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2章 千年前の女勇者

11 夜明け

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 マルセルが剣の餌食にされようとしたとき、剣士セオドアが危機を救った。
 鍛冶屋は、身体を震わせながら、剣士に縋った。

「あ、ありがてえ! あんたは命の恩人だ」

「師が、ラサ村の者は誰一人死なせてはならぬ、とおっしゃるからな」

 セオドアは憮然と言い捨て、マルセルに背中を向ける。

「我ら六人だけならこの程度の軍団、とっくに制圧していたが……いや、我らは師に従うのみ」

 どうもこの剣士にとって、村人は足手まといの邪魔者でしかないようだ。

「あ、はあ、すいませんね……」

 マルセルは、ただ恐縮するしかない。

「死にたくなければ、私の傍から離れるな」

 若き鍛冶屋は悔しさを堪えつつ愛想笑いを浮かべ、剣士のもとに駆けつけた。

 ほどなく、矢を放つカリマと合流する。
 赤毛の女狩人は、幼馴染に気がつくなり鋭い目を吊り上げた。

「マルセル、馬鹿! あんた、なんでこんな危ないとこに来たんだ!」

「……来て悪かったな……」

 マルセルはぼそっと呟き、カリマに背を向けた。
 わかっている。ネクロザールの役人のため働いてきた自分は、今さら村人の反乱に加わっても仲間として認められるわけがない。カリマにしてみれば、裏切り者に近寄られても忌ま忌ましいだけなのだろう。

 それでもマルセルは短剣を振り回す。
 セオドアの助けもあり、マルセルは大きな傷を負うことなく、代官の部屋に近づいていった。
 戦いの最中、マルセルの視界に、遠くで涼しげに立つ青年が入った。
 六人の男たちが師匠と崇める青年、エリオンだ。

 男たちや村人が激しく争うなか、エリオン青年はただ静かに立っていた。
 彼は武器も盾も持たず、薄いローブのみ身に着けている。六人の男たちの働きのおかげか、エリオンのもとには矢の一本も届かず、かすり傷すら追わない。
 ときおり腕を掲げ、なにか呟いている。エリオンは魔法使いなのかとマルセルは思い浮かぶも、争いの中、思考を進める暇はない。

 ついに六人の男たちは村人を伴い、代官の部屋の扉を打ち破る。
 屈強な代官も多勢に無勢でどうにもならず、膝をついた。
 斧の若者が抑え込み、ホアキンが縛り上げる。
 セオドアは、代官の首に刃を突きつけた。

「身一つで出ていくなら、命までは取らぬ。魔王に伝えるがよい。己の無様な敗北を」

「だ、誰がお前らなんかに! ネクロザール様の御代に栄光を!」

 代官は叫び、自らの首を突きつけられた刃に差し出す。
 後から駆け付けたエリオンは、代官の元に躍り出た。

「やめろ! 魔王に忠誠など!」

 が、その瞬間、赤い血しぶきが四方八方に飛び散った。

「師匠! 汚れます!」

 槍のニコスはエリオンの前に進み出たが、ローブの青年は眉を寄せ、血がほとばしる首筋に手を翳す。と、血が止まった。
 エリオンは事切れた代官の顔をそっと拭う。と、かっと開かれた目と口が閉ざされ、赤子のような眠り顔に変わった。
 エリオンは両腕を高く掲げた。

「悪しき魔よ、この者から去るがよい。次なる命は、安らぎの世に生まれ変わらんことを」

 ニコスとセオドアは、エリオンの言葉に合わせ、目を閉じ両の掌を合わせた。

 カリマら村人たちはこの異様な光景にかえって恐怖を覚え、自然に手を取り合う。

「あ、あのさあ、あんたたち何やってんの?」

 カリマの問いかけに、少年が口を尖らせた。

「お姉さん、静かにして。先生、お祈りしてるんだから」

「お祈り? こいつら敵だったんだよ! あたしの姉ちゃんと義兄さんを殺したんだよ!」

 フランツ老が加わった。

「お嬢ちゃんよ。師は、敵はただ一人ネクロザールとおっしゃる。この兵士らは、ネクロザールの哀れな虜囚に過ぎないんじゃ」

 エリオンは、敵が次には幸せな生を歩めるように祈りを捧げると、フランツ老は付け加えた。
 祈りを終えたエリオンが、緑色の眼でカリマをじっと見つめた。

「そう。私はただ、ネクロザールの闇から人々を解き放ってやりたいのだ」

 女狩人の険しい顔つきが、緩んできた。

「カリマよ。ラサ村の人々よ。私に祈らせてくれないか。ネクロザールの仕打ちで亡くなった人々が、次なる世界で幸せに包まれて生まれるように」

 カリマと村人たちは手を取り合って泣き出す。マルセルは静かに微笑み、その場をそっと離れた。


 人々は昨夜の反撃の疲れのため、日が高く昇ってから目覚めた。
 村人は、エリオンたちを奥の教会に先導した。
 聖王アトレウスを祀る教会は丸太を組み合わせた素朴な建物だったが、ネクロザールの役人たちが「聖王様に相応しくない」と白い石作りの教会に建て直した。
 エリオンは白く輝く壁を前にして、「ネクロザールらしいな」と眉を顰める。

 祈りの間の奥には、腕の長さほどの木像が鎮座している。月桂樹の冠にトーガを巻きつけた男性。古の偉大なる聖王アトレウスだ。表面にいくつものひびが入っており、数百年ものの歳月を感じさせる。

 村人は祈りの間の椅子に腰かけた。
 エリオンは聖王像の前に立ち、座る村人たちに顔を向け満足気に頷く。ふと彼は、教会の入り口に顔を向けた。

「マルセルよ。お前も一緒に祈るがよい」

「げっ、な、なんだよ!?」

 戸口で様子を眺めていた若き鍛冶屋は突然声をかけられ、ウサギのようにピョンと撥ねた。

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