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一章 僕は彼女を忘れない

14 レポートの正しい書き方

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 彼女のレポート作成の指導に、熱が入ってしまう。

「私、三好君と違って頭悪いから、そんなのできない……」

 考察部分は頭を使うが、きれいに書くのは頭ではなく気持ちの問題ではないか?
 僕は机から自分の今までのレポートを取り出して、項垂れる実験パートナーに見せた。
 途端、涙目のあいらが、顔を輝かせた。

「10点レポート初めて見る! 表の枠の角がはみ出してない! 字、きれいすぎる。パソコンで印刷したみたい!」

 自分のレポートの力でこのような笑顔が見られると、悪い気はしない。

「私、ここまでは無理でも、がんばって書くよ」

 あいらは、レポートを最初から書き直した。字は美しくないが、何とか読める字を書こうとしているのがわかる。
 定規を使って、表や図を描いている。

 実験データと格闘する彼女を見ていると、なぜか楽しくなってくる。
 忘れそうだが、この子、浪人しているから年上で、もう二十代だ。中学高校の時、音楽部の先輩たちは実に頼もしかったが、あの人たちと彼女が同じ年とは信じられない。
 眺めていると退屈しないが、彼女の格闘をもっとサポートしたくなる。僕はカモミールティーを淹れた。

「ハーブってセレブのお茶だよね」

 あいらは、皮付きフライドポテトとカモミールティーを交互に味わっている。

「疲れたでしょ」

「ありがとう。あ、あの、それでね……」

 ソワソワしている彼女を見ているうちに、僕は本当の目的を思い出す。
 実験レポートは口実だ。
 真の目的は、彼女の小説創作の手伝いをすることなのだ。

「あいら、レポートは出来上がってきたし、そろそろ」

 僕は腰を浮かせ、彼女のとなりに座り直した。

「三好君、10点レポート見せてもらえて、参考になった。ありがとうね」

 彼女は、文房具にレポート、関数電卓、そしてノートパソコンをリュックにしまった。
 そうか。レポートはそろそろ終わりにしたいということか。僕も同じ気持ちだ。
 当然のように、彼女の肩を引き寄せる。

「あ、あの! 私ね、もう帰らないと!」

 あいらは僕の腕を振り払って、立ち上がった。
 え? 帰る? 何、言ってるんだ?

「土曜と日曜は……食事当番なの。お母さん、デパートで働いてるから」

「お母さん働いているんだ。デパートなんてすごいね」

 いや、今聞くのは、そこじゃない。僕はなにカッコつけてる?

「ま、まあね」

 彼女がそっぽを向いた。また実験室で見る、おどおどした彼女に戻ってしまった

「もう四時でしょ。私の家、ここから一時間かかるの。ご飯作ったら六時過ぎちゃう」

 待てよ! 本当に君は、実験レポートを書くためだけに来たのか! 元々、君が僕としたいって言ったんじゃないか! 物理実験をやる一年間は継続することを、承知したんだろ!

「……小説はどうする?」

「そ、それは……また、今度で……時間、なくなっちゃったし」

 僕の準備はどうなる! わざわざ趣味じゃない女子向けAVを見て研究した時間は? 何度もゴム装着の練習をしたんだぞ!
 だからこの前と同じように、玄関へ向かうあいらの手首を取った。

「わかって! 私、ご飯作らないとダメなの」

「弁当を買えばいいじゃないか」

「そんなお金ないよ。うち、三好君と違ってビンボーなの」

「わかった」

 僕は、あいらを解放した。

「ごめんね。今度は……ちゃんと……するから」

「いいよ。少しだけ待ってて」

 寝室で財布を取り出し、彼女のもとに戻った。

「これで、弁当でもおかずでも買えばいいよ。それなら時間取れるだろう?」

 僕は財布から五千円札を取り出し、彼女の手に握らせた。


 あいらの目が、真の円を形作った。

「じゃ、いいかな」

 僕は彼女の肩を引き寄せる。
 が、彼女が僕の腕からすり抜け、玄関に逃げた。

「お金は結構です。その代わり今すぐ五分で終わらせてください」

 いつもと違った早口。こんな低い女性の声は聞いたことがない。
 彼女の手から、先ほど握らせた五千円札が、玄関のタイルにポソッと落ちる。
 あいらは顔を真っ赤にさせて俯いた。両手の拳を握りしめ真っすぐ降ろしている。
 彼女は、怒鳴ることなく泣くこともなく、まっすぐ立っている。怒りで全身を震わせて。

 僕は、今、何をやった?
 急ぐ彼女にお金を渡して、性行為を促す……彼女の身体を五千円で買おうとしたも同然じゃないか!

「ご、ごめん。悪かった……早く帰って、お父さんお母さんにおいしい物、作ってあげな」

 チェーンを外してサムターンを回すしかなかった。
 篠崎あいらは振りかえることなく、パタパタとマンションの通路を走っていった。
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