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五章 選ばれた花婿

おわりに──2199年、月ステーション実習所にて

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 近年、ウシャスを悪用した国民のマインドコントロールの実態が、世界各国で、志あるジャーナリストたちの働きにより明らかにされつつある。技術を悪用した各政府が最も罪深いが、その技術を売りつけたダヤル社も罪は免れない。
 それぞれの政府やダヤル社は、現在、各地の有志と裁判で係争中だ。クーデターによって政権が交代した国もあり、予断を許さない国際情勢となっている。

 さらに昨年出版されたアレックス・ダヤルの回想録が、物議を醸している。母ラニカ・ダヤルに授けられた特別な力を使って、ダヤル社の暗部を隠蔽したと、明かしている。
 彼の暗躍から二十年近く経過したが、現状、この告白以外証拠が見当たらず、今のところ、彼を起訴する動きはないようだ。

 ダヤル社をめぐる問題は、多くの一流ジャーナリストや政治学者、社会学者が論じているところである。
 それらは重要だが、筆者はこの問題を、別の観点から取り扱うこととした。
 それがこの、鈴木ひみことアレックス・ダヤルが共に暮らした五年間の物語である。

 筆者は彼らのようなジャーナリストを目指し、現在、大学で学んでいる。幸運にも、鈴木ひみこの弟である鈴木ツクヨミが大学の同期生であったことから、彼女と知り合うことができた。
 著作のプランについて筆者が鈴木ひみこに説明したところ、何と彼女は、アレックス・ダヤルをはじめ、多くの関係者と接する機会を、筆者に与えてくれた。
 また、鈴木ひみこが幼い頃から親しんできた、二十世紀から二十一世紀の日本文化についても、たっぷりとレクチャーを受けた。


 記述に当たって筆者は、多くの資料や関係者の証言を元に、鈴木ひみこらの心情に沿うよう心がけた。
 ただしラニカ・ダヤルの内面については、アレックス・ダヤルの回想録を元に推し量るしかなかった。

「73 暁の女神ウシャス」で記述した通り、彼は、自身が死ねばラニカの仕掛けが発動し全世界のウシャスに異変が起きるかもしれない、と主張し、ダヤル社CEOの魔手から逃れた。「74 大蛇アペプと太陽神ラー」で述べたが、彼は「ラニカが自分の死後のことなど考えるはずがない」と断言し、出まかせだったと明かしている。
 しかし、ラニカ・ダヤルを直接知るダヤル社の元社員は「ラニカにはそのような一面があった。息子アレックスへの執着からして、何らかの報復が発動する可能性はある」と、証言している。

 現在、世界はウシャス依存からの脱却を目指している。しかし、ダヤル社の暗部が数多く告発されているのに、ウシャス脱却は遅々として進まない。原因の一つには、各国の治安が悪化し犯罪が増加していることが挙げられる。これならマインドコントロールだろうが、ウシャスを復活させるべき、という極論もある。
 インタビュー時、アレックス・ダヤルは、保養所の草むしりが日課だと笑顔で答えて、健在ぶりを示した。
 現状、世界のために、彼が長生きすることを祈るしかない。


 著作について鈴木ひみこに確認を求めたところ、概ね好評だったので、筆者としては安堵している。
 ただし「61 結婚前夜」でアレックス・ダヤルが毎晩彼女のベッドルームを訪れた記述に差し掛かると、彼女は「あのセクハラ変態クソエロじじいィィィ!!」と激怒した。このことはアレックス・ダヤルの回想録に記されていたが、当の鈴木ひみこは知らなかったようだ。
 アレックス・ダヤルにその旨を伝えると「あのように可愛らしい娘と同じ部屋で暮らしていたんだよ。男なら誰でも、毎晩、抱きしめたくなるはずさ」と悪びれることなく堂々と答えていた。
 二人の了承を得た上で付け加えさせていただく。


 筆者にとって鈴木ひみこは、幼い頃から憧れの存在だった。彼女は現在、日本語だけではなく、他の少数言語の普及や、失われた言語の復活など、世界各地の少数民族と連携して忙しそうに動き回っている。
 一学生である筆者も彼女の活動に貢献したく、日本語での執筆を試みることとした。

 鈴木ひみこをはじめとする関係者に感謝を捧げる。
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