24 / 49
2章 千年前の女勇者
22 再び結婚騒動
しおりを挟む
カリマの憂鬱の原因を聞き、マルセルは文字通り腰を抜かした。
「セオドアと結婚!?」
剣士セオドアは、魔王にとどめを刺した勇者で、大国ネールガンドの王となった。
彼は聖王の末裔という高貴な血筋を誇りにしているのか、田舎の平民であるマルセルやカリマにあたりが強い。マルセルは数えるほどしか会っていないが、誇り高い勇者が苦手だった。
「あいつ確か、魔王討伐後、故郷の城で、幼馴染と結婚したんだよな?」
「そうだよ。会合に王子アイザックを連れてきた」
「おかしいだろ! あいつ、カリマに冷たく当たり散らし、子供までいるのに、結婚しろだと!? そんな奴、お前の弓矢をお見舞いしてやれ!」
カリマはため息をついた。
「そうもいかない。コンスタンスが喜んでいるからな」
「な、なんでコンスタンスが?」
「アイザック王子はコンスタンスよりひとつ年下だが、剣技が見事でな。しかも実に礼儀正しい美少年だ。すっかりコンスタンスは舞い上がっている」
「え、じゃあ、け、結婚って? コンスタンスの?」
「セオドアが、コンスタンスをアイザック王子の妃としてネールガンドに迎えたいって、うるさいんだ」
ラテーヌの女王はこめかみに指をあててグリグリと回す。
マルセルは、カリマ本人の結婚ではないことに安堵するが、再び怒りの炎を燃え上がらせる。
「待ってくれよ! コンスタンスは子供じゃないか! 結婚なんてずっと先だろ! やっぱりセオドアのヤローは、おかしい!」
「……大臣達に相談してみるよ」
政に長けた大臣達は、コンスタンスの年ならそろそろ婚約してもおかしくない、と言い出した。
大国ネールガンドの王子なら、王女の相手に相応しいと、好意的な意見も出た。
「しかし、王女殿下は唯一の跡継ぎ」
「セオドア王は、史師エリオン様の血筋かもしれない王女様を取り込みたいのでは?」
「王女様だけではなく、我らラテーヌ国そのものを取り込みたいのかもしれんな」
大臣のひとりがテーブルを叩く。
「まだ間に合います。王女様が嫁がれる場合に備え、一刻も早く、陛下は結婚しお子をもうけるべきです!」
とっくに終わったはずの結婚問題が蒸し返され、宰相は目を剥いた。
「冗談じゃねえ! なんで女王様が結婚しないといけねーんだ! コンスタンス様はどこにも行かせねー!」
「しかし閣下。セオドア王の指揮のもと、ネールガンドの兵士は強者ぞろい。無碍に申し出を断るのもいかがかと」
マルセルら大臣たちが唯一の王女の結婚について、争っていたときだった。
「私、ネールガンドに行きます!」
少女の叫びが広間に響いた。
「コンスタンス! ここはあんたの来るところじゃない! 槍の鍛練はどうした!」
王女は首を降った。
「私、ネールガンドへお嫁にいきます! それでいーでしょ?」
「それはあたしたちが考える。あんたのやることは、勇者の娘に相応しい力をつけることだ」
「どうして? 私のことなのに、私が決められないの?」
カリマは立ち上がり、コンタンスの肩を掴んだ。
「コンスタンス! 出て行け! あたしたちの邪魔をするな」
「もういい! 私なんかどーでもいーんでしょ!」
王女は泣き叫び、走り去った。
「待ってくれよ! コンスタンス!」
マルセルは椅子を蹴飛ばし、王女を追いかけた。
コンスタンスはあっという間に、林の中へ消えてしまった。
マルセルは、木の幹で佇む王女の腕を捕らえた。
「はぁ、はぁ、王女様、脚が速いですね。さすが女王様の血だけある」
「離してマルセル! 私なんて、いなくなればいーのよ!」
「悲しいこと言わないでください。俺、王女様がいなくなったら、どーしたらいーんです?」
「知らないわよ! アイザックはね! 私がかわいいって、きれいだって、だから一緒にいたいって言ってくれたの! セオドアおじさまも、今すぐネールガンドに来てほしいって!」
そこまでネールガンド国は乗り気なのかとマルセルは驚く。そっとコンスタンスの手を離した。
「ネールガンドは、私を認めてくれたの! だから、私、ネールガンドに行くわ! 今の私を必要としてくれる場所にね! こんな国、出てってやる!」
「そりゃ困りますって! 王女様がいなくなったら、誰が次の王様やるんです?」
「私より強い人、賢い人がやればいーのよ!」
「駄目だって! いくら強くても賢くても、ネクロザールみたいな奴が王様になっていいんですか?」
「え? ネクロザール? そ、そんな……」
伝説の魔王の名を耳にした王女は、動けなくなった。
「やつは、自分が聖王の生まれ変わりだとみんなを騙した……偽物の王だった……俺たちには本物の王様が必要なんです」
コンスタンスは、ブルネットの髪を揺らした。
「いいえ、私は偽物よ! だって、お母様とは全然似てないの! ええ、偽物……ねえ、マルセル……」
コンスタンスの薔薇色の頬から、みるみるうちに血の気が失せる。
「私は偽物……つまり魔王ってこと? 私は魔王なの?」
マルセルの顔も青くなった。
この王女は、なにを言っている?
王女がどういう理屈でそんな結論に達したのかわからないが、マルセルの言葉の選択が間違っていたらしい。
「変なこと言わないでください! こんなかわいい王女様が、魔王のわけないでしょ!」
「魔王!? 冗談じゃないよ!」
女の鋭い声が林に響いた。
「カリマ!」「お母様!」
ラテーヌの女王が、唇を噛み締めて二人を見つめていた。
「コンスタンス、偽物なんて悲しいことを言わないでくれ」
落ち葉をシャクシャクと踏みつけ、女は娘に近づく。
「私は未だに、矢が的に届かないのよ! 偽物の王女は魔王になってしまうのよ!」
「弓矢なんて関係ない! あんたはあたしの娘だ!」
カリマは娘の腕を取り、強く抱きしめた。
「あんたを絶対、魔王なんかにさせるもんか!」
「お、お母様……」
王女の声が震えている。
「アイザック王子のこと好きなのかい?」
「た、多分……」
王女の頭は、小鳥が麦を啄むようにカクカクと動いた。
「わかったよ。ネールガンドにお嫁に行きな」
「セオドアと結婚!?」
剣士セオドアは、魔王にとどめを刺した勇者で、大国ネールガンドの王となった。
彼は聖王の末裔という高貴な血筋を誇りにしているのか、田舎の平民であるマルセルやカリマにあたりが強い。マルセルは数えるほどしか会っていないが、誇り高い勇者が苦手だった。
「あいつ確か、魔王討伐後、故郷の城で、幼馴染と結婚したんだよな?」
「そうだよ。会合に王子アイザックを連れてきた」
「おかしいだろ! あいつ、カリマに冷たく当たり散らし、子供までいるのに、結婚しろだと!? そんな奴、お前の弓矢をお見舞いしてやれ!」
カリマはため息をついた。
「そうもいかない。コンスタンスが喜んでいるからな」
「な、なんでコンスタンスが?」
「アイザック王子はコンスタンスよりひとつ年下だが、剣技が見事でな。しかも実に礼儀正しい美少年だ。すっかりコンスタンスは舞い上がっている」
「え、じゃあ、け、結婚って? コンスタンスの?」
「セオドアが、コンスタンスをアイザック王子の妃としてネールガンドに迎えたいって、うるさいんだ」
ラテーヌの女王はこめかみに指をあててグリグリと回す。
マルセルは、カリマ本人の結婚ではないことに安堵するが、再び怒りの炎を燃え上がらせる。
「待ってくれよ! コンスタンスは子供じゃないか! 結婚なんてずっと先だろ! やっぱりセオドアのヤローは、おかしい!」
「……大臣達に相談してみるよ」
政に長けた大臣達は、コンスタンスの年ならそろそろ婚約してもおかしくない、と言い出した。
大国ネールガンドの王子なら、王女の相手に相応しいと、好意的な意見も出た。
「しかし、王女殿下は唯一の跡継ぎ」
「セオドア王は、史師エリオン様の血筋かもしれない王女様を取り込みたいのでは?」
「王女様だけではなく、我らラテーヌ国そのものを取り込みたいのかもしれんな」
大臣のひとりがテーブルを叩く。
「まだ間に合います。王女様が嫁がれる場合に備え、一刻も早く、陛下は結婚しお子をもうけるべきです!」
とっくに終わったはずの結婚問題が蒸し返され、宰相は目を剥いた。
「冗談じゃねえ! なんで女王様が結婚しないといけねーんだ! コンスタンス様はどこにも行かせねー!」
「しかし閣下。セオドア王の指揮のもと、ネールガンドの兵士は強者ぞろい。無碍に申し出を断るのもいかがかと」
マルセルら大臣たちが唯一の王女の結婚について、争っていたときだった。
「私、ネールガンドに行きます!」
少女の叫びが広間に響いた。
「コンスタンス! ここはあんたの来るところじゃない! 槍の鍛練はどうした!」
王女は首を降った。
「私、ネールガンドへお嫁にいきます! それでいーでしょ?」
「それはあたしたちが考える。あんたのやることは、勇者の娘に相応しい力をつけることだ」
「どうして? 私のことなのに、私が決められないの?」
カリマは立ち上がり、コンタンスの肩を掴んだ。
「コンスタンス! 出て行け! あたしたちの邪魔をするな」
「もういい! 私なんかどーでもいーんでしょ!」
王女は泣き叫び、走り去った。
「待ってくれよ! コンスタンス!」
マルセルは椅子を蹴飛ばし、王女を追いかけた。
コンスタンスはあっという間に、林の中へ消えてしまった。
マルセルは、木の幹で佇む王女の腕を捕らえた。
「はぁ、はぁ、王女様、脚が速いですね。さすが女王様の血だけある」
「離してマルセル! 私なんて、いなくなればいーのよ!」
「悲しいこと言わないでください。俺、王女様がいなくなったら、どーしたらいーんです?」
「知らないわよ! アイザックはね! 私がかわいいって、きれいだって、だから一緒にいたいって言ってくれたの! セオドアおじさまも、今すぐネールガンドに来てほしいって!」
そこまでネールガンド国は乗り気なのかとマルセルは驚く。そっとコンスタンスの手を離した。
「ネールガンドは、私を認めてくれたの! だから、私、ネールガンドに行くわ! 今の私を必要としてくれる場所にね! こんな国、出てってやる!」
「そりゃ困りますって! 王女様がいなくなったら、誰が次の王様やるんです?」
「私より強い人、賢い人がやればいーのよ!」
「駄目だって! いくら強くても賢くても、ネクロザールみたいな奴が王様になっていいんですか?」
「え? ネクロザール? そ、そんな……」
伝説の魔王の名を耳にした王女は、動けなくなった。
「やつは、自分が聖王の生まれ変わりだとみんなを騙した……偽物の王だった……俺たちには本物の王様が必要なんです」
コンスタンスは、ブルネットの髪を揺らした。
「いいえ、私は偽物よ! だって、お母様とは全然似てないの! ええ、偽物……ねえ、マルセル……」
コンスタンスの薔薇色の頬から、みるみるうちに血の気が失せる。
「私は偽物……つまり魔王ってこと? 私は魔王なの?」
マルセルの顔も青くなった。
この王女は、なにを言っている?
王女がどういう理屈でそんな結論に達したのかわからないが、マルセルの言葉の選択が間違っていたらしい。
「変なこと言わないでください! こんなかわいい王女様が、魔王のわけないでしょ!」
「魔王!? 冗談じゃないよ!」
女の鋭い声が林に響いた。
「カリマ!」「お母様!」
ラテーヌの女王が、唇を噛み締めて二人を見つめていた。
「コンスタンス、偽物なんて悲しいことを言わないでくれ」
落ち葉をシャクシャクと踏みつけ、女は娘に近づく。
「私は未だに、矢が的に届かないのよ! 偽物の王女は魔王になってしまうのよ!」
「弓矢なんて関係ない! あんたはあたしの娘だ!」
カリマは娘の腕を取り、強く抱きしめた。
「あんたを絶対、魔王なんかにさせるもんか!」
「お、お母様……」
王女の声が震えている。
「アイザック王子のこと好きなのかい?」
「た、多分……」
王女の頭は、小鳥が麦を啄むようにカクカクと動いた。
「わかったよ。ネールガンドにお嫁に行きな」
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします
暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。
いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。
子を身ごもってからでは遅いのです。
あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」
伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。
女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。
妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。
だから恥じた。
「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。
本当に恥ずかしい…
私は潔く身を引くことにしますわ………」
そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。
「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。
私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。
手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。
そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」
こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。
つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。
彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。
なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか?
それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。
恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。
その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。
更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。
婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。
生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。
婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。
後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。
「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。
【1/1取り下げ予定】妹なのに氷属性のお義兄様からなぜか溺愛されてます(旧題 本当の妹だと言われても、お義兄様は渡したくありません!)
gacchi
恋愛
事情があって公爵家に養女として引き取られたシルフィーネ。生まれが子爵家ということで見下されることも多いが、公爵家には優しく迎え入れられている。特に義兄のジルバードがいるから公爵令嬢にふさわしくなろうと頑張ってこれた。学園に入学する日、お義兄様と一緒に馬車から降りると、実の妹だというミーナがあらわれた。「初めまして!お兄様!」その日からジルバードに大事にされるのは本当の妹の私のはずだ、どうして私の邪魔をするのと、何もしていないのにミーナに責められることになるのだが…。電子書籍化のため、1/1取り下げ予定です。1/2エンジェライト文庫より電子書籍化します。
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる