上 下
22 / 44
2章 千年前の女勇者

20 女王と王女

しおりを挟む
「コンスタンス! なんで弓を引き絞らない!」

 カリマは忙しい国務の合間も、弓の鍛錬を欠かさない。城の中庭には、練習用の的が設置されている。
 旅から帰った後、女王は娘に弓の指導を始めた。
 小さな手では、弓を握ることもままならない。
 王女はただ泣きじゃくるだけ。
 中庭を通り過ぎたマルセルは、すぐさま母子の間に割って入った。

「女王様! 王女様に弓を教えるのは良いことですが、大人の弓を持たせても、手を痛めるだけです!」

 カリマはマルセルを睨みつけ「……今日はこれで終わる」と、その場を去った。
 残された小さな王女を、マルセルは宥めた。

「この前見せてくれた花、咲いてますかね」

 宰相はコンスタンスを抱きかかえ、マーガレットの花畑に連れていく。

「俺はね、王女様が教えてくれたこの花畑が好きなんですよ」

 マルセルはコンスタンスをそっと下した。
 色とりどりの花が、小さな王女の涙を拭ってくれることを期待して。
 が、残念ながら、事態はマルセルの期待通りにならなかった。

「いやあああああ!」

 王女は泣き叫び、あたりかまわずマーガレットの茎をブチブチと、片端からちぎっては捨て、ちぎっては捨てを繰り返した。
 草むらの一角に、無意味に命を奪われた花びらたちが、散乱した。


「カリマ。コンスタンスはまだ小さい。あれじゃ可哀想だろ?」

 マルセルは久しぶりに、夜、女王の私室を訪れた。

「なんだマルセル。せっかく遊びに来てくれたのに、説教かい?」

 宰相は、小さな王女が泣きながら花畑を荒らしたことを話した。

「コンスタンスがそんなことを! やはり、あの者の……違う! あの子はあたしの娘だ。その証を立てないと……」

 カリマの顔が見る見るうちに青ざめてきた。

「おいおい、俺はな、王女様を叱ってほしくて告げ口したんじゃない。もう少し優しくしろって言ったんだ」

「いや、あたしの娘にそれは許されない」

「旅に出る前は、仲良くしてたじゃないか……もしかして、昔の仲間に何か言われたのか?」

 幼馴染の顔をじっと覗き込む。観念したのか、カリマは語りだした。

「あいつが……ネールガンド王になったセオドアが、『跡継ぎの教育こそ、王の役目』って言うんだ」

 セオドアは、マルセルそしてエリオンと同じ年齢の剣士だ。
 マルセルは、ラサ村の反撃で、勇者セオドアからその剣裁きを見せつけられた。カリマを含めた七人の勇者の中で最も強いのが、この剣士だろう。それゆえマルセルは、セオドアが苦手だった。

「セオドアさんかあ。あの人って、俺やカリマに冷たくない? こっちから笑って挨拶しても、ムスッとしてるし」

「あいつ、あたしたち勇者の中で一番生まれがいいからね。昔のネールガンド領主の息子で、しかも聖王の子孫なんだって」

「で、カリマ。お前は、生まれのよいセオドアさんに言われたから、コンスタンスに意地悪するのか?」

「あいつの息子はコンスタンスよりひとつ下なのに、もう剣を触らせてるって……」

 カリマは拳を握りしめた。

「おい、セオドアのガキに対抗しようってか? コンスタンスは女の子だろ? 無理させることねえって」

「あたしは勇者だ。あたしの娘なら、同じように強くなれるはずだ」

 勇者の子は強くなければいけない――
 自分もカリマも、十代のときに親を亡くした。それゆえ苦労は人一倍だったが、ある意味親の束縛を受けず、自分の意志で生きることができた。
 しかし、勇者の娘に好きな生き方はできない。

「王女様を鍛えるなら、年に合わせたやり方をしねえと」

「あたしは子供の時から、大人の弓を触ってたよ」

「お前はラサ村一番の弓名人だからな。でもコンスタンスは違う。花が好きな普通の女の子だ」

「冗談じゃない!」

 カリマは、マルセルの肩を鷲掴みにした。

「あの子はあたしの娘だ! あたしと違うなんて許されないんだよ!」


 マルセルは何度もカリマの説得を試みるが、女王はコンスタンスへの態度を変えなかった。
 宰相は大臣たちに「あれじゃ王女様が可哀相だ」と訴えるが、彼らは「次の女王を甘やかしてはなりません」「女王様もようやく自覚された」と、むしろカリマの変貌を歓迎する。

 少しでもコンスタンスの負担を減らそうと、マルセルは子供用の小さな弓と矢を作ってみた。
 城の弓兵から指導を受けている王女に、マルセル特製の弓矢を手渡した。弓兵もカリマの命令なのか、厳しく王女に接しているようだ。

「王女専用の弓矢ですよ。これで上手に弓を引けますよ」

 が、コンスタンスは背中を向けた。

「馬鹿にしないで!」

 マルセルは「まず小さい弓で練習しましょうよ」と王女を宥めるが、頑として聞かない。仕方なしにマルセルは特製の弓矢を、指導した弓兵に預ける。

「あまり厳しくすんな。コンスタンス様がやる気にならねえと、どうしようもねえだろ」

「いくらマルセル様がおっしゃっても、女王様には逆らえません」

 マルセルは、引き下がるしかなかった。


 コンスタンスへの厳しい教育は、弓に留まらなかった。剣や槍の訓練のほか、机上の学問も始まった。数学、詩学、天文、法律、音楽とかつての貴族の教養のほか、エリオンの教えが含まれた。
 どの分野も、厳しいことで定評のある学者たちが、代わる代わる王女の教師を務める。

 マルセルは、カリマ当人や教師たちに手加減するよう進言する。
隙あらば王女を城内の散策に連れ、気晴らしをさせるが、月日が経つにつれ王女の顔は暗くなっていく。
 彼に学はないが、気難しい学者たちの機嫌を損ねないよう、教えを請う。聞いた話をそのまま王女に伝えるも「馬鹿にしないで!」と拒絶された。
 コンスタンスは十一歳となった。


「王女様、こんなところにバラが咲いてますよ」

 マルセルは、例によって王女を森の奥の花畑に連れ出した。原っぱに暖かい春の日差しが降り注ぎ、草花を輝かせている。

「ふーん、馬鹿みたいね。こんなところで咲いても、誰も見ないのに」

 コンスタンスは口を尖らせた。
 彼女は女王と同じように、チュニックにズボンと男のなりをしている。ところどころに金色の房が混じったブルネットの巻き毛を、後ろで束ねていた。

「俺たちが見つけてやって良かったですね。バラも喜んでますよ」

「私たちが見つけたって、仕方ないわ。どーせ、すぐしぼんでしまうもの」

 王女は美しく育った。が、幼いころの笑顔を見せなくなった。
 緑色と青色のオッドアイが、ラテーヌの宰相をじっと見つめる。なぜかマルセルは恐ろしくなった。
 王女のふっくらとした唇が、ゆっくりと開いた。

「マルセル……マルセルは、私のお父様なの?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私の知らぬ間に

豆狸
恋愛
私は激しい勢いで学園の壁に叩きつけられた。 背中が痛い。 私は死ぬのかしら。死んだら彼に会えるのかしら。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ

音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。 だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。 相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。 どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

病弱な幼馴染と婚約者の目の前で私は攫われました。

恋愛
フィオナ・ローレラは、ローレラ伯爵家の長女。 キリアン・ライアット侯爵令息と婚約中。 けれど、夜会ではいつもキリアンは美しく儚げな女性をエスコートし、仲睦まじくダンスを踊っている。キリアンがエスコートしている女性の名はセレニティー・トマンティノ伯爵令嬢。 セレニティーとキリアンとフィオナは幼馴染。 キリアンはセレニティーが好きだったが、セレニティーは病弱で婚約出来ず、キリアンの両親は健康なフィオナを婚約者に選んだ。 『ごめん。セレニティーの身体が心配だから……。』 キリアンはそう言って、夜会ではいつもセレニティーをエスコートしていた。   そんなある日、フィオナはキリアンとセレニティーが濃厚な口づけを交わしているのを目撃してしまう。 ※ゆるふわ設定 ※ご都合主義 ※一話の長さがバラバラになりがち。 ※お人好しヒロインと俺様ヒーローです。 ※感想欄ネタバレ配慮ないのでお気をつけくださいませ。

麗しのラシェール

真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」 わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。 ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる? これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。 ………………………………………………………………………………………… 短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

彼女は彼の運命の人

豆狸
恋愛
「デホタに謝ってくれ、エマ」 「なにをでしょう?」 「この数ヶ月、デホタに嫌がらせをしていたことだ」 「謝ってくだされば、アタシは恨んだりしません」 「デホタは優しいな」 「私がデホタ様に嫌がらせをしてたんですって。あなた、知っていた?」 「存じませんでしたが、それは不可能でしょう」

処理中です...