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4章 カリマとエリオン

31 旅立ちの理由

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 カリマは、生まれ育ったラサ村を救ってくれたエリオンたちの仲間に加わった
 女狩人を加えてラサ村を出発したエリオン一行は、南のトゥール村に向かった。
 魔王軍はトゥール村を狙っていたが、エリオンたちの活躍で王軍拠点のラサ村を失い、退却を余儀なくされる。
 エリオンは、仲間の戦士たちに告げる。

「いつ魔王軍が復活するかわからぬ。トゥール村にも、ラサ村と同じ魔王軍への対抗策を授けたい」

 槍使いのニコスは「師匠のお考えはもっともです。トゥール村の者は、海のように深い感謝を捧げるでしょう」と崇める。

「私の剣技を、多くの者に伝えねば」と、セオドアは剣の柄を握りしめる。
 八人になった魔王討伐隊は、森の中の小道を進んでいった。

「やっほ、カリマちゃん。難しい顔しちゃって」

 カリマの小さな肩を、短剣使いのホアキンがポンと叩く。

「だって、これから本当に姉ちゃんの仇を討つと思うと、怖いよ」

「すごいよね。こんな可愛い女の子が魔王を倒そうなんて、よく決心したね」

「うん……でもあたし、本当はラサ村を出たかったのかも」

 少女はふと立ち止まり振り返った。道の向こうに故郷がある。

「ああ、わかるなあ。カリマちゃんは、小さな村の狩人で終わる女の子じゃないもの」

「へへ、そんなんじゃなくて……」

 愛想笑いで誤魔化した少女は、ひとりの男を思い浮かべる。
 鍛冶屋の幼馴染マルセル。
 物心ついたときから一緒で、兄のような存在だった。
 姉シャルロットへの想いを行動に移さない彼に、苛立ちを覚えた。
 カリマはシャルロットが殺された瞬間を見ていない。が、マルセルはその場を目撃した。罪悪感に打ちのめされたマルセルは一生、姉を忘れないだろう。
 そんなマルセルから離れたくなった。そんな彼を見ていたくなかった。
 幼馴染を嫌いになったわけではないのに。

 ホアキンは、曇り空を目を向けた。

「あたしはさあ、エリオン様に出会わなかったら……ううん、あたしを救ったのがエリオン様でなければ、むさ苦しい男と旅なんかしないな」

「あ、あたしも……」

 カリマは口を開きかけて閉ざした。

――救ったのがエリオンでなければ?

 出会いの時、彼は、弓を向けるカリマの頬を、優しく撫でてくれた。
 乳のような肌、日に透かした葉のように輝く瞳、ブルネットの巻き毛。こんなに美しい男がいるのか。

(マルセルとは全然違うし、リュシアン義兄さんとも違うよなあ)

 エリオンが美しくなければ、女勇者カリマは誕生しなかったかもしれない。


 トゥール村に、エリオンたちがラサ村で魔王軍を撃退したことがすでに伝えられており、一行は歓迎を受ける。
 老いた女村長が「狭いですが、お部屋を用意しましょう」と、館に案内した。
 槍使いの中年ニコスが進み出た。

「すまないが、我らの師匠の部屋は別にしてくれないか。我ら七人は、家畜小屋でも構わぬ」

 短剣使いのホアキンが横やりを入れた。

「待ってよ。あたしら男六人はそれでいいけど、カリマちゃんは若い女の子よ。村長さん、悪いけれど、部屋二つ用意してくれないかな? あたしら男六人はその辺で雑魚寝するから」

「もちろんですよ。男の方々も雑魚寝なんておっしゃらず、部屋を用意しますから」

 村長がいそいそと動き始めたとき、エリオンが割り込んだ。

「部屋は二つで構わぬ。カリマは私の部屋においで」

 ローブの美しい青年が、少女に手を指し伸ばした。
 一同は「えええ!」と顔を見合わせる。真っ先にセオドアが反応した。

「師匠はいつもひとりになりたいとおっしゃるのに……まさかカリマが娘だからですか?」

 いきり立つセオドアをニコスが諫めた。

「私は師匠を信じております。ですから、師匠がカリマと同じ部屋で過ちを犯す方ではないことはわかっております。しかし、セオドアの疑いはもっともなこと」

 エリオンは笑った。

「ニコス。私を信じるならそれでよいであろう? 若い娘であるカリマが、お前たちと同じ部屋では心細かろうと思ったまで」

 美青年は少女の肩を抱き寄せ、村長の勧める部屋に入っていった。


 狩人カリマにとって、男たちと野宿することは、なにも抵抗がなかった。幼馴染のマルセルとは、しばしば夜を明かしている。
 六人の男勇者たちと雑魚寝しろと言われれば、素直に応じただろう。
 しかし、見たこともない美男子と狭い部屋に二人きりとなると、勝手が違う。どうしても胸の高鳴りが抑えられない。

(エリオン様はあたしに気を遣って同じ部屋と言ってくれてるだけで、あたしに変なことをしようなんて気はないのに……ばか! あたしなに考えてんの!)

 カリマは村長から受け取ったブランケットを、二つの寝台にかけた。

「カリマよ。お前の意志を聞かず勝手に部屋割りを決めてすまなかった」

「あ、いいえ! エリオン様と一緒なんて、全然気にしてません!」

(ば、ばか! 失礼だろあたし、こういう時は、えー嬉しい……じゃ露骨だし、そーだ、光栄ですって言えばよかった)

「本心は、お前に、私の傍にいてほしかった。それだけだ。すまない。私の勝手な気持ちに巻き込んで」

 爽やかな青年は寝台に横たわり、ブランケットをかけて目を閉じた。

(えっ! ちょ、ちょっと待って! どーいうこと!?)

 少女は混乱の中、眠れぬ夜を過ごした。
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