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ママの忘れもの
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夕方、オムツ交換と食事を支度してくれるヘルパーさんがやってくる。
いつも、ヘルパーさんが来て三十分ほどで、私は実家を出る。
帰り際、必ず母が言うこと。
「いつもありがとう。食事を頼んでくれてありがとう」
私はインターネットで、母のために冷凍の食材を手配している。それほどの手間ではない。
が、彼女は必ず別れ際に告げる。
歯磨きセットや紅茶を差し出した時も、必ず彼女は「ありがとう」と言う。
なのに。
私は、彼女の「ありがとう」を聞くと、寂しくなる。
実家を出て、大通りの自販機でジュースを買おうと、リュックを開ける……
自分の財布が見つからない! またやってしまった。
人目もはばからず、道端にしゃがみ込み、リュックの中身を取り出し、即席の露天商を開く。
ハンカチ・ウェットティッシュ・下痢止め・スマホ・会社のガラケー・手帳・予備のマスク・マスクケース・ナプキン入れ・ボールペン・携帯用アルコール・ティッシュ・自宅の鍵・実家の鍵・社員証カードホルダー……財布はない!
リュックの内ポケットにも外ポケットにも入っていない!
が、内ポケットにもう一つの財布を見つける。親の買い物のための財布だ。
思い出した!
実家に行く前、買い物をしたコンビニ。
あの時、自分用と両親用、二つの財布を出して、親の財布を使うことにしたけど……自分の財布を置いてきたのではないか?
祈る気持ちで、駅前のコンビニの店員に、財布がないか尋ねる。
ありがたいことに、ちゃんと財布を預かってくれていた。
本当に最近、忘れものが多い。二日に一度はやらかしている……忘れもの……私は、またあの時代に戻った。
コンビニがなかった時代、ここはショッピングセンターだった。何の装飾もない建物に、個人商店が集まっていた。
幼稚園児の私は小さな文房具屋が大好きで、母の買い物が終わるまで、店の中でじっとしていた。
ある日、いつものように母は私を文房具屋に置いて、買い物を始めた。
が、買い物に時間がかかっているのか、いつまで待っても母は現れない。
幼い自分も、さすがに何かおかしいと感じる。私は動くでもなく漠然とした不安の中、店でじっとしていた。
「ああ、いた! よかった! ごめんなさい!」
血相を変えた母が、私の腕を取った。
私は何も言わなかった。言えなかった。私は、しゃべれない子供だった。
しかし、慌てふためく母を見て、私は嬉しくなった。
あのころ、兄が受験生だったこともあって、母は相当疲れていたのだろう。
母は買い物が終わると私を迎えることなく、そのまま家に帰ってしまった。父に指摘され、私を置いてしまったことに気付いたらしい。
「あの時、お父さんに『何やってんだ!』ってすごい怒られたわ」
後で母は、笑いながら当時を振り返った。私も釣られて笑ってしまう。
私は、母の忘れものにされてしまった。
いつも、ヘルパーさんが来て三十分ほどで、私は実家を出る。
帰り際、必ず母が言うこと。
「いつもありがとう。食事を頼んでくれてありがとう」
私はインターネットで、母のために冷凍の食材を手配している。それほどの手間ではない。
が、彼女は必ず別れ際に告げる。
歯磨きセットや紅茶を差し出した時も、必ず彼女は「ありがとう」と言う。
なのに。
私は、彼女の「ありがとう」を聞くと、寂しくなる。
実家を出て、大通りの自販機でジュースを買おうと、リュックを開ける……
自分の財布が見つからない! またやってしまった。
人目もはばからず、道端にしゃがみ込み、リュックの中身を取り出し、即席の露天商を開く。
ハンカチ・ウェットティッシュ・下痢止め・スマホ・会社のガラケー・手帳・予備のマスク・マスクケース・ナプキン入れ・ボールペン・携帯用アルコール・ティッシュ・自宅の鍵・実家の鍵・社員証カードホルダー……財布はない!
リュックの内ポケットにも外ポケットにも入っていない!
が、内ポケットにもう一つの財布を見つける。親の買い物のための財布だ。
思い出した!
実家に行く前、買い物をしたコンビニ。
あの時、自分用と両親用、二つの財布を出して、親の財布を使うことにしたけど……自分の財布を置いてきたのではないか?
祈る気持ちで、駅前のコンビニの店員に、財布がないか尋ねる。
ありがたいことに、ちゃんと財布を預かってくれていた。
本当に最近、忘れものが多い。二日に一度はやらかしている……忘れもの……私は、またあの時代に戻った。
コンビニがなかった時代、ここはショッピングセンターだった。何の装飾もない建物に、個人商店が集まっていた。
幼稚園児の私は小さな文房具屋が大好きで、母の買い物が終わるまで、店の中でじっとしていた。
ある日、いつものように母は私を文房具屋に置いて、買い物を始めた。
が、買い物に時間がかかっているのか、いつまで待っても母は現れない。
幼い自分も、さすがに何かおかしいと感じる。私は動くでもなく漠然とした不安の中、店でじっとしていた。
「ああ、いた! よかった! ごめんなさい!」
血相を変えた母が、私の腕を取った。
私は何も言わなかった。言えなかった。私は、しゃべれない子供だった。
しかし、慌てふためく母を見て、私は嬉しくなった。
あのころ、兄が受験生だったこともあって、母は相当疲れていたのだろう。
母は買い物が終わると私を迎えることなく、そのまま家に帰ってしまった。父に指摘され、私を置いてしまったことに気付いたらしい。
「あの時、お父さんに『何やってんだ!』ってすごい怒られたわ」
後で母は、笑いながら当時を振り返った。私も釣られて笑ってしまう。
私は、母の忘れものにされてしまった。
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