊は国や国民の安全のため『門』内外問わず奮闘するのであった。
この作品は、小説家になろう様カクヨム様にも投稿しています。
この作品はフィクションです。
実在する国、団体、人物とは関係ありません。ご注意ください。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる