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2章 千年前の女勇者

12 転生の祈り

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 マルセルは教会の入り口で、祈ろうとするエリオンを眺めていた。まさか、当のエリオンに声をかけられるとは思ってもみなかった。

「エリオンさん。俺はいいっすよ」

 ネクロザールの一派がいなくなっても村人の輪には戻れないと、マルセルは背を向けた。
 と、カリマが立ち上がり駆け寄ってきた。

「マルセル待ちなよ」

 幼馴染に手を取られるが、マルセルは振りほどく。

「ごめん。マルセルはあたしを許せないよね……でも、今は姉ちゃんのため、一緒に祈ってほしいんだ」

 鍛冶屋はカリマに背を向けたまま、全身を震わせる。

(カリマ……お前こそ、俺を許せないはずだ。俺は、シャルロットさんを見殺しにして、王の役人に媚びを売った。俺には祈る資格はない)

 次々と村人が立ち上がり、マルセルを囲んだ。

「マルセル、本当に悪かった。お前をずっと無視して」
「ごめんよ。挨拶もしないなんて、腹立っただろ?」

 再びカリマに手を取られた。

「あたし、本当に辛かったよ……マルセルと口も聞いちゃいけないなんて……」

 鍛冶屋は耳を疑った。口を聞いちゃいけない? カリマがこの一年冷たかったのは、自分の意志ではないのか?
 マルセルは急ぎ振り返る。

「カリマ、お前、王の役人に命令されてたのか?」

「ううん、違うよ。あたしたち村のみんなで決めたんだ」

 マルセルは、再び落胆する。役人に命じられて仕方なくという予想は、都合のよい妄想に過ぎない。

「あたしは嫌だったけど……マルセルがあたしらと仲良くしたら、あの役人たちはマルセルを疑うからって……」

 どういうことだ? 若き鍛冶屋は首を傾げる。
 村人はカリマに続き、マルセルに辛くあたったわけを話す。

「お前が王の役人のためせっせと働いてたのは、村を守るためだったんだろ?」
「マルセルのおかげで、おいらは兵士にならずに済んだよな」

 どうやら村人は、マルセルの立場を守るため、あえて裏切り者に仕立てて根拠のない噂を流したらしい。

「じゃ、じゃあお前ら……」

 この一年。自分は、誰にも理解されないまま、ひとりで村を守っているつもりだった。
 しかし、本当に守られていたのは、自分だった。
 マルセルは拳をぎゅっと握りしめる。

「でも俺は……リュシアンさんとシャルロットさんを見殺しにした……」

 カリマがマルセルの肩を強く揺さぶった。

「そういうの、もうやめろよ! 姉ちゃんと義兄さんが死んで、マルセルまで死んだら、あたし、あたし……」

 狩人の少女が声を詰まらせる。
 村人は顔を見合わせ微笑んだ。

「第一マルセル、シャルロットさんにべた惚れだっただろ? そんなお前が、ラサ村を裏切るわけないよな」

「お、おい、惚れて!?」

 村人の誰もがニヤニヤと笑っている。隠していたはずの恋心は、村中に知れ渡っていたらしい。
 真っ赤な顔の若者に、幼馴染が「ほら」と頭になにかを被せた。
 マルセルは、見なくても感触と匂いで、頭の上に座っている物の正体がわかった。

「お、おい、これは……どこで……」

 物体の正体は、シャルロットが編んだ紺色の帽子だ。カリマには「どっかへいった」と吐き捨てたはず。

「マルセルが、姉ちゃんの帽子を失くすわけないじゃん。すぐ見つかったよ」

「お前! 人ん家勝手に入って、なにやってんだ!」

 再び若者は顔を真っ赤にさせて、帽子を外して握りしめる。
 マルセルは、紺の帽子をワインの隠し場所にしまい込んでいた。この幼馴染は、こっそり忍び込んで帽子を見つけたらしい。

「ちゃんと被らないと、姉ちゃん、がっかりするよ」

 少女の琥珀色の眼が、潤っている。

「そうだな……」

 若き鍛冶屋は紺の帽子を被り直した。幼馴染に手をとられ、教会に入る。壁は白い石に変わってしまったが、素朴な木の椅子は変わらない。
 聖王像の前に立つエリオンが、マルセルに微笑みかける。

「では亡き人々が次なる世界で穏やかに生を全うできるよう、祈ろう」

 ローブの青年は、目を閉じて両腕を掲げた。

「リュシアンよ。シャルロットよ」

 エリオンは、次々と亡くなった村人の名を呼びかけ、祈りを捧げる。村人の名前はあらかじめ聞かされていたのだろう。
 鍛冶屋は祈った。シャルロットが今度こそ、リュシアンと子供の三人で幸せに暮らせるように。
 はじめて、そしてずっと恋していた女。二度とこんな想いを抱かせる女には、会えないだろう。

(シャルロットさん、本当にすまねえ……)

 マルセルの目から一滴の涙が落ちた。
 カリマは鍛冶屋の腕にしがみつき「姉ちゃん……今度は元気な赤ちゃんを産んでね」と泣きじゃくった。


 村人、そして王配下の役人たちの埋葬が終わった。
 六人の男を従えたエリオンは、村人に警告する。

「しばらく魔王の軍勢は襲ってこないだろう。しかし、いずれあの者たちは、ラサ村を取り戻そうと動くはず。また加勢してやりたいが、我らはラテーヌの地だけではなく、ゴンドレシア大陸すべての民を救いたい」

 マルセルをはじめ村人は大きく頷いた。次に魔王軍に襲われたら、この村人たちだけで抵抗しなければならない。
 エリオンは腕を伸ばし、後ろに控える六人の男たちを手で指し示した。

「フランツ。マルセルに、防壁の造り方を教えてやってくれ」

 襲撃の前、共に館に潜入した老人がマルセルの前に進み出て、「よお、お前さんか」と笑った
 エリオンは次々と指示をする。

「ホアキンは偵察の技を村人に伝えてほしい。ジュゼッペは、村に魔法の才がある者を探すように。いなければ、お前の魔術で村の再建を手伝ってくれないか」

 細身の男と少年は快諾すると、それぞれ散らばる。

「ニコスは槍、セオドアは剣、セルゲイは斧の使い方、そして鍛錬の方法を教えてやってほしい」

 三人の武器の使い手が進み出た。
 マルセルたちは六人の男たちから、ラサ村を魔王から守る技を習った。
 そして七日が過ぎ、エリオン達との別れの日がやってきた。
 村を魔王から救ったローブの青年は、人々に告げた。

「ラサの人々よ。お前たちは、魔王の軍勢から村を守る力を充分身に着けた。我らの役目は、もう終わった」

 村人たちはエリオンたちに頭を下げて「ありがたい」「あんたたちのお陰で、またお日様の下で暮らせます」と、次々と礼を述べる。
 マルセルも感謝を伝えた。

「あんたらがいなければ、俺の鍛えた剣で、トゥール村のなんも悪くない子供が殺されるとこだったよ」

 誰もがエリオンたちを見送ろうと、手を振る。
 しかし、カリマは俯き唇を噛み締めていた。マルセルは幼馴染の様子がおかしいことに気がつき、彼女の肩をさすった。

「ほら、カリマ。お前も言いたいことあるんだろ?」

 が、狩人の娘は背中を震わせ、エリオンの手を取った。

「あたしを、あんたたちの仲間に入れてくれ!」
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