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5 定番ですが、主人公は王子様

(10)感動の親子対面なるか?

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 パリスはヘクトルに連れられ、トロイアの王と王妃に会うこととなった。
 王宮の長い廊下を進む。奥の入り口にたどり着くと、ヘクトルがピタっと止まり、パリスに「待て」と指示した。
 先にヘクトルが部屋に入る。ヒソヒソ声がパリスの耳をチクチクくすぐる。様子を知りたいが、覗いたらまたヘクトルに怒られるんだろう、と落ち着かない。

「入るがいい」

 入り口の垂れ布をペラッとめくった。
 上品な顔立ちの初老の男女が椅子に腰かけている。二人ともゆったりとした布をまとっている。裾が床まで垂れている。
 女がよろよろと立ち上がった。

「アレクサンドロス! お前、生きていたのね!」

 女はパリスにしがみついた。しがみつかれた若者はためらいつつも、女の腰に両手をゆっくりと添えた。
 男でも女でも突然しがみつかれるのは慣れている。が、いつもはもっと能天気なシチュエーションだ。
 パリスはただ困惑の中にあった。実の母かもしれない女の抱擁を受けているのに、なんの感慨も湧かない。

「母上、わかるのですか?」

 ヘクトルの静かな声にパリスの耳がビクッと震えた。いつも聞いてる旅の仲間の朗らかな声ではないし、パリスが知る親子の会話でもない。

「面差しがお前とよく似ています」

 女の声には涙が混じっている。

「父上は?」

 初老の男は座ったまま、王子に目配せする。

「母上、少し離れていただけますか?」

 ヘクトルはヘカベ王妃をもとの椅子に座らせた。

「パリス、わかるな? アポロン様からいただいた印を見せるんだ」

 アポロンの印、つまりこの場で右尻を見せろということで……。

「え! 今すぐ?」

 王らしい男が無言で頷く。
 チャラ男のパリス、知り合って間もない相手と服を脱ぎあう展開になったことは、何度かある。が、それでも前段があった。酒場で意気投合し、いつの間にか「じゃあ、二階で少し休んでく?」というパターンだ。

「あ、あのさあ、もう少しお話しして仲良くなってからじゃダメ?」

「王と王妃にとって大切なことだ」

 場の高貴な圧力に負けて、パリスは背を向け、帯をほどき、衣をはずし、右尻を見せた。
 途端、息を呑むけはいを感じる。ガタンと椅子が鳴り、サンダルがペタペタ近づいてくる。

「触れてもよろしくて?」

 女の声が背中から聞こえる。

「はい、どうぞ」

 生暖かい指になぞられる。が、それほど不快ではない。この人はヘクトルと違って、触る前にちゃんと予告してくれた。女の人の指は男と違って柔らかいというのもある。

「も、もういいかな?」

「父上もよろしいですね……パリス、戻れ」

 服を直して振りかえると、だれも幸せとは遠い深刻な表情を浮かべている。

「この男は、アレクサンドロスで間違いないのですね」

「間違うはずがありません! お腹を痛めて産んだ息子よ!」

 王妃ヘカベはポロポロと泣き出した。
 プリアモス王はゆっくり頷く。

「アレクサンドロスはなぜ死んだことにされたのですか?」

 ヘクトルは顔色を変えず、二親を促した。


「アレクサンドロスは、アポロン様から印を授かって生まれた。恵みを受けた子を二人も儲け、私もヘカベもどれほど喜んだことか」

 パリスはトロイア王の声を、初めて聞いた。

「父上、私も同じ気持ちでした」

 王が、息を吐いた。

「しかしその夜、私は、この城だけはでなくトロイアのすべてが炎に焼き尽くされる夢を見たのだ」

 ヘカベ王妃があとに続いた。

「……私も同じように、炎の夢を見ました」

「不吉な夢の意味を占い師に問うたら、アレクサンドロスこそ不吉の元凶だと言われたのだ」

「やめて! あの美しい子が不吉なんて……私は申し上げました。なら、この王宮から一歩も出さずに育てれば、と」

「ヘカベ、黙るのだ。私は思い出したのだ。アカイアのある王族の兄弟が、玉座をめぐり殺しあった話を……トロイアでは、今までそのようなことはなかった」

 造物主が知る限りでは、トロイア王族で兄弟間の殺し合いはなかった……と思う。今後「ホントはあったんだよ~」という情報が入っても、「この」トロイア物語では訂正しないで、そのまま進める。

「赤子は生まれたばかりなのに美しく、元気な泣き声を宮に響かせていた。みなに愛される王子になるだろう。特別な力を持つ王子が二人もいれば、王位をめぐって争うのではないか? と、私は考えた」

 プリアモス王は立ち上がり、ヘクトルを抱きしめた。

「ヘカベがアレクサンドロスを身ごもったころ、幼いお前はすでに剣技も乗馬も巧みで、だれもが、トロイアでもっとも偉大な王になると顔をほころばせていた」

「私は父上の足元にも及びません」

「否! 私はお前を失いたくなかった! であるから……アレクサンドロスを船乗りに託し、アカイアの地へ行かせたのだ」

 王の長子は、父の腕を振りほどいた。

「ですが、アレクサンドロスはここにいます。私とこの男の出会いは、ささやかな偶然でした。これは、アポロン様のお導きにほかなりません」

 パリスには割り込めない世界だ。トリファントスが言った通り、自分が不吉だから捨てられたのだ。未来世界の住民から教えられたときはなんとも思わなかったが、捨てた張本人から聞かされると、押しつぶされそうな気持ちになる。
 偉い王様らしいが、変な夢を見ただけで生まれたばかりの子を捨てる人なんだ、と。

「ヘクトル、私はむごいことをした。が、王として災いは避けねばならぬ」

「父上、この男が私の弟だと明かした賢者は、災いも予言しました。それを防ぐには、トロイアから、いや、この王宮から出してはなりません」

「お前は、アレクサンドロスがアカイアの王妃を誘拐すると言ったな?」

 ヘクトルは王と王妃に、トリファントスの予言をすでに伝えてある。

「この男をつぶさに観察したところ、おおいにあり得る、というのが私の結論です」

「ま、待てよ! 僕、そんなことするわけないだろ!」

 場の空気に耐えられず、パリスは初めて抵抗を見せた。
 と、ヘカベ王妃が再び立ち上がり、パリスの両頬に触れた。

「まあ、かわいらしく元気な声なのね……」

「母上、この男は幼子ではありません」

「ヘクトル、そんな怖い顔しないで……アレクサンドロス、それなら、この老婆の相手をしておくれ」

 が、王の長子は、忌々し気に首を振る。

「アレクサンドロスには、トロイアの王族としての自覚がありません。私に任せていただけませんか?」

 プリアモス王は、彼の長子に鋭い眼光を注いだ。

「ヘクトル、トロイアの運命は、お前に懸かっておる。そしてアレクサンドロスよ」

「へ?」

 初めて実の父に呼ばれ、パリスは硬直した。ヘカベ王妃はパリスの腕にもたれ掛かっている。

「なにごとも、ヘクトルに従え。くれぐれも災いをもたらすことのないように」

「な、なんだよ!」

 勝手に自分を捨てたくせに今度は災い扱いされ、パリスの怒りが収まらない。

「アレクサンドロス、『かしこまりました』だ」

「僕は災いなんかじゃ」「王の御前だぞ!」

 有無を言わせない兄の圧力に押され、仕方なしにパリスは「かしこまりました」と、人形のように返した。
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