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2章 千年前の女勇者
6 幸せな村
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夜、鍛冶屋のマルセルは美しい幼馴染の結婚を前に、物思いに耽っていた。
そんな彼の前に、来客が現れた。
「やっほ、マルセル」
小屋に少女の声が響く。ランタンを手にしたカリマが入ってきた。
「どうした? まさかシャルロットさんと喧嘩したのか?」
カリマは子供の時からマルセルの小屋によく寝泊まりしていた。特に姉妹で喧嘩した日は必ず幼馴染の元に駆け込む。
「違うって。姉ちゃんとリュシアンさんが盛り上がっちゃって、居づらくてさ」
「げっ! あの人たち、カリマの目の前でそんなことするのか?」
「なに考えてんだよ! 普通におしゃべりしてるだけだって。あたしがマルセルのとこ泊まるって言ったら、姉ちゃん安心してたよ」
小柄な少女はランタンを土間において、腰を下ろした。
「やっぱり、あたし、二人のお邪魔虫だよね」
マルセルは、寂しげな少女の頭を撫でる。
「リュシアンさんは、お前も一緒にと言ってただろ?」
カリマは膝を抱えて首を降る。
「でも、今まで通りにはいかないし、それより……」
ランタンが、少女の琥珀色の眼を照らす。
「マルセルの方が落ち込んでるよね」
「あ、いや、お、俺はシャルロットさんが幸せになれて良かったって……」
マルセルはうろたえた。シャルロットへの想いは、誰にも打ち明けたことがない。一番親しい幼馴染みにも。
「みえみえだよマルセル。姉ちゃんと話すときだけ、声がうわずって顔赤くして俯いてさ」
カリマが、頬を膨らませている。生まれたときから知っている小柄な少女。
男のなりを好む勇ましい少女が、男の恋心を見抜くとは。いくら見た目が男でも、女らしい心があるのだなと、マルセルは、恥ずかしく思うとともに感心する。
「シャルロットさんとリュシアンさんは、お似合いだからな」
カリマは腰にぶら下げた皮袋から、葉っぱの包みを取り出し、土間に広げた。
拳大の茶色い塊が現れた。
「これ鹿の干し肉。リュシアンさんから、狩りの褒美にもらっちゃった」
「カリマ! そんな貴重な肉、もったいないだろ!」
「可哀想なマルセルに、あげるよ」
「ははは。お前、いいやつだな」
カリマを子供と思っていたが、いつの間にか人を気遣える娘に成長したようだ。
小さな幼馴染の優しさがありがたく、マルセルは、カリマの赤毛をクシャクシャにかき回す。
「それなら、俺からはこれを」
マルセルは土間に嵌め込まれた板を外した。中から素焼きの壺を取り出す。
カップを二つ並べ、壺の中身を注いだ。
「マルセル、それワイン? いいのか? 酒を隠し持ってると……ネクロザール王の役人に捕まるって……」
「ああ、だからリュシアンさんがコッソリとみんなに分けてくれたんだ……本当にいい人だよなあ」
若い鍛冶屋は寂しげに微笑み、カップをカリマに渡した。
「じゃ、姉ちゃんの結婚を祝って」
「かんぱーい!」
素焼きのカップがゴツンと鈍い音を立てる。
二人は、一杯のワインを舐めるように味わった。いつの間にか肩を寄せ合い眠りに落ちた。
一番鶏の鳴き声で目が覚めた途端、顔を見合わせ笑い転げた。
シャルロットがリュシアンに嫁いで、一年が経った。
マルセルは村長の館に、自分が作った鍬を届けにあがった。
「マルセルはラサ一番の鍛冶屋だな。お前の鍬は丈夫で長持ちする。しかも刃先が鋭いから、非力な女でも土を耕せる」
「そうよ。マルセルは鍛冶だけじゃないの。織り機も直せるのよ」
村長夫妻はいつも笑顔でマルセルを迎えてくれた。
リュシアンは、毛織のチュニックを被っている。マルセルには、織り込まれたワシの絵柄に見覚えがあった。
シャルロットが結婚する前、彼女の織り機で見かけた柄だ。
(そうか。シャルロットさんは、リュシアンさんのために織っていたのか)
若き村長は微笑みを絶やさない。
「マルセル。そろそろ嫁を貰ったらどうだ? うちの館によく働く娘がいるんだ」
「ええ、あなたはお父さんになってもおかしくない年よ」
シャルロットは大きく膨らんだ腹を撫でた。
「あ、俺みたいな男じゃ、女に悪いんで」
若者は紺色の帽子を被って背を向けた。うしろから「待ってよ、マルセル」と女が呼びかけるが、彼は足早に村長の館を出る。
と、矢筒を背負った娘に出くわした。
「あれ、マルセルじゃん」
「よお、カリマか。また狩りに出かけるのか?」
「うん。ウサギを獲って、姉ちゃんにあげるんだ」
マルセルは声を潜めた。
「いいのか? 勝手に森で狩りをして、ネクロザール王の役人に見つかったらまずいぞ」
「あたしはそんなヘマしないさ。姉ちゃんに丈夫な赤ちゃんを産んでほしくてさ……今年は不作だろ? 姉ちゃん、村長夫人が贅沢するわけにいかないって、ロクに食べてないんだ」
「お前、いいやつだな」
鍛冶屋は女狩人の頭を撫でる。しかしカリマは幼馴染の手を振り払い、顔を上げた。
「……マルセル、ずっとその帽子……姉ちゃんが編んだ帽子、被ってるんだ」
若者は慌てて帽子をこすった。
「あ、まあな。俺のボサボサ頭を隠すのに、ちょうどいい」
「……まだ姉ちゃんのこと……いいや、行ってくる」
「役人に見つからないようにな」
少女カリマは振り返ることなく、左腕を挙げた。
ラテーヌ地方の辺境ラサの村。
村人それぞれの心模様もふくめて、ささやかではあるが幸せのうちにあった。
だがこの幸せは、一瞬にして打ち砕かれた。
ネクロザールが派遣した役人によって。
そんな彼の前に、来客が現れた。
「やっほ、マルセル」
小屋に少女の声が響く。ランタンを手にしたカリマが入ってきた。
「どうした? まさかシャルロットさんと喧嘩したのか?」
カリマは子供の時からマルセルの小屋によく寝泊まりしていた。特に姉妹で喧嘩した日は必ず幼馴染の元に駆け込む。
「違うって。姉ちゃんとリュシアンさんが盛り上がっちゃって、居づらくてさ」
「げっ! あの人たち、カリマの目の前でそんなことするのか?」
「なに考えてんだよ! 普通におしゃべりしてるだけだって。あたしがマルセルのとこ泊まるって言ったら、姉ちゃん安心してたよ」
小柄な少女はランタンを土間において、腰を下ろした。
「やっぱり、あたし、二人のお邪魔虫だよね」
マルセルは、寂しげな少女の頭を撫でる。
「リュシアンさんは、お前も一緒にと言ってただろ?」
カリマは膝を抱えて首を降る。
「でも、今まで通りにはいかないし、それより……」
ランタンが、少女の琥珀色の眼を照らす。
「マルセルの方が落ち込んでるよね」
「あ、いや、お、俺はシャルロットさんが幸せになれて良かったって……」
マルセルはうろたえた。シャルロットへの想いは、誰にも打ち明けたことがない。一番親しい幼馴染みにも。
「みえみえだよマルセル。姉ちゃんと話すときだけ、声がうわずって顔赤くして俯いてさ」
カリマが、頬を膨らませている。生まれたときから知っている小柄な少女。
男のなりを好む勇ましい少女が、男の恋心を見抜くとは。いくら見た目が男でも、女らしい心があるのだなと、マルセルは、恥ずかしく思うとともに感心する。
「シャルロットさんとリュシアンさんは、お似合いだからな」
カリマは腰にぶら下げた皮袋から、葉っぱの包みを取り出し、土間に広げた。
拳大の茶色い塊が現れた。
「これ鹿の干し肉。リュシアンさんから、狩りの褒美にもらっちゃった」
「カリマ! そんな貴重な肉、もったいないだろ!」
「可哀想なマルセルに、あげるよ」
「ははは。お前、いいやつだな」
カリマを子供と思っていたが、いつの間にか人を気遣える娘に成長したようだ。
小さな幼馴染の優しさがありがたく、マルセルは、カリマの赤毛をクシャクシャにかき回す。
「それなら、俺からはこれを」
マルセルは土間に嵌め込まれた板を外した。中から素焼きの壺を取り出す。
カップを二つ並べ、壺の中身を注いだ。
「マルセル、それワイン? いいのか? 酒を隠し持ってると……ネクロザール王の役人に捕まるって……」
「ああ、だからリュシアンさんがコッソリとみんなに分けてくれたんだ……本当にいい人だよなあ」
若い鍛冶屋は寂しげに微笑み、カップをカリマに渡した。
「じゃ、姉ちゃんの結婚を祝って」
「かんぱーい!」
素焼きのカップがゴツンと鈍い音を立てる。
二人は、一杯のワインを舐めるように味わった。いつの間にか肩を寄せ合い眠りに落ちた。
一番鶏の鳴き声で目が覚めた途端、顔を見合わせ笑い転げた。
シャルロットがリュシアンに嫁いで、一年が経った。
マルセルは村長の館に、自分が作った鍬を届けにあがった。
「マルセルはラサ一番の鍛冶屋だな。お前の鍬は丈夫で長持ちする。しかも刃先が鋭いから、非力な女でも土を耕せる」
「そうよ。マルセルは鍛冶だけじゃないの。織り機も直せるのよ」
村長夫妻はいつも笑顔でマルセルを迎えてくれた。
リュシアンは、毛織のチュニックを被っている。マルセルには、織り込まれたワシの絵柄に見覚えがあった。
シャルロットが結婚する前、彼女の織り機で見かけた柄だ。
(そうか。シャルロットさんは、リュシアンさんのために織っていたのか)
若き村長は微笑みを絶やさない。
「マルセル。そろそろ嫁を貰ったらどうだ? うちの館によく働く娘がいるんだ」
「ええ、あなたはお父さんになってもおかしくない年よ」
シャルロットは大きく膨らんだ腹を撫でた。
「あ、俺みたいな男じゃ、女に悪いんで」
若者は紺色の帽子を被って背を向けた。うしろから「待ってよ、マルセル」と女が呼びかけるが、彼は足早に村長の館を出る。
と、矢筒を背負った娘に出くわした。
「あれ、マルセルじゃん」
「よお、カリマか。また狩りに出かけるのか?」
「うん。ウサギを獲って、姉ちゃんにあげるんだ」
マルセルは声を潜めた。
「いいのか? 勝手に森で狩りをして、ネクロザール王の役人に見つかったらまずいぞ」
「あたしはそんなヘマしないさ。姉ちゃんに丈夫な赤ちゃんを産んでほしくてさ……今年は不作だろ? 姉ちゃん、村長夫人が贅沢するわけにいかないって、ロクに食べてないんだ」
「お前、いいやつだな」
鍛冶屋は女狩人の頭を撫でる。しかしカリマは幼馴染の手を振り払い、顔を上げた。
「……マルセル、ずっとその帽子……姉ちゃんが編んだ帽子、被ってるんだ」
若者は慌てて帽子をこすった。
「あ、まあな。俺のボサボサ頭を隠すのに、ちょうどいい」
「……まだ姉ちゃんのこと……いいや、行ってくる」
「役人に見つからないようにな」
少女カリマは振り返ることなく、左腕を挙げた。
ラテーヌ地方の辺境ラサの村。
村人それぞれの心模様もふくめて、ささやかではあるが幸せのうちにあった。
だがこの幸せは、一瞬にして打ち砕かれた。
ネクロザールが派遣した役人によって。
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