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2章 千年前の女勇者

5 辺境の男女四人物語

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 ゴンドレシア大陸には、代々聖王アトレウスの子孫が王として君臨していた。
 しかし聖王の時代から千年経ち、王の権威は失墜。地方領主たちが台頭し、領地をめぐっての争いが始まった。

 この動乱は、青年ネクロザールの出現で速やかに終息した。彼は、自らを聖王アトレウスの生まれ変わりと名乗り、相争う領主たちを支配下においた。
 大陸は、かつての栄光と平和を取り戻したかにみえた。

 が、それはひとときのこと。ネクロザールの統一によって、大陸はさらなる苦難に見舞われる。
 彼は、かつての領主たちより重い税や労役を、民に課した。

 不作の年でも税を取り立てるため、多くの民が飢え死にする。若者は里を捨てて山に逃げ込む。しかし山に逃げ込んでも、ネクロザールの兵士たちにすぐに連れ戻され、囚人として過酷な労役に処せられた。

 心ある領主は民を思い、税の取り立てを見合わせた。が、そのような温情ある領主を、ネクロザールが派遣した役人たちは「法に背いた」と処刑する。処刑のあと、領地はネクロザールの直轄地となった。

 さらにネクロザールは、聖妃アタランテを甦らせるためとして、多くの幼子を各地から集め、生け贄に捧げた。

 うず高く積み上げられた屍を前に、人々は慟哭する。
 しかし彼が聖王アトレウスの生まれ変わりと称する以上、民は従うしかなかった。

 ネクロザールの台頭から二十年が経った。


 ラテーヌ地方の辺境の村ラサでは小麦や葡萄がよく実ったため、統一王ネクロザールの重税をなんとか凌ぎ、村人は慎ましくも穏やかに暮らしていた。

「こりゃ、足踏みの板が壊れてんな」

 ラサの鍛冶屋マルセルは今年で二十才。織り機の前にしゃがみこみ、器用に金槌をトントンと叩いていた。

「よっしゃ、これで新しい板に交換したぞ」

 マルセルは立ち上がり、織り機のペダルをリズミカルに踏んだ。
 張られた縦糸たちが交互に波を打つ。

「マルセル! すごいわ。あなたってなんでも直せるのね!」

 赤毛を編み上げた美しい女が、琥珀色の大きな目を輝かせ、鈴の音のような声を響かせる。
 二つ年上の幼馴染みの眩しさをマルセルは直視できず、俯いた。

「シャルロットさん。俺はこれで」

 マルセルはボサボサ頭をかき、シャルロットに背を向けた。

「待って!」

 シャルロットは、壁棚に置いてある毛糸で編んだ紺色の帽子を手に取った。

「はい、お礼」

 機織り娘は、鍛冶屋の若者のボサボサ頭に、ふんわりと毛糸の帽子を被せた。

「あら男前ね! マルセルによく似合ってる」

 若者は気恥ずかしさに耐えきれず織り機に顔を向けた。

「シャルロットさん、ずいぶん立派な織物だな」

 布地にはワシのような図柄がうかんでいる。

「ええ、織るのが難しくて……」

 村評判の美女は、頬を染めて俯く。

「あ、じゃあ」

 マルセルは、たった今もらった帽子を目深にかぶり、機織り小屋を出ようと扉を開けた。
 そこには、シャルロットより小柄の赤毛の少女が立っていた。少女はチュニックにズボンと男のなりをして、弓を手にしている。

「あれ、マルセル来てたんだ」

「よお、カリマ、上手く仕留めたか?」

 シャルロットの妹カリマは今年で十五歳だ。
 姉は、狩りから戻った妹を迎えた。

「カリマ、狩猟は無事に終わったのね。怪我はない?」

「へへ姉ちゃん。大きな鹿を一矢でやっつけたよ。リュシアンさんが後で肉をわけてくれる」

 カリマは弓を掲げ、ラサの若き村長の名をあげた。
 この十五歳の少女は弓の名人で、鹿狩りのときは村長から必ず呼ばれる。

「そう。リュシアン様が……それなら安心ね」

 シャルロットの頬が赤く染まる。美女の微笑みは、マルセルの胸を冷たく凍らせた。
 しかし美女は、幼馴染の表情の変化には目を止めず、妹の肩をさする。

「でもカリマ。あたしが機織りで稼ぐから、無理しないで」

「違うよ姉ちゃん。あたしは狩りが好きなんだ。あ、マルセル」

 少女は、マルセルの頭に顔を向けた。

「あれ? それ姉ちゃんの編んだ帽子だ。へー、マルセル、良かったじゃん」

 若者は俯き「ああ、機織り、動くようになったぞ」とぶっきらぼうに答え、外に出た。
 すると今度は、森から精悍な若者が現れた。

「やあ、マルセルも来てたのか。ラサの美しい姉妹はいるかな?」

 若者は、白いマーガレットの花束を手にしている。
 マルセルは、ラサの村長に答えた。

「リュシアンさん。シャルロットさんも、カリマもいますよ」

「カリマとはさっき、鹿狩りで一緒だった。そうだ。マルセルも立ち会ってくれないか?」

 マルセルは、若き村長をしげしげと見つめる。
 豊かな長い黒髪。小麦色の肌。チュニックがはち切れそうな熱い胸板。

 ――やせこけてみすぼらしい俺とは、何もかも違う。

 気乗りしないが村長に請われ、仕方なしにマルセルは姉妹の家に戻った。
 リュシアンが手にする白い花束から、これから起こる出来事は予想できる。そこに立ち会えと言うからには、男前の村長は自信あるんだろうなと、マルセルは寂しくなった。
 村長の訪れに、姉妹は顔を輝かせる。

「リュシアンさん」

「やあ、カリマ。君のおかげで今日も鹿狩りが上手くいった。ラサの村が豊かなのは、カリマのお陰だ」

 カリマは「へへ」と笑いつつも、マルセルにチラチラと視線を送る。
 シャルロットは、リュシアンに極上の微笑みを見せた。

「リュシアン様。鹿狩りでカリマがいつもお世話になっています」

 村長は咳払いをしたあと、マーガレットの花束をシャルロットに差し出した。

「シャルロット、どうか私の妻になってほしい」

 マルセルの顔がさっと暗くなる。まさに予想通りの展開だった。
 一方、シャルロットは、薔薇色の頬を輝かせる。

「え、リュシアン様、で、でもあたしには、この子が……」

 姉は妹の小さな肩を抱き寄せた。

「ね、姉ちゃん、あたしのことなんて気にしなくていいよ」

 リュシアンは姉妹に微笑みかけた。

「カリマも一緒に暮らそう。私の家から、いずれ花嫁として送り出してやりたい」

 シャルロットの目尻がキラッと輝いた。

「夢みたい! あたしがリュシアン様のお嫁さんになれるなんて!」

 マーガレットの花束にシャルロットは顔をうずめた。

「やったあ!」とリュシアンは村長の威厳を投げ捨て、美女を抱きしめる。

「姉ちゃん、良かったね」

 カリマは手を叩きつつ、マルセルをチラチラ見やる。
 鍛冶屋の若者は大きく頷いた。

「シャルロットさん、おめでとうございます」

 ペコっと頭を下げて、姉妹の家をあとにした。


 夜も更け、マルセルは粗末な寝台に転がり、天井の梁を見つめていた。

 シャルロットとカリマ。ラサ村評判の美人姉妹。
 物心ついたときからシャルロットとよく遊んだ。そのうちカリマが生まれ、三人で過ごすようになった。
 マルセルの親も姉妹の親も、早く亡くなった。親たちを失ってから、三人で寄り添うように生きてきた。

 シャルロットは「カリマが嫁ぐまであたしはひとりでいいの」と宣言していた。
 ラサ村の若者の多くがシャルロットに憧れ、なかには結婚を申し込む者もいたが、それらをシャルロットは斥けた。
 マルセルは、ずっと三人の時間が続くものだと思っていた。

 しかし三人の時間は終わりを迎えた。
 目が冴えてきて、何度も寝がえりをうつ。今夜は寝られそうもない。

 夜、小屋の粗末な扉がコンコンと鳴った。
 ひとりぼっちの鍛冶屋を訪ねる者がいた。
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