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彼の叫びを聞く者
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小さな雑居ビルのオフィスで、中年女がため息をついた。フロアには、彼女の他に誰もいない。
「勇者なんだから、自分で何とかしたらあ?」
女は、ディスプレイのドットキャラに、ボソッとつぶやく。時代遅れのビープ音に合わせて「助けてくれ。ここから出せ」との文字が流れる。
「いーじゃない。勇者君のだーい好きな平和な世界だよ。平和のために戦ってんだよね? ずーっと平和なまま暮らせるなら、泣くことないでしょ?」
彼女は、右往左往するキャラクターに吐き捨てた。
オフィスのドアがカチャッと開く。
若い男が入ってきて、口をとがらせている中年女に近づく。
「社長。なにやってんすかあ?」
社長と呼ばれた女は、ただ一人の社員に毒づく。
「『クリスタル・クエスト』シリーズの新作を練ってるの。販売元が続き作れって!」
「クリクエは、じーさん、ばーさんに受けまくりっす。昔、遊んだゲームみたいって」
総勢二名のゲーム開発会社は、大手メーカーの受注で糊口をしのいでいる。
「あたしもばーさんだから、昔のドット絵でシンプルなRPGやりたくなったんだ。それが作ったきっかけ」
男はニヤッと親指を立てる。
「バズリましたね。シリーズ進むごとに、ゲームシステムの他、グラフィックやサウンドをパワーアップして」
「ゲームの進化を追体験できるようにしてみたんだ」
「ドット絵2Dからポリゴン3D。ビープ音からフルボイス。最新作は、VRゴーグル対応! で、次は?」
「これ以上は無理だって! だから六作目で終わりにしたんだよ! ちゃんとラスボスに『お前は二度と転生しない』って言わせたよ」
若い男は、中年女の肩を叩いた。
「社長、うちみたいな弱小メーカーで久しぶりのヒット。受注を断るなんてありえないっすよ。ダイジョーブ。死人が復活するのは、シャーロックホームズの時代からあったし」
「わかってる! だからあたし、今はやりのAI使って、勇者にゲーム作らせようとしたのに」
女は目をつりあげてディスプレイを指さす。
「こいつったら勇者のクセに、文句ばっかり! なんで現状を打破しようとしないのさ! AIなんだから自分でプログラムぐらい書けっつーの!」
男は首を傾げた。
「社長、『勇者』に何を学習させたんすか?」
「もちろん『クリスタル・クエスト』シリーズの設定資料よ。打ち合わせの議事録とかメモ、それと没ネタぜーんぶ!」
男がパチッと目を開いて、手を叩いた。
「それだ! この『勇者』クンは、社長の丸投げ体質を学習したんすね」
女が椅子から立ち上がった。
「あたしが丸投げ体質!?」
「社長って発想は面白いけど、詰め甘いんすよ。メンドーな調整、ほとんど俺に押しつけてましたよね?」
女は押し黙った。ただ一人の社員に事実を指摘されては何も言えない。
「そんな怪しい勇者AIモドキじゃなくて、チャンとしたAI使いましょうよ」
男はスマホを取りだして、自分の顔に向けた。
「『クリスタル・クエスト』シリーズの最新作、どんな話がいいと思う?」
朗々とした声で、アプリに呼びかける。
「やだ、誰に聞いてるの?」
「AIチャットボットですよ。話題になってるでしょ?」
AIが人間のように話すネットサービスは、最近、爆発的にユーザーを増やしている。
「えええ! 売り物なのに、ネットでストーリーを考えてもらうの、さすがにやばいでしょ!」
「いーからいーから、ほら出てきた」
男はスマホの画面を女に見せつけた。
******
Q『クリスタル・クエスト』シリーズの最新作、どんな話がいいと思う?
A『クリスタル・クエスト』の最新作は、夢と希望を持ったファンタジーになります。
勇者の住む村で、幼馴染が殺されました。密室殺人のトリックを、勇者は魔法使い探偵サマーと共に解き明かします。犯人は銀河皇帝パトリックでした。
勇者はサマーと旅立ち、パトリックを倒すため、敵対買収を進めます。勇者はどんな困難にも負けずに戦います。
******
「じゃ社長。クリクエ7、よろしく! 俺、デザイナーと打ち合わせ行ってくるんで」
若い男は出ていった。オフィスには中年女がひとり残された
「・・・・・・なんかさあ」
社長は項垂れた。
「AIクンのストーリー、あたしが考えるのより、ぶっ飛んでて、すごーく面白いんだけど!!!」
彼女の叫びを聞くものは誰もいなかった……この世界では。
<了>
「勇者なんだから、自分で何とかしたらあ?」
女は、ディスプレイのドットキャラに、ボソッとつぶやく。時代遅れのビープ音に合わせて「助けてくれ。ここから出せ」との文字が流れる。
「いーじゃない。勇者君のだーい好きな平和な世界だよ。平和のために戦ってんだよね? ずーっと平和なまま暮らせるなら、泣くことないでしょ?」
彼女は、右往左往するキャラクターに吐き捨てた。
オフィスのドアがカチャッと開く。
若い男が入ってきて、口をとがらせている中年女に近づく。
「社長。なにやってんすかあ?」
社長と呼ばれた女は、ただ一人の社員に毒づく。
「『クリスタル・クエスト』シリーズの新作を練ってるの。販売元が続き作れって!」
「クリクエは、じーさん、ばーさんに受けまくりっす。昔、遊んだゲームみたいって」
総勢二名のゲーム開発会社は、大手メーカーの受注で糊口をしのいでいる。
「あたしもばーさんだから、昔のドット絵でシンプルなRPGやりたくなったんだ。それが作ったきっかけ」
男はニヤッと親指を立てる。
「バズリましたね。シリーズ進むごとに、ゲームシステムの他、グラフィックやサウンドをパワーアップして」
「ゲームの進化を追体験できるようにしてみたんだ」
「ドット絵2Dからポリゴン3D。ビープ音からフルボイス。最新作は、VRゴーグル対応! で、次は?」
「これ以上は無理だって! だから六作目で終わりにしたんだよ! ちゃんとラスボスに『お前は二度と転生しない』って言わせたよ」
若い男は、中年女の肩を叩いた。
「社長、うちみたいな弱小メーカーで久しぶりのヒット。受注を断るなんてありえないっすよ。ダイジョーブ。死人が復活するのは、シャーロックホームズの時代からあったし」
「わかってる! だからあたし、今はやりのAI使って、勇者にゲーム作らせようとしたのに」
女は目をつりあげてディスプレイを指さす。
「こいつったら勇者のクセに、文句ばっかり! なんで現状を打破しようとしないのさ! AIなんだから自分でプログラムぐらい書けっつーの!」
男は首を傾げた。
「社長、『勇者』に何を学習させたんすか?」
「もちろん『クリスタル・クエスト』シリーズの設定資料よ。打ち合わせの議事録とかメモ、それと没ネタぜーんぶ!」
男がパチッと目を開いて、手を叩いた。
「それだ! この『勇者』クンは、社長の丸投げ体質を学習したんすね」
女が椅子から立ち上がった。
「あたしが丸投げ体質!?」
「社長って発想は面白いけど、詰め甘いんすよ。メンドーな調整、ほとんど俺に押しつけてましたよね?」
女は押し黙った。ただ一人の社員に事実を指摘されては何も言えない。
「そんな怪しい勇者AIモドキじゃなくて、チャンとしたAI使いましょうよ」
男はスマホを取りだして、自分の顔に向けた。
「『クリスタル・クエスト』シリーズの最新作、どんな話がいいと思う?」
朗々とした声で、アプリに呼びかける。
「やだ、誰に聞いてるの?」
「AIチャットボットですよ。話題になってるでしょ?」
AIが人間のように話すネットサービスは、最近、爆発的にユーザーを増やしている。
「えええ! 売り物なのに、ネットでストーリーを考えてもらうの、さすがにやばいでしょ!」
「いーからいーから、ほら出てきた」
男はスマホの画面を女に見せつけた。
******
Q『クリスタル・クエスト』シリーズの最新作、どんな話がいいと思う?
A『クリスタル・クエスト』の最新作は、夢と希望を持ったファンタジーになります。
勇者の住む村で、幼馴染が殺されました。密室殺人のトリックを、勇者は魔法使い探偵サマーと共に解き明かします。犯人は銀河皇帝パトリックでした。
勇者はサマーと旅立ち、パトリックを倒すため、敵対買収を進めます。勇者はどんな困難にも負けずに戦います。
******
「じゃ社長。クリクエ7、よろしく! 俺、デザイナーと打ち合わせ行ってくるんで」
若い男は出ていった。オフィスには中年女がひとり残された
「・・・・・・なんかさあ」
社長は項垂れた。
「AIクンのストーリー、あたしが考えるのより、ぶっ飛んでて、すごーく面白いんだけど!!!」
彼女の叫びを聞くものは誰もいなかった……この世界では。
<了>
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