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三章 僕は彼女に伝えたい

46 踊り場での告白

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 ストーカーみたいな自分に呆れつつも、僕は電車で一時間かけて、篠崎あいらの自宅アパートにやってきた。ひと目彼女に会いたくて。
 願いは果たせた。僕は彼女に会えた。友人、堀口宗太の腕の中で小さく丸まっている彼女に。

「三好君? ど、どうして?」

 外階段の踊り場で叫ぶ篠崎あいらと視線が絡み合った。
 闇の中、チラついた蛍光灯が二人を不気味に照らしている。
 カツンカツンと僕は階段を鳴らして近づいた。

「あいら、宗太と酒を飲んでいたのか。ピアノはとっくに終わったよ」
 
 薄暗い蛍光灯の下でもよくわかる。二人とも顔が真っ赤だ。酔っ払った宗太はよく知っているが、アセトアルデヒドに反応するあいらの顔は、初めて見る。顔だけではなく、首も真っ赤だ。

「わ、私、あ、あの……」

「震えてるね。僕の母の厳しい質問には、堂々と答えていたのに」

 なぜあいらは今にも泣き出しそうなんだ? なぜ僕は笑っている? 泣きたいのはこっちの方なのに!

「雅春、ダセーよ」

 宗太が、聞いたことのない低い声で、吐くように呟いた。

「僕のノートで単位にしがみついている奴に言われたくないね」

「やめて! 宗太も私も、三好君と違ってバカなの! 単位取るのでいっぱいなの!」

 宗太? あいらは、今、宗太を呼び捨てで呼んだ。
 あいらにとって宗太は、僕の友人に過ぎない。科学史の授業は一緒だが、五百人も受講者がいる。この前、教室で彼女は知らない男子に囲まれ、一人だった。
 接点が薄いはずの二人が、なぜ、僕の演奏をすっぽかして酒を飲み「嫁にもらう」約束をしたのだ?

「ひゃはははははは」

 宗太はよく笑うが、こんな蛇みたいに気持ち悪い声は、初めて聞いた。

「三好雅春! 俺はテメーに負けてばかりだ! 顔と頭も金もな!」

 奴はあいらの肩をグイっと抱き寄せた。

「ちょっ! 宗太やだ!」

 僕はとっさにあいらの腕を取って、奴から奪い返した。僕の腕の中でウサギのような生き物が縮こまり「ごめんなさい」と小さく呟く。が、今の僕は、彼女の呟きに応じる余裕はない。
 この気持ち悪い蛇男と戦わなければならない。

「だよなー! あいらちゃんだって、お前みたいなイケメンがいーよなー」

「宗太も同じじゃない! インカレの可愛い女子大生と遊んでたよね」

「そうそう、俺とあいらちゃん、何から何までそっくりだよなー!」

 僕の腕の中であいらは、蛇男に抗議する。その抗議には、シナモンティーのような甘さが漂っている。受けた側も、抗議を歓迎している。
 彼ら二人は、今日たまたま飲んだだけの仲ではないのか? 以前から会っていたのか?
 あいらはマンションで毎週土曜、僕に抱かれていたのに、宗太とも会っていたのか?

「雅春! お前には絶対勝てねーよ!」

 堀口宗太が人差し指を突きつけた。

「でもな、あいらちゃんの初めてだけは、俺のもんだ! ひーひゃっはははは!」

 あいらの初めて?
 今こいつは、なんと言った?

 篠崎あいらは僕に『エッチについて知りたい』と迫ってきた。
 彼女は何も知らなかった。あの柔らかい体を知っているのは、この宇宙で僕だけのはず!
 この蛇男のフェイクに引っ掛かったら、それこそ負けだ。いや……その発言だけでも許せない!
 僕はあいらを抱えたまま大きく腕を振り上げた。

「やめろ!」

 パチン! と破裂音が、アパートの階段で小さく鳴った。
 叫んだのは僕ではない。篠崎あいらは僕の腕をすり抜け、堀口宗太の頬を叩いていた。

「あいら……大丈夫だ。僕は宗太の言うことなんか信じないよ」

 が、篠崎あいらは頭を振った。

「三好君……ごめんなさい」

 彼女はまるで、万引きして捕まったか犯人のように縮こまっている。
 宗太が、叩かれた頬をさすって割り込んだ。

「あいらちゃーん、謝る相手、ちがくねえ?」

「バカ! 宗太。あれは、なかったことにしようって言ったじゃない!」

 あいらの叫びは、宗太の攻撃より大きな衝撃を与える。
 本当に何もなかったら『なかったこと』とはできない。
 実際は何か『あった』ということなのか?
 僕の実験パートナーは、口を抑えて大きな目を潤ませている。

「私、本当に三好君が好きで、だから……」

 あいらは階段を駆けあがり、二階の廊下で曲がっていった。僕もすかさず追いかけたが、小さな体は203号室のドアによって隠されてしまった。
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