上 下
11 / 44
2章 千年前の女勇者

9 戦った日々

しおりを挟む
 ラサ村の人々がネクロザール王への不満をぶつけ合う場と化した洞窟。
 そこへ見知らぬ男の声が響いた。
 マルセルは、ついにこの隠れ場が役人に見つかったのかと、拳を握りしめる。
 ランタンで男の姿を照らした。生成りのローブを着た小柄な若者だ。マルセルと同年代に見える。このあたりでは見たことがない。
 大きな緑色の眼に、短く切り揃えたブルネットの巻き毛。意志の強そうな眉毛。目の覚めるような美青年だ。
 村にたむろする王の役人とは、明らかに風情が異なる。

「あれえ、お兄さん。お役目ご苦労さんです」

 マルセルはヘラヘラ笑い、見知らぬ男の肩に腕を回す。
 途端に暗がりから、別の男が現れた。

「師に一指でも触れてみよ! この剣の餌食にしてやる!」

 見ると、背の高い若者が長剣を掲げている。
 いや、一人ではない。
 剣の若者に続き、槍を突き出す中年、鎚を握りしめる老人、杖を掲げた子供など、ローブの美青年の背後には、六人もの男たちが控えている。いずれも初めて見る顔だ。
 マルセルは、慌てて美青年から手を離す。

 この物騒な男たちを、どうやって追い出そうかと頭を悩ませていたところ、背後から、ペタペタと軽快な足音が近づいてきた。
 振り返るまでもなく、この足音はカリマに違いない。

「お前、こっちに来るな!」

 マルセルの警告を無視してカリマが躍り出た。彼女は弓を構えて矢をつがえた。

「ここから出ていけ! 私の矢は百発百中! あんたらの目ん玉が破れても知らないよ!」

「やめろ、カリマ! 大体、どこからそんな武器を!?」

 村長夫妻が殺されてから、村人は役人たちに武器を取り上げられた。カリマは狩猟するとき、役人たちから弓矢を借りるが、終わると返さなければならない。
 彼女は、弓矢をこの洞窟に隠し持っていたようだ。

「カリマ! お前一人じゃ勝てっこねえ!」

 マルセルは、幼馴染の肩を揺すった。
 巻き毛の青年は荷袋を背負っているだけで、武器は持っていない。この男だけなら、弓の達人カリマなら難なく倒せるだろう。
 が、後ろに控える六人の男たちはみな武器を構えている。
 槍を突き出した中年の男がささやいた。

「女、弓を下ろせ。この槍の穂に、無駄な血を吸わせたくない」

 六人の男がマルセルとカリマに詰め寄る。どうにも事態を打開できず二人は固まるのみ。
 するとローブの青年が手を掲げ、六人の男に呼び掛けた。

「武器を納めよ! お前たち、丸腰の男と若き乙女を刃物で脅すとは、勇者の風上にもおけぬ!」

「し、しかし、師匠!」

 剣を構えた青年は、納得できないのか姿勢を崩さない。

「セオドア、師に逆らってはいけない」

 中年の男は、突き出した槍を引っ込め立てた。
 セオドアと呼ばれた青年は、ためらいつつもゆっくり剣を降ろす。

「ニコス、相分かった。師がおっしゃるからには、仕方あるまい」

 ローブの青年は、セオドアが剣を鞘に納めたことを確認し、カリマに向き直った。
 少女にジリジリと近づき、腕を伸ばした。

「案ずるな。私は、そなたの敵ではない」

「え? あ、あんたは……」

 マルセルの腕の中でカリマの力が抜けた。

「我が名はエリオン。ネクロザールの野望を阻まんと旅してきた。ここに集うは私の同志」

 カリマはその場で弓を降ろす。

「……ネクロザールの野望?」

 少女の目が開かれる。マルセルの顔から作り笑いが消えた。
 青年エリオンは、六人の男たちを従えて洞窟の奥に進む。
 マルセルはカリマの肩を抱き寄せ、彼らに遅れないよう着いていった。
 村人たちは、突然現れた謎の一団を見るなり、「ひっ!」と声をひっくり返し、互いに身体を寄せ合った。
 エリオンはその場に腰を下ろし、満足気に笑った。

「そうか……ここは、ラサ人の戦いの場だったのか」

 カリマが反応する。

「戦い? 情けないよね。あたしら何もできず、隠れて愚痴をこぼしていただけさ」

「つまり、お前たちの心はネクロザールに支配されなかったのだな」

 少女の目が大きく瞬く。マルセルは、カリマの肩から腕を離した。

「お前たちは強い。今までよく耐えてきたな」

 巻き毛の青年の美しい指が、カリマの頬をそっとなぜた。
 途端、少女の目に涙が溢れる。

「あ、あ、うわああああああ! あ、あたし、あたしは」

 カリマはその場で泣き崩れ落ちた。
 マルセルは、シャルロットたちが殺されてから、幼馴染の泣き顔を見たことがなかった。


 ローブを着けた青年エリオンは、洞窟に籠るラサ村の人たちに名を告げた。
 マルセルはその輪に加わらず、少し離れて眺めていた。

「我らは、王ネクロザールを倒すため大陸の果てから集まった同士だ」

 カリマは男たちに疑問を投げかけた。

「でも統一王は、聖王様の生まれ変わりなんだよね?」

「案ずるな。ネクロザールは断じて聖王アトレウスの生まれ変わりではない」

 エリオンの静かな声が洞窟に響く。後ろに控える六人の男たちは、力強く頷いた。

「聖王アトレウスは慈悲深く、不作のときは税を取り立てなかった。無闇に生贄を捧げたり、美女を城に集めたりもしなかった。私は大陸中を回り、古老たちから聖王の正しい言い伝えを集めた」

 エリオンは手を高く掲げた。

「ネクロザールは、己の欲を満たすために民をいたずらに苦しめている。断じて聖王ではない。あれは……魔王である!」

 ローブの青年は振り返り、後ろに控えた六人の男たちに命ずる。

「お前たち、この気の毒な村人のため、ひと働きしてくれないか」

 精悍な青年セオドアが「もちろんです! 館を取り返して見せましょう!」と剣を掲げる。
 長身の壮年ニコスが「何事も師のおおせのままに」と、槍を突き出す。
 恰幅の良い若者が「力仕事はおいらに任せてくんろ!」と、斧を振りかざす。
 細身の男がニヤッと笑い「紳士としては、見過ごせないね」と短剣をくるくる回す。
 あどけない少年が「僕の魔法、見せてあげるよ」と杖の先を光らせる。
 浅黒い老人が「魔王なんてわしに比べりゃ、ただの若造じゃ」と、鎚を強く握りしめる。
 六人の男たちは合わせて「おおおお!」と、意気を上げた。
 エリオンは満足げに頷き、村人に向き直る。

「では、決行は明日の夜。それまで皆は、ここで待っているがいい。魔王の軍勢を追い払ってみせよう」

 カリマは、目をパチクリさせた。

「え? あんたたち、たった七人で? 館には、おっかない鎧をかぶった兵が、百人も詰めてるんだよ」

「百人か、それなら我らの敵ではない!」と剣の若者セオドアが笑う。
「師のお導きがあれば、百人も千人も打ち払ってみせよう」と槍の壮年ニコスが頷く。

 エリオンは「ホアキンとフランツは、先に館の様子を探ってくれ」と、細身の男と老人に指示を出した。

「忍び込みなら、あたしに任せな」と短剣の男ホアキンは笑い、「ついでに館に細工を仕掛けるとするか」とフランツ老人は胸を叩く。

 ローブの青年が六人の男たちを従え「では、また」と、洞窟を出ようとする。

「ま、待って! あいつらをやっつけるならあたしも行くよ!」

 カリマは、エリオンの袖を引っ張った。


「師に何をする!」

 剣の青年セオドアが、カリマに詰め寄った。

「待て」と、槍の壮年ニコスが剣の青年を制し、「我らに任せてくれ」とカリマを宥める。

「麗しいセニョリータの顔に傷がついたら、あたしは嫌だな」と、細身の男ホアキンがカリマの頬に指を滑らす。
 子供も老人も次々とカリマを諌める。
 が、一同を率いるローブの青年は片手をあげると、男たちは押し黙った。

「勇ましい娘よ。名をなんという?」

「あたしはカリマ。姉ちゃんを殺したあいつらの仇を取りたいんだ!」

 カリマに続き、村人が立ち上がった。

「カリマひとりを行かせられねえ!」「あたしだって行くよ!」「おらもおらも!」

 エリオンは大きく頷いた。

「ラサ人の気持ちはよくわかる。みな、我らに加わるがよい」

 六人の男たちは次々と「師匠! 危険です!」「足手まといだ!」と口々に抗議する。
 エリオンは涼しげな声を張り上げた。

「お前たちはみな、魔王に家族を殺された。この者も同じ。愛を奪われる苦しみに男も女もない!」

 ローブの青年は槍の壮年に顔を向けた。

「ニコス。カリマたちを導くがよい。出発は明日の夜。この洞窟に村人を集め、館に向かうのだ」

「かしこまりました」

 ローブの青年は、残りの五人の男たちに「我らは先に、館を襲撃する」と命ずる。

 エリオンは「美しいラサの村を共に取り戻そうではないか」と村人を励ます。人々は「俺たちの地獄を、終わらせてやる」と続けた。
 マルセルは、意気を上げる人々を、ひとりで見つめていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

私の知らぬ間に

豆狸
恋愛
私は激しい勢いで学園の壁に叩きつけられた。 背中が痛い。 私は死ぬのかしら。死んだら彼に会えるのかしら。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

麗しのラシェール

真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」 わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。 ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる? これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。 ………………………………………………………………………………………… 短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

病弱な幼馴染と婚約者の目の前で私は攫われました。

恋愛
フィオナ・ローレラは、ローレラ伯爵家の長女。 キリアン・ライアット侯爵令息と婚約中。 けれど、夜会ではいつもキリアンは美しく儚げな女性をエスコートし、仲睦まじくダンスを踊っている。キリアンがエスコートしている女性の名はセレニティー・トマンティノ伯爵令嬢。 セレニティーとキリアンとフィオナは幼馴染。 キリアンはセレニティーが好きだったが、セレニティーは病弱で婚約出来ず、キリアンの両親は健康なフィオナを婚約者に選んだ。 『ごめん。セレニティーの身体が心配だから……。』 キリアンはそう言って、夜会ではいつもセレニティーをエスコートしていた。   そんなある日、フィオナはキリアンとセレニティーが濃厚な口づけを交わしているのを目撃してしまう。 ※ゆるふわ設定 ※ご都合主義 ※一話の長さがバラバラになりがち。 ※お人好しヒロインと俺様ヒーローです。 ※感想欄ネタバレ配慮ないのでお気をつけくださいませ。

処理中です...