6 / 49
2章 千年前の女勇者
4 女王の秘密の恋人
しおりを挟む
長年恋い焦がれていた女、手が届かないと諦めていた女と結ばれれば、多くの男は喜びにうち震えるだろう。
ましてやその女が乙女だったと知れば、天にも昇る心地になろう。
しかし、その男マルセルは、ただただ混乱のなかにいた。
史師エリオンに率いられた七人の勇者が魔王ネクロザールを倒し、十二年が経った。
女勇者カリマが建てた国、ラテーヌの王城の広間に、群臣が勢揃いした。
玉座の右隣に、中年の痩せた男が立っていた。彼は肩まで伸ばしたボサボサの茶色い髪をかきあげている。
群臣たちが次々と、中年男に声をかけた。
「マルセル閣下、おめでとうございます。閣下にとってコンスタンス王女様は誰よりも大切なお方。今日の立太子をずっと待ち望んでいたことかと」
「俺、閣下って柄じゃねえよ。やめてくれ」
ラテーヌの宰相マルセルは頭をかいた。
「いやいや、閣下は女王カリマ様の半身でございます。王女様は閣下を父のごとく慕われていて」
「それ以上、よけーなこと、ゆーんじゃねーよ」
中年男は怒気をこめて、群臣を睨み付ける。
ざわめく広間に儀式の主役が現れた。一同は口をつぐむ。
女王カリマが十歳ほどの少女を連れて玉座に座る。少女はカリマに促され、玉座の左に立った。
カリマは燃えるような赤毛を揺らし、琥珀色の眼で群臣を見据えた。ラテーヌの女王は動きやすい男の服装を好む。この儀式の場ですら、裾の短いチュニックにズボンと、およそ女王らしくない身なりだ。
一方、王女コンスタンスは母親とは違い、床まで引きずるドレスをまとっている。金色が混じったブルネットの巻き毛を垂らしていた。
女王は切れ長の目で群臣を見やり、声を張り上げた。
「このコンスタンスは、あたしが尊い方から授かった。あたしはこの子を次のラテーヌの女王に決めた。心配しなくても、あたしがちゃんとこの子を育ててみせる。いいかい?」
宰相マルセルが、女王に続く。
「女王様、コンスタンス様は、絶対、立派な女王になります! 俺たちはこれからも、女王様とコンスタンス様を守るために、尽くします!」
群臣が次々と王女コンスタンスの立太子を祝う。
少女は緑色と青色の眼で人々を見つめていた。
女王には夫がいない。彼女は夫を持ったことがない。
カリマは、他の勇者たちと共に魔王ネクロザールを倒し、女王に即位する。即位の翌年、未婚のまま子供を産んだ。
彼女は「あたしは男を知らない。この子は天から授かった」と断言した。
しかしマルセルも含めて多くの者は、文字通り女王が処女のまま子を産んだとは信じていない。
コンスタンスの父親が誰か? 多くの者が同じ人物を想像していた。
その男とはエリオン。七人の勇者を導いた者。
エリオンがことさらカリマと親しげに振る舞っていた姿は、マルセルら多くが目撃している。カリマは日頃から「あたし、女でよかった。エリオン様の傍にいられるもん」と、史師との特別な関係を匂わせていた。
王女が産まれた日から数えると、カリマが子を授かったのは、魔王討伐前後とみられる。
コンスタンスが大きくなるにつれ、その想像は確信に近づいていく。
ブルネットの巻き毛に緑色の眼。成長するにつれ、かのエリオンの面差しに近づいていく。
……偉大な史師の血を引くかもしれない少女。
ラテーヌの誰もが、コンスタンスの立太子を歓迎した。
宰相マルセルは、産まれたときから王女を可愛がってきた。コンスタンスの立太子は、彼にとって、なによりも喜ばしい出来事のはずだった。
しかし彼は混乱の極みにあった。
マルセルとカリマは幼馴染みで、付き合いは三十年以上になる。兄妹のような彼らは、彼女が女王となった今も、気軽に夜中に二人でワインを酌み交わす。時には同じ部屋で夜を明かすことがあったが、男女関係を結ぶことはなかった……昨夜までは。
王女の立太子が行われた夜、マルセルは女王の私室を訪ねた。
カリマは、夜半に訪れた幼馴染みに肌着姿を晒して微笑む。
「あんた、ありがとう。コンスタンスはご機嫌だ。よく眠ってるよ」
笑顔の女王と対照的に、マルセルはしかめ面をして、ボサボサ頭をかきむしった。
「お前……本当に男を知らなかったのか」
マルセルは、昨晩契った女の身の上を知り、混乱していた。
「あたし、言ったよね? 一度も男と寝てないって。あんた、あたしを信じていなかったんだ」
「信じるもなにもお前、王女様を産んだんだろ! お前の腹は段々大きくなった。俺は小屋の外で、王女様の元気な産声を聞いている」
仮に女王が乙女のまま身ごもったとしても、ありえない。昨夜、マルセルが抱いた女は、子を産んだ体ではなかった。
「じゃあ、じゃあ、コンスタンス様は、誰が産んだんだよ!」
女は笑う。
「マルセル。何度も同じこと言わせるなよ。コンスタンスは、あたしが尊い方から授かった娘なんだって」
カリマは、何十回も民の前で繰り返した言葉を、幼馴染みに言い聞かせた。
が、マルセルは首を振るばかり。
子連れ女が実は乙女だった――女王の宰相マルセルは混乱の極みにあった。
(俺がここにいるのは、たまたま、シャルロットさんとカリマ姉妹の近所に住んでいたからなんだよな)
男は、幼馴染みと歩んだ時を振り返った。
ましてやその女が乙女だったと知れば、天にも昇る心地になろう。
しかし、その男マルセルは、ただただ混乱のなかにいた。
史師エリオンに率いられた七人の勇者が魔王ネクロザールを倒し、十二年が経った。
女勇者カリマが建てた国、ラテーヌの王城の広間に、群臣が勢揃いした。
玉座の右隣に、中年の痩せた男が立っていた。彼は肩まで伸ばしたボサボサの茶色い髪をかきあげている。
群臣たちが次々と、中年男に声をかけた。
「マルセル閣下、おめでとうございます。閣下にとってコンスタンス王女様は誰よりも大切なお方。今日の立太子をずっと待ち望んでいたことかと」
「俺、閣下って柄じゃねえよ。やめてくれ」
ラテーヌの宰相マルセルは頭をかいた。
「いやいや、閣下は女王カリマ様の半身でございます。王女様は閣下を父のごとく慕われていて」
「それ以上、よけーなこと、ゆーんじゃねーよ」
中年男は怒気をこめて、群臣を睨み付ける。
ざわめく広間に儀式の主役が現れた。一同は口をつぐむ。
女王カリマが十歳ほどの少女を連れて玉座に座る。少女はカリマに促され、玉座の左に立った。
カリマは燃えるような赤毛を揺らし、琥珀色の眼で群臣を見据えた。ラテーヌの女王は動きやすい男の服装を好む。この儀式の場ですら、裾の短いチュニックにズボンと、およそ女王らしくない身なりだ。
一方、王女コンスタンスは母親とは違い、床まで引きずるドレスをまとっている。金色が混じったブルネットの巻き毛を垂らしていた。
女王は切れ長の目で群臣を見やり、声を張り上げた。
「このコンスタンスは、あたしが尊い方から授かった。あたしはこの子を次のラテーヌの女王に決めた。心配しなくても、あたしがちゃんとこの子を育ててみせる。いいかい?」
宰相マルセルが、女王に続く。
「女王様、コンスタンス様は、絶対、立派な女王になります! 俺たちはこれからも、女王様とコンスタンス様を守るために、尽くします!」
群臣が次々と王女コンスタンスの立太子を祝う。
少女は緑色と青色の眼で人々を見つめていた。
女王には夫がいない。彼女は夫を持ったことがない。
カリマは、他の勇者たちと共に魔王ネクロザールを倒し、女王に即位する。即位の翌年、未婚のまま子供を産んだ。
彼女は「あたしは男を知らない。この子は天から授かった」と断言した。
しかしマルセルも含めて多くの者は、文字通り女王が処女のまま子を産んだとは信じていない。
コンスタンスの父親が誰か? 多くの者が同じ人物を想像していた。
その男とはエリオン。七人の勇者を導いた者。
エリオンがことさらカリマと親しげに振る舞っていた姿は、マルセルら多くが目撃している。カリマは日頃から「あたし、女でよかった。エリオン様の傍にいられるもん」と、史師との特別な関係を匂わせていた。
王女が産まれた日から数えると、カリマが子を授かったのは、魔王討伐前後とみられる。
コンスタンスが大きくなるにつれ、その想像は確信に近づいていく。
ブルネットの巻き毛に緑色の眼。成長するにつれ、かのエリオンの面差しに近づいていく。
……偉大な史師の血を引くかもしれない少女。
ラテーヌの誰もが、コンスタンスの立太子を歓迎した。
宰相マルセルは、産まれたときから王女を可愛がってきた。コンスタンスの立太子は、彼にとって、なによりも喜ばしい出来事のはずだった。
しかし彼は混乱の極みにあった。
マルセルとカリマは幼馴染みで、付き合いは三十年以上になる。兄妹のような彼らは、彼女が女王となった今も、気軽に夜中に二人でワインを酌み交わす。時には同じ部屋で夜を明かすことがあったが、男女関係を結ぶことはなかった……昨夜までは。
王女の立太子が行われた夜、マルセルは女王の私室を訪ねた。
カリマは、夜半に訪れた幼馴染みに肌着姿を晒して微笑む。
「あんた、ありがとう。コンスタンスはご機嫌だ。よく眠ってるよ」
笑顔の女王と対照的に、マルセルはしかめ面をして、ボサボサ頭をかきむしった。
「お前……本当に男を知らなかったのか」
マルセルは、昨晩契った女の身の上を知り、混乱していた。
「あたし、言ったよね? 一度も男と寝てないって。あんた、あたしを信じていなかったんだ」
「信じるもなにもお前、王女様を産んだんだろ! お前の腹は段々大きくなった。俺は小屋の外で、王女様の元気な産声を聞いている」
仮に女王が乙女のまま身ごもったとしても、ありえない。昨夜、マルセルが抱いた女は、子を産んだ体ではなかった。
「じゃあ、じゃあ、コンスタンス様は、誰が産んだんだよ!」
女は笑う。
「マルセル。何度も同じこと言わせるなよ。コンスタンスは、あたしが尊い方から授かった娘なんだって」
カリマは、何十回も民の前で繰り返した言葉を、幼馴染みに言い聞かせた。
が、マルセルは首を振るばかり。
子連れ女が実は乙女だった――女王の宰相マルセルは混乱の極みにあった。
(俺がここにいるのは、たまたま、シャルロットさんとカリマ姉妹の近所に住んでいたからなんだよな)
男は、幼馴染みと歩んだ時を振り返った。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします
暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。
いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。
子を身ごもってからでは遅いのです。
あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」
伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。
女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。
妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。
だから恥じた。
「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。
本当に恥ずかしい…
私は潔く身を引くことにしますわ………」
そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。
「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。
私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。
手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。
そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」
こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。
つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。
彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。
なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか?
それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。
恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。
その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。
更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。
婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。
生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。
婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。
後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。
「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる