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6 主人公は、あっさりワナにはまる
(10)旅の目的
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翌朝、パリスはヒポクラテスに村を案内した。
「今は、病気は治まってます。でもしばらくすると、流行るんですよ」
「症状は、何日も高熱が続き息苦しくなる。特に若者に多く、何人も亡くなったか。治っても、物忘れがひどくなり、疲れやすくなる。また、食事が美味しくなくなる……なるほど、流行り病の一種だが、他では見られない病だなあ」
数年前から急激に世界中に広まったあの病気では? と思う方もいるだろうが、偶然だ。
「先生が流行り病を防ぐ方法を教えてくれたので、やってみたんです。前よりは治まったんですが……」
ヒポクラテスは、ため息をついた。
「すまんなあ。わしにもお手上げ。アポロン様には敵わんよ」
「えっ! 先生でもダメなの?」
パリスは肩を落とす。
「流行り病は一度起きてしまうと、完全になくすことはできんよ。そうだねえ、症状を抑える薬草を育てるとするかあ」
ヒポクラテスはパリスに種を見せた。オイノネがパリスに渡したミズタマソウの種だ。
「これを、ここで育てような」
「え? いいんですか? これ、僕の診察代なのに……」
「この種は、トロイアの人がお前のために用意したんだよね」
若者は小さく頷く。種を渡してくれた彼女、オイノネを思い浮かべる。
「その代わりパリス、アンブロシアを調達してよ」
「……やっぱり僕は、薬の調達係か……待ってもらっていいですか? 僕、やることが他にあるんです」
「お前、いっぱい旅したんだねえ」
パリスは、両親の家に師匠を招き、これまでの旅について語った。
「なーるほどなー。お前が妙に女どもに受けがいいのは、外国の王子だからかあ。王子で外国人でイケメン。受け要素トリプルだー」
「王子はやめたんです!」
「でも、トロイアに戻るんだねえ」
「それは、おじいさんとヘルミオネを助けるためです」
「よかったなあパリス、人生の目標、見つかったねー」
「目標? それなら最初から決まってます。僕が先生に弟子入りしたのは、ここの病気をなんとかしたかったからですよ」
「そうかなあ? パリス、村の病をなんとかしたい、ってのは、町へ出る口実だったんしょ?」
師匠はいつもと同じ調子で、サラッと剛速球を……いや、槍を放り投げた。
パリスはしばし硬直し、やっとの思いで口を開く。
「……先生、それひどくない? 口実って、僕は本当に……」
「だってパリス、町でいつもフラフラ女と遊んでいたし」
「そんなことない! 僕、今回は真面目に修行した。あんなこと、二度と起こしたくないんだ」
今回? あんなこと? パリスは自分の言葉に首を捻る。
「そうだねー、お前なりに真面目にやってたけど、やっぱ町暮らしを楽しんでたねー」
「先生! 僕は……人と仲良くしたいんです!」
「そりゃいいこと、いいこと。わしはね、若いもんは大いに青春を楽しむのがいいと思ってんの。健康にはそれが一番。だれも病からは逃れられんし」
「病か……先生でも病をなくすことはできないのか。病がなければ、みんな幸せになれるのに」
パリスは悲しい顔を見せるが、話題が変わって安堵する。
「病はね、アポロン様の仕業なの。でも病と闘う力も、アポロン様がくれるの」
「なんだそれ。アポロン様って、勝手だ。どこにいるんだろう」
「神々は、遥か北のオリュンポス山に住んでるよ。遠くてここからは見えんなあ」
「いつか行って、文句言ってやる」
「落ち着きなって。あ、間違えた。他の神様はともかくアポロン様はね」
ヒポクラテスは、まさにアポロンの太陽に向き直った。
「トロイアのどこかの山にいるんよ」
アポロンはトロイアにいる?
パリスは四日間の王子生活を思い出す。トロイアを守る神はアポロンだと、ヘクトルから聞かされた。
「じゃ、トロイアに行ったら、アポロン様のいる山に登ってみます」
寝床でまどろみながら、パリスはヒポクラテスの鋭い指摘を思い出す。
村で謎の病が流行りだしたとき、なんとかしようと町に出たはずだが……本当は、単に田舎暮らしに嫌気が指して、外に出たかったのか?
確かに、町に出たら楽しくなり、故郷のことを忘れていた。医者修行は自分なりにちゃんとやったが、それも……あれ?
――二度とあんなことを起こしたくないから。
あんなこととはなんだ?
しかしパリスの疑問は、眠りの神ヒュプノスの力で、かき消されてしまった。
故郷で迎える三日目の朝、パリスはヒポクラテスに告げられた。
「わしは、しばらく村を回って、ミズタマソウの種を育てたり、流行り病の対処法を教えたりするよ。だから、お前は旅に行ってきな」
師匠の穏やかな微笑みに、パリスの胸が温まる。この名医が村人を診てくれることと、パリスの旅を応援してくれることに。
「先生、ありがとうございます! 必ずアンブロシアを持って帰ります」
超ヘビーなクエストを約束して、パリスは旅に出た。仲間だったナウシカのいる島を目指して。
「今は、病気は治まってます。でもしばらくすると、流行るんですよ」
「症状は、何日も高熱が続き息苦しくなる。特に若者に多く、何人も亡くなったか。治っても、物忘れがひどくなり、疲れやすくなる。また、食事が美味しくなくなる……なるほど、流行り病の一種だが、他では見られない病だなあ」
数年前から急激に世界中に広まったあの病気では? と思う方もいるだろうが、偶然だ。
「先生が流行り病を防ぐ方法を教えてくれたので、やってみたんです。前よりは治まったんですが……」
ヒポクラテスは、ため息をついた。
「すまんなあ。わしにもお手上げ。アポロン様には敵わんよ」
「えっ! 先生でもダメなの?」
パリスは肩を落とす。
「流行り病は一度起きてしまうと、完全になくすことはできんよ。そうだねえ、症状を抑える薬草を育てるとするかあ」
ヒポクラテスはパリスに種を見せた。オイノネがパリスに渡したミズタマソウの種だ。
「これを、ここで育てような」
「え? いいんですか? これ、僕の診察代なのに……」
「この種は、トロイアの人がお前のために用意したんだよね」
若者は小さく頷く。種を渡してくれた彼女、オイノネを思い浮かべる。
「その代わりパリス、アンブロシアを調達してよ」
「……やっぱり僕は、薬の調達係か……待ってもらっていいですか? 僕、やることが他にあるんです」
「お前、いっぱい旅したんだねえ」
パリスは、両親の家に師匠を招き、これまでの旅について語った。
「なーるほどなー。お前が妙に女どもに受けがいいのは、外国の王子だからかあ。王子で外国人でイケメン。受け要素トリプルだー」
「王子はやめたんです!」
「でも、トロイアに戻るんだねえ」
「それは、おじいさんとヘルミオネを助けるためです」
「よかったなあパリス、人生の目標、見つかったねー」
「目標? それなら最初から決まってます。僕が先生に弟子入りしたのは、ここの病気をなんとかしたかったからですよ」
「そうかなあ? パリス、村の病をなんとかしたい、ってのは、町へ出る口実だったんしょ?」
師匠はいつもと同じ調子で、サラッと剛速球を……いや、槍を放り投げた。
パリスはしばし硬直し、やっとの思いで口を開く。
「……先生、それひどくない? 口実って、僕は本当に……」
「だってパリス、町でいつもフラフラ女と遊んでいたし」
「そんなことない! 僕、今回は真面目に修行した。あんなこと、二度と起こしたくないんだ」
今回? あんなこと? パリスは自分の言葉に首を捻る。
「そうだねー、お前なりに真面目にやってたけど、やっぱ町暮らしを楽しんでたねー」
「先生! 僕は……人と仲良くしたいんです!」
「そりゃいいこと、いいこと。わしはね、若いもんは大いに青春を楽しむのがいいと思ってんの。健康にはそれが一番。だれも病からは逃れられんし」
「病か……先生でも病をなくすことはできないのか。病がなければ、みんな幸せになれるのに」
パリスは悲しい顔を見せるが、話題が変わって安堵する。
「病はね、アポロン様の仕業なの。でも病と闘う力も、アポロン様がくれるの」
「なんだそれ。アポロン様って、勝手だ。どこにいるんだろう」
「神々は、遥か北のオリュンポス山に住んでるよ。遠くてここからは見えんなあ」
「いつか行って、文句言ってやる」
「落ち着きなって。あ、間違えた。他の神様はともかくアポロン様はね」
ヒポクラテスは、まさにアポロンの太陽に向き直った。
「トロイアのどこかの山にいるんよ」
アポロンはトロイアにいる?
パリスは四日間の王子生活を思い出す。トロイアを守る神はアポロンだと、ヘクトルから聞かされた。
「じゃ、トロイアに行ったら、アポロン様のいる山に登ってみます」
寝床でまどろみながら、パリスはヒポクラテスの鋭い指摘を思い出す。
村で謎の病が流行りだしたとき、なんとかしようと町に出たはずだが……本当は、単に田舎暮らしに嫌気が指して、外に出たかったのか?
確かに、町に出たら楽しくなり、故郷のことを忘れていた。医者修行は自分なりにちゃんとやったが、それも……あれ?
――二度とあんなことを起こしたくないから。
あんなこととはなんだ?
しかしパリスの疑問は、眠りの神ヒュプノスの力で、かき消されてしまった。
故郷で迎える三日目の朝、パリスはヒポクラテスに告げられた。
「わしは、しばらく村を回って、ミズタマソウの種を育てたり、流行り病の対処法を教えたりするよ。だから、お前は旅に行ってきな」
師匠の穏やかな微笑みに、パリスの胸が温まる。この名医が村人を診てくれることと、パリスの旅を応援してくれることに。
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