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2章 千年前の女勇者
17 受胎
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カリマが都に移って三か月後、女王の口からとんでもない宣言が飛び出した。
未婚の勇者は子供を身籠ったというのである。
一同は騒めいた。
まっさきに大臣たちは、カリマのとなりに控えるマルセルを睨んだ。
女王の幼馴染であるこの男は、気安く彼女に触れる。夜、二人きりで話し込む様子も目撃されており、多くの者が女王との関係を怪しんだ。
「ち、違う! 俺だって、今初めて知ったんだよ!」
カリマはケラケラと笑った。
「心配するなよ。あたしは未だに男を知らない。この子に父はいない。私ひとりで身籠った。尊い方から授かったんだよ」
尊い方と女王の口から聞かされ、大臣もマルセルも、子供の有力な父親候補を思い浮かべる。
「子供は、あと五か月で生まれる」
大臣たちはマルセルから視線を逸らした。マルセルと女王の今の関係がどうであれ、女王が身籠ったのは四か月前だ。ちょうど魔王が倒された時期であり、マルセルは父親候補から外れる。
「この子は尊い。だからあたしは、城の先にある丘の小屋に籠って産むことに決めた。後は頼むよ」
カリマはすっと立ち、広間を突っ切り出ていった。
大臣たちは、女王を追いかける。真っ先に追いついたマルセルは、カリマに耳打ちをした。
「おい! 聞いてないぞ!」
「悪い、マルセル。丘の小屋を整えてくれよ。あたしが産婆と二人で暮らせるようにね」
「いや、女王の仕事を休むのはいいが、城から出なくてもいいだろ?」
カリマは首を振った。
「この子は尊いからね。静かなところで産みたいんだ」
若き女王の決意に、マルセルは頷くしかない。
処女王懐妊の知らせは、都中に広まった。マルセルや大臣だけではなく、民の誰もが、エリオンの子では? と囁いた。
カリマが指定した丘は城壁の内側にあるため、普通の民は近づけない。城の裏庭にあたる場所で、城の召使いたちも普段は通らない場所だ。
マルセルは古びた小屋を修理した。女二人が暮らせるようにベッドやテーブルなどの家具を整える。小屋の周りは板塀で囲んだ。
女王の住まいが出来上がったところで、カリマは産婆をマルセルに紹介した。
「マルセル。あたしの産婆、オレーニアだ」
白髪の巻き毛が目立つ女だった。老婆に見えるが、顔はそれほど老けてはいない。三十過ぎだろうか。大きな布を目深にかぶり、表情は良く見えない。
女王に紹介されても、オレーニアは声を発さない。
この女を、マルセルは知っていた。
カリマを慕って訪ねてきた民のひとりだ。
城の門番に邪険にあしらわれていたところを、マルセルが助けたのだ。
その後オレーニアは、カリマの侍女に雇われた。
さっそくカリマはオレーニア一人を連れて、修理したばかりの小屋に引きこもってしまった。
一日で一通りの作業が終わらせた。夜、マルセルは、寝室のベッドでひとりぐったりと仰向けに手足を伸ばす。
落ち着くと、怒りとも悲しみとも言えない感情がこみ上げてくる。
「やっぱりカリマは、エリオン様とそういう関係だったんだな」
ラサ村でのエリオンとカリマは仲睦まじく、同じ部屋に寝泊まりしていた。それでもマルセルは、二人のつながりは清らかなものだと信じていた。いや、信じようとした。
エリオンその人は誰もが見惚れる美青年だが、男臭さが感じられず、女と生々しくつながるようには見えなかった。
そもそも彼は、聖王と聖妃に誓わずに結ばれることを、戒めていたではないか。
その彼が、一途に慕う娘を身籠らせ、素知らぬ顔を決めこむのはどうだ? いや……エリオンその人は、カリマに子供ができたことなど知らず、今も魔王の城で封印とやらに励んでいるのか?
魔王城に行ってエリオンその人を探し、カリマにお前の子ができたぞ、と知らせてやろうか……いや、カリマはそれを望まないだろう。
彼女は晴れやかに、懐妊の事実を告げた。嬉しかったに決まっている。好きな男の子供を産めるのだ。もう、跡継ぎのために、好きでもない男と結婚しなくていいのだ。
マルセルは腕を伸ばした。
カリマは、愛するエリオンの子を産む。それもマルセルに前もって相談することなく、いきなり大臣たちの前で打ち明けた。
二人きりで言葉を交わす時もなく、女王は産婆と引きこもってしまった。
「ちくしょう! 喜べ! カリマが幸せならそれでいいだろ!」
自分の頭を叩いてみた。指の関節が、毛糸の柔らかさを感じた。
紺色の帽子を外して眺める。ところどころに穴が開いている。
「シャルロットさん、すいません。せっかくカリマに子供ができたのに……すいません」
マルセルは何度も言い聞かせた。
未婚の勇者は子供を身籠ったというのである。
一同は騒めいた。
まっさきに大臣たちは、カリマのとなりに控えるマルセルを睨んだ。
女王の幼馴染であるこの男は、気安く彼女に触れる。夜、二人きりで話し込む様子も目撃されており、多くの者が女王との関係を怪しんだ。
「ち、違う! 俺だって、今初めて知ったんだよ!」
カリマはケラケラと笑った。
「心配するなよ。あたしは未だに男を知らない。この子に父はいない。私ひとりで身籠った。尊い方から授かったんだよ」
尊い方と女王の口から聞かされ、大臣もマルセルも、子供の有力な父親候補を思い浮かべる。
「子供は、あと五か月で生まれる」
大臣たちはマルセルから視線を逸らした。マルセルと女王の今の関係がどうであれ、女王が身籠ったのは四か月前だ。ちょうど魔王が倒された時期であり、マルセルは父親候補から外れる。
「この子は尊い。だからあたしは、城の先にある丘の小屋に籠って産むことに決めた。後は頼むよ」
カリマはすっと立ち、広間を突っ切り出ていった。
大臣たちは、女王を追いかける。真っ先に追いついたマルセルは、カリマに耳打ちをした。
「おい! 聞いてないぞ!」
「悪い、マルセル。丘の小屋を整えてくれよ。あたしが産婆と二人で暮らせるようにね」
「いや、女王の仕事を休むのはいいが、城から出なくてもいいだろ?」
カリマは首を振った。
「この子は尊いからね。静かなところで産みたいんだ」
若き女王の決意に、マルセルは頷くしかない。
処女王懐妊の知らせは、都中に広まった。マルセルや大臣だけではなく、民の誰もが、エリオンの子では? と囁いた。
カリマが指定した丘は城壁の内側にあるため、普通の民は近づけない。城の裏庭にあたる場所で、城の召使いたちも普段は通らない場所だ。
マルセルは古びた小屋を修理した。女二人が暮らせるようにベッドやテーブルなどの家具を整える。小屋の周りは板塀で囲んだ。
女王の住まいが出来上がったところで、カリマは産婆をマルセルに紹介した。
「マルセル。あたしの産婆、オレーニアだ」
白髪の巻き毛が目立つ女だった。老婆に見えるが、顔はそれほど老けてはいない。三十過ぎだろうか。大きな布を目深にかぶり、表情は良く見えない。
女王に紹介されても、オレーニアは声を発さない。
この女を、マルセルは知っていた。
カリマを慕って訪ねてきた民のひとりだ。
城の門番に邪険にあしらわれていたところを、マルセルが助けたのだ。
その後オレーニアは、カリマの侍女に雇われた。
さっそくカリマはオレーニア一人を連れて、修理したばかりの小屋に引きこもってしまった。
一日で一通りの作業が終わらせた。夜、マルセルは、寝室のベッドでひとりぐったりと仰向けに手足を伸ばす。
落ち着くと、怒りとも悲しみとも言えない感情がこみ上げてくる。
「やっぱりカリマは、エリオン様とそういう関係だったんだな」
ラサ村でのエリオンとカリマは仲睦まじく、同じ部屋に寝泊まりしていた。それでもマルセルは、二人のつながりは清らかなものだと信じていた。いや、信じようとした。
エリオンその人は誰もが見惚れる美青年だが、男臭さが感じられず、女と生々しくつながるようには見えなかった。
そもそも彼は、聖王と聖妃に誓わずに結ばれることを、戒めていたではないか。
その彼が、一途に慕う娘を身籠らせ、素知らぬ顔を決めこむのはどうだ? いや……エリオンその人は、カリマに子供ができたことなど知らず、今も魔王の城で封印とやらに励んでいるのか?
魔王城に行ってエリオンその人を探し、カリマにお前の子ができたぞ、と知らせてやろうか……いや、カリマはそれを望まないだろう。
彼女は晴れやかに、懐妊の事実を告げた。嬉しかったに決まっている。好きな男の子供を産めるのだ。もう、跡継ぎのために、好きでもない男と結婚しなくていいのだ。
マルセルは腕を伸ばした。
カリマは、愛するエリオンの子を産む。それもマルセルに前もって相談することなく、いきなり大臣たちの前で打ち明けた。
二人きりで言葉を交わす時もなく、女王は産婆と引きこもってしまった。
「ちくしょう! 喜べ! カリマが幸せならそれでいいだろ!」
自分の頭を叩いてみた。指の関節が、毛糸の柔らかさを感じた。
紺色の帽子を外して眺める。ところどころに穴が開いている。
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マルセルは何度も言い聞かせた。
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