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崩壊する世界
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少年は目覚めた。寝床から出て階段を降りる。
「おはようアイン。シチューを作っているから待っててね」
ジャガイモをナイフで切り分けている中年女が、少年に声をかけた。
「アイン。馬小屋のじいさんに、卵を届けておくれ」
昨日と同じ朝だった。
彼は馬小屋のじいさんに卵を届け、銅貨二枚をもらう。銅貨二枚を母に渡すと一枚返ってきた。昨日と同じように。
道具屋に行くとクエストを頼まれた。スライムを倒しながら森の奥に進み、薬草を手に入れる。
薬草を道具屋の親父に届けた。店を出ると夜になる。夜はどの家も鍵をかけるから、母の待つ我が家に戻るしかない。
母に促され、寝床に入る。
目が覚めると母が「おはようアイン」と呼びかける。昨日や一昨日と同じように。
毎日、同じことを繰り返した。
七回転生した勇者に、焦りの色が見え始めた。
何か見落としたことはないか?
なぜイベントが解放されない?
単調な毎日の中に、変化が出てきた。銅貨が貯まってきたのだ。スライムとの戦いを繰り返し、強くなった。
アインはまさか? と首をひねる。
この地味なクエストで溜まる銅貨は二十枚ぐらい。
武器屋の最強武器である銅の剣と、最強防具である皮の鎧を手に入れるには、銅貨四百枚を払わなければならない。
まさか最強装備を手に入れるのが、イベント解放につながるのか?
今どきそんなクソ条件ってありか?
彼はいろいろ試みた。母親と話さないで家を出る。馬小屋に卵を届けないで、森の薬草を取りに行く。
が、結局クエストをこなさないと、夜にならないのだ。
そしてついに。
念願の銅の剣と皮の鎧を手に入れたのだ。
しかし……いつも通りの朝がやってきた。
「おはようアイン。シチューを作っているから待っててね」
ジャガイモをナイフで切り分けている中年女が、少年に声をかけた。
勇者のレベルは20に達し、スライムの群れを、一撃で倒せるようになった。
彼は、世界の隅々を探した。
が、村と森以外の場所に、どうやっても進めない。
周囲が崖に阻まれているのだ。崖をよじ登ろうとしたが、岩肌を掴めない。
森の木を切り倒そうと銅の剣を振り回したが、虚しく風を切るばかり。
「どうなってんだよ!」
元勇者は、前世の日々を思い出す。
馬で草原を駆け抜けた。木々は揺れ、草は生い茂り、風の音に耳を傾け……風の音?
そういえば、この世界では風の音がしない。
音はある。ドアを開ければ「カチャ」と鳴り、階段を登れば「ゴツゴツ」と響く。
「アイン。馬小屋のじいさんに、卵を届けておくれ」
母の声に耳を傾ける……違う! 母の声ではない! 女の人間の声ではない。「ピピピピ」と、鳥のさえずりにしか聞こえない。言葉の意味はわかるのに。
母さん、ねえ? 母さんのちゃんとした声が聞きたいよ。
少年は、母の顔をじっと見つめる。
それは、肌色の四角い平面に、黒い二つの円が描かれているだけの顔だった。何の表情も読み取れない。
「うそだああああ!」
彼は家を飛び出し走り回った。
善人だった村人の顔は、みな母親と同じように肌色の四角と二つの円だけでできている。
村人も母親も、正面・後ろ・左・右の四つの顔しか持っていない。表情が死んだ四つの顔。
前世では、そうではなかった。誰も表情豊かに笑い、泣き、俯き、見上げる。人間の笑い声、馬のいななき、馬車の車軸が軋む音が、村の石畳に響き渡っていた。
石畳? 彼は地面を見ようとするが、自分の動きが制限されていることに気がついた。
前後左右にしか動けないのだ。ジャンプどころではない。
勇者は思い出した。
これは……最初に生を受けた世界そのままだということを。
始まりは、左右前後にしか動けなかった。人々は四つの顔しか持っていなかった。
次の人生では、斜めにも動けるようになった。人々はまばたきを覚え、口をパクパク動かした。
三度目で、限定的だが上下に動けるようになった。風の音や鳥のさえずりが聞こえるようになった。
四度目にて、自由自在に動けるようになり、人々は、どこから見ても表情豊かに振舞うようになった。
五度目は、戦闘時に手応えを覚え、みな人間らしく話すようになった。
そして前世では、誰もが生き生きと暮らしていたのだ。間違いなく世界は生きていた。
前世のラスボス破壊神は告げた。『世界は滅びの時を刻む宿命』と。
かつての勇者は疑念を強める。
この世界がおかしくなったのは、時の破壊神の仕業なのか?
「いやだあああ! 誰か助けてくれええ!!! こんなところに閉じ込められたくないいいい!!!」
彼の叫びを聞くものは、誰もいなかった……この世界では。
「おはようアイン。シチューを作っているから待っててね」
ジャガイモをナイフで切り分けている中年女が、少年に声をかけた。
「アイン。馬小屋のじいさんに、卵を届けておくれ」
昨日と同じ朝だった。
彼は馬小屋のじいさんに卵を届け、銅貨二枚をもらう。銅貨二枚を母に渡すと一枚返ってきた。昨日と同じように。
道具屋に行くとクエストを頼まれた。スライムを倒しながら森の奥に進み、薬草を手に入れる。
薬草を道具屋の親父に届けた。店を出ると夜になる。夜はどの家も鍵をかけるから、母の待つ我が家に戻るしかない。
母に促され、寝床に入る。
目が覚めると母が「おはようアイン」と呼びかける。昨日や一昨日と同じように。
毎日、同じことを繰り返した。
七回転生した勇者に、焦りの色が見え始めた。
何か見落としたことはないか?
なぜイベントが解放されない?
単調な毎日の中に、変化が出てきた。銅貨が貯まってきたのだ。スライムとの戦いを繰り返し、強くなった。
アインはまさか? と首をひねる。
この地味なクエストで溜まる銅貨は二十枚ぐらい。
武器屋の最強武器である銅の剣と、最強防具である皮の鎧を手に入れるには、銅貨四百枚を払わなければならない。
まさか最強装備を手に入れるのが、イベント解放につながるのか?
今どきそんなクソ条件ってありか?
彼はいろいろ試みた。母親と話さないで家を出る。馬小屋に卵を届けないで、森の薬草を取りに行く。
が、結局クエストをこなさないと、夜にならないのだ。
そしてついに。
念願の銅の剣と皮の鎧を手に入れたのだ。
しかし……いつも通りの朝がやってきた。
「おはようアイン。シチューを作っているから待っててね」
ジャガイモをナイフで切り分けている中年女が、少年に声をかけた。
勇者のレベルは20に達し、スライムの群れを、一撃で倒せるようになった。
彼は、世界の隅々を探した。
が、村と森以外の場所に、どうやっても進めない。
周囲が崖に阻まれているのだ。崖をよじ登ろうとしたが、岩肌を掴めない。
森の木を切り倒そうと銅の剣を振り回したが、虚しく風を切るばかり。
「どうなってんだよ!」
元勇者は、前世の日々を思い出す。
馬で草原を駆け抜けた。木々は揺れ、草は生い茂り、風の音に耳を傾け……風の音?
そういえば、この世界では風の音がしない。
音はある。ドアを開ければ「カチャ」と鳴り、階段を登れば「ゴツゴツ」と響く。
「アイン。馬小屋のじいさんに、卵を届けておくれ」
母の声に耳を傾ける……違う! 母の声ではない! 女の人間の声ではない。「ピピピピ」と、鳥のさえずりにしか聞こえない。言葉の意味はわかるのに。
母さん、ねえ? 母さんのちゃんとした声が聞きたいよ。
少年は、母の顔をじっと見つめる。
それは、肌色の四角い平面に、黒い二つの円が描かれているだけの顔だった。何の表情も読み取れない。
「うそだああああ!」
彼は家を飛び出し走り回った。
善人だった村人の顔は、みな母親と同じように肌色の四角と二つの円だけでできている。
村人も母親も、正面・後ろ・左・右の四つの顔しか持っていない。表情が死んだ四つの顔。
前世では、そうではなかった。誰も表情豊かに笑い、泣き、俯き、見上げる。人間の笑い声、馬のいななき、馬車の車軸が軋む音が、村の石畳に響き渡っていた。
石畳? 彼は地面を見ようとするが、自分の動きが制限されていることに気がついた。
前後左右にしか動けないのだ。ジャンプどころではない。
勇者は思い出した。
これは……最初に生を受けた世界そのままだということを。
始まりは、左右前後にしか動けなかった。人々は四つの顔しか持っていなかった。
次の人生では、斜めにも動けるようになった。人々はまばたきを覚え、口をパクパク動かした。
三度目で、限定的だが上下に動けるようになった。風の音や鳥のさえずりが聞こえるようになった。
四度目にて、自由自在に動けるようになり、人々は、どこから見ても表情豊かに振舞うようになった。
五度目は、戦闘時に手応えを覚え、みな人間らしく話すようになった。
そして前世では、誰もが生き生きと暮らしていたのだ。間違いなく世界は生きていた。
前世のラスボス破壊神は告げた。『世界は滅びの時を刻む宿命』と。
かつての勇者は疑念を強める。
この世界がおかしくなったのは、時の破壊神の仕業なのか?
「いやだあああ! 誰か助けてくれええ!!! こんなところに閉じ込められたくないいいい!!!」
彼の叫びを聞くものは、誰もいなかった……この世界では。
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