上 下
35 / 49
4章 カリマとエリオン

33 誇り高い剣士の過去

しおりを挟む
 夜になり、一行は、開けた草むらで野宿をすることになった。大男のセルゲイとフランツ老人が見張りに立った。
 エリオンと残りの戦士たちは火を囲み、昼間の戦闘について語り合う。
 カリマは膝を抱えしゃがみ込み、男たちの話し合いに耳を傾けていた。

 旅人は、エリオンを狙う刺客だった。
 刺客はカリマの名を知っており、弓を習いたいと持ちかけた。彼らは前もって戦士たちの様子を探り、新入りのカリマなら容易く人質にできると踏んだのだろう。

「あ、あのお、エリオン様って、狙われてるの? ネクロザールを倒そうとしているから?」

 おずおずとカリマは切り出す。途端、剣士セオドアは目を吊り上げた。

「女! そんなことも分からず、よくも我らに加わったな!」

 ホアキンが、口を尖らせた。

「セオドア、そんな言い方ないんじゃないの? こんな女の子が、あたし達の仲間になってくれたのよ。ほらほらカッリマちゃーん、落ち込まないの!」

 ホアキンに、赤毛をクシャクシャかき回され、カリマは力なく微笑み返した。マルセルに慰められたことを思い出す。

「ホアキンよ、女だからといって甘やかすな」

 狩人の少女は口を引き締めた。

「今回はあたしが悪かったよ。でも、本当に普通の旅人のときもあるよね? あたし気をつけるから、敵とわかってから戦うんじゃ駄目?」

「先ほどお前は、それでは遅いと身を持って知ったではないか! 仮に間違って殺めたとしても、師を失うことに比べれば、いかほどのものか」

「そ、それはないんじゃない? 間違いで人を殺したら、魔王と一緒だよ!」

 カリマは立ち上がり、セオドアのチュニクの胸元を掴んだ。
 ホアキンは慌ててカリマをセオドアから引き離す。

「カリマちゃん、気持ちは分かるけど、我慢して。コイツ本当に危ないヤツだから」

「あたしは、敵かどうかわからない人に矢は撃てない」

 セオドアが目を剥く。

「師よ! なぜこんな女を加えたのですか!」

 成り行きを静かに見守っていたエリオンが立ち上がった。

「セオドアよ。カリマよ。我ら三人だけで語り合おうではないか」

 巻き毛の美青年が松明を手に取り、剣士と狩人を促す。
 二人は渋々と師に従った。

「エリオンさまー! カリマちゃんをいじめないでね!」

 三人はホアキンの呼びかけを背にして、林の奥に入っていった。


 睨み合う男女にエリオンが語りかける。

「セオドアよ。私は戦いにおいてお前を信じている。今朝、魔王の刺客を倒したお前の働きは見事だった」

 カリマは、エリオンがセオドアを庇ったため、頬を膨らませる。

「お前は正直な娘だ。素晴らしい美徳ではあるが、戦いにおいては、セオドアに従ってほしい」

「エリオン様、でも……」

 巻き毛の美青年はカリマをなだめ、精悍な剣士に向き直る。

「セオドアよ。お前がなぜ我らと共に旅をするのか、カリマに聞かせてやってくれないか」

「この女に私の話が理解できるとは、思えませんが」

「あんた、いくら強くたって、失礼だよ!」

「セオドアよ。我らの旅は、心を一つにしなければ成し遂げられない。わかるな?」

 剣士は、気難しい顔をして拳を握りしめた。

「師がおっしゃるなら……」

 セオドアは、自らの過去を語り始めた。

 彼はネールガンド領主の息子だった。
 ネールガンド領主の家系をさかのぼると、聖王アトレウスにたどり着く。
 代々の領主は高貴な血筋を誇りにしていた。聖王の直系が実権を失い大陸が乱れてから、領主たちはかつての聖王の栄光を取り戻すことを夢見ていた。

「しかし、ネクロザールがアトレウス様の生まれ変わりと名乗った途端、ネールガンドの我が家は反逆者の烙印を押され、私の両親も家臣も兵士らも全てを滅ぼされた」

 カリマは言葉を失った。
 剣士は静かに過酷な人生を語る。

 当時セオドアは五歳で、乳母の手で救われる。しかし、救い出されたのも束の間、幼い頃から領主の忘れ形見は、刺客に狙われた。
 彼がネールガンド領主の子であり、聖王の血を引いていたことが、ネクロザールには邪魔だったようだ。

「母親のように優しく振る舞う女に、毒を飲まされたこともあった」

 男は苦笑いを浮かべる。

「お陰で、人の殺意は見抜けるようになった」

 カリマに近づいた旅人を問答無用で殺害したのは、幼いころから命のやり取りを強いられてきた者の悲しい習性のようだ。

「ネクロザールは氏素性の知れぬ奴隷だったと聞く。賤しい男が偉大な聖王アトレウスを騙るなど、私は断じて許せぬ!」

 セオドアは聖王の末裔として、魔王への憎しみを募らせる。
 氏素性を問われると、カリマも取り立てて主張するほどの出身ではないため、耳が痛い。

「私は師と出会い、元凶のネクロザールを滅ぼすしかないとわかった」

 男の壮絶な過去を聞かされ、カリマの目に涙があふれる。

「ごめんねセオドア。無理に辛いことを言わせて」

「私は師の命に従ったまで」

 傍らで見つめていたエリオンがカリマの背中を撫でた。

「カリマよ。お前が気に病むことはない。私はただ、セオドアの力が信じるに値することを知ってほしかったのだ」

 精悍な剣士は、巻き毛の美青年を睨みつける。

「師匠。私はカリマに包み隠さず教えました。ですから、なぜこの女を仲間として認めたのか、教えていただきたい」

 カリマは、エリオンを庇うようにセオドアの前に立った。

「待ってよセオドア。あたしが強引にみんなに割り込んだのは悪かったけど、エリオン様に文句言うのは違うだろ?」

「お前のように我らと共に戦いたいと志願する者は、あとを絶たない。しかし、師が三年間の旅で受け入れたのは、我ら七人のみ。私には、師がお前を選んだ理由がまったく理解できない」

 剣士に睨みつけられるが、カリマは頬を緩ませた。自分はエリオンに選ばれた……悪い気はしない。

「セオドア、師を疑ってはならぬ」

 落ち葉を踏みつける音と共に、低い男の声が響いた。
 エリオンが振り返る。

「ニコスか。気がつかなかった。いつからそこに?」

「申し訳もありません。師に何かあればと気がかりで、勝手について参りました」

 六人の男戦士はみなエリオンを崇めているが、この中年男の忠誠心は群を抜いているようだ。
 カリマの亡き父と同年代の男だ。セオドアのように怒鳴ることはない。

「セオドア。師は、凡俗である我らには見えない何かを、カリマ殿に見いだしているのだろう。それで良いではないか」

 ニコスはセオドアの肩を軽く叩いた。
 カリマはニコスの言い方に引っかかりを覚えたが、エリオンに笑顔を向けられ、忘れてしまった。

「さて、そろそろ私は休みたい。カリマ、私の傍においで」

 戦士達の師匠はカリマの手を取り、二人の男をあとにした。

 少女は荷袋からマントを取り出して身を包み、草むらに横たわった。
 エリオンが寝そべるカリマに身を寄せてきた。

「少し冷えてきたな。いいか? このままで」

 青年の温もりが少女の腕に伝わってきた。
 またカリマは眠れない夜を過ごすこととなった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

私、悪役令嬢に戻ります!

豆狸
恋愛
ざまぁだけのお話。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

処理中です...