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4章 カリマとエリオン

32 はじまりの後悔

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 トゥール村で、エリオンたちは村人に魔王撃退の技を伝授する。新人カリマも、得意の弓術を村人に教えた。
 エリオンは村人に、ネクロザールが聖王の生まれ変わりではないことを、村の広場で滔々と説く。人々は耳を傾ける。

「よいか。真の聖王アトレウスは、生贄を求めなかったし、美女を集めもしなかった。聖王には聖妃アタランテがいたからな」

 老女が首を傾げた。

「んー? あたしが聞いた話はちょっと違ったかなあ。えーと……」

 エリオンは、老女の前にしゃがみ込み、頬をそっと撫で微笑みかけた。

「聖王の話は千年もの過去。言い伝えが変わることもあろう。しかし、聖王アトレウスがゴンドレシアを栄えさせた偉大な王であり、その治世に一点も曇りもなかったことは、疑いようもない事実だ」

 再びブルネットの巻き毛の青年は立ち上がり、両腕を翳す。

「決してネクロザールに屈してはならぬ! 民を苦しめるあの者が、聖王の生まれ変わりのはずがない!」

 村人は拍手喝采で、エリオンを湛えた。


 そのように過ごして三日経った朝。カリマは、村の入り口で立ち尽くす二人の男に気がついた。二人とも大きな荷を背負い、大きなマントで全身を覆っている。旅人のようだ。

「おじさん達、どうしたの?」

「この村で、ネクロザール王に対抗するため弓術を教えていると聞いてね、わしらみたいなよそ者では駄目かね?」

 カリマの琥珀色の目が輝いた。

「おじさん達、弓を習いたくてここまで来たんだ? あたしに任せな!」

 少女は笑顔で二人の旅人を、村に案内する。
 自分たちの行いが、見知らぬ人にこうやって広がっていく。しかも弓は、カリマの得意とするところ。自然に胸が熱くなってくる。
 奥の広場では、セオドアが剣術を指南していた。

「セオドア。この人たち、わざわざ遠くから弓を習いたくて、来てくれたんだよ」

 剣士は、笑顔のカリマと目が合うなり、眉を吊り上げた。

「女! そこを退け!」

 男は、狼のごとく素早くカリマを突き飛ばし、旅人の一人の首を斬りつけた。あたりに鮮血が飛び散り、旅人は絶命した。

「ひっ、ひええええ! た、助けてえええ!!!」

 仲間の旅人は、カリマの背後に隠れて縮こまる。

「セ、セオドア! あ、あんた……あ、あ」

 剣士の残虐行為にカリマは身を震わせるも、残った旅人を庇いだてる。

「いいから女! どけ!」

 途端、広場に喧騒の渦が巻きおこる。エリオンと他の五人の戦士が、村中から駆け付けた。
 槍のニコスが高らかに呼びかけた。

「村人は外に出るな! 家に戻って戸を固く締めるように!」

 我に返ったカリマは、セオドアをにらみつける。

「あんた、な、なんで、よそもんというだけで殺すのか! 魔王と同じじゃないか!」

 剣士は「どけ!」と剣を突きつける。
 カリマは震える旅人に囁いた。

「ごめん。あんたに弓教えたいけど、こいつ危ないから、今のうちに逃げな」

 旅人の男は「カリマさん、あんたはいい人だねえ」と目を細める。

「そんなこといいから、あれ? あたしの名前、知ってるんだ」

 気づいたときは遅かった。
 カリマは旅人に羽交い絞めされ、首に短剣を突きつけられていた。
 旅人の男は、声を荒げる。

「この女を殺されたくなければ、エリオンを引き渡せ!」

(えっ? どういうこと?)

 弓を習いに来た旅人ではなかったのか? カリマはもがくが、旅人の力が強く逃れることができない。

(こいつ、ただもんじゃない! このあたしが動けないなんて!)

 弓名人カリマは力も強く、普通の男では敵わない。ラサ村には、マルセルを含めて彼女に力で勝てる男はいなかった。

 セオドアは目を細めて「好きにしろ」と背を向け、立ち去ろうとする。

(えっ! ちょっとそれ、冷たくない?)

 カリマは絶望するも、セオドアが問答無用に旅人に斬りかかった訳がわかった。セオドアにカリマを助ける義理はないのだ。
 少女はもがこうとするも、短剣を首に押し当てられ、どうにもならない。

「ならぬ! カリマを救い出せ!」

 爽やかな声が広場に響いた。

「エリオンさまー!」

 カリマは歓喜の声をあげる。と、槍のニコスがエリオンの前に進み出た。

「師匠! 行ってはなりません!」

「いや、仲間を見捨ててはネクロザールの輩と同じではないか! カリマを救え!」

 ホアキンが躍り出る。

「カリマちゃん、行くよ!」

 細身の男が投げた短剣が、カリマを羽交い絞めにしている右腕に突き刺さった。
 腕が緩んだすきに、カリマは逃げた。

「くっ! こいつめ!」

 エリオンは、六人の戦士の中でただひりの子供、九歳の魔法使いジュゼッペに命じた。

「ジュゼッペ! お前の魔法で、あやつを止めろ!」

「待っててね。お師匠様」

 ジュゼッペは、自分の背とあまり変わらない杖から冷気を放った。途端、男の体が固まった。
 美青年は、戦士たちに号令する。

「今だ、あの者を拘束せよ」

 体格のいいセルゲイとフランツ老人が、縄でもって凍り付いた男の身体を、ぐるぐる巻きに縛り上げた。


 エリオンは、村長の老女に「これ以上滞在して迷惑はかけられない」と詫びて、戦士たちを率いて村を去った。
 遺骸と凍り付いた男の身体を、戦士たちが運ぶ。
 茂みの中に入ったところで立ち止まる。
 エリオンは、縛り上げられた男の顔に手を翳した。たちまちのうちに、男は息を吹き返す。
 巻き毛の美青年は、縛られた男に言い放った。

「ネクロザールに伝えよ。歪められた世界を正すまで、私はお前の元には参らぬ、と」

 緑色の眼がギラギラと光る。男は無言でフラフラと立ち上がり、立ち去ろうとする。
 エリオンは男の背中に呼びかけた。

「お前の仲間を見捨てて良いのか?」

 青年の指先には、セオドアが切り殺した死体が転がされていた。
 旅人の男は死体を担ぎ上げ、森の奥へ消えていった。
 セオドアが眉を寄せた。

「師匠、逃してよろしいのですか?」

 ニコスが割り込んだ。

「あの刺客にはたった今、エリオン様の恵みがもたらされた。我らに害をなすことはない」

 セオドアが顔をしかめる。

「ラサ村の軍団長は、エリオン様のお力もむなしく、自害したが」

 中年の槍使いが「うむ」と頷く。

「ネクロザールとて全ての部下の心を支配しているわけではない。ラサ村は重要な拠点ゆえ、忠誠心の高い部下に任せたのではないか?」

 エリオンは男二人の会話を気に留めず、立ち上がった。

「これから、聖アトレウスの古都を目指す。長旅になろう。今夜は森を進んで野宿とする。よいか?」

 六人の男たちは、なにごとも師匠の命ずるままにと、満足げに大きく頷いた。
 カリマはただひとり、呆然と立ち尽くしていた。

(あたしがいけないんだ! 勝手に村に知らない人を入れて、セオドアの邪魔をして、みんなに迷惑をかけた!)

 姉の仇を討つ旅は、青ざめた後悔から始まった。

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