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4章 カリマとエリオン
34 それぞれの悲しみ
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魔王討伐隊の八人は、刺客に警戒し聖王アトレウスの古都を目指す。
カリマは、セオドアの壮絶な過去を知らされた。他の戦士達も同じように、悲しい想いを胸に抱き、この道を進んでいるのだ。
次の野宿では、セオドアと魔法使いの少年ジュゼッペが番をし、残りは火を囲み、カリマが仕留めた猪を食することとなった。
「カッリマちゃんのお陰で、今夜はご馳走よ!」
ホアキンが少女の赤毛をクシャクシャとかき混ぜる。
「へへ、あたし、これぐらいしか役立てないから」
今日も刺客に襲われたが、六人の男戦士が難なく敵を撃退し、カリマは戦いにあまり貢献できなかった。
「なーに言ってんのよ! 食べるって一番大切なの。いくら強くても食べなきゃ戦えないもの」
フランツ老人が同調する。
「お嬢ちゃんのお陰で旅の楽しみが増えた。毎日乾パンでは、やりきれんからのう」
大男のセルゲイは「うまい、うまい」と肉にしゃぶりつく。
槍のニコスはこの話に乗らず、となりのエリオンに尋ねた。
「師匠、セオドアがカリマ殿に話したことを、我らも告げたほうがよろしいでしょうか? 師の心を一つにとの教え、もっともと存じます」
エリオンは優しく微笑む。
「カリマ殿。面白くない話だが、聞いてもらえるか」
少女は唾を飲み込み、ニコスの眼を見つめた。
「私はかつてアルゴスの領主に仕えていた。孤児の私を領主は、親代わりに育ててくれた」
ニコスの主、アルゴスの領主はネクロザールからの過酷な税に苦しむも、涙ながらに領民に訴え、穀物を徴収した。領民も領主の心を知っていたから、少ない収穫物を惜しみなく差し出した。
しかし、ネクロザールの役人はついに「聖妃様を復活させるための生贄」として幼子と美女を要求する。
「主君は、聖王の生まれ変わりには逆らえないと、生贄をさし出した……よりによってご自身の奥方と幼い姫を」
「ひっ!」
カリマは顔を覆った。
「私も他の家臣も主君を責めた。奥方と姫君を犠牲にするぐらいなら戦うべきだったと。すると我がアルゴスの領主は……城の塔から身を投げ出したのだ」
領主を失ったアルゴス領は、ネクロザールの直轄地となった。
「主君を死なせ絶望の淵をさまよっていた私に、師は希望を与えてくれた。ネクロザールは、聖王の生まれ変わりではないと断じてくれたのだ。おかげで私は、主君の無念を晴らそうと立ち上がれたのだ」
中年男の恍惚の表情から、エリオンへの忠誠心が伝わってくる。
少女の目から涙が落ちた。
「カリマちゃん、いい子だね」
ホアキンがそっと温かい滴を拭う。
「あたしは悪いけど、泣ける話じゃないよ。だらしない男の自業自得ってだけ」
いつもの笑顔を崩さず、短剣使いは語った。
お調子者のホアキンは、鉱石を扱う豪商の息子だった。
彼は酒場に出入りし女たちと遊び惚けていた。商売を覚えろと両親に叱られるが、のらりくらりと逃げ回っていた。
しかし、統一王ネクロザールの役人はホアキンの父に、鉱石をただ同然の価格で買い叩こうと圧力をかけた。
「あたしさあ、その時は知らなかったけど、親父は冗談じゃない! って断ったらしいんだ」
彼の父が役人の要請を拒んだのは価格だけではなかった。富豪の扱う鉱石が、王軍が周辺諸国を攻める武器に変わると、知っていたからだ。
「そしたらさあ、統一王の命令に逆らったと親父殿は処刑され全財産没収。お袋も後を追って逝っちゃったってわけ」
両親に先立たれた元富豪の息子は、酒場の周りをうろつく乞食となった。
「なっさけないよねー。親父殿がそんなに大変だったなんて、ぜーんぜんあたし、知らなかったの」
カリマはただただ首を横に振るばかり。
「そんなあたしにエリオン様は、優しくしてくれた。あたしが苦しいのは、ネクロザールの圧政が元だって。あれが聖王の生まれ変わりと嘘つくからだって、教えてくれたんだ」
調子のいい男は、辛い思いを胸に秘めていたのか。
「ホアキン! 全然自業自得じゃないって!」
「ありがとうカリマちゃん。あたしね、あなたが仲間になってくれて、こんな嬉しいことないんだよ」
細身の短剣使いが少女の赤毛をそっとなぜる。
フランツとセルゲイも頷いた。
力持ちのセルゲイは、言葉をほとんど話さないが、ポツポツとエリオンとの出会いを語ってくれた。わかりにくいところは、ホアキンが補ってくれた。
人のいいセルゲイはその怪力を利用され、王軍の兵士として活躍した。煽てに弱い彼は、喜々として力を発揮し進軍する。
しかし彼は、王の代官より、貧しい女や老人から財物を取り上げるよう命ぜられ苦しみ、王軍を抜け出す。脱走兵となったセルゲイはエリオンと出会い、ネクロザールが正義の王ではないと知らされ、苦悩から解放された。
鍛冶屋のフランツ老人も魔王軍に利用された。彼は、娘一家を魔王の代官の人質に取られた。やむを得ず王軍のため、剣や槍といった武器を作って提供する。
フランツが良心に耐えかね武具の製作を拒むと、娘一家は殺された。
絶望のフランツ老人を救ったのが、エリオンだった。
「ジュゼッペ君も小さいのにひどい目にあったんだね」
仲間の悲しい過去を聞かされたカリマは、ここにいない魔法使いの少年を案ずる。
エリオンが悲し気にカリマを見つめた。
「ジュゼッペはまだ幼い。彼が語るまで待ってくれないか?」
「もちろんだよ、エリオン様」
誰も問いには答えないということで、少女は事情を察した。
まだ九歳の子供なのにこの仲間に加わっているということは……魔王軍に両親を殺されたのだろう。
この夜も、カリマとエリオンは身を寄せて草むらに横たわる。
「あたしは姉ちゃんが殺されて悔しくて悲しかったけど、ここのみんなは、もっともっと悲しいよね」
エリオンの長い指がカリマの頬をなぜる。
「悲しみは人それぞれで比べるものではない。お前が愛する姉を失った悲しみは、お前だけのものだ。誰もその悲しみを変わってやることはできない。泣きたいときに泣けばよい」
「へへ。ありがと、エリオン様」
「勇ましい男は恋に嘆く者をあざ笑う。しかし恋しい者に想いを拒まれることも、悲しみには変わらないのだ」
恋?
世界を救おうと戦士たちを率いる師匠には、似つかわしくない言葉だ。
「へー意外だなあ。エリオン様が恋なんて」
「おかしいか? 恋は、人と人を結びつける聖なる力と思うが」
暗がりの中でも光る緑色の眼。
「うーん、エリオン様が誰かを好きになるって、考えられないもん」
「はは、それはひどいな。私だって人間だ」
カリマは、この美青年が好みそうな女性像を、なんとか思い浮かべる。
「そうだね。エリオン様も、姉ちゃんみたいな人なら好きになるかも……編み物も機織りも上手で美人で、村中の男たち、みーんな姉ちゃんが大好きで、お嫁さんにしたくて……」
ラサ村を今守っている幼馴染マルセルも、そんな男たちの一人だった。
非の打ち所がない姉が、なぜ殺されなければならなかった?
「ご、ごめん、エリオン様……あたし……」
シャルロットは親子三人でもっともっと幸せになるはずだった。彼女が聖王と聖妃の元に召されるのは何十年もあとのはずだった。
リュシアンとの間に生まれた大勢の子供たちと孫たちに囲まれ、静かに眠る……そのような終わり方に相応しい女性だった。
静かな涙をこらえるカリマを、エリオンはそっと抱き寄せた。
カリマは、セオドアの壮絶な過去を知らされた。他の戦士達も同じように、悲しい想いを胸に抱き、この道を進んでいるのだ。
次の野宿では、セオドアと魔法使いの少年ジュゼッペが番をし、残りは火を囲み、カリマが仕留めた猪を食することとなった。
「カッリマちゃんのお陰で、今夜はご馳走よ!」
ホアキンが少女の赤毛をクシャクシャとかき混ぜる。
「へへ、あたし、これぐらいしか役立てないから」
今日も刺客に襲われたが、六人の男戦士が難なく敵を撃退し、カリマは戦いにあまり貢献できなかった。
「なーに言ってんのよ! 食べるって一番大切なの。いくら強くても食べなきゃ戦えないもの」
フランツ老人が同調する。
「お嬢ちゃんのお陰で旅の楽しみが増えた。毎日乾パンでは、やりきれんからのう」
大男のセルゲイは「うまい、うまい」と肉にしゃぶりつく。
槍のニコスはこの話に乗らず、となりのエリオンに尋ねた。
「師匠、セオドアがカリマ殿に話したことを、我らも告げたほうがよろしいでしょうか? 師の心を一つにとの教え、もっともと存じます」
エリオンは優しく微笑む。
「カリマ殿。面白くない話だが、聞いてもらえるか」
少女は唾を飲み込み、ニコスの眼を見つめた。
「私はかつてアルゴスの領主に仕えていた。孤児の私を領主は、親代わりに育ててくれた」
ニコスの主、アルゴスの領主はネクロザールからの過酷な税に苦しむも、涙ながらに領民に訴え、穀物を徴収した。領民も領主の心を知っていたから、少ない収穫物を惜しみなく差し出した。
しかし、ネクロザールの役人はついに「聖妃様を復活させるための生贄」として幼子と美女を要求する。
「主君は、聖王の生まれ変わりには逆らえないと、生贄をさし出した……よりによってご自身の奥方と幼い姫を」
「ひっ!」
カリマは顔を覆った。
「私も他の家臣も主君を責めた。奥方と姫君を犠牲にするぐらいなら戦うべきだったと。すると我がアルゴスの領主は……城の塔から身を投げ出したのだ」
領主を失ったアルゴス領は、ネクロザールの直轄地となった。
「主君を死なせ絶望の淵をさまよっていた私に、師は希望を与えてくれた。ネクロザールは、聖王の生まれ変わりではないと断じてくれたのだ。おかげで私は、主君の無念を晴らそうと立ち上がれたのだ」
中年男の恍惚の表情から、エリオンへの忠誠心が伝わってくる。
少女の目から涙が落ちた。
「カリマちゃん、いい子だね」
ホアキンがそっと温かい滴を拭う。
「あたしは悪いけど、泣ける話じゃないよ。だらしない男の自業自得ってだけ」
いつもの笑顔を崩さず、短剣使いは語った。
お調子者のホアキンは、鉱石を扱う豪商の息子だった。
彼は酒場に出入りし女たちと遊び惚けていた。商売を覚えろと両親に叱られるが、のらりくらりと逃げ回っていた。
しかし、統一王ネクロザールの役人はホアキンの父に、鉱石をただ同然の価格で買い叩こうと圧力をかけた。
「あたしさあ、その時は知らなかったけど、親父は冗談じゃない! って断ったらしいんだ」
彼の父が役人の要請を拒んだのは価格だけではなかった。富豪の扱う鉱石が、王軍が周辺諸国を攻める武器に変わると、知っていたからだ。
「そしたらさあ、統一王の命令に逆らったと親父殿は処刑され全財産没収。お袋も後を追って逝っちゃったってわけ」
両親に先立たれた元富豪の息子は、酒場の周りをうろつく乞食となった。
「なっさけないよねー。親父殿がそんなに大変だったなんて、ぜーんぜんあたし、知らなかったの」
カリマはただただ首を横に振るばかり。
「そんなあたしにエリオン様は、優しくしてくれた。あたしが苦しいのは、ネクロザールの圧政が元だって。あれが聖王の生まれ変わりと嘘つくからだって、教えてくれたんだ」
調子のいい男は、辛い思いを胸に秘めていたのか。
「ホアキン! 全然自業自得じゃないって!」
「ありがとうカリマちゃん。あたしね、あなたが仲間になってくれて、こんな嬉しいことないんだよ」
細身の短剣使いが少女の赤毛をそっとなぜる。
フランツとセルゲイも頷いた。
力持ちのセルゲイは、言葉をほとんど話さないが、ポツポツとエリオンとの出会いを語ってくれた。わかりにくいところは、ホアキンが補ってくれた。
人のいいセルゲイはその怪力を利用され、王軍の兵士として活躍した。煽てに弱い彼は、喜々として力を発揮し進軍する。
しかし彼は、王の代官より、貧しい女や老人から財物を取り上げるよう命ぜられ苦しみ、王軍を抜け出す。脱走兵となったセルゲイはエリオンと出会い、ネクロザールが正義の王ではないと知らされ、苦悩から解放された。
鍛冶屋のフランツ老人も魔王軍に利用された。彼は、娘一家を魔王の代官の人質に取られた。やむを得ず王軍のため、剣や槍といった武器を作って提供する。
フランツが良心に耐えかね武具の製作を拒むと、娘一家は殺された。
絶望のフランツ老人を救ったのが、エリオンだった。
「ジュゼッペ君も小さいのにひどい目にあったんだね」
仲間の悲しい過去を聞かされたカリマは、ここにいない魔法使いの少年を案ずる。
エリオンが悲し気にカリマを見つめた。
「ジュゼッペはまだ幼い。彼が語るまで待ってくれないか?」
「もちろんだよ、エリオン様」
誰も問いには答えないということで、少女は事情を察した。
まだ九歳の子供なのにこの仲間に加わっているということは……魔王軍に両親を殺されたのだろう。
この夜も、カリマとエリオンは身を寄せて草むらに横たわる。
「あたしは姉ちゃんが殺されて悔しくて悲しかったけど、ここのみんなは、もっともっと悲しいよね」
エリオンの長い指がカリマの頬をなぜる。
「悲しみは人それぞれで比べるものではない。お前が愛する姉を失った悲しみは、お前だけのものだ。誰もその悲しみを変わってやることはできない。泣きたいときに泣けばよい」
「へへ。ありがと、エリオン様」
「勇ましい男は恋に嘆く者をあざ笑う。しかし恋しい者に想いを拒まれることも、悲しみには変わらないのだ」
恋?
世界を救おうと戦士たちを率いる師匠には、似つかわしくない言葉だ。
「へー意外だなあ。エリオン様が恋なんて」
「おかしいか? 恋は、人と人を結びつける聖なる力と思うが」
暗がりの中でも光る緑色の眼。
「うーん、エリオン様が誰かを好きになるって、考えられないもん」
「はは、それはひどいな。私だって人間だ」
カリマは、この美青年が好みそうな女性像を、なんとか思い浮かべる。
「そうだね。エリオン様も、姉ちゃんみたいな人なら好きになるかも……編み物も機織りも上手で美人で、村中の男たち、みーんな姉ちゃんが大好きで、お嫁さんにしたくて……」
ラサ村を今守っている幼馴染マルセルも、そんな男たちの一人だった。
非の打ち所がない姉が、なぜ殺されなければならなかった?
「ご、ごめん、エリオン様……あたし……」
シャルロットは親子三人でもっともっと幸せになるはずだった。彼女が聖王と聖妃の元に召されるのは何十年もあとのはずだった。
リュシアンとの間に生まれた大勢の子供たちと孫たちに囲まれ、静かに眠る……そのような終わり方に相応しい女性だった。
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