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2章 千年前の女勇者

7 暗転

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 マルセルは、自作の鍬をリュシアンに届け、狩りに出掛けるカリマを見送った。用は済んだとばかりに、彼は館をあとにする。
 そのとき。
 遠くの大地がザザザと鳴った。

 音は次第に近づき、金属音と人々の騒めきが加わった。
 鉄の鎧を着けた男たちが近づいてきた。幾人かの村人が、それらを遠巻きに見つめている。
 鎧の男は百人ぐらいだろうか。マルセルも慌てて館の蔵に入り様子を伺う。
 鎧の群れは、館に入り口に立ち止まる。
 軍団の先頭に白いマントを羽織った男が進み出て、声を張り上げた。

「村長はいるか!」

 すぐさま、マルセルが先ほど会ったばかりのリュシアンとシャルロットが現れた。五人ほどの使用人を伴って。
 白いマントの男は、リュシアンの胸ぐらを掴み怒鳴り散らす。

「村長リュシアン。お前は、陛下が定められた量の小麦とワインを納めず、私腹を肥やした。法の裁きで処刑する!」

「待ってくれ! 日照りが続いて不作なんだ! 来年に不足の分を埋め合わせるから、今年はどうか見逃してくれ!」

「見苦しい言い訳はするな!」

 マントの男はリュシアンを突飛ばし、隣の兵士に合図する。
 指示を受けた兵士は槍を構え、転がるリュシアンに襲いかかった。

「だめえええ!!」

 身重のシャルロットが、地に伏せたリュシアンに覆い被さる。
 槍の贄となったのは、村長の妻だった。

「うぐおおおおお! シャルローーーーーーット!!」

 村人の前で一度も怒りを見せなかったリュシアンは、目を吊り上げる。ズボンの裾に忍ばせていた短剣を取り出した。

「よくもよくも俺の妻と子供を!!」

 無謀にもリュシアンは、マントの男に切りかかる。
 が、彼も、傍にいた兵士たちの槍の餌食となった。
 使用人たちは泣き叫び、主人と同じように抵抗を試みるが、兵士の槍に敵う者はいない。
 マルセルは、血の饗宴を目の当たりにして、ガクガクと震えた。

(嘘だ嘘だ! シャルロットさんが! リュシアンさんが!)

 口元を抑え、叫びたい衝動を必死に堪えた。
 平和な村長の館が、血の匂いで満たされる。
 呆気なく消えゆく命の群れ。

(嫌だ! 俺は死にたくない!)

 彼の意識はただ、凄惨な舞台からの逃走に注がれた。そろそろと足音を立てないようにして蔵から出た。ゆっくりと館の敷地を後退りする。
 酷い劇は視界から消え、金属音は小さくなった。
 彼は走り出した。

 マルセルは、家という家を訪ね回り、この惨劇を伝え外に出るなと忠告する。村長の館に駆けつけようとする者には、強く警告した。
 ここにきて彼は、幼馴染の少女を思い出す。
 カリマは、臨月を迎えた姉のためウサギを獲ってくると、出かけたのだ。

「カリマが危ない!」

 マルセルは森に向かった。
 と、よく知る娘と見知らぬ男たちが言い争う声が聞こえてきた。
 慎重に若者は声のする方に近づく。

「やめろ! あたしに触ったら、あんたらの目玉、うち抜いてやる!」

「陛下の許しがない森での狩猟は法に背く。捕まえろ」

「こいつは女だ。奴隷として、陛下に差し出そう」

「いやだ! あたしはラサに残る! 姉ちゃんの赤ちゃん、守るんだ!」

 木陰でマルセルは震えながら見つめる。このままでは、カリマは連れ去られてしまう。
 男たちは、皮の胸当て着け剣を下げている。館の惨劇を思い起こす。呆気なく殺されたシャルロットにリュシアン……。
 脚がガクガク震えてくる……このまま隠れていれば自分は助かる……カリマは運が悪かった……仕方ない……いや違う!

「待ってくださーい! そいつを奴隷なんて、もったいないっすよ」

 マルセルは、頬を引き攣らせて、諍いの場に近づいた。しゃくしゃくと落ち葉を踏み鳴らす。

「マルセル! こっちくんな!」

 カリマは気丈にも幼馴染みに警告する。
 いまさらながら、若者の胸がえぐれるように痛む。妹も同然の娘の姉夫婦を見殺しにして逃げ出したのだ。
 自分はこんな風に気遣われる資格はない。

「お役人さーん、そいつは村一番の狩人ですよ。奴隷なんかもったいない」

 マルセルは、努めて朗らかに振る舞った。
 カリマの籠から、彼女が仕留めた獲物を二羽取り出し、男らに差し出した。

「へい。どうかお役人さんたちのご馳走にしてください」

「マルセル!」

 幼馴染に勝手に獲物を奪われた少女は、目を剥いた。マルセルは、腕のなかで暴れる娘の口を塞いで抱え込む。

「お役人さん、こいつにはよくいって聞かせます。あ、俺は鍛冶屋です。俺たち、お役人さんのために働きますから、見逃してください」

 マルセルは強引にカリマの頭を押さえつけ、共に地面にひれ伏した。

「では、お前らの心意気がまことか確かめてやろう。着いてこい」

 マルセルは、カリマの口を押さえ込んだまま立ち上がった。
 二人はを胸当てを着けた男たちに挟まれるように、歩かされた。
 森を抜け、もと来た道を戻る。
 村長の館が見えてきた。
 不吉な臭いが漂ってくる。
 次第にパチパチとなにかが焼ける音が大きくなってきた。

(カリマ、耐えろ!)

 マルセルは、片手でカリマの顔を押さえ込み、自分の胸に押し付ける。
 館の庭には、身重のシャルロット、村長リュシアン、そして使用人たちの死骸が積み上げられ、火がかけられていた。
 鎧の兵士が取り囲み、次々と薪を焚べる。
 
「マルセル、離せ!」

 少女は若者の腕の中でもがき、振り返る。
 姉夫婦の無惨な姿に「ひっ!」と息を呑み、言葉を失った。
 二人をこの場に連れてきた男たちが、顔を向けた。

「お前たちが我らに尽くす心があるなら、私の言葉に続け」

 役人は、燃え広がる炎を見つめ、重々しく言葉を発する。

「罪人よ。地獄の業火に焼かれるがよい」

 男は鍛冶屋と狩人に向き直った。

 マルセルは、焼かれるリュシアンとシャルロットを見つめる。
 彼らにどんな罪があった? ネクロザール王の厳しい徴税に耐え、村人に尽くしてきた彼らが、どこまでも清らかな二人が、なぜこんな理不尽な目に遭わなければならない?
 ……わかっている。今、考えるべきは生き残ること。

 鍛冶屋は表情を変えることなく、「つ、ツミビトヨ。ジゴクノゴウカニヤカレルガヨイ」と男に倣った。その意味を考えてはならない、と言い聞かせて。
 マルセルは「お前も役人さんの言うとおりにするんだ」と、カリマを促す。
 それがこの娘にどれほど酷なことかわかっているのに。
 カリマは唇をキッと結び、役人を睨みつける。

「女! この者たちは、陛下の温情に叛逆したのだぞ!」

 マルセルは、カリマを責め立てた。

「カリマ! お役人さんのいうことを聞くんだ!」

 ついに狩人は涙を堪え「ツミビトヨ……」と抑揚なく唱えた。
 王の役人たちは満足げに頷き、声を張り上げた。

「ネクロザール陛下の御代に、栄えあれ」

 すると、炎を囲む兵士が「陛下に栄えあれ!」と続く。
 マルセルは「ヘイカニサカエアレ」と謳う。
 役人に睨まれたカリマもマルセルに倣って「サカエアレ」と呟く。

「声が小さい!」

 役人の叱責を受けてマルセルは「陛下に栄えあれ!」と叫ぶ。カリマも小声で続ける。
 マルセルの声は、次第に大きくなる。
 いつしか、館の庭に他の村人が集まってきた。
 村人たちは、村に愛を注いだ夫妻が焼かれる臭いと煙に包み込まれ、ネクロザールの栄光をいつまでも讃え続けた。


 ラテーヌの辺境ラサの村は、ネクロザールの直轄地となった。
 王が派遣した部隊が、そのまま館を占拠し居座った。
 マルセルは、彼らに捧げる剣を何本も鍛えた。カリマは彼らの腹を満たすために、鹿を仕留めることとなった。
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