勇者が七回目に転生した世界は、静かに壊れていました。犯人は、前世で倒した破壊神に違いありません。

さんかく ひかる

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最初のクエスト

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 覚醒した勇者は、平和な村を回った。イベントを解放するために。
 教会、村長宅、武器屋を訪れるが、何も頼まれなかった。そこで道具屋のドアを開けた。

「よお、アインはいつも元気だな~。ちょっと頼みがあるんだよ」

 少年が道具屋に入るなり、店主の親父が声をかけた。

「薬草が切れちゃってね。取りに行ってくれねーか?」

 待ち望んでいたクエストが発生した。

「薬草は森の奥に生えてるぞ。俺は足をくじいて行けねーんだ」

 返事はもちろん「はい」に決まっている。

「そうそう森は危ない。これで武器屋に行って支度してきな」

 道具屋の親父は、アインに銅貨を十枚渡した。


 少年の所持金は、銅貨十一枚となった。武器屋には銅の剣や皮の鎧が売っているが、とても手が出ない。
 クエストをこなしモンスターを倒し銅貨を貯めれば、いずれ買えるだろう。その時が楽しみだ、と少年はワクワクし、木の棒を購入した。
 何か変化がないかと確認するため、家に戻り母親に声をかけた。

「森に行くのね。危ないからこれを持っていきなさい」

 母親からゆで卵を三個渡された。これで魔物にやられたとき体力が回復できる。イベントが発生したら、都度、重要ポイントを回るべき。勇者の冒険には欠かせない技だ。

 うっそうとした森の中を歩く。と、茂みの奥から、ソイツがピョーンと現れた。

「スライムだ!」

 水色に輝くジェルの塊が、少年の脚に絡みついてきた。スライムは酸性なのか、脚がヒリヒリしてくる。

「あっちへ行け!」

 アインは、木の棒をまとわりつくスライムに何度も刺した。スライムは少しずつ崩れ形を保てなくなり、五度目の攻撃で空気に溶けて消滅した。戦いの後、地面に銅貨一枚が落ちていた。
 スライムの攻撃でふくらはぎが真っ赤に腫れたが、敵を一体倒したことで、力がみなぎってきた。
 うん。最初の戦闘はこんなもんだ。
 少年は森の奥に脚を踏み入れ、前世、最後の戦いを思い出す。


 六度目のラスボス、時の破壊神はメチャクチャ強かった。
 時間の神だけあり、倒しても時を巻き戻して復活する。
 勇者であった彼は、天空神から授けられた始まりの鏡をかざした。鏡で破壊神の時間魔法を跳ね返し、邪悪なる神を時空の彼方に封じ込めたのだ。


「本当に大変だったよな~。大ジャンプして奴の頭上から剣を振り下ろしたんだ」

 ふと思い立って、アインはジャンプをした。いや、試みた。地面から高く浮き上がれないのだ。
 普通に歩いたり走ったりはできる。が、高く飛び上がろうとすると、地面に貼り付けられているかのように、どうにもならない。

「そうか。ジャンプもスキルポイントを貯めないと、取得できないんだな」

 今はコツコツと経験値を貯める時だ。アインは、水色やオレンジ色のスライムを倒して進み、泉にたどり着いた。
 ここで小ボスの大ガラスぐらい現れるかと思ったが、そんなことはなかった。
 泉のほとりに生えている薬草を手に入れた。
 最初のクエストとはいえ、あまりにあっさりしている。

「いや、ひょっとするとこのパターン……」

 アインの脳裏に、よくあるケースが浮かび上がる。
 勇者になる予定の少年が、ちょっとしたお使いで村を留守にしている間……村が魔王軍に焼き討ちされるのだ。

「ど、どーしよう……いきなりそうなったら」

 彼は、焦燥感に駆られ、家路を急いだ。
 そうなったら……絶対に許さない! 村に平和を取り戻すため、僕は戦うんだ!


 しかしアインの悲壮な決意もむなしく、いつもの通り村は平和なままだった。
 道具屋の親父に薬草を届けてクエストは完了した。
 店から出ると、あたりは真っ暗で、村の家屋から漏れる灯りが地面を照らしている。

 家に戻ると母がアインを迎え入れ「今日は遅いから、もう寝なさい」と、促す。
 二階の自室で彼は寝床についた。

「さすがに初日からヘビーな展開にはならないか。明日から楽しみだな」

 少年は、前世との戦いをまた思い出した。破壊神の最後を。

『勇者よ。余を消滅させて得意になっているだろうが、もう遅い。世界は滅びの時を刻む宿命だ。お前は二度と、転生することはあるまい……』

 時間を操るあのラスボスは、カッコよかったなあ。この七度目の転生は、もっともっと強いボスに決まっている。
 アインはニマニマしながら眠りに落ちた。
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