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2章 千年前の女勇者

10 反乱

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 エリオンと六人の男たちは、村人に明日の夜の襲撃を約束し、洞窟を出た。村人が暗がりの中で希望に燃え盛り上がっているところ、マルセルはひとり走って、エリオンたちを追いかけた。

「あのさあ、俺が館を案内してもいいぜ」

 マルセルは、エリオンの一向にこそっと囁いた。
 ローブの美青年は微笑む。

「お前は……カリマの友ではないか」

「今は、友じゃねえよ。裏切り者さ」

「裏切り者なら、真っ先にこの集いのことを、ネクロザールの配下に告げるはず。しかしお前は、この場が危ないと人々に警告した」

「げっ! あ、あんたら……」

 いつからこの男たちは洞窟で様子を窺っていたんだと、マルセルは恐ろしくなる。

「……そんなことは、どーでもいーんだよ。それより、さっき、ホアキンとフランツというやつが館を探るって言ったよな?」

「よく覚えているな」とエリオンは、細身の男と老人に顔を向ける。

「俺が武器を納めるとき一緒に入るってのは、どうだ?」

 老人が進み出た。

「武器を納める? お前さん、ひょっとしたら鍛冶屋か?」

 マルセルが頷くと「わしはフランツ。元々鍛冶屋だったんじゃ」と、老人が笑った。
 細身の男は「じゃあ、よろしく。あたしがホアキン。あんたは?」と、問いかけた。

「俺はマルセル。ちょっと訳あって、襲撃には加われねえんだ」

 いまさらながら、マルセルはいたたまれない気分になる。ネクロザールの配下に媚びを売る自分は、村人の輪に入れない。
 エリオンは微笑を絶やさない。

「人にはそれぞれ役目がある。しかしマルセル、お前は、カリマを、村人を、我らから守ろうと庇った。村を思う気持ちは同じであろう」

 マルセルは、エリオンに優しく見つめられ、気恥ずかしくなってきた。

「お前もカリマたちと同じように、戦ってきたのだな」

 この一年、マルセルは、ひとりだった。幼馴染の少女は挨拶も返してくれなかった。彼はそれを、自身の行いの結果だと受けとめていた。

 が、知り合ったばかりのこの青年の言葉が、マルセルの心に染み入る。顔つきはマルセルと同年代に見えるのに、人柄には長い人生の重みを感じさせる。
 孤独な鍛冶屋は、先ほどのカリマと同じように泣きたくなった。が、何とか涙をこらえる。
 暗鬱が立ち込める洞窟に、はじめて希望の光が射した。


 翌朝、マルセルはいつものように、役人たちに武器を納めるため館に入った。エリオンの同志、フランツ老人と短剣使いのホアキンを連れて。
 剣を受け取った役人は、当然、見知らぬ男を訝しげに見つめる。

「見かけぬ顔だな」

「すいませんねえ。実は……お約束の物が遅れそうなんです。お詫びに、凄腕の大工を紹介しますよ」

「大工だと? 余計なものを連れてきおって」

「いやいや、この館は、荒っぽい兵士さんが詰めてますから。みなさん鍛錬中に壁をぶっ壊す勇ましい方ばっかり。どうすかね? とりあえず修繕個所を見てもらうってのは?」

「……好きにするがいい」

「じゃあ武器の納品、三日待ってくれませんかねえ」

 マルセルはもみ手をして愛想笑いを浮かべる。

「それは別だ。陛下はことのほか、時を大切にされる。お前もなにがあろうが約束は守れ」

「うひゃああ~、駄目ですか」

 鍛冶屋の男は愛想笑いを浮かべたまま、館の奥に入った。二人の侵入者を連れて。


「へえ~、あんたすごい信頼されてるんだ」

 細身の男ホアキンは、目を輝かせてマルセルを見つめる。

「昨日言っただろ? 裏切り者さ」

「いやいや、大したもんじゃ」とフランツ老が微笑む。

「じゃあ、ちょっと細工を仕掛けるかの」

 老人は、荷袋からトンカチを取り出し、壁をコツコツと叩き始めた。

「じいさん、あたしも仕事するよ」

 ホアキンは、壁や天井の隅々に目を凝らす。館の構造を覚えようとしているのか。
 マルセルは「じゃあ、次はこっちの修理頼みますよ」と案内し、ホアキンの耳元で「あそこが代官の部屋です」とささやく。
 侵入者の仕事が終わったところで、マルセルは役人たちに挨拶し館をあとにした。


 襲撃の夜。マルセルは、館の藏に込もって、エリオンたちを待ち構えた。
 音もなく男たちがソロソロと忍び込んできた。フランツ老が館に忍び込めるよう、壁に細工をしたらしい。
 見張りの兵士を短剣使いのホアキンが背後から羽交い締めにして、剣士セオドアが切り捨てる。
 マルセルは、そっとエリオンたちを追った。

 異変に気がついた館の兵士たちは、次々と五人の男に襲いかかる。
 が、太った若者が斧を振り回すと、あっという間に兵士はなぎ倒され、なんなく五人は奥に進む。
 兵士は襲いかかろうとするが、壁が崩れたり床に穴が開いたりと、行く手を阻まれる。フランツは館のあちこちに細工を仕掛けたらしい。

 外からけたたましい怒号が聞こえてきた。槍のニコスに率いられたカリマたちだ。
 人々は、先行の五人の働きで守りが薄くなった館に押し掛け、エリオンたちと合流した。

 鍛冶屋の男は呆然と立ち尽くすなか、カリマは弓を構えて兵士たちに射かけた。
 ニコスは「助かる!」とカリマを労えば、ホアキンは「可愛いのに、やるじゃない!」と励ます。セオドアはカリマに一瞥をやるも無言で、次から次へと襲いかかる敵に剣で払う。

 大男は「うほほーい」と叫び、斧を振り回す。子供は杖を振りかざして冷気を飛ばし、兵士たちを凍らせる。フランツ老が館の柱に触れると仕込んだ細工が発動して天井が崩れる。兵士らが下敷きになる。
 村人たちも負けず劣らず、斧を振り回す。
 王の兵士は村人に襲いかかるが、六人の男たちに阻まれる。

(俺はこんなところに隠れたままでいいのか?)

 マルセルもついに飛び出した。自らが鍛えた短剣を手にして。
 すぐさま王の兵士が、マルセルに襲いかかる。

「この裏切り者め! なんのためにお前を生かしといてやったと思ってる!」

「ああ、俺はラサ村の裏切り者だ! でもこれ以上、お前らの情けで生かされるのは、ごめんだ!」

 兵士が剣を横に振り回す。マルセルの胴体がまさに切り裂かれようとしたとき。

 若き鍛冶屋の目の前で、兵士が鈍い音を立ててうつ伏せに倒れた。背中から血を流して。
 血塗られた剣を振りかざすセオドアが立っていた。

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