ギリシャ神話ファンタジーを書いてます ~パリスの大冒険~

さんかく ひかる

文字の大きさ
上 下
49 / 101
5 定番ですが、主人公は王子様

(16)かわいくて優しい『友達』が欲しい

しおりを挟む
 パリスは、ヘクトルの妻アンドロマケを訪ねた。彼女の侍女オイノネと親密な関係を築くため。
 しかし、パリスの障害となる男がそこにいた。

「ヘクトル……なんで?」

「俺が自分の家にいたら、おかしいか?」

 大男は膝の幼子に「お前の叔父上だぞ」と笑いかけた。
 パリスは、子供に吸い寄せられるように近づく。小さな頭をそっとなでた。

「赤ちゃんじゃないんだね」

 ヘクトルから何度も見せられたカメオには、赤子の顔が彫られていた。
「旅から戻るたびに、重くなるんだ」と、ヘクトルは顔を崩している。
 パリスは、ここまでだらしなく笑った旅の仲間を、初めて見た。
 偉そうなヘクトルは嫌いだが、こういうヘクトルは嫌いじゃない。
 となりのアンドロマケが、笑いながら立ち上がった。

「パリス様……いえ、アレクサンドロス様でしたね」

「あ、パリスの方がいいかな」

「ではパリス様。おけがされていますね。痛くありませんか?」

「あ、ちょっと痛いけど、大丈夫です」

 アンドロマケに促され、パリスは椅子に座る。

「僕、昨日、アンドロマケさんと女の子たちのお陰で楽しかったんで、お礼に笛を吹きに来たんです」

「侍女たちから、パリス様の笛は素晴らしいと聞いております。楽しみだわ」

「そ、それで……女の子たちはどうしてるかな? できればみんなに聴いてほしいな」

「ごめんなさいね。洗濯ものを取りに出払っているの」

「そうか……どうしようかな……」

 パリスはヘクトルの元にしゃがみ込み、膝の上の子供に話しかけた。

「アステュアナクス君だっけ? よく聴いてね」

 成りたての王子は、初めて会う甥に笛を聴かせた。昨晩は女子受けする切ないメロディを奏でたが、今回は子供受けするリズミカルで明るい曲を吹く。
 子供は父の膝から降りて、パリスの笛の音に合わせて手を叩き、踊りだす。
 吹き終わると、子供は「もっともっと」とせがんだ。
 七回ほど繰り返し飽きてきたパリスは、子供をひょいっと抱き上げた。

「きゃははは~、イカロスだあ~」

 アステュアナクスは、手を伸ばしパタパタと振り回す。

「うわ、暴れないで……い、いたた」

 先ほどモブの兵士に虐められ、パリスの全身は痛みから回復していない。
 ヘクトルが子供を抱き上げ「良かったな。叔父上に遊んでもらって」と頭をなでた。

「アレクサンドロス、お前は、いい父親になりそうだな」

「パリス様、ありがとうございます。この子本当に楽しそうで……あら、もうお休み?」

 アンドロマケは、夫の膝の上で眠りこけた我が子を抱いて、奥の部屋に消える。
 パリスは、苦手な男と二人きりになってしまった。

「アレクサンドロス。アンドロマケは満足したようだ。まだなにかあるのか?」

「いや、アンドロマケさんに話があって……」

「話なら俺が聞こう。大体、俺の妻になんの用だ?」

 ヘクトルに睨まれ、パリスは身を竦める。こいつには言いにくいし言いたくないが、この砦を突破しないと、目的は達成できない。

「あ、あのさあ……昨日、アンドロマケさんの女の子たちとお話して……えーと、そう友達になりたいんだ! 大きな城で友達がいないのは寂しいんだ」

「お前の言う『友達』が特殊なのはわかっているよ。よく、その辺で知り合った女と『友達』になって、一晩どこかへ消えていったよな」

 兄に下心を見透かされたパリスは、硬直した。

「確認するが『友達』はひとりでいいのか?」

 パリスは大きく頷いた。
 ヘクトルの様子だと、オイノネと『友達』になることを許してくれそうだ。が、さすがに『二人以上』と答えたら、この堅物は許可しないだろう。二人の方がより楽しめるが、贅沢は言ってられない。

「早い方がいいな。三日待てるか?」

「もちろん!」

 できれば今晩から仲良くしたいが、うるさいヘクトルが認めてくれたのだ。三日ぐらい我慢できる。

「もうひとつ確認だ。相手は、オイノネでいいんだな?」

「うん……あれ、なんで知ってるの?」

「オイノネに、友達以上のこと、しただろ?」

「あ、あれは……だれから聞いたの?」

「だれからなど、どうでもいい。お前があやしい行動をしたら、俺の耳に届く……今回もな」

「今回?」

「俺は兵士たちを鍛えていたのに、ロクでもない知らせのせいで、急いで帰ってきたんだぞ」

 では、老女が親切に王宮を案内してくれたのは……ヘクトルが戻るまでの時間稼ぎだったのか!

「そうだよ! 僕は、オイノネと仲良くしたいんだよ!」

 監視されていたことは気持ち悪いが、パリスは開き直るしかない。
 ほどなくアンドロマケが戻り、椅子に腰かけた。

「オイノネのことを、そこまで想ってくださるのね」

 パリスは照れくさそうに頭を掻いた。女主人が歓迎してくれるなら、問題なさそうだ。

「アステュアナクスは、眠ったか?」

「ええ。叔父様にたくさん遊んでもらって疲れたみたい」

「まったく、コイツのせいで仕事が進まない」

 頭を抱えたヘクトルの肩に、アンドロマケが手を添えた。

「私は嬉しかったわ。パリス様のお陰で、あなたが早く帰ってきてくださったもの」

 妻の甘ったるい言葉を耳にし、夫は顔を上げる。

「アンドロマケ……そういうことを言ってはいけない」

「ごめんなさい。嫁ぐ前から、あなたの宿命は覚悟していたけれど……すこしでも傍にいてほしくて……」

 パリスは、これ……出ていった方がいいパターンかな? と腰を浮かせる。

「だ・か・ら、そうやって喜ばせるな! 俺がおかしくなるだろ!」

 ヘクトルは、アンドロマケの顔を引き寄せ口づけた。

「あ……ダメです、ヘクトル様……パリス様がいらっしゃるのに……」

 妻は夫を押しとどめようとするが、夫は妻をきつく抱きしめる。
 人目もはばからずベタつく夫婦に、パリスはドン引きした。

 パリスは旅の間のヘクトルを思い出す。

 彼が女性に触れるのは、転んだ人を立ち上がらせるなど、必要に迫られた時だけだった。
 パリスは散々この男に背中をビシバシ叩かれたが、同じ旅仲間、ナウシカにはそんなことはしない。ヘクトルと彼女は肩を組んだこともない。たとえマッチョでも女子は女子。ヘクトルはナウシカを、彼なりに女性として尊重してきたのだろう。

 パリスは、ヘクトルから美人妻の自慢は聞かされていた。二人きりになったらイチャイチャするんだろうと思っていた。
 が、人前でもマジキスするタイプとは思っていなかった。

「えーと、じゃあ僕はこれで……」

 これ以上この部屋にいると、こいつらレーティングを逸脱しそうだ。パリスはそろそろと立ち上がり、後ずさりする。
 ヘクトルは、アンドロマケを胸に抱いたまま、去ろうとするパリスに声を掛けた。

「お前の結婚が決まって、ほっとしたよ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

貞操逆転世界の男教師

やまいし
ファンタジー
貞操逆転世界に転生した男が世界初の男性教師として働く話。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

Another World〜自衛隊 まだ見ぬ世界へ〜

華厳 秋
ファンタジー
───2025年1月1日  この日、日本国は大きな歴史の転換点を迎えた。  札幌、渋谷、博多の3箇所に突如として『異界への門』──アナザーゲート──が出現した。  渋谷に現れた『門』から、異界の軍勢が押し寄せ、無抵抗の民間人を虐殺。緊急出動した自衛隊が到着した頃には、敵軍の姿はもうなく、スクランブル交差点は無惨に殺された民間人の亡骸と血で赤く染まっていた。  この緊急事態に、日本政府は『門』内部を調査するべく自衛隊を『異界』──アナザーワールド──へと派遣する事となった。  一方地球では、日本の急激な軍備拡大や『異界』内部の資源を巡って、極東での緊張感は日に日に増して行く。  そして、自衛隊は国や国民の安全のため『門』内外問わず奮闘するのであった。 この作品は、小説家になろう様カクヨム様にも投稿しています。 この作品はフィクションです。 実在する国、団体、人物とは関係ありません。ご注意ください。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

処理中です...