ギリシャ神話ファンタジーを書いてます ~パリスの大冒険~

さんかく ひかる

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6 主人公は、あっさりワナにはまる

(12)地元ネタの芝居は難しい

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 パリスたちがスフィンクスの謎を解決し、ナウシカがパーティーから抜けたその日。
マッチョな王女は、スフィンクスのいるテーバイの地が離れがたく、町をうろついていた。
 広場の中央に人だかりができているので、覗いてみた。男の声が響き渡る。

「なんということ! 我が謎を解き明かす者が現れようとは! このような屈辱には耐え切れぬ!」

 人だかりの視線をたどる。獅子の仮面をつけた人が、大げさに手足を振り回している。他に人はいないので、ひとり芝居のようだ。
 役者がガバっと仮面を外した。黒い布を頭に巻いた男が、端正な顔を見せる。年はナウシカの父と同じぐらいか。背が高くほっそりしており、いかにも役者といった風情だ。

「賢いオイディプスの知恵により、人々を苦しめたスフィンクスは奈落の底に落ちていったのです」

 涼しげな声が心地よい。なかなか上手な役者だとナウシカは感心する。しかしテーバイの住民、特に子供たちは、手厳しい反応を見せた。

「ブッブー。スフィンクス、そんなんじゃないよ」

「謎を解いたら、脚をバタバタさせるんだよねー」

「『人間じゃん』って答えると、『口惜しい~』って泣くの。チョー受ける~」

 広場の役者は、観客のブーイングを前にしても怯まず、笑顔を絶やさない。

「さすがはテーバイの方々、あの恐ろしいスフィンクスを手名付けられるとは! 賢王オイディプスの末裔は、他とは違いますね」

 芝居の内容はともかく、地元を讃える役者に観客は拍手を送った。
 が、スフィンクスに関わった王女として、この芝居をそのままにしていいのか、悩みはじめる。
 人だかりがまばらになったところで、ナウシカは役者に声を掛けた。

「地元で芝居を演じるなら、念入りに調べないとな」

「その通りですよ。芝居は失敗です」

 男は穏やかに笑っている。失敗の悔しさは微塵も見られない。

「失敗を認めるのか。ならもう一度、スフィンクスについて調べるがよい。私の仲間がスフィンクスの心を変えたからな」

 ナウシカはことさら冒険を自慢する気はなかった。この役者が、ピキオン山に登り、スフィンクスに会えばわかることだ。

 今、彼女は、必要以上に男と関わりたくなかった。妻子ある男への実らぬ想いは、まだ払拭できない。
 だから、用はない、と言わんばかりに、島の王女は男に背中を向ける。
 しかし男は呼び止めた。

「お嬢さん、役者の心得を聞かせてくれないか」

「お嬢さん?」

 ナウシカは若い娘だが、並の男より背が高く、筋肉も盛り上がっている。目の前のほっそりした役者男より、ずっと雄々しく見える。
 だからめったに「お嬢さん」とは呼ばれない。
 いや、ひとり「かわいい」としつこく繰り返す男がいた。
 しかしその男は、八十歳の老女にも同じことを言い、怪物スフィンクスすら口説く男だった!

「聡明なお嬢さん、知恵を貸してくれないか。どんな芝居なら、人々の心をつかめるだろう」

「聡明?」

 あのチャラ男にすら「聡明」とは言われなかった。
 ナウシカは足をとめた。


 テーバイの酒場で、王女と役者はテーブルで向かい合い、ワインを酌み交わす。

「役者よ。同じ化け物の芝居なら、ミノタウロスはどうだ? あれは遠く離れたクレタ島の話と聞く」

「それはいい考えだ。そうだ。『ミノタウロスの花嫁』という芝居はどうだろう? お嬢さん」

「花嫁? ミノタウロスに? 聞いたことないが」

「今、思いついたよ。迷宮に閉じ込められた怪物が、可憐な乙女に恋する劇だ。ご婦人方は、愛の物語をとりわけ好むからな」

 ナウシカは、わざとらしく大きなため息をつく。

「女のだれもが、恋や愛に浮かれていると思うな」

「それは失礼。お嬢さんは、どのような物語が好きかな?」

「私? そうだな。アマゾネスのように強い女が空を駆け巡り、怪物を倒して人々を救う……どうだ?」

 男は首をかしげた。

「なるほど。私もそういう物語が好きだけどね、お代が取れるかというと難しいな、この世界では」

「わかっておる。女は、嫁ぐか巫女になるしかないからな」

 ナウシカは、山羊のチーズをつまみ、首を振った。

「その点、男は、役者や商い人になって、どこへでも行ける……羨ましいものだな」

 男は静かにゆっくりと頷いた。

「役者としては耳が痛いが、お嬢さんの言うことはもっともだよ」

「え? お前もそう思うのか?」

 ナウシカは、役者の細面を凝視する。

「私が訪れた国では、女は嫁ぐも嫁がぬも自由。嫁がぬ女も嫁いだ女も、家に閉じこもらず、男と同じように外で働いていたよ」

 王女は立ち上がった。

「アマゾネスの他にも、そんな国があるのか!」

 男は悲し気に首を振る。

「ここから遥か遠くの国だ。神が私を連れていった、一度だけ。馬でも、いやペガサスでもイカロスでも、あの国には行けないだろう」

 再びナウシカは座り、大きなため息をつく。

「なんだ。お前は夢でも見ていたんだな……まあよい。夢でもそのような国があるとは、嬉しいことよ」

「夢であれ、私は違う世界を垣間見た。だから私は、この世界の女を気の毒に思う。しかしお嬢さんなら、自由な女になれるよ」

 島の王女は、ワインの入ったカップを手に取り、寂しげに笑う。

「難しいな。私は、これから父母の元へ帰る。小さな島だ。島の王となる男を、婿に取らなければならない」

「お嬢さんは島の生まれか。私もだよ。西の果てで、岩がゴツゴツして……そうだ、お嬢さんの名前を聞いていなかったな」

 役者の男はワインで口を湿らせ、笑いかけた。

「ナウシカだ。はは、名乗るほどでもないが」

「ナウシカ? 知っているよ。神が連れていった国で聞いた名前だ。お嬢さんの好きな物語と同じだな。彼女は、空を飛び世界を駆け巡り人々を救った勇者として、知られている」

「同じナウシカでも大違いだな……」

 島の王女は自嘲する。

「いや、ナウシカ殿は、スフィンクスの心を変えたのだろう? 次の芝居で失敗したくないので、詳しいことを聞かせてくれないか」

 男がじっとナウシカの眼を見つめ、静かに問いかける。

「お嬢さんのような賢者は、なんでも知っているのだろう?」

 自分の父と同年代の男から、知恵を求められている。
 ナウシカはポツポツと語り始めた。
 仲間と協力して、スフィンクスの謎を解いたことを。


「なるほど。トロイアのヘクトル王子にそのような弟がいたのか。そして未来から来た男もいるとは。素晴らしい話を聞かせてもらった」

「無理に信じなくともいいぞ」

「信じるよ、ナウシカ殿。あなたは勇者だ。怪物スフィンクスを救ったのだから」

 端正な男に微笑みかけられ、ナウシカの鼓動が撥ねる。自分の父と同年代の男に対して芽生えたばかりの感情を、どう扱ったらいいか戸惑うばかり。
 が、すんでのところで王女は思い出す。旅仲間の警告を。未来人の予言を。自分が次に恋する男のことを。
 
「お前、故郷の島に、妻子を残しているのか?」

「長い間、留守にしている。息子は大きくなっただろうな」

 生まれたばかりの感情は、たちまち萎む。
 見ればわかる。男の目は、先ほど別れた旅仲間と同じ目をしている。愛おしいものを想う、物悲しく優しい目。
 ナウシカは黒布で覆われた男の頭を見つめ、未来人の予言を確認した。

「お前の名は、オデュッセウスではないのか?」

 一瞬、男は硬直し「ど、どこで」と狼狽える。が、すぐに元の微笑を取り戻した。

「私は『なんでもない』んだよ」
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