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4章 カリマとエリオン

40 連れ去られた勇者たちの師匠

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 エリオンのもとに再び七人の勇者が集結し、ついにネクロザールの本拠地エレアに乗り込んだ。
 エレアの人々はエリオンの説得に心打たれ、次々と魔王に反旗を翻した。

 三年が経ち、魔王城はエリオンたちに取り囲まれ、ネクロザールの命は風前の灯火となった。
 勇者たちは魔王城がよく見える丘の上に陣を張った。エリオンは、しばらく城の情勢を見守り待機せよと指示し、十日が過ぎる。
 風が静かに吹き抜ける。

「いつまで待てばいいのだ!」

 セオドアは苛立たしげに剣を振り回す。
 城を偵察していたホアキンが戻ってきた。

「魔王城から多くの兵士が投降したよ。先日は、たくさんの可愛い女の子やじいさんたちが城から出ていったし……もうすぐ終わりさ」

 ニコスは重々しく首を上げた。

「敗北を悟ったネクロザールは、自決するかもしれぬ」

 セオドアは目を剥く。

「それだけは許せぬ! あやつに名誉ある死を与えてはならぬ! この剣の贄にして、跡形もなく切り刻んでやる!」

 十六歳になった魔法使いジュゼッペは、年長者の苛立ちに耳を貸さず、陣地の草むらに生えている紫色の花を見つめていた。
 カリマは、すっかり自分の背丈を追い越したジュゼッペを見上げ、笑いかけた。

「アザミの花だね。トゲがなければいいのに」

 ジュゼッペは花を人差し指で軽くつついた。と、見る見るうちに花も茎も氷の結晶で覆われた。

「はい、カリマ姉ちゃん。ちょっと冷たいけど、これでトゲも痛くないよ」

 魔法使いの少年は、凍り付いたアザミの花をカリマに差し出した。

「ジュゼッペの氷の魔法は、こんなことにも使えるんだ……キラキラ光ってきれい……へえ、魔法の氷って融けないんだね」

「時間が経てば融けるけど、普通の氷より長持ちするんだ」

「この魔法も竜にお願いしたの?」

 少年が笑い、カリマも笑う。
 見つめあう二人に、エリオンが近づいてきた。

「ジュゼッペよ。わかるな? お前の氷の魔法しかないのだ」

「うん先生。だから僕、いつも練習しているよ」

 魔法使いの少年は、カリマが手にした氷の花に顔を向けた。

「すごいよね。ジュゼッペ君は」

 女勇者は、史師に凍り付いたアザミの花を渡す。

「なるほど。こうすれば花はいつまでも美しい……しかし……」

 エリオンの手のひらで氷はあっという間に融け、アザミの花びらが空気にさらされた。
 少年は目を輝かせる。

「僕の魔法を解呪できるのは、先生だけだよ!」

 エリオンは、氷から解き放たれた紫の花をじっと見つめる。

「カリマよ。もうトゲはない」

 弓名人は、師匠から渡された花の茎を、指でそっとなぞった。

「本当だ! 全然チクチクしない! エリオン様って、できないことないでしょ?」

「残念ながら、私は花を育てることはできない。昔、よく枯らしていた」

 カリマはクスッと笑う。

「へー、エリオン様にも苦手なことってあるんだ」

「情けないことだが、真実の願いは叶わぬものだ」

 エリオンは、寂しげな微笑みを残し、セオドア達のもとへ去っていった。
 カリマは顔を覗きこむ。

「エリオン様は、魔法使いじゃないの?」

「うん……竜は見えないって、先生言ってたから……え?」

 少年は言葉を止め、天の一点を見つめ瞬きを繰り返す。
 カリマが長年の旅で学んだことだが、今、ジュゼッペは竜と話しているのだ。

「どう? 竜は、先生のこと何か言ってた?」

「うん。竜は、先生を心配してるよ」

 冗談のつもりでカリマは聞いたのに、ジュゼッペに真顔で返された。

 竜がエリオンを心配?

 カリマがエリオンと出会って七年が経った。彼女がネクロザールに敵意を持つ理由や、勇者たちと会う前の過去など、なにひとつ知らない。
 わかったことは、ただひとつ。エリオンがただの女ではない、ということ。

 そして。
 白馬に乗った騎士が現れ、エリオンを魔王城へ連れ去った。


 カリマは、いつまで経っても戻らぬエリオンの身を、案ずるばかり。
 セオドアは「師は、奇跡を起こす!」と仲間を励ますが、励ましはカリマの胸に届かない。

 はじめ勇者たちは、一人で行くエリオンを引き留めた。しかしエリオンが言葉を発した途端、男たちは賛同に転じたのだ。

(あのときエリオン様は、不思議な力を使ったんだ。でも、でも……)

 男の勇者たちは知らないが、エリオンは女性だ。
 女一人で魔王の元に赴けば、何をされるかわかったものではない。いくらエリオンが普通の人間ではなくても、相手は魔王だ。

(お願い! 無事に帰ってきて)

 勇者たちの師匠が戻らぬまま、夜が明けた。


 朝日を浴びて輝く魔王城から、小さな人影が現れた。人影は次第に大きくなり、陣地に近づいてくる。
 長いローブをまとった人は、エリオンに間違いない。彼女を連れ去った白馬も騎士もいない。
 勇者たちは歓声を上げて駆け寄った。真っ先にカリマが師に抱きつく。

「エリオン様! 平気? 大丈夫?」

「すまぬ。私の力では、あの者の心根を変えることはできなかった」

「謝るなよ! あたしはエリオン様が戻っただけでいいんだ!」

 男たちは二人を凝視し、師の言葉を待った。
 エリオンは、カリマの肩を抱き寄せ勇者たちに告げた。

「ネクロザールは、お前たちと話したいそうだ」


 セオドアが剣を振りかざした。

「話すことなどない! 奴は、この剣で地獄に送るのみ!」

 他の勇者も次々に異議を唱えた。エリオンに最も忠実なニコスも、眉を寄せた。

「師の慈しみの力でも変わらなかった魔王に、凡俗に過ぎぬ我らの言葉が届きましょうか?」

 勇者たちの師は、悲し気に眉を寄せる。

「あの者は、自らの終わりを知っている。ただ、次を託すお前たちの人となりが気がかりだそうだ」

 ホアキンが鼻で笑った。

「へー、あたしはろくな男じゃないけど、あんな奴に心配されるほど、落ちぶれちゃいないよ」

「ホアキンよ。お前の言うことはもっともだ。しかし、ネクロザールがこの世に未練を残し地獄に赴けば……この世界は魔王の怨嗟に覆い尽くされる」

 エリオンはカリマから離れ、両腕を挙げた。

「ゴンドレシアの民を苦しめた魔王は地獄に行くであろう。しかし私は、たとえ魔王であろうと、最後の望みは叶えてやりたい」

 途端に男たちは、顔を綻ばせる。

「このニコス! どこまでも師に着いてまいります。魔王にすら慈悲を注ぐ師の温情。我らには計り知ることができません」

 誰もが意気を上げた。
 いや、カリマひとりが顔を曇らせる。

「エリオン様、大丈夫? 罠じゃないの?」

「案ずるな。ここまで戦ってきたお前たちなら、どのような罠でも潜り抜けよう」

 勇者たちの師匠は、魔法使いの少年の肩に手を添えた。

「戦いとなれば、私がネクロザールの注意を惹きつける。ジュゼッペ、その隙に、お前の氷の魔法でネクロザールを封じ込めよ」

 セオドアが剣の柄を握りしめる。

「出来得るなら、私が魔王にとどめを刺したいのですが」

「ならぬ!」

 エリオンは激しく振りかぶった。

「魔王の身は氷で封じ込めるしかない。邪悪なあの者の気が、ゴンドレシア中に広がってもよいのか? そこから第二の魔王が生まれようぞ!」

 ニコスがセオドアの肩を叩く。

「お主の気持ちはよくわかる。が、魔王を恨む者はお主だけではない。ここは師に従おうではないか」

 セオドアは「わかってはいるのだ」と、唇を噛み締めた。カリマは首をかしげた。

(ジュゼッペの氷の魔法で本当に魔王の体を閉じ込められるの? セオドアの剣の方が確実じゃない?)

 大きな魔法の発動には、時間と集中が必要だ。一方、セオドアなら敵の隙を見逃さず、瞬時に息の根を止められる。
 魔王が隙を見せるか心もとないが、年少のジュゼッペだけに魔王の最期を託すのは、もっと不安だ。
 カリマはセオドアが嫌いだが、彼の実力は認めていた。

「カリマ、恐れることはない」

 不意にエリオンに顔を覗き込まれた。緑色に輝く二つの光。この光に照らされれば、悩みも苦しみも溶かされてしまう。
 ジュゼッペの氷の魔法で魔王にとどめを刺す。何も心配することはない。

「大丈夫! ここまで来たんだ。あたしはエリオン様を信じるよ!」

 ふとカリマは思い出した。聖王アトレウスの古都で、邪悪な壁画を破壊したことを。

(あの時わけもなく悲しくなって……でも、エリオン様のきれいな目を見ると、不思議と元気になれるんだ)

 今となっては、悲しさの理由は思い出せない。
 勇者たちは、魔王の城へ進みはじめた。
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