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一章 僕は彼女を忘れない

4 女子と部屋で二人きり

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 この部屋に母以外の女性を入れるのは、初めてだ。もちろん、卒業式で別れた星佳を入れたことはない。
 ざっと片付けた。いや、床に散らばっている物体をクローゼットに押し込んだというのが正解だ。
 問題のアダルトコンテンツだが、女子向けAVがあることを知った。男優は爽やかなイケメン。あと、するまでの話が無駄に長い。
 アダルト動画サイトには危ないものがあるが、安全そうなサイトを選んだ。


 ということで、僕は昼休み、学食で宗太に質問する。

「宗太は、女子を部屋に入れる時どうしてる? あ、一般論としてね」

 星佳と自宅で会う時は母に任せていたので、覚えてない。

「まさか、いや、本当にあいらちゃんと?」

 宗太は細い目をいっぱいにして、口をあんぐり開けた。
 Body Mass Indexの標準オーバー体形なのに、鋭い。いや、鋭さと体形は関係ないか。
 こいつから見れば、僕が関わっている女子は彼女しかいない。だから、そう考えるのも無理はない。
 しかし、ここでイエスと言うわけにはいかない。

「一般論だって。篠崎さんは関係ないよ。彼女はただの実験パートナー。僕は、この大学で彼女を作る気はないから」

 彼女にするなら、僕を振った青山星佳よりも上の女だ。残念ながらこの大学にはいない。

「ふーん。まあ誰でもいいが、これで、雅春も俺の仲間だな。童貞卒業だ」

 こいつはアウトドアサークルに入ってる。インカレサークルで可愛い子がいっぱいだって、喜んでたな。宗太の最初の相手は、インカレの誰かだろうか?
 僕は、アンサンブルサークルでピアノを弾いている。グランドピアノは実家に置いたままだ。
 残念だが、アンサンブルサークルにも星佳よりいい女子に会えなかった。
 ・・・・・・ちょっと待て?

「宗太。僕は童貞とは言ってないが」

「童貞だから俺に、女子はエロに興味あるか? とか、部屋に入れる時は、なんて聞くんだろ?」

 金髪を揺らしながら、宗太がケラケラ笑い、僕に二つアドバイスをした。
 アドバイスの一つ。フルーツてんこ盛りのケーキが女子受けするらしい。
 だから近所のちゃんとしたケーキ屋でケーキを買った。


 土曜日、梅雨空のした、僕は傘を差して、最寄り駅に篠崎あいらを迎えにいった。
 改札から出てきた彼女は、オレンジ色の半袖のワンピースを着ていた。ネイビーの傘を広げると同時に、ワンピースの裾がふわっと広がる。学内では地味シャツとジーパンだったが、全然違う。

「三好君、こんなオシャレな街で一人暮らしなんだ」

 この街は、東京ローカルTVのグルメ番組や、芸能人が不動産を訪ねる番組で、よく取り上げられる。

 駅前広場のロータリー中央で、人の背ほどの女神像が翼を広げている。街のシンボルで、母親が子どもの時からあったそうだ。
 オーガニックフードのカフェなど、ロータリー周辺には、ヘルシー志向の店が並ぶ。一方、線路沿いの商店街には、今どき洋品店といった看板を掲げた昭和な店が連なる。

 ――こういう街は地権者がうるさくて、再開発が面倒なんだ
 父のボヤキを唐突に思い出した。

「この辺のアパート、どんなに小さい部屋でも家賃、十万はするでしょ?」

「どうかな?」

 おそらくそうだろう。が、僕は家賃を払ってないから、よくわからない。
 駅から歩いて五分、大通りから外れた住宅地にある三階建ての集合住宅が僕の住処だ。

「うわあ、こんなカッコいいマンションに住んでるんだ」

 僕は、目を丸くしたあいらを横目に、オートロックのドアにカードキーをかざした。
 なんか、いい気分だ。

「セキュリティもバッチリなんだね」

 エレベーターに乗り、二階で下りる。西の角部屋が僕に与えられた居住空間だ。
 ドアを開けた途端、また、あいらが目を見開いた。

「これで一人暮らし? うちの実家より広いよ。三好君って、本当にお坊ちゃまなのね」

 よく言われる。確かに貧乏とは縁がない。
 実家は大学から一時間かかる。入学時、ダメもとで一人暮らしを希望したら、親があっさり賛成してくれた。
 大学最寄り駅の二つ隣りなので、終電を逃しても歩いて帰れる。
 ここは父の持つ賃貸マンションだ。西日の強い部屋は人気がないため、僕のねぐらとなった。

 玄関で、あいらからポリエチレンの袋を渡された。

「そうだ。よかったら、これ」

 中には、つやつやした包装箱が入っている。ケーキだ。

「へえ、ありがとう」

 フルーツタルトのケーキを買ったのに、被ってしまった。宗太のアドバイスに従ったのに、外れじゃないか。

「だって、お世話になるし」

 あいらが顔を背けて俯いている。一応、恥ずかしい、とは思ってるんだな。

「すごいなあ、こんな大きなテレビ、家で見ると迫力全然違うね」

 リビングで、彼女は顔をほころばせている。

「8Kだと、これぐらいないと意味ないしね」

 そんな風に言ってみるが、実は、このテレビはそれほど使わない。普段はパソコンかタブレットを使っている。アダルトコンテンツも試してみた。なかなか楽しかったが、落ち着かなかった。

「その辺座って。テレビ見ててよ」

 あいらは俯いたままクッションに腰を落とし、テレビのリモコンを手に取った。

 キッチンで、彼女が持ってきたケーキの箱を開ける。げっ、僕の買ったケーキと同じやつ。フルーツタルトだ。ブルーベリーにリンゴ、キーウィといったカラフルなフルーツが、タルト生地にたっぷりと詰め込まれている。

 女子はフルーツケーキが好きなのか。宗太の言うとおりだ。あいつ、体形はぽっちゃりだが、あれだけ派手な髪をしているだけあって、女子には強いのか。この一例でそれが実証された、とは断定できないが。

 カップボードから、ティーセットを取り出した。引っ越してから初めて使う。母に無理やり持たされた。
 宗太はたまに泊まりに来るが、あいつにはこんなティーセットを出したことはない。
 普通の紅茶を入れた。
 テレビを見ていたあいらが僕に気がつくと、立ち上がった。

「三好君って、マメなんだね」

 あいらは、トレイから二客のカップを取って、ローテーブルに並べた。
 僕らはテーブルの角を挟むように床に座り、フルーツタルトを口に入れる。そういえば、女の子と二人でケーキを食べるのは大学入学以来だ。

「私は、ここのフルーツタルトが一番好きなんだけど、三好君、甘いのはダメかな?」

「僕もケーキ好きだよ。学食のケーキはよく食べるんだ」

 ほとんど宗太の奢りだが。

「よかった。男子ってケーキ好きだよね。学食のケーキなら、ブルーベリーチーズがおいしいよ」

 あいらは一口ずつ、自分で買ったケーキを噛み締めている。

「あ、それで、あの」

 フォークが皿をカツンと鳴らす。ためらいがちな視線が僕に注がれる。
 彼女はケーキを食べに来たわけではない。
 自作小説を補強する材料を、僕に求めてきたのだ。

「篠崎さんが知りたいのはこれでしょ?」

 僕はローテーブルの下に置いたタブレットを、彼女に見せた。そこから、彼女の知りたい情報にアクセスできるはずだ。
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