ママの忘れもの 私と彼女の五十年

さんかく ひかる

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身勝手な願い

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 笑ってほしい。
 幸せになってほしい。
 それは本当に、その人を想っての願いなのだろうか?


 近所に住む従姉いとこが、母を見舞いに来た。母は誰にでも、祖母への恨みを訴える。従姉も例外ではない。

「母は冷たかったのよ」

 祖母と暮らしていた従姉が、母を慰める。

「そんなことないって。叔母さまたちが四国に転勤したとき、おばあちゃんはどんな手紙を書こうか、悩んでいましたよ」

「違う! そんなの絶対に嘘よ!」

 母は、反射的にかぶりを振って、即座に従姉を拒絶した。

「本当ですって。おばあちゃん、叔母さまのこと、毎日、心配していたんです」

 従姉は何度も訴えるが、母の鎧を融かすことはできなかった。
 
 ……私は五十年もこの人と付き合っていたのに、わかっていなかった。


 叶わぬ望みと知りつつ、祖母が母に詫びれば、母は救われるのでは? と、私は信じていた。非科学的にも、祖母が母の夢枕に立つことを祈っていた。

 すべてそれらは勘違い。
 彼女は、祖母への恨みを骨格にして、自分を組み立てている。
 祖母なりに彼女を愛していた、とわかったら、彼女は壊れるかもしれない。


 私が彼女に雑誌を買うのも、無理に明るい話題を振るのも、彼女のためではない。
 私のためなのだ。私が不快な思いをしたくないからだ。


 私のために笑っておくれ……なんと身勝手で傲慢な言葉なんだろう!

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