ギリシャ神話ファンタジーを書いてます ~パリスの大冒険~

さんかく ひかる

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6 主人公は、あっさりワナにはまる

(6)第一話につながったから、この辺でやめていい?

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 パリスは、スエシュドスにもヒポクラテスにも会えないまま、王宮に泊まることになった。何度も二人の行方を侍女たちに尋ねるが「明日には会えますから」と、取り合ってくれない。
 夜が更けて寝台に腰かけたところ「失礼します」と女が入ってきた。

「あ、ガイアさん。ヘルミオネは?」

「王女様はもうお休みです。パリス様、ワインはいかがですか?」

「いいね。眠れなくて助かるよ」

 王女の乳母は、テーブルにワインの入った壺を置いた。なみなみとカップに注ぎパリスに手渡す。

「ありがとう。味がキュッとしまってるね」

 褒めつつ(トロイアのワインの方が甘くて美味しかったなあ)と、四日間の王子生活を懐かしむ。

「チーズもお持ちしましょうか?」

「大丈夫。さっき、ご馳走になったから」

「きっとトロイアでは、ワインもチーズももっと美味しいんでしょうね」

「あはは、そんなことないよ……え? トロイア?」

 この数日の自分を振り返る。ただのパリスとしか名乗っていない。

「パリスさん、トロイア人でしょう? 黒い巻き毛がきれいですね」

 唐突にパリスが黒髪だと明かされた。一般的にパリスは金髪のイメージだが、この物語では、トロイア人は黒髪巻き毛にさせていただく。

「そうなの? ガイアさんこそ、いかにもアカイアの人だね。太陽みたいに髪が光って、空みたいに目が青いね。ヘルミオネと同じだ。立ってないで座ってよ」

 ここでも唐突に、アカイア人=当時のギリシャ人が金髪碧眼と明かされる。白状すると、2004年の映画『トロイ』のまんまである。

 ガイアは「いいんですか? 私なんかが」と遠慮するそぶりを見せつつ、椅子にどっしりと腰かけた。

「パリス様、よく言われません? 王子様のようだと」

 まただ。王子を捨てたのに、ここでもそのセリフを言われてしまった。

「……僕は王子じゃないよ。田舎の森で育ったんだ」

「そういえば、トロイア王家の方は美男ばかりですね。神々の王ゼウス様の寵愛が深いガニュメデス様も、女神アフロディテ様が愛されたアンキセス様も、トロイアの王子様ですよ」

 自分の先祖や親せきのことらしいが……いや、今のパリスには関係ない。

「あのさ、僕こんなにワイン飲めないから、ガイアさん、一緒にどう?」

 パリスは自分のカップを乳母に渡す。

「あら、いいんですか?」とガイアは素直に受ける。パリスのカップに口をつけた。

「ワインなんて久しぶり」

「良かったね。そうだ。旦那さんはどうしてる?」

 パリスはヘクトルの警告を思い出した。彼に言わせると、人妻と二人で飲むのはNGらしい。

「旦那さん? そんなものとっくの昔にいなくなりましたよ」

 パリスは安堵した。未亡人なら問題ない。とはいえ、女子の守備範囲が広いパリスでも、太った中年女と必要以上に仲良くする気はない。

「ガイアさん、もっと飲んだら? どこかにカップないかな?」

 ほろ酔い加減の若者は、部屋を歩き回り、棚に飾られた調度品に目をとめる。

「このカップ、使えそうだけど、なんでこんな風に飾ってあるんだろ?」

 片手で持つにちょうどいいカップだが、素焼きで何も絵が描かれていない。いびつで、幼い子が粘土をこねくり回して作ったみたいだ。
 稚拙な土器をアフロディテ像のように置いてあるのが、不思議だ。

 隣には、カップと同じ手のひらサイズの人形が置いてある。カップと色が同じで、同じ材質の粘土で作られたのだろうか。
 女の人形らしいが、乳房と腹と尻が異様に大きい。顔は描かれず頭はただの球体だ。率直に表現すると……不気味である。

「迫力ある女の人の像だね」

 パリスは最大限に褒め、カップと人形を手に取り、テーブルに置いた。

「ガイア様の像です。王宮にはその人形と器がいくつかあります。スパルタ王家が代々受け継いだものです」

「そうか、すごく古いんだね……うん、なんとなく立派に見える気がしてきた」

「ありがとうございます。ですから私もガイアになったのです。私に似てますよね?」

「え? まさか……いや……」

 乳母のガイアが言いたいのは、稚拙な人形が自身の体型と似ているということだろう。さすがにそこまでひどくはない。確かに太っているが、中年女ではよく見かける体型だ。

「そうだね、見た目は全然似てないけど、温かくて優しそうな感じが似てるかな?」

「パリス様、気を遣わなくていいんですよ……昔は痩せてて、たくさん男が言い寄ってきたんですけどね」

「あ、わかるなあ……いや、今だって、モテるんじゃない。目がきれいだもん」

 乳母の顔を観察する。白い肌はつやつやして皺はない。黄金の髪はまとめてあるが、垂らしたら豪華に輝くだろう。痩せれば、少々年が上でも、充分パリスの守備範囲になる。いや、こちらから全力で口説き落とすかもしれない。

「一番、私の言うこと聞いてくれそうな男を夫に選んだのですが……すべて昔のことです」

「そうか、かわいそうに……この王宮で王女様の乳母になったのは、旦那さんがなくなってから?」

「スパルタ王妃がいなくなり、私が乳母となりました」

「じゃ、ヘルミオネがあんなにかわいいのは、ガイアさんが一生懸命育てたからだ」

 アポロンの恵みで輝く青年は、極上の笑顔を乳母に見せる。途端、女は泣き出した。

「ごめん。僕、変なこと言ったかな」

「う、ううっ……わ、私、こんな、優しくされたこと、ずっとなくて……すみません……」

 パリスは乳母の頭を撫で、額にキスをした。と、女はパリスにしがみ付いてくる。

「ガイアさん、ずっとがんばってきたんだね」

 若者は、乳母を抱きしめ背中を撫でさする。
 女が落ち着いたところで身体を離し、王家代々の宝にワインを注いだ。

「かんぱ~い」

 パリスは、稚拙な造りの器に口をつける。縁が分厚いので口当たりがよくない。普段、意識していないが、食器の質も味に影響することを、若者は実感する。

「いや~、王家の秘宝で飲むワインはおいしいなあ。そうだ、こっちのガイア様も飲んでよ」

 パリスは、不気味なガイア像の頭に、ワインの入った器を寄せた。
 トロイアの美青年は、乳母ガイアに頬ずりし、額や頬にキスを繰り返す。
 二人はスパルタ王宮の夜を飲み明かした。
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