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5 定番ですが、主人公は王子様
(11)憂鬱な夜を解決する方法
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「こんなつもりじゃなかったのに。王子ってもっと楽しいんじゃないの?」
パリスは寝台に腰かけ、頭を抱えていた。
二十年ぶりの親子の対面。トリファントスから不吉の子として捨てられたと聞かされたが、それでも感動で胸がつまり、泣き叫び、硬く抱き合う展開を期待していた。
王妃には泣かれた。が、彼女の腕に包まれても、パリスは当惑するだけだった。
そして王は捨てた息子に、怪物キマイラでも見るような眼差しを向けた。未来人の予言通り、パリスは不吉の子だから捨てられたのだ。
石壁に穿たれた穴から差し込む満月の光が、豪奢な部屋を照らす。パリスの寝場所は、客間から王族の部屋に移った。
彼は、羊毛が敷き詰められた柔らかな寝台に身体を横たえたが、眠れなかった。
ポツンと取り残され、さみしさが押し寄せてくる。いや、さみしさだけではない。底知れぬ大きな不安が、パリスを圧し潰そうとする。
トロイア王宮のこの部屋に案内されたとき、パリスは幸せだった。四人ものかわいい女の子が笑顔を向けてくれた。そんな毎日なら王子ってサイコーじゃん!
今ごろ、その女の子の一人、上手くいけば二人ぐらいと仲良くしていたはずなのに、だれも来てくれない……そうだ! こっちから、あの子たちを探しに行けばいいんだ!
新たな目標を得て、パリスは気力を取り戻す。大きな問題は変わらないが、今夜ぐらい楽しく過ごしたい。
部屋の入り口にはご丁寧にもヘクトルと同じ体格のごつい男が突っ立っている。
間違いなくヘクトルの仕業だ。昼間も侍女たちと楽しく遊んでたら、あいつは邪魔しやがった。
――ずるいよなあ、あいつ。部下に見張りなんて面倒な仕事押し付けて、自分は今ごろ美人妻アンドロマケさんとイチャイチャしてるに決まってるんだ!
どんな口実で部屋を出よう? ごつい親父にスーパーチャームは発動したくないが、ひとりでいるのは耐えられない……。
しかし、問題はあっさり解決する。
「パリス様、もうお休みでしょうか?」
パリスが立ち上がった途端、若い女の声が薄暗い室内に響いた。聞き覚えのあるかわいらしい声。
昼間、パリスたちを楽しませてくれた四人の侍女の一人が、部屋に入ってきた。
若者の切なる願いを叶えてくれる救いの女神の訪れ。
「やったあ! 向こうからやってきた! 神様、本当にありがとう!」
パリスは心の底から神に感謝を捧げ、さっそく行動に移した。娘の腰に手を伸ばし小さな身体をフワッと持ち上げる。
「えっ、うわ!? う、嘘? いきなり!?」
突然持ち上げられた娘は困惑するしかない。娘の困惑など構わず、パリスはいわゆるお姫様抱っこを敢行する。
この段階で、娘の顔をのぞきこむ。
「君は昼間、笛を吹いてくれた子だよね」
若者に運ばれたまま、娘はカクカクと頷いた。
「かわいいよ。名前なんていうの?」
「あ……オイノネです」
娘は縮こまって震えつつも、しっかり名を名乗った。日本の平安時代では、男が女に名を尋ねるのはプロポーズだったらしい。古代ギリシャのプロポーズ事情は知らないが、もちろん、チャラいパリスにそんなつもりはない。
「オイノネか、名前もかわいいね」
パリスは娘の身体を寝台に横たわらせた。
若い侍女が目を閉じ、身を固くして震えている。
パリスはオイノネの頬を優しく撫でて、唇をそっと触れ合わせた。続けて娘の瞼や鼻の頭にキスを繰り返す。
「オイノネは、こういうの慣れてないのかな?」
ささやきながら、パリスの腕は徐々に首から下に伸びていく。
「だ、だいじょうぶです……気にしないで……な、慣れてますから……好きにして……」
チャラ男のパリスはすぐわかった。オイノネのファーストキスを奪ったのは自分だと。
「パ、パリス様……今夜だけでいいから、お願い……私を……」
パリスは、なぜオイノネがこの部屋に来たのか理解した。彼女はパリスと親密な関係を結びたくなったようだ。四人の侍女たちはパリスをめぐって「抜け駆け禁止」協定を結んだが、そんな協定を真面目に守っていたら、幸せはやってこない。
(この子、本当に僕を……。こういう子の『今夜だけ』は嘘なんだ。『今夜だけ』が、いつの間にか『嫁にして』に変わるんだ)
いつものパリスなら、ウブで本気の女子は、額や頬にキスをしてサヨナラする。一度本気の子と遊んだら、ニンフのようにストーキングされた。もちろんナウシカにも頬のキスで終わらせたが、ヘクトルに怒鳴り込まれた。
しかしこの夜のパリスはいつもと違った。純情な乙女の貞操を奪う危険性をわかっているのに止められない。
感動の親子対面どころか、自分を汚物扱いする実の父。頼りにしていた兄は冷たく変わってしまった。
こんな夜、ひとりでいるのは嫌だ。だれかに慰めてほしい。温めてほしい。
「ああ、パリス様。私は幸せです……」
オイノネの目から一滴の涙が落ちる。パリスは娘の帯に手を伸ばした。これ以上進むと、レーティングの危機だ! その時だった。
「おーい、まだ用事終わらねーの?」
月明かりに照らされた室内に、だみ声が響き渡る。入り口で見張ってるごつい男が邪魔してきた。お約束の展開だ。
「げっ!」「あ、今、戻ります」
娘はパッと身を起こし寝台から抜け出し、パタパタと去っていった。
「なんだよ! いいところだったのに!」
パリスは頬を膨らませる。邪魔が入ったのは、ぜーったいにヘクトルの仕業に決まっている。あいつは今ごろ美人のアンドロマケさんとイチャイチャしてるくせに! ずるい! 卑怯だ!
しかしひととき、布地越しでも女の体温と匂いに包まれたためか、重苦しい気持ちはどこかへ消えた。パリスはいつの間に寝息を立てていた。
繰り返すが、この物語は全年齢設定である。これ以上進めるとレーティングに抵触するので、ご了承いただきたい。
パリスは寝台に腰かけ、頭を抱えていた。
二十年ぶりの親子の対面。トリファントスから不吉の子として捨てられたと聞かされたが、それでも感動で胸がつまり、泣き叫び、硬く抱き合う展開を期待していた。
王妃には泣かれた。が、彼女の腕に包まれても、パリスは当惑するだけだった。
そして王は捨てた息子に、怪物キマイラでも見るような眼差しを向けた。未来人の予言通り、パリスは不吉の子だから捨てられたのだ。
石壁に穿たれた穴から差し込む満月の光が、豪奢な部屋を照らす。パリスの寝場所は、客間から王族の部屋に移った。
彼は、羊毛が敷き詰められた柔らかな寝台に身体を横たえたが、眠れなかった。
ポツンと取り残され、さみしさが押し寄せてくる。いや、さみしさだけではない。底知れぬ大きな不安が、パリスを圧し潰そうとする。
トロイア王宮のこの部屋に案内されたとき、パリスは幸せだった。四人ものかわいい女の子が笑顔を向けてくれた。そんな毎日なら王子ってサイコーじゃん!
今ごろ、その女の子の一人、上手くいけば二人ぐらいと仲良くしていたはずなのに、だれも来てくれない……そうだ! こっちから、あの子たちを探しに行けばいいんだ!
新たな目標を得て、パリスは気力を取り戻す。大きな問題は変わらないが、今夜ぐらい楽しく過ごしたい。
部屋の入り口にはご丁寧にもヘクトルと同じ体格のごつい男が突っ立っている。
間違いなくヘクトルの仕業だ。昼間も侍女たちと楽しく遊んでたら、あいつは邪魔しやがった。
――ずるいよなあ、あいつ。部下に見張りなんて面倒な仕事押し付けて、自分は今ごろ美人妻アンドロマケさんとイチャイチャしてるに決まってるんだ!
どんな口実で部屋を出よう? ごつい親父にスーパーチャームは発動したくないが、ひとりでいるのは耐えられない……。
しかし、問題はあっさり解決する。
「パリス様、もうお休みでしょうか?」
パリスが立ち上がった途端、若い女の声が薄暗い室内に響いた。聞き覚えのあるかわいらしい声。
昼間、パリスたちを楽しませてくれた四人の侍女の一人が、部屋に入ってきた。
若者の切なる願いを叶えてくれる救いの女神の訪れ。
「やったあ! 向こうからやってきた! 神様、本当にありがとう!」
パリスは心の底から神に感謝を捧げ、さっそく行動に移した。娘の腰に手を伸ばし小さな身体をフワッと持ち上げる。
「えっ、うわ!? う、嘘? いきなり!?」
突然持ち上げられた娘は困惑するしかない。娘の困惑など構わず、パリスはいわゆるお姫様抱っこを敢行する。
この段階で、娘の顔をのぞきこむ。
「君は昼間、笛を吹いてくれた子だよね」
若者に運ばれたまま、娘はカクカクと頷いた。
「かわいいよ。名前なんていうの?」
「あ……オイノネです」
娘は縮こまって震えつつも、しっかり名を名乗った。日本の平安時代では、男が女に名を尋ねるのはプロポーズだったらしい。古代ギリシャのプロポーズ事情は知らないが、もちろん、チャラいパリスにそんなつもりはない。
「オイノネか、名前もかわいいね」
パリスは娘の身体を寝台に横たわらせた。
若い侍女が目を閉じ、身を固くして震えている。
パリスはオイノネの頬を優しく撫でて、唇をそっと触れ合わせた。続けて娘の瞼や鼻の頭にキスを繰り返す。
「オイノネは、こういうの慣れてないのかな?」
ささやきながら、パリスの腕は徐々に首から下に伸びていく。
「だ、だいじょうぶです……気にしないで……な、慣れてますから……好きにして……」
チャラ男のパリスはすぐわかった。オイノネのファーストキスを奪ったのは自分だと。
「パ、パリス様……今夜だけでいいから、お願い……私を……」
パリスは、なぜオイノネがこの部屋に来たのか理解した。彼女はパリスと親密な関係を結びたくなったようだ。四人の侍女たちはパリスをめぐって「抜け駆け禁止」協定を結んだが、そんな協定を真面目に守っていたら、幸せはやってこない。
(この子、本当に僕を……。こういう子の『今夜だけ』は嘘なんだ。『今夜だけ』が、いつの間にか『嫁にして』に変わるんだ)
いつものパリスなら、ウブで本気の女子は、額や頬にキスをしてサヨナラする。一度本気の子と遊んだら、ニンフのようにストーキングされた。もちろんナウシカにも頬のキスで終わらせたが、ヘクトルに怒鳴り込まれた。
しかしこの夜のパリスはいつもと違った。純情な乙女の貞操を奪う危険性をわかっているのに止められない。
感動の親子対面どころか、自分を汚物扱いする実の父。頼りにしていた兄は冷たく変わってしまった。
こんな夜、ひとりでいるのは嫌だ。だれかに慰めてほしい。温めてほしい。
「ああ、パリス様。私は幸せです……」
オイノネの目から一滴の涙が落ちる。パリスは娘の帯に手を伸ばした。これ以上進むと、レーティングの危機だ! その時だった。
「おーい、まだ用事終わらねーの?」
月明かりに照らされた室内に、だみ声が響き渡る。入り口で見張ってるごつい男が邪魔してきた。お約束の展開だ。
「げっ!」「あ、今、戻ります」
娘はパッと身を起こし寝台から抜け出し、パタパタと去っていった。
「なんだよ! いいところだったのに!」
パリスは頬を膨らませる。邪魔が入ったのは、ぜーったいにヘクトルの仕業に決まっている。あいつは今ごろ美人のアンドロマケさんとイチャイチャしてるくせに! ずるい! 卑怯だ!
しかしひととき、布地越しでも女の体温と匂いに包まれたためか、重苦しい気持ちはどこかへ消えた。パリスはいつの間に寝息を立てていた。
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